お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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第四章 秘密

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 観光シーズンと言えば秋だけど、全国的に有名な観光地にもなると、季節に関係なく、それなりに人が多いことを改めて知った。

「結構人がいるもんだなぁ。今日は休日っちゃ休日だけど、連休ってわけでもねぇ普通の日曜に、ここまで人がいるとは思わなかったわ」
「確かにね。でも、せっかく観光地に来て人が全然いないのも寂しいじゃん。むしろ、これくらい人がいてくれた方が丁度いいっていうか」
「そうかぁ? お前の言う〈丁度いい〉が、どういう意味で丁度いいのかはよくわかんねぇけど」
「え? あー……うん。何となく? ははは……」

 時刻は午前十時を少し回ったところ。今朝は七時前に家を出て、電車に三時間近く揺られて目的地に辿り着いた俺と兄ちゃんは、思った以上に人が多い観光地にちょっとびっくりだった。
 観光地なら近場にもあるっちゃあるけれど、どうしてわざわざ片道三時間も掛かるような観光地を俺が選んだのかというと、それはひとえに兄ちゃんとのデートを誰にも邪魔されたくなかったからだ。近場だといつ知った顔に遭遇するかわかんないもんな。
 今日は俺、兄ちゃんとイチャイチャ手繋ぎデートを目標にしているから、知った顔には絶対に会いたくない。兄ちゃんも「知ってる奴に会うことはないだろう」と思える場所の方が、俺と手を繋いで歩いてくれるような気がするし。
 思った以上に観光客が多いところは予想外ではあったが、俺としてはむしろ好都合。
 元々人が多いところに行く予定だったし、ある程度人がいてくれないと、俺と兄ちゃんがイチャイチャする姿が人混みに紛れてくれないからな。
 それ故の「丁度いい」だったんだけど、俺が兄ちゃんと手を繋いで歩こうとしているなんて知らない兄ちゃんに、何が丁度いいのかを説明することはできなかった。

(さて、舞台は整った……)

 いつもの生活圏からは遠く離れた賑やかな観光地。適度な人の量。ノスタルジックな気分を感じさせてくれる風景や建物の数々。
 この非日常的な雰囲気の中で、俺の野望は静かに動き出そうとしている。
 まずはさり気なく兄ちゃんの手を握ろうかと思った俺が、キョロキョロと辺りを見回している兄ちゃんに手を伸ばし掛けたまさにその時。

「なあ、ちょっと小腹が空かね? あっこに団子売ってる店があんだけど、食おうぜ」

 いきなり空腹を訴えてくる兄ちゃんにガクッとなった。
 何でいきなり食いもん探してんだよ。キョロキョロしてたのは食いもん屋探してたってこと?
 そりゃさ、今朝は早かったから朝御飯食べるのも早かったけどさぁ。でも、もうお腹が空いちゃう兄ちゃんって何なの? 朝は朝でしっかりもぐもぐ食べてたじゃん。

「べ……別にいいけど……」

 まあ、団子くらい食べてもいいっちゃいいいから、俺も「ダメ」とは言わないけどさ。
 それにしても、せっかく片道三時間も掛けてやって来た観光地で、最初に食べ物に目が行く兄ちゃんって……。
 それはそれで可愛いから良しとしよう。観光地巡りをする前の腹ごしらえも必要だもんな。

「んっ! ここの団子美味いな」
「良かったね。兄ちゃんは花より団子かな?」
「あ? 何か言ったか?」
「ううん」

 バイトをしていない高校生の俺は、毎月兄ちゃんから小遣いを貰っているには貰っているが、こうして兄ちゃんと一緒に出掛けると、支払いはいつも兄ちゃんがしてくれる。
 俺も少しはバイトして、兄ちゃんの負担を減らしてあげたいと思うのに、兄ちゃんは俺が大学生になるまでバイトはダメだって言う。
 それというのも、兄ちゃんが高校時代にバイトをしていなかったからで、自分がしていない苦労を俺にさせたくないという理由から、兄ちゃんは俺にバイトをさせてくれないのである。
 でも、兄ちゃんの彼氏になりたい俺は、毎回兄ちゃんにお金を出してもらうのもちょっと情けないと思っているから、複雑な気分なんだよな。
 とはいえ、結局金がないから兄ちゃんに出してもらうしかないんだけど。

「さーて。いい感じに腹も膨れたから観光でもすっか」

 団子を三本も平らげ、空腹が収まった兄ちゃんは意気揚々と立ち上がり、俺もそれに続いた。
 ――のはいいんだけど

「あそこ見たい」
「あれ気になる」
「あっち行こうぜ」

 俺が兄ちゃんの手をさり気なく握る暇もないくらい、兄ちゃんが物凄くうろちょろする。
 しかも、兄ちゃんは歩くのが速いから、俺を気にせずサッサと歩く兄ちゃんに追いつくのがやっとで、兄ちゃんと並んで歩くことすら儘ならないんだけど。

(わ……わざと? わざとなの? 実は兄ちゃん、俺と並んで歩くのが恥ずかしいの?)

