お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第二章 破綻

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 学校の近くにあるファミレスで与一と一緒に日向の誕生日を祝って帰ってきた俺は、今日は俺より先に帰っている兄ちゃんに

「遅かったなぁ。帰りに寄り道でもしてたのか?」

 と言われた。
 今日は学校が終わった後に与一と日向の誕生日を祝ってくるって、兄ちゃんに伝えておいたはずなんだけどな。
 俺がその話をしたのはテストが始まる前のことだから、兄ちゃんはそんな話、すっかり忘れていたのかもしれない。

「俺、言ったじゃん。今日は与一と日向の誕生日を祝って帰るって」
「あー……。そういやそんなこと言ってたなぁ。今日だったのか」
「そうだよ」

 全くもう……。弟の友達の誕生日くらい憶えてろよ。兄ちゃんだって日向とはそれなりに長い付き合いだし、知らない仲でもないんだから。
 っていっても、兄ちゃんに弟の友達の誕生日まで憶えてろっていうのは無理な話なのかも。
 数学教師をやっている兄ちゃんは当然数字に強いんだけど、どういうわけだか人の誕生日は全然憶えていなかったりするんだよな。
 まあ、憶えられないのか、憶える気がないのかは微妙なところだけど。
 自分の誕生日や俺、凛さんの誕生日はちゃんと憶えているから、多分憶える気がないんだろう。
 一応俺の誕生日は憶えてもらえているから、日向や与一の誕生日まで「憶えてろよ」とは言えないか。

「んじゃ飯食ってきたのか?」
「ううん。あんまりお腹空いてなかったから、俺はドリンクバーだけにした。みんなで食べようってポテト頼んだから、それはちょっと摘んだけど」
「ふぅ~ん。お前って意外と小食っつーか、でけーわりには食欲普通だよな」
「まあ……別に部活してるわけじゃないし。俺の成長期って中学で終わってるみたいだから、今は食欲も普通なんじゃね?」
「そういやお前、中学の時はめっちゃ食ってたなぁ」

 良かった。今日の兄ちゃんは機嫌が良さそうだ。何かいいことでもあったのかな?
 できればその〈いいこと〉っていうのが、例の二人とは無関係であって欲しいと思うけど。

「今日は機嫌良さそうだね。何かいいことでもあった?」

 せっかく兄ちゃんが機嫌良さそうにしているんだから、俺も兄ちゃんを疑うようなことはしたくないんだけど、兄ちゃんのことで色々もやもやしっぱなしの俺は、兄ちゃんの機嫌がいい理由もついつい知りたくなってしまう。
 あまり兄ちゃんを疑っていると悟られないよう、さり気なく聞いてみたつもりだったんだけど

「っ……」

 兄ちゃんは俺からの質問にピクッと身体を反応させて

「ん……いいことっつーか、何つーか……」

 何やら決まり悪そうにぽりぽりと頭を掻いたかと思うと

「なぁ、真弥。ちょっとそこ座れ」

 急に俺に座るよう言ってきた。

「え? う……うん……」

 えっとぉ……何で急に? 俺、今日は兄ちゃんの機嫌がいいと思っていたけれど、実はそうじゃなかったの? 「ちょっとそこ座れ」って……。それって今から俺が兄ちゃんに説教される時の流れじゃん。俺、何か兄ちゃんを怒らせるようなことしたっけ?
 最近の俺はいきなり兄ちゃんの首に噛みついたり、一時的な感情で兄ちゃんを押し倒したりと、確かに奇行が目立つと言えば目立っていたような気がする。
 でも、元々俺は兄ちゃんに対して至極従順な弟だから、本来は兄ちゃんを怒らせるようなこともなかったんだよな。
 そして、最近の自分の行動を一応反省している俺は、兄ちゃんを押し倒した日以来、兄ちゃんを怒らせるようなことはしてない――はずだ。
 兄ちゃんを怖い顔で見ることがあるっちゃあるけど、それはお互い様なところがあるし、兄ちゃんにも非があるわけだから、俺だけが兄ちゃんに説教されることじゃないと思うしなぁ……。
 とはいえ

