お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第二章 破綻

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 その日以来、兄ちゃんと俺の関係はちょっとだけ険悪になった。
 と言っても、あからさまに仲が悪くなったわけじゃないし、兄ちゃんは今まで通り俺のために家事の一切をこなしてくれている。俺とも普通に口を利いてくれているんだけど……。
 俺がちょっとでも兄ちゃんに熱い視線を向けようものなら

「何だぁ? 何物欲しそうな目で見てんだよ。お前、また兄ちゃんに変なことしたいと思ってんの?」

 と、あからさまに俺を疑うようになった。
 自分の気持ちを兄ちゃんに伝えていないうえ、兄ちゃんを押し倒したのも欲求不満だと思われている俺は、兄ちゃんに警戒されても仕方がないと思うけど、何で実際兄ちゃんに手を出した鵜飼先生や遠山先生より、俺の方が警戒されなきゃいけないんだよ――って話でもある。俺、まだ兄ちゃんに何もしてないっていうのに。
 俺は兄ちゃんに性的な感情を抱いているわけじゃなくて――そりゃちょっとはそういう感情を抱いているけど――、兄ちゃんのことが好きだから、兄ちゃんを見ていたいだけなのにさ。
 それなのに、俺が常にいやらしい目で兄ちゃんを見ていると思われているんだから堪ったものじゃない。こんなことなら、本当に兄ちゃんに手を出しておけば良かった。
 そこまではできなくても、せめてキスくらいはしておけば良かったよな。
 何もしていないのに何かされたような態度を取る兄ちゃんに、俺はついつい不機嫌な顔になってしまう。

「何だよ。そんな目で見てねーし。兄ちゃんこそ欲求不満か?」
「んなわけねーだろ。仮に欲求不満だったとしても、弟とはねぇわ」
「あっそ」

 あぁぁぁぁ……。何かもう、完全に兄ちゃんの恋愛対象外って感じでマジ凹む。ほんと、事ある毎に「弟はない」って主張してくんのやめてくんないかな。その弟は実の兄に恋愛感情を抱いているっていうのに。

「はぁ……」

 兄ちゃんのことは本当に大好きだけど、自分の気持ちが全く兄ちゃんに伝わっていないというもどかしさ――、そして、仮に伝わったとしても受け入れてもらえない虚しさに病みそうだ。



 そんな中、学校では中間テストが始まり、テストが終わった翌日には日向が誕生日を迎えた。
 せっかく同じクラスになったことと、テストが終わった打ち上げも兼ねて、与一と一緒に日向の誕生日を祝うことになったんだけど――。

「お前さぁ……最近ずっと眉間に寄ってるの何なの? 世の中に何か不満でもあんの?」

 兄ちゃんの俺に対する警戒心の強さと、テストの出来がいまいちだったことでテンションがだだ下がりの俺は、与一から鬱陶しそうな顔でさり気なく責められた。

「え。俺、そんな顔してた?」
「してたわっ! 自覚ないとかありえねぇくらい、不機嫌全開って顔してたわっ!」
「ごめん。そんなつもりはなかったんだけどな。テストの出来がいまいちだったから……」

 今日は日向の誕生日を祝おうっていうのに、仏頂面全開だった自分には深く反省をする。
 兄ちゃんの態度が気に入らないことも、テストの出来がいまいちだったことも事実だけど、今はそんなこと忘れて、十七歳になった日向の誕生日をちゃんと祝ってやらないとな。

「もしかして真弥、真実さんと喧嘩中?」

 俺と与一の会話を聞いていた本日の主役である日向は、今日は自分の誕生日だっていうのに、心配そうな顔で俺を見てきた。
 日向は四人兄弟の長男だからなのか、自分のことより他人を優先する傾向にある。
 もちろん、そういう気遣いは俺にとって有り難いところでもあるんだけど、自分の誕生日くらいは自分を優先してもいいと思うんだけどな。
 まあ、心配掛けているのは俺だから、俺がしっかりしろよって話なんだけど。