 観光地には家族連れや外国人観光客の姿が多かったけれど、恋人同士の姿もそれなりにあった。
 そんな中、男二人で歩く自分の姿を見られたくないという思いがあるんだろうか。
 いやいやいや。そこは仲良く並んで歩こうよ。「一緒に来た意味っ!」ってなるじゃん。
 そもそも、もしそういうことを意識しているのだとしたら、そっちの方がよっぽど恥ずかしくない? はたから見るとどう考えても連れなのに、兄ちゃんが俺を振り回しているような図って変だと思うし。

「にっ……兄ちゃんっ!」

 かれこれ二時間近く俺を振り回しっぱなしの兄ちゃんに息が上がってきた俺は、とうとう我慢ができなくなって兄ちゃんを呼び止めると

「そんなに速く歩かないでよっ! 俺、さっきから兄ちゃんの背中追い掛けてばっかなんだけどっ!」

 まるで兄ちゃんと追いかけっこをしているようなこの状況に不満を訴えた。

「あ。わりぃ。つい」

 俺に指摘をされるまで、全くその自覚がなかったらしい兄ちゃんは、ようやく足を止め

「こういうとこ来んの久し振り過ぎて、ついテンション上がっちまってたわ。ごめんな」

 肩で息をする俺に素直に謝ってきた。
 マジか……。マジで普通に観光を楽しんでいただけなのかよ。だとしたら、物凄いはしゃぎっぷりじゃん。子供かよ。
 俺が小さい頃は、俺が迷子にならないように兄ちゃんが俺の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれていたのに。今は俺が目を離すと兄ちゃんが迷子になってしまいそうな勢いだった。
 俺が大きくなるとこうも違ってくるものなのかと驚いちゃうよ。

「ん」

 二時間もの間、兄ちゃんの背中を延々と追い掛けさせられた俺は、兄ちゃんのことは許してあげたけど、ぶすっとした顔で兄ちゃんに向かって手を差し出した。

「ん?」

 その手は何だ? と言わんばかりに、俺の手を見詰めてくる兄ちゃん。
 そんな兄ちゃんに俺は

「手、繋いで」

 もうさり気なくその機会を狙うのではなく、ハッキリ口に出して手を繋ごうと兄ちゃんにお願いした。

「え」

 当然兄ちゃんはギョッとした顔になっていたけれど、これは兄ちゃんが俺を気にせずあちこち動き回ったせいだから、兄ちゃんに拒否権なんてないと俺は主張したい。

「いや……さすがにそれはちょっと……。もうガキってわけでもねぇし……」
「だって! 手繋いでないとまた兄ちゃんが俺を置いてサッサと歩いて行っちゃうかもしれないじゃんっ! 俺、もうやだよ? 兄ちゃんの背中ばっか追い掛けんのっ!」
「~……」

 俺の言い分にそれなりの正当性があったからか、兄ちゃんは何も言い返せなくなり

「ったく……。絶対変だと思われんのに……」

 渋々といった感じで、俺の手をキュッと握ってきてくれた。
 本当は俺からさり気なく兄ちゃんの手を繋ぎ、兄ちゃんをドキッとさせてやりたかったけれど、兄ちゃんが俺と手を繋がずにはいられない状況を作るのもアリかも。
 手を繋ぐ明確な理由ってやつがあれば、兄ちゃんも一度繋いだ俺の手を離しにくいと思うし。

「ねぇねぇ見て、あの二人」
「何あれ~。手繋いで歩いてる。可愛い~♡」
「顔ちょっと似てるよね。兄弟かなぁ?」
「きっとお兄ちゃんが頼りなくて迷子になっちゃうのよ。だから、ああやって弟君がお兄ちゃんの手を引いて歩いてるんじゃない?」
「萌える~♡ 確かにニコニコして頼りなさそうなお兄ちゃんだもんね~」

 渋々ではあるものの、俺の手を引いて歩く兄ちゃんの姿は目立つみたいで、通りすがりの女子大生っぽいグループがそんな話をしている声が耳に入ってきた。
 もっとも、彼女達は俺を兄ちゃん、兄ちゃんを弟だと勘違いしているみたいだけど。パッと見俺の方が兄ちゃんより背が高いから、そう勘違いされても仕方がないのかも。
 学校では俺は制服を着ているし、兄ちゃんは先生らしい服装をしているから、誰が見ても兄ちゃんの方が年上だって一目瞭然だけど、仕事以外の時の兄ちゃんの服装って別に大人っぽいわけでもないからな。初めて俺達兄弟を見る人間の目には、どっちが兄で弟かなんてこと、わかんないよな。
 もちろん

