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第四章 秘密
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しおりを挟む「じゃあね、真弥。今日は色々話せて良かった」
「悪かったな。色々心配掛けちゃったし、今まで何も言わなくて」
「いいよ。事情が事情だし、真弥が打ち明けられなかった気持ちもわかったから。でも、これからはあんまり一人で抱え込むなよ?」
「うん。そうする」
「じゃあまた明日……じゃない。また月曜日な」
「おー」
という会話を玄関先で日向と交わした俺は、今日がもう週末であることを思い出した。
今週は何だかんだと色々あったからなぁ……。週末は兄ちゃんと一緒にのんびりまったり過ごしたいものだ。
今後のことについても、兄ちゃんと真面目に話し合いたいと思っているし。
ところが
「ああ、そうだ。明日凜が来るぞ」
日向を見送った後、兄ちゃんと一緒に夕飯を食べている席で兄ちゃんからいきなりそう言われた俺は、ちょっとびっくりしてしまった。
いや。別に凜さんが来るのが嫌ってわけじゃないよ? ただ、この前の日曜日に来たところなのに、明日は何をしに来るんだろうって、普通に疑問に思っただけだ。
だって、ここ最近の凜さんって家に相談しに来るか、相談されるために来るか――って感じなんだもん。
(今回はどっち?)
って俺が思ってしまうのも仕方がないよな。
でも、兄ちゃんの相談事はこの前したばかりだし、そのおかげで兄ちゃんの今後の方針ってやつが決まったはずだ。
俺と兄ちゃんの関係が鵜飼先生や遠山先生にバレてしまったことで、俺と兄ちゃんの周りがゴタついてるっちゃゴタついてるけど、別に凜さんに相談するようなことじゃないって気もするし……。
(ってことは、明日は凜さんが兄ちゃんに相談したいことがあるのかな?)
そう思っていると
「どうやら例の女と上手く行ったみたいでよ。明日はその女連れて来てくれるんだってさ」
「え⁉ そうなの⁉」
相談事をしに来るのではなく、できたばかりの彼女を紹介しに来るらしい。
そう言えば、かなりいい感じになってるみたいだったもんなぁ、凜さんとその彼女。付き合うのも時間の問題っていうか、秒読みって感じだったもん。
兄ちゃんも「上手く行ったら紹介しろ」って言っていたから、凜さんから「彼女ができた」って知らせを受けた途端、早速彼女込みで凜さんを家に呼びつけたってことなのかも。
凜さんに彼女を紹介してもらう前に、まずは自分の現状をどうにかしなよ――と思わなくもないけど。
でも、それとこれとは話が別なのかも。親友として、凜さんの恋が上手く行って良かったと思う気持ちと、凜さんを祝福してあげたいっていう気持ちがあるんだろうな。
かくいう俺も、凜さんの恋が上手く行って良かったと思うし、凜さんに「おめでとう」って言ってあげたい気持ちはある。
「凜の彼女がどんな女なのかすげー楽しみだろ? あいつ、俺と出逢った頃から全然浮いた話がなかったし。あいつがどういう女が好みなのかとかも全然わかんなかったからなぁ。凜から〈彼女ができた〉って報告を受けた時は、その彼女って奴を一刻も早く見てみたいと思っちまったよ」
「気持ちはわからなくもないけどさぁ。せっかく彼女ができたばっかりの凜さんをいきなり呼びつけるのってどうなの? 凜さんだって彼女ができたばっかりの週末を兄ちゃんに邪魔されたくなかったんじゃない?」
「言っとくけど、俺が無理矢理誘ったわけじゃねーからな。あいつの方から彼女を俺に紹介するって言ってきたんだからな」
「ならいいけど」
せっかく彼女ができたばかりの凜さんを、凜さんの彼女見たさに無理矢理兄ちゃんが呼びつけたのかと思ったら、そういうことではないらしい。
もしかしたら、凜さんにもちょっと自慢したい気持ちがあったりするのかな? 凜さんの話だと、彼女はとても魅力的な人みたいだから。
っていうか、凜さんが既に男にしておくにはもったいないくらいの美人だっていうのに、その凜さんが魅力的だと絶賛する彼女ってどんな人なんだろう。そこは俺も物凄く興味がある。
口では「凜さんの邪魔しちゃ悪いよ」みたいなことを言っていても、凜さんの彼女を見てみたいと思う俺の気持ちは、兄ちゃんとさほど変わらなかった。
「ところでよぉ、お前、日向には俺とお前のこと言ってねぇの?」
「え」
俺としては、もっと明日のことを兄ちゃんと話したい気もしていたんだけれど、兄ちゃんはここでもサラリと話題を変えてしまい、俺はそっちの対応をしないわけにはいかなかった。
ひょっとして兄ちゃん、俺にずっとそれを聞きたかったのかも。
日向に自分とあの二人の関係を知られてしまった兄ちゃんは、俺との関係も日向に知られてしまったと思っていたみたいだし。
俺の反応で咄嗟に話を合わせてくれたみたいだけど、本当は俺が何を言いたいのかがわかっていなかったのかもしれない。
「うん。言ってないよ。日向にもバレてないから、言わない方がいいと思ったし」
「何で?」
「何で⁉」
だから、俺としてはそう簡単に打ち明けられる話じゃないってことを伝えたつもりだったのに、兄ちゃんからは逆に「何で?」と返されてしまい、俺はその質問にびっくりしてしまった。
まさかここで「何で?」って聞き返されるとは思っていなかった。兄ちゃんは俺との関係が日向に知られてもいいってこと?