「べ……別に喧嘩してるわけじゃ……。っていうか、俺と兄ちゃんって喧嘩してるように見える?」

 今は俺のプライベートなんてどうでもいいって思うのに、日向に心配されるとついつい甘えてしまう俺がいる。
 ここが兄と弟の差っていうか、違いなのかな。
 弟二人、妹一人の兄ちゃんをやっている日向は、いつも下の子の面倒を見るのが当たり前になっているのに比べて、俺は兄ちゃんに散々甘やかされて育ってきたから、基本的に甘ったれた性格をしている。優しくされたら甘える癖がついてしまっているんだと思う。

「うーん……。あからさまに仲が悪そうってわけじゃないんだけど、ちょっとぎこちないっていうか。時々二人して物凄い怖い顔でお互いを見てる時があるなって」
「う……。そ……そうかなぁ? 言われるまで全然気付かなかったけど、俺と兄ちゃんってそんな風に見えてるんだ」
「うん。だからちょっと気になってたんだよね」

 やっべぇぇぇぇっ! マジでそんな風に見られていたとは全然思わなかった。俺と兄ちゃんって今そんななんだ。そりゃ日向も「あれ?」って思うよな。
 でも、自覚はなかったけれど身に覚えはある。だって、うちの学校には兄ちゃんの他に鵜飼先生と遠山先生もいるんだもん。
 兄ちゃんのセフレであるあの二人が兄ちゃんと同じ職場にいる以上、俺が機嫌よく学校生活を送れるはずがないって感じじゃね?
 特に、俺の前で兄ちゃんの唇を奪った鵜飼先生は、その日以来、俺の前でわざと兄ちゃんにベタベタするようになったし。
 そして、そんな鵜飼先生に対抗しているのか、最近は兄ちゃんと遠山先生のツーショットを度々見掛けるようになった気がするんだよな。
 二人に対する兄ちゃんの態度は相変わらずって感じだけど、それだって本当のところはどうだかわかったもんじゃない。
 だってあの三人、ヤることはヤってんだもん。人前では関係がバレないように、兄ちゃんがわざと二人を鬱陶しがっているように見せているだけで、二人っきりになった途端、兄ちゃんは全く違う態度を取るのかもしれないじゃん。
 俺が兄ちゃんの乳首をちょっと摘んでやった時のあの反応。あんなエロくて可愛い反応や顔と声を、あの二人には何度も見せているんだと思うと、それだけで俺の心中は穏やかじゃなくなるし、顔だって自然と怖くなる。
 だから、学校で兄ちゃんと鵜飼先生、兄ちゃんと遠山先生が一緒にいるところを見掛けると、俺の目つきはすこぶる悪くなって、兄ちゃんを怖い顔でガン見してしまう。
 俺にはめちゃくちゃ警戒している態度を見せている兄ちゃんが、何だかんだとあの二人にはそれなりの距離を許していることがムカついてしょうがない。
 でもって、兄ちゃんも俺にそんな顔で見られることが気に入らないみたいだから、怖い顔をした俺と目が合うと、負けず劣らず怖い顔になって俺を見返してくるのである。
 それはもう

『見てんじゃねぇよ』

 と言わんばかりの顔で。
 俺に二人との関係がバレてしまい、二人だけの家族会議を開いた時は、兄ちゃんもあの二人との関係を終わらせる方向で考えてくれていたはずなんだけどなぁ……。
 俺が兄ちゃんを押し倒して、兄ちゃんにエッチなことをしようとしてしまったことで、兄ちゃんの考え方が変わってしまったのかもしれない。
 事ある毎に「弟はない」を主張してくる兄ちゃんは、俺に抱かれるくらいなら、まだ二人に抱かれた方がいいと思っているのかもしれないよな。
 そこまで拒絶されたら

『兄ちゃんって俺のこと嫌いなの⁉』

 って言いたくなるけど、好きとか嫌いの問題ではなく、兄ちゃんの中で弟はそういう対象から完全に外れているだけってことなんだろう。

「何? お前、真実さんと上手くいってねーの? まあ、あの人すぐ怒るし。真弥には過保護なところもあるから、真弥もそろそろ口煩い兄ちゃんが鬱陶しくなってきたのか?」
「いや……そういうわけじゃ……」
「いいんじゃね? それならそれで、お前も兄ちゃん離れができてるってことなんだしさ」
「いや、だから……」