「誰が弟だ。俺が兄ちゃんだってのに……」

 彼女達の声が聞こえていた兄ちゃんは、自分が弟に見られて不満そうな顔だった。
 でも、俺と兄ちゃんって手を繋いで歩いても兄弟に見られちゃうのか。そこはちょっとガッカリだな。
 誰も知っている人がいない場所なら、俺は兄ちゃんと恋人同士に見られても構わないのに。
 俺とちゃんと手を繋ぎ、俺の歩幅にも合わせて歩いてくれる兄ちゃんは、三十分もしたら限界がきたのか

「もぉいいだろぉ? 今度はちゃんと並んで歩くから、そろそろ手ぇ離しても」

 これ以上晒しものになるのは御免だ、と言わんばかりに、ご機嫌な俺に弱音を吐いてきた。

「えー。俺、ずっと兄ちゃんと手繋いで歩きたい。子供の頃はそうしてくれたんだからいいじゃん」

 しかし、俺はこのまま兄ちゃんと手を繋いで歩きたい。
 二人の意見が割れた時、どちらの意見を優先するかはその時々で違うけれど、大抵の場合は兄ちゃんが折れてくれることの方が多い。
 だから、今回も俺の我儘を通そうかと思ったんだけど、せっかく兄ちゃんとデートしているのに、兄ちゃんに無理強いはしなくないから、何か兄ちゃんを納得させるいい案はないかと、辺りを見回してみた俺は

「あ。ほら見て。あそこにも俺と兄ちゃんみたいに手繋いで歩いてる男同士がいる」

 ほんの数メートル先に、どう見ても男同士っぽい二人組が手を繋いでいる後ろ姿を発見した。
 これは思わぬ収穫ってやつなのでは?
 本当は本来の目的にしようと思っていた〈男同士のカップルを見つける〉という計画。その可能性の低さから〈ついで〉の目的に格下げした後に、たまたま男同士のカップルを見つけちゃうなんて。
 ひょっとして、今日の俺はツいてる? 兄ちゃんと手を繋いで歩くこともできたし、世の中には男同士で付き合っている恋人もいるんだってことを、兄ちゃんに教えてあげることができそうだし。
 でも、何だろう。あの二人、どこかで見たことがあるような気がする。どこだっけ?
 すぐには思い出せないんだけど、何だか物凄く身近な感じがする。

「は? そりゃ見間違いじゃね? お前以外にそんな酔狂なことしたがる野郎なんているかよ」

 俺の目には今でも手を繋いで歩く男二人の姿が見えているのに、兄ちゃんは俺の言葉に半信半疑だった。

「見間違いじゃないよ。ほら、あそこ。あの二人。兄ちゃんにも見えるでしょ?」

 論より証拠。口で言っても信じてもらえない時は、実際に手を繋いで歩いている二人を見てもらうしかない。
 だから、少し前を歩く二人の背中を俺が指差すと

「ん~?」

 兄ちゃんは少し目を細め、俺の言っている二人組をよく見ようとしてくれた。
 ほんの少し前を歩いているだけだから、兄ちゃんの目にもその二人の姿はすぐに見つけられたみたいだ。
 実際に男同士で手を繋いで歩いている二人の姿に

「ほんとだなぁ。でもあれ、本当に男同士かぁ? 片方女って可能性もなくね?」

 ちょっと驚きつつも、それが男同士であることは簡単に認めようとしなかった。

「いやいや。あれはどう見ても男同士でしょ。体型見たら一目瞭然じゃん。っていうか、あの二人、何かどっかで見たことあるような気がするんだけど……」

 実際に見えているものまで信じようとしない兄ちゃんの頑固さに呆れつつ、俺が素朴な疑問をぽろっと口にすると

「んなわけ…………んんっ⁉ ちょっと待て。あれ、マジで俺達が知ってる人間かもしんねー」

 兄ちゃんまでそんなことを言い出したから、俺の疑問は確信へと変わった。
 そうだよ。背が低い方の男のあの髪型、あの後ろ姿。あれは俺が日常的に見ている見慣れた後ろ姿だ。
 そして、その男の隣りを歩くもう一人の男の後ろ姿も、俺は日常的に見ているものだと心の中で確信している。

「……………………」
「……………………」

 俺と兄ちゃんはお互いに顔を見合わせると

「っ!」
「っ!」

 手を繋いだまま同時に走り出し、仲良さそうに手を繋いで歩いている二人の前に回り込んだ。

「えっ⁉」
「ん?」

 突然目の前に現れた俺達の姿に、二人の顔は当然驚いている様子だったけれど、驚いたのは俺達も同じだ。

「しっ……真弥⁉ 真実さんっ⁉ どうして⁉」
「日向こそ、何で上村先生と一緒なの⁉ しかも手っ! 手繋いで歩いてるって何事⁉」

 手を繋いでいるところに関しては俺も人のことは言えないが、事情を知らない俺には何が何だか……。ここに日向と上村先生が一緒にいることすら信じられない意外な事実だった。
 俺が後ろから見た手を繋いで歩く男同士のカップルとは、そんなこととは全く無縁だと思っていた純粋無垢な日向と、とても生徒とそういう関係になるとは思えなかった俺達のクラスの担任、上村先生だった。


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