「何? 俺、何か兄ちゃんに怒られるようなことした?」

 兄ちゃんが俺に話があるっていうなら、それを無視するわけにもいかない。
 成長するにつれ、多少反抗的な態度を取るようにはなっているが、成長しても尚、俺が兄ちゃんに従順な弟であることに変わりはないもんな。

「別に怒っちゃいねぇよ。ただ、お前とちょっと話しようと思って」
「何の?」

 どうしたんだろう。急に歯切れが悪くなったな。何やら俺に罪悪感を抱いているようにも見えるし。
 もしかして、俺が兄ちゃんを怒らせたんじゃなくて、兄ちゃんが俺を怒らせるような何かをしたのか?
 たとえば――そう、結局兄ちゃんは鵜飼先生か遠山先生のどちらかと付き合うことにした――とか。

(いやいやいやっ! それはマジで困るっ! 勘弁してっ!)

 俺がソファーに腰を下ろしたのを確認してから、自分もソファーに腰を下ろす兄ちゃんを目で追う俺は、嫌な予感というやつに心臓がバクバクした。

「今日なぁ、上村先生とちょっと話したんだけどさぁ……」
「う……うん……。え? 上村先生?」

 一体兄ちゃんからどんな言葉が飛び出すのかとハラハラしていた俺は、兄ちゃんの口から上村先生の名前が挙がったものだから、ちょっと混乱した。
 上村先生といったら俺のクラスの担任である。自分の弟がいるクラスを受け持つ先生だから、兄ちゃんも上村先生とは話す機会がそれなりにあるのかもしれない。
 ちなみに、上村先生は兄ちゃんの二つ年上で、鵜飼先生とは同期ってことになる。
 とてもいい先生で、生徒からも慕われているから、兄ちゃんも上村先生には好意的だった。
 二年生になった俺のクラスの担任が上村先生だと知った時も

『良かったなぁ』

 って言っていたくらいだ。
 まあ、俺は兄ちゃんが担任であって欲しかったんだけどな。上村先生も先生としては好きだけど。
 で、その上村先生が兄ちゃんとどんな話を? まさか、そことそこまで怪しい関係になっているとか言わないよな?

「最近お前の元気がないって言われてよぉ……。家で何かあったのか? って聞かれたりもして……。まあ、その……それって俺のせいなのかなぁ……と思って」
「……………………」

 おっと。これはちょっと意外な展開。意外なところから意外な援護射撃があったみたいだ。
 まあ、俺は上村先生と兄ちゃんの仲を疑ってはいなかったけどな。
 だって、上村先生ってそういう感じの先生じゃないもん。生徒一人一人と真摯に向き合う真面目な先生で、とても人の道から外れるようなことをする人じゃないって感じだもん。
 正直、そういう人とこそ親密になった方がいいんじゃないかって気もするけど、上村先生みたいに真面目で責任感が強い人は、自己管理もしっかりできていそうだから、身体だけの付き合いとかは絶対にしないだろうな。
 もし、兄ちゃんと上村先生がそういう仲になっていたとしたら、兄ちゃんと上村先生は今頃付き合っていると思うもん。鵜飼先生や遠山先生みたいに、ちょっといい加減なところがありそうな相手だからこそ、兄ちゃんもあの二人とセフレ関係になっているんだと思う。
 というより何より、上村先生が俺の異変に気付いていることにびっくりした。
 確かに、上村先生は生徒一人一人のことを良く見ている先生だと思うけど、俺みたいに何か問題を起こすわけでもなく、学校生活も至って普通に過ごしている生徒のことを、特別気に掛けてくれているとは思わなかった。
 俺の様子がおかしくなる時といえば、学校で兄ちゃんと一緒にいる例の二人を見掛けた時くらいだから、上村先生は俺のちょっとした変化に気付いていないと思っていたよ。
 でも、そっか。最近の俺がちょっとおかしいと思った上村先生が、わざわざ兄ちゃんに俺の話を振ってくれたんだ。
 上村先生に指摘されたことで、兄ちゃんも俺に対する自分の態度を反省してくれたってことなのかな? それで、今日は兄ちゃんの機嫌が良さそうに見えたんだ。
 上村先生に俺の元気がないと言われた兄ちゃんは、その原因が自分にあると思ったわけだから、そりゃ俺に〈優しくしてやんなきゃ〉って思うよな。