日向にはあの二人との関係を知られちゃったから、俺との関係も知られていいという、ちょっとしたヤケクソな気分にでもなってしまったんだろうか。
そこはヤケクソになるところじゃなくて、慎重になるところなんだって教えてあげたい気もする。
だけど
「言いたかったら言ってもいいぞ。日向なら人に言い触らす心配もなさそうだし。お前も友達に隠し事してんのって心苦しいだろ? 俺も凜には何でも話しちまってるから、真弥もそうしていいっつーか。何でも話せる相手って大事だからな。そういうところで兄ちゃんに気を遣わなくてもいいぞ」
兄ちゃんは何も自棄を起こしているわけじゃなくて、普通に俺を気遣ってくれているだけだった。
確かに、俺も何でも話せる相手は大事だと思ったし、友達に隠し事をしているのは正直心苦しい。
でも、俺の場合は何でも話せる兄ちゃんがいるから、誰かに相談ができなくて苦しくなることはまずないし、日向に兄ちゃんとの関係を話さないのも〈日向のため〉って思うところがあるからなぁ……。
だって、日向って純粋なんだもん。兄ちゃんが俺に抱いていた変な妄想とは違って、日向は本当に純粋無垢な天使なんだもん。そんな日向に俺と兄ちゃんがヤってるって話をするのは、俺としてもハードルが高いと思っちゃうんだよな。
「まあ、お前が話したくないっていうなら無理に話す必要もねぇけどよ。でも、隠し事がバレた時って相手はいい気がしねぇもんだからな。大事な友達にはあんま隠し事とかすんなよ、って兄ちゃんは言いたい。もちろん、あの馬鹿は例外だけどな」
「わかった。ありがと、兄ちゃん」
やっぱ俺の兄ちゃんって最強だな。弟思いで優しいし、頼りになるし、格好いいし、可愛いし。
俺、本当に兄ちゃんの弟で良かったって、事ある毎に思っちゃうよ。
今はただの弟ってだけじゃ物足りなくて、兄ちゃんには俺のことを弟以上に想ってもらいたいって思っちゃいるけど。
でも、そのためには自分が何をしなくちゃいけないのかが、よくわからなかったりもするよな。
今みたいに兄ちゃんに頼りきった生活を送っているんじゃダメだってことはわかっているんだけど、そもそも、兄ちゃんってどういう相手を恋愛的な意味で好きだと思うんだろう。
彼女がいたことはあっても、男と付き合ったことはない兄ちゃんだからなぁ……。兄ちゃんが自分と同じ男のどういうところに惹かれるのかとか、兄ちゃんが自分と同じ男に恋愛感情を抱けるのかどうかもわかんねーよな。
男同士でもセックスはできるわけだから、兄ちゃんの中で男が完全に恋愛対象から外れているわけでもなさそうな気がするけど。
恋愛とセックスは別なのが男っていうからなぁ……。俺が兄ちゃんに恋愛的な意味で好きになってもらえる自信は全くなかったりするんだよな。
「ん? どしたぁ? 兄ちゃんの顔に何かついてるか?」
「ううん。相変わらず可愛い顔してるなって思って見惚れてた」
うっかり兄ちゃんをジッと見詰めてしまっていた俺は、兄ちゃんから怪訝そうな顔で見詰め返され、咄嗟に歯の浮くようなセリフを吐いていた。
もちろん、その言葉に嘘はない。俺の兄ちゃんは最強に可愛い顔をしていると思う。
だけど、俺に「可愛い」と言われることがお気に召さない兄ちゃんは、当たり前のように兄ちゃんに向かって「可愛い」という俺に
「だからぁ、可愛いって言うなっつってんだろ。兄ちゃんにとっちゃお前の方がよっぽど可愛い存在なんだからよぉ」
ちょっと照れ臭そうな顔を不満そうな顔で誤魔化しながら、そう言い返してきた。
だから。そういうところや、その表情の全部が可愛いっていうのに。兄ちゃんにはなかなか伝わらないからもどかしいものがあるよな。
明日は凜さんが彼女を連れて家に来るわけだけど、意中の相手を堕とす方法ってやつを、俺は是非凜さんから教えてもらいたいものである。
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