お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第二章 破綻

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 俺は全く知りたくなかったことだけど、兄ちゃんとあの二人の関係を知って良かったことが一つだけある。
 それは

「別に軽蔑はしてないよ。そういう目で見てたんじゃなくて、俺の前であの二人と仲良さそうにしてる兄ちゃんが嫌だっただけだよ」
「は? 別に仲良くはしてねぇだろ」
「俺の目にはそう映っちゃうんだよ。だって、兄ちゃんあの二人とヤってんだもん」
「そ……そりゃまあそうだけど……。でも、別に恋人同士ってわけじゃねぇし、俺に恋愛感情だってねぇんだぞ? 俺の中じゃ普通にしてるつもりなんだけど……」

 俺も兄ちゃんもそのことについて気兼ねなく話ができるようになったってことだ。
 兄ちゃんは今まで俺の前で彼女の話とか、恋愛に関する話自体を全然してくれなかったけれど、今回の相手は俺も全く知らない人間じゃないし、俺に全くの無関係ってわけでもないから、兄ちゃんも話さないわけにはいかないのかもしれない。
 まあ、関係を知られてしまった以上は、開き直るしかないところもあるんだろうけど。
 もっとも

「つーかさぁ、兄ちゃんはお前の口から〈ヤってる〉なんて言葉が出てくることに戸惑いを感じちまうんだけど」

 兄ちゃんの中で俺はまだまだ子供扱いだから、俺とこういう話をするのは恥ずかしいと思っているみたいだ。
 ほんと、いつまで俺を子供扱いするつもりだろう。
 多分、兄ちゃんの中で俺は一生子供扱いなんだろうし、俺は兄ちゃんが守ってやらなきゃいけない保護対象でしかないんだろうけど、高二になった俺は兄ちゃんが思っているほど子供じゃないんだよ。
 性欲だってそれなりにあるし、身体つきだってちゃんと男の身体になってきている。アソコの毛だって生えてるし、自慰行為だってしっかりしてるんだよ。
 セックスのやり方だって知識としてなら知ってるし、男同士のやり方だって知ってる。経験がないだけで、性的な知識は兄ちゃんとそう変わらないと思うんだよな。

「あのなぁ、俺だってもう高二だよ? それなりの知識くらいあるし、卑猥な言葉だって知ってるよ」
「そ……そりゃそうなんだろうけどよぉ……。でも、ほら……。兄ちゃんの中でお前はまだまだ子供って感じしかしないし、お前のイメージも穢れを知らない純粋無垢な天使って感じなんだよなぁ。お前が一人でシコってる姿とかも想像できねーし」
「アホか。高二にもなってその経験がなかったら逆にヤバいだろ。ってか、兄ちゃんもこの前言ってたじゃん。俺は俺でちゃんといい男に成長してるって」
「言ったけどさぁ……。それは見た目のことであって、中味はやっぱ可愛い真弥のままだと思っちまうんだよ」

 はぁ……。兄ちゃんの中で俺はどんだけ美化されているんだか。穢れを知らない純粋無垢な天使ってさぁ……。それ、高二の男子に抱くイメージか? そんな弟は逆にキモいっつーの。
 ここはもう、俺も普通の男だってことを兄ちゃんに知らしめる必要があるよな。知らしめて、兄ちゃんの中にある俺のイメージをぶち壊すしかない。

「自分が高校生の頃を思い出してみろよ。兄ちゃんだってその頃には童貞捨ててただろ? 俺はまだ童貞ではあるけど、純粋無垢ってわけじゃねーんだよ」
「そりゃそうなんだろうけど……でもお前、あんま女に興味とか無さそうだし」
「それはたまたまっていうか、俺がいいと思う女の子になかなか巡り合えないだけの話だよ。そもそも、俺は兄ちゃんのことが……」
「ん?」
「……………………」