「ぶっちゃけ、お前も悪いっちゃ悪いと思うんだけど、兄ちゃんも大人気ない態度取ってたなぁ~と思ってさ。その……悪かった。ごめん」
「兄ちゃん……」

 自分だけが悪いとは言わなかったし、俺のこともしっかり責めてきた兄ちゃんだけど、一応俺に謝罪はしてくれたし、これまでの自分の態度は反省しているみたいだった。
 ここ数日、俺に対する兄ちゃんの態度がマジで辛かった俺は、兄ちゃんからの「ごめん」が聞けただけで救われた気分になる。
 あと、「ごめん」を言った時の兄ちゃんの顔がマジで可愛くて萌えた。萌えたし癒された。
 こんな可愛い兄ちゃんの「ごめん」を聞くことができたのも上村先生のおかげだと思うと、俺は自分の担任が上村先生で良かったと思うし、一生恩師としてお慕いしたい気分だ。
 でも、その前に

「ぉ……俺もごめん。俺も兄ちゃんに良くない態度取ってた」

 今回のことは自分にも非があるという自覚はあるから、俺も兄ちゃんに謝っておくことにした。
 せっかく兄ちゃんの方から俺に歩み寄ってくれているんだから、ここでこじれそうな兄弟仲を修復しておかなくちゃだよな。
 正直、今の状況がこの先もずっと続くとか地獄でしかないし。色々と気に入らないことはあるっちゃあるけど、多少の妥協はしていかないと人間関係なんて上手くやっていけないもんな。
 それに、俺だけの主張を通そうとするのは我儘だってこともわかっている。
 俺は兄ちゃんのことが好きだから、兄ちゃんに鵜飼先生や遠山先生との関係をやめて欲しい。
 だけど、仮に兄ちゃんが俺の気持ちを知ったとして

『弟からそんな感情を抱かれるのは迷惑なんだよ。お前、今すぐ俺を好きになんのやめろ』

 って言われたら、俺は素直に従えないし、「そんなこと兄ちゃんに言われたくない」って思うもんな。
 それと同じなんだ。兄ちゃんにだって兄ちゃんの主張があることを、俺はもっと考えてあげなきゃいけないんだ。
 まあ、セフレはやめろよ、って思うけどさ。
 兄ちゃんに続いて俺も兄ちゃんに謝ったことで、兄ちゃんも自分の中にあった罪悪感が少し薄れたのだろう。

「ほんとだわ。人を軽蔑するような目で見てきやがって。兄ちゃん傷つくわ」

 半分冗談交じりで俺を非難してきた。
 別に俺、そんな目で兄ちゃんを見ていたわけじゃなくて、「俺の前でよその男と仲良くすんな」って兄ちゃんを威嚇していたんだけどな。
 でもまあ、俺に二人との関係を知られてしまった兄ちゃん的には、男同士でそういうことをしている自分を、弟の俺が軽蔑しているように見えたんだろう。
 俺が兄ちゃんを押し倒し、兄ちゃんを襲おうとしたことは忘れているらしい。兄ちゃんに向かって「俺が兄ちゃんを抱く」と言った俺は、結局のところ、あの二人と同じなんだってことを、兄ちゃんは全く考えていないんだろうな。


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