 日向の口から俺と兄ちゃんの仲が上手くいっていないんじゃないか――という話を聞いた与一は、一応俺のことを元気づけてくれようとしているっぽいんだけど、俺と兄ちゃんの関係が正常だと思い込んでいる与一の発言はちょっとズレていた。
 確かに、あまり上手くいっていないっちゃ上手くいっていないんだけど、その原因は俺にあるっていうか……。俺が兄ちゃんを押し倒したことが原因だから、兄ちゃんが口煩いとか、兄離れ云々の問題じゃないんだよな。
 兄離れするどころか、兄ちゃんのことを恋愛的な意味で好きだと自覚した俺は、益々兄ちゃんに執着して、兄ちゃんから離れられなくなってしまっている。
 とはいえ、さすがにそんなことをこの二人の前では言えないよなぁ……。
 二人とも俺が兄ちゃん大好きな弟だってことはよくわかっていても、俺が血の繋がった実の兄に恋心を抱いているとまでは思わないもんな。
 そんな事実を二人が知ったら、俺は間違いなく二人にドン引きされちゃうし、気持ち悪い奴だと思われて、二人は俺から離れていっちゃうかもしれない。
 特に、与一は兄ちゃんのことを目の敵みたいに思っているところがあるから、俺が兄ちゃんをそういう意味で好きだと知ったら、「ありえない」だの「どういう趣味してんだ」だの何だのと散々俺を罵ってきて、これみよがしに俺と兄ちゃんを非難してくるに違いない。
 もしかしたら、日向なら俺の気持ちを理解してくれるかもしれないけれど、日向には弟が二人もいるから、その弟が自分のことを恋愛的な意味で好きだと言い出したら――なんて考えると、やっぱり俺とは距離を置きたくなっちゃうかもな。
 まあ、元々俺も自分の気持ちを誰かに打ち明けるつもりなんてないから、俺の兄ちゃんに対する本当の気持ちを二人に知られることもないんだけどな。

「二人ともごめん。俺が変な顔しちゃってたから二人に心配掛けたよな。でも俺、ほんとに大丈夫だし、兄ちゃんと喧嘩してるわけでもねーから」

 本当は打ち明けてしまいたいし、俺の中に日々溜まっていく不満や鬱憤を誰かにぶちまけてしまいたい。
 でも、そんなことできないって俺が一番よくわかっている。だから、俺は耐えるしかない。
 日増しに大きくなっていく兄ちゃんへの想いや、兄ちゃんに対する独占欲。俺に対する兄ちゃんの態度に感じる不満だったり、兄ちゃんと鵜飼先生、遠山先生との関係に感じる苛立ちや憤り。
 そういうものに全部耐えていかなくちゃいけないんだよな。いつかその感情に耐えられなくなった俺が爆発しちゃうまで……。
 そう考えると、本当に気が滅入る一方ではあるんだけれど、俺のこの感情全てが爆発してしまった時、俺はもう兄ちゃんと普通の兄弟ではいられないってことだから、俺にその覚悟があるのかどうかも大きなポイントになってくる。
 生まれて十六年間、ずっと兄ちゃんの弟として生きてきたんだ。俺は自分が兄ちゃんの弟としてこの世に生まれてきたことを何よりも嬉しく思っているし、何よりも幸せだと思っている。
 この世にたった二人だけの家族になってしまった俺のことを、兄ちゃんだって弟としてなら愛してくれる。
 そんな幸せな日常を壊してまで、俺は本当に兄ちゃんとどうこうなりたいと思っているのか?
 俺が兄ちゃんに弟以上の感情を抱いていることは事実だけれど、この世の誰よりも兄ちゃんのことが大事で、兄ちゃん以上に好きだと思える人間もいない俺としては、兄ちゃんとずっと一緒に仲良く暮らしていける毎日を選択することだって、一つの手だって気がするんだよな。
 多分、俺が兄ちゃんを押し倒した時、強引にその先に進めなかった理由も、頭のどこかにそういう考えがあったからなんじゃないかと思う。
 まあ、兄ちゃんに強烈な膝蹴りを喰らわされたことも、原因の一つではあったんだけど。

(兄ちゃんは兄ちゃんで困ったもんだけど、俺も俺で大概困った奴だよな……)

 兄ちゃんを好きだっていう自覚はあるし、勢い任せに兄ちゃんに手を出そうともした俺だけど、実際は兄ちゃんと一線を越える覚悟がまだできていない自分を、俺は物凄く情けない奴だと思った。


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