 あっぶねぇぇぇぇ~っ! 今俺、危うく「俺は兄ちゃんのことが好き」って言いそうになったわっ!
 俺も普通の男だってことを兄ちゃんに知らしめて、兄ちゃんの中にある俺のイメージをぶち壊すつもりが、兄ちゃんに告ってどうすんだよ。
 まあ、兄ちゃんの中にある俺のイメージは見事にぶち壊せると思うけどさ。
 ついでに言うと、俺が兄ちゃんのことをどういう風に好きで、兄ちゃんにどんなことをしてみたいかを教えてやれば、俺がしっかり男だってことを兄ちゃんにわからせてやることもできるだろうな。
 ただ、それをしてしまうと、せっかく和解したばかりの俺と兄ちゃんの関係がまた微妙なことに……。
 この数日間、俺を突き放すような視線や態度を取る兄ちゃんがマジで辛かった俺は、これ以上兄ちゃんとの関係を悪化させたくない。
 兄ちゃんを好きだと思う気持ちは消えないし、そのうち自分の気持ちを兄ちゃんに伝えられればいいと思っているけれど、それは少しずつ追々に――っていうか、兄ちゃんの反応を見ながら、ゆっくり進めていくべき計画だと思っている。
 今はとにかく兄ちゃんと今まで通りの仲良し兄弟に戻り、そこから少しずつ兄ちゃんの意識というか、俺に対する感情を変えていくしかないと思っている。
 弟という立場を最大限に利用して、兄ちゃんが「弟はない」って思わなくなるまで、ゆっくり兄ちゃんを懐柔していくしかないんだよな。
 なので

「いっ……今は兄ちゃんのことが気になって、それどころじゃねーしっ!」

 とりあえず、全力で誤魔化しておいた。幸い、今の兄ちゃんは俺にそう思われる状況にいるし。

「そっかぁ……。そりゃそうだよなぁ。兄ちゃんが野郎とセックスしてるって知ったら、お前も彼女を作ってイチャイチャしてぇって気になれねぇよなぁ。わりぃ」
「う……ううん。それは関係ないっていうか……。元々俺、今すぐ彼女が欲しいとか思ってないから」

 危なかったぁ……。何とか上手く誤魔化せたけどこれからは自分の発言にも充分気をつけなくちゃだよな。
 兄ちゃんが鈍くて助かったところもあるけれど、兄ちゃんって時々妙に鋭い時があるから、今みたいなうっかり発言が命取りになってしまうこともあるかもしれねーもん。

「そういやお前、今は兄ちゃん以上に好きだと思える人がいねぇって言ってたよなぁ? 兄ちゃんがいればそれで満足だって」
「う……」

 ほらきた。たまにこういうことをサラリと言ってくるんだよな、兄ちゃんは。
 確かに言った。言いました。俺が兄ちゃんのことで与一に嫌なことを言われ、半泣きした日の夜、兄ちゃんとそういう話をした。
 日向の誕生日は全く憶えていない癖に、そういうことだけしっかり憶えている兄ちゃんって何かズルい。

「ひょっとして、お前も俺と一緒なのか?」
「え?」

 もしかして、このまま俺が兄ちゃんのことを好きだってバレてしまうんじゃないかと思った俺は、今度はどうやって誤魔化そうかと必死に考えていたんだけれど、俺の心配とは裏腹に、兄ちゃんは意外な言葉を俺に浴びせてきた。
 俺と一緒って? それってどういう意味なんだろう。どういう意味で、兄ちゃんは自分と俺が一緒だと思ったんだ?
 俺が兄ちゃん以上に好きだと思える人がいないって言ったこと? 兄ちゃんさえいれば満足だって言った俺の気持ちと、兄ちゃんの気持ちが一緒ってことなのかな?
 だとしたら、それはつまり兄ちゃんも今は俺以上に好きな人がいなくて、俺さえいればそれで満足ってことになるけど……。
 今現在、鵜飼先生や遠山先生とセフレ関係を結んでいる兄ちゃんに、そこまで俺を一途に想う気持ちなんかないよな。
 俺が二人との関係をやめて欲しいって言ってんのに、「今すぐはちょっと……」みたいなこと言ってるし。

「一緒って? 俺と兄ちゃんのどういうところが一緒だと思うの?」

 わからないことは素直に聞いてしまった方がいい。自分から言い出した手前、兄ちゃんも教えてくれないってことはないだろう。

「だから、この世で一番大事なのは家族だって思ってるところっつーか……。ほら、俺らって早くに親亡くしちまって兄弟二人だけになっちまったじゃん? 本当はまだ続くはずだった家族の時間が急に奪われちまったもんだから、たった二人だけの家族になったお互いのことが大事で、執着しちまうっていうの? こいつだけは絶対に失いたくないって思う気持ちみたいな……そういうところ」
「……………………」

 何を今更……な話ではあったけれど、正直、兄ちゃんがそこまで俺に対する思い入れがあるとは思っていなかったから、ちょっとだけびっくりしたところはある。
 確かに、兄ちゃんは俺に物凄く良くしてくれている。男二人だけになってしまった俺の日常が不自由のないよう、面倒なことを一切引き受けてくれている。
 自分は兄ちゃんだから――という責任感だったり、プライドみたいなものがあるのかもしれないけれど、それにしたって、兄ちゃんは俺の面倒をよく見てくれていると思う。
 だけど、兄ちゃんが俺に執着しているようには見えなくて

「兄ちゃんって俺に執着してんの?」

 思わずそう聞き返してしまう俺がいた。
 いや、本当はめちゃくちゃ嬉しいんだよ? 兄ちゃんが俺に執着しているんだと知って。
 でも、どんな風に兄ちゃんが俺に執着しているかは知りたいよな。

「そりゃするわ。お前に何かあったら……って思うと、兄ちゃん気が気じゃねーんだからな。お前だけは何があっても失いたくねぇって、毎日のように思ってるわ」
「へー……。そうだったんだ」

 何かクソ可愛いこと言い出したな。実は兄ちゃんって俺に襲われたいの?
 兄ちゃんは俺の本当の気持ちを知らないから、あくまでも兄ちゃんの立場から物を言っているんだろうけど、兄ちゃんのことが大好きな俺にとって、これはもう兄ちゃんから俺への愛情表現っていうか、愛の告白にしか聞こえないよ。
 自分が大好きな人から「何があっても失いたくねぇ」なんて言われてみろよ。「そりゃこっちのセリフだわ」ってなるし、そんなことを言う奴は思いっきり抱き締めて、めちゃくちゃちゅーとかしたくなんだろ。
 でもって、抱き締めてちゅーしてるだけじゃ物足りなくなって、結局はエロいことする流れに持って行きたくなるってもんじゃん。

「だからさ、お前も家族第一みたいになってるから、俺以上に好きな人間がいないとか言ったり、その歳になってもあんま女に興味がねぇのかと思ってよぉ。俺も今は彼女とか別にって感じだし。真弥が幸せならそれでいいわって思っちまうから。もし、俺が結婚とかしちまったら、今の生活はできなくなっちまうだろ? 少なくともお前が結婚するまで、俺はこのままでいいかなぁ~とか思っちまうんだよな」
「兄ちゃん……」

 前に兄ちゃんが言った

『俺は結婚なんかしねーから』

 の本当の意味ってそれだったんだ。自分が鵜飼先生や遠山先生と関係を持ったからじゃなくて、俺のためにそう思ってくれていたんだ。
 それを知った俺はちょっと泣きそうになった。

「でもなぁ、お前はもっと自由でいいっつーか、あんま兄ちゃんのこととか気にしねぇで、自分の人生を思いっきり楽しんで欲しいと思うんだよな。お前が兄ちゃんのこと大好きだって気持ちは嬉しんだけどな」

 お互いがお互いにとって一番大切で、お互いに執着し合っているところは確かに一緒だと思った。
 でも、決定的に違うところは、俺は兄ちゃんとずっと一緒にいたいと思っているけれど、兄ちゃんはそうじゃないってことだ。
 兄ちゃんの考える俺の幸せの中に自分が入っていない。俺は兄ちゃんの幸せの中に俺が入っていないと嫌なのに。

「つーわけだから、お前もいい加減兄ちゃん離れして、どっかのいい女でも捕まえて人生楽しめ。そしたら……」
「やだ」
「……は?」

 兄ちゃんが俺を想ってくれる気持ちはよくわかった。本気で俺の幸せを願ってくれていることも。
 でも、兄ちゃんは何もわかっていない。俺は兄ちゃんと一緒がいいんだ。兄ちゃんと一緒じゃなきゃ幸せだなんて思えないし、兄ちゃんと一緒に幸せになりたいんだ。
 だから、何も変わらなくていいし、変わって欲しくない。兄ちゃんと一緒に過ごせる今の生活が幸せで、一生続いて欲しいと思っている。そこに誰も入ってきて欲しくない。

「いや……やだって……何が?」
「俺、兄ちゃんと一緒がいい。兄ちゃんと一緒じゃなきゃやだ。一生彼女なんていらない。兄ちゃんだけでいい」
「はあ⁉」

 ここ最近、俺の元気がない理由は自分のせいだと思っている兄ちゃんは、その原因は俺がこの歳になっても兄離れできていないからだ――と思ったんだろう。
 だから、今後のことを考えて、俺にそういう話をしてきたのかもしれない。
 でもさ、俺に兄ちゃんから離れる気なんて更々ないんだよ。元々そんな気は毛頭なかったんだけど、兄ちゃんのことが恋愛的な意味で好きだと自覚してからは、その思いがより一層強くなってしまった。

「だ……だからっ! それじゃ色々と困るっつーか、兄ちゃんとしてはだなぁっ!」
「俺と兄ちゃんの二人で幸せになりゃいいじゃん」
「おまっ……俺の言う〈幸せ〉の意味わかってんのか⁉」
「うん。わかってるよ。兄ちゃんは俺に好きな人と一緒になって、幸せになって欲しいんだよね?」
「そうだよっ!」
「だから、俺は兄ちゃんがいいって言ってんの。言ったじゃん。俺、兄ちゃん以上に好きだと思える人がいないって。兄ちゃんも憶えてるよね?」
「だぁーかぁーらぁっ! そういう意味の好きじゃなくて、恋愛的な意味で好きな相手とだなぁっ!」

 ヤバい。この流れでいくと俺、多分兄ちゃんに自分の気持ちを伝えちまうよ。さっき兄ちゃんと和解したばっかりで、これからはもっと慎重に、時間を掛けてゆっくり兄ちゃんを攻略していこうって決めたところなのに。
 今現在、兄ちゃんの中で弟の俺は完全に恋愛対象外って感じだから、俺が今兄ちゃんに気持ちを伝えたとしても、俺の気持ちは兄ちゃんに受け入れてもらえなくて、兄ちゃんとの仲がまたおかしくなっちゃうっていうのに……。
 でも

「だから、俺は兄ちゃんのことがそういう意味で好きなんだよ」

 兄としてでもいい。兄ちゃんの本音を聞かせてもらった俺は、兄ちゃんを好きだと思う気持ちを止められない。俺のために自分の幸せまで捨てようとしている兄ちゃんを知ってしまったら、俺だって兄ちゃんのためなら何でも捨てられるって気持ちになってしまった。

「おまっ……何言って……」
「俺、兄ちゃんが好き。兄ちゃんとしてももちろんだけど、それ以上に兄ちゃんのことが大好きなんだよ」

 言ってしまった。何か最近の俺、一時的な感情に流され過ぎっていうか、流れに身を任せすぎって感じだよな。
 後先考えず行動した結果、痛い目を見てるっていうのに。

「そういう意味でって……それ以上にって……それってどういう……」
「だから、俺は恋愛的な意味でも兄ちゃんのことが好きって意味で、兄ちゃんとこういうこともしたいって思ってるんだよ」

 俺からの突然の告白に戸惑っている兄ちゃんには申し訳ないけれど、兄ちゃんには口で言うより態度で示した方がわかりやすいと思った。
 勢い任せなところもあったけれど、兄ちゃんに告白する形になってしまった俺は、今更後戻りなんかできないし、自分の発言を撤回するつもりもなかった。
 だから、ソファーから身を乗り出して兄ちゃんに近付くと、戸惑った顔で俺を見ている兄ちゃんの唇に、兄ちゃんへの想いを込めてキスをしてやった。


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