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第四章 秘密
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しおりを挟む休日を利用して兄ちゃんとイチャイチャデート――という俺の計画は失敗と言えば失敗だったけれど、それなりに収穫というものはあった。
デート先の観光地で偶然日向と上村先生に遭遇してしまった俺と兄ちゃんは、二人が恋人同士だったと知り、そこからはずっと行動を共にしたわけだけど、男同士で付き合うことが理解できない兄ちゃんは、実際に男同士で付き合っている二人からいろんな話を聞かせてもらった。
もちろん、話を聞いてすぐに感化される兄ちゃんではなかったけれど
「世の中にはいろんな人間がいるもんだなぁ」
日向や上村先生の話を聞き、男同士の恋愛が全くあり得ない話ではないという気分にはなったみたいだった。
「今の時代、性別に囚われない恋愛を認めようって風潮もあるっちゃあるからね。もちろん、推奨されているわけでもないんだろうけど、恋愛は自由でいいってことなんじゃない?」
「でもなぁ……生産性はねぇだろ。男同士でセックスはできても、ガキは作れねーし」
「それを言ったら、結婚しても子供を作らない夫婦だって増加傾向にあるって言うじゃん。子供を作らないことが悪いとは言えなくない? 作らない理由だってあるわけだし」
「まあなぁ……。でも、結婚すらできねーのに、付き合いたいってなるもんか? 付き合ったって未来がねーじゃん」
「だから、そこはもう個人の考え方次第だよ。世間の目より、好きな人と一緒にいたいっていう純粋な想いじゃん。俺はいいと思うけど」
「うーん……」
上村先生が運転する車で送ってもらい、家まで帰って来た俺と兄ちゃんの会話は、男同士の恋愛についてだった。
兄ちゃんはまだ男同士で付き合うことに意味を見出せないみたいではあったが、理解しようとする気持ちはあるみたいだから、俺も俺なりの意見を述べ、どうにか兄ちゃんに男同士の恋愛を理解してもらおうと努力する。
でも、こういう話をしていると、兄ちゃんの中で恋愛とセックスが完全に別物であることを改めて実感しちゃうなぁ。
だって、兄ちゃんは恋愛をする気どころか、恋人同士になることすら理解できない相手とセックスしているわけだから。
「兄ちゃんは理解できないって言うけど、実際に付き合っている日向と上村先生を見てどう思ったの? 気持ち悪いとか思うの?」
人は理解できないものに対して、嫌悪感や忌避感を覚えるものだ。だけど、今日の兄ちゃんを見ている限り、兄ちゃんにあの二人を避けたいと思う様子はなく、むしろ興味の対象って感じだった。
兄ちゃんにあの二人を避けようとする気持ちがないのであれば、俺もまだ少しは希望を持てるような気がする。
「別に気持ち悪いとまでは思わねぇよ。俺だって野郎とセックスはしてるからな。そういう意味じゃ、男同士ってことにも免疫はある」
ふむ。男同士の恋愛は理解できなくても、男同士のセックスは認めているわけか。
そりゃそうだよね。そこを受け入れられないってなったら、そもそも兄ちゃんは俺や鵜飼先生、遠山先生とセックスなんかしていない。俺達との肉体関係なんて続けられないもんな。
つまり、兄ちゃんに必要なのは男同士の恋愛を理解し、受け入れ、自分も男を好きになれるという自覚だけなわけだ。
それがわかれば全く不可能な話じゃない気持ちになってきた。要するに、兄ちゃんを俺に惚れさせればいいわけだから。
まあ、それが一番難しいっちゃ難しいんだけど。
しかし、それならば
「つかぬことをお伺いしますけど、兄ちゃんのタイプってどんな人?」
まずは兄ちゃんの好みから教えてもらうことにする。
これまでの言動や、先日の桃さんに対する兄ちゃんの態度から、兄ちゃんの好みは〈一緒にいて落ち着く人〉なんだってことは何となくわかったけれど、直接兄ちゃんの口から兄ちゃんのタイプを聞いたことはないからな。一度聞いておきたいと思う俺なのだ。
もっとも、俺が知りたいのは女のタイプじゃなくて男のタイプなんだけど、兄ちゃんに男のタイプを聞いたところで、「わかんねー」としか答えてくれないだろうから、聞くだけ無駄だと思っている。
「タイプぅ? んだよ、急に」
「いいから教えてよ。俺、兄ちゃんとそういう話したことないから気になる」
俺からいきなり好みのタイプを聞かれた兄ちゃんは、あまり答えたくなさそうな顔をしたが、俺が「知りたいっ!」って顔で兄ちゃんを見詰めると
「そうだなぁ……。一緒にいて安心できる奴がいい。あんま気ぃ遣わなくてよくて、一緒にいるのが自然な相手がいいな。あと、可愛いより美人がいいかも」
俺の目を見て答えるのは恥ずかしいのか、俺から視線を逸らしてそう答えてくれた。
「へー。そうなんだ」
どうやら兄ちゃんは恋人に癒しや安らぎを求めるタイプらしい。
そうだろうとは思っていたけれど、実際にそう教えてもらうと、自分がそれに当て嵌まるかどうかをつい考えてしまう。
気を遣わなくていいとか、一緒にいるのが自然って部分は当て嵌まっているだろうけど、癒しと安らぎは与えていないんだろうな。
だって俺、兄ちゃんに守られる存在だから。癒しや安らぎを与えるどころか、兄ちゃんの手を焼かせてばっかりのような気がする。いつも俺の面倒ばっか見させちゃってるし。
癒しと安らぎを与えられるってなると、やっぱ包容力のある人間ってことになるよな。
でも、兄ちゃんより八つも年下の俺に、兄ちゃんより優れた包容力があるとは思えない。
(兄ちゃんの全てを包んであげられるような包容力かぁ……。ってことは、兄ちゃんって年上好きだったりする?)
もし、兄ちゃんが年下や同い年より、年上が好みだったのであれば、年下の俺にとっては物凄く不利だ。
だけど、兄ちゃんにはまだちょっと子供っぽいところもあるから、頑張って俺が大人っぽくなれば、ちょっとは兄ちゃんをドキッとさせることができるかもしれない。
可愛いより美人が好みだという、容姿に関してはどうにもならないけれど。
「じゃあさ、兄ちゃんの中で男として憧れるのはどんな人? もちろん、憧れる対象は自分と同じ男で答えて欲しいんだけど」
女の好みは聞いた。次は恋愛対象としてではなく、憧れる対象としてはどういう人間が好ましいのかを聞いてみることにする。
兄ちゃんに恋愛対象としての男の好みなんてないことはわかっているから、聞いても兄ちゃんからの答えは返ってこない。
だけど、憧れとしての対象ならいるかもしれないから、何かしらの答えが返ってくるかもしれないよね。
今はいなかったとしても、兄ちゃんだって子供の頃には「こういう大人になりたい」って憧れがあったはずだもん。実際にそういう憧れを抱いた人物も、一人や二人はいたかもしれない。
「はあ? んなもんいねぇ…………こともねぇな。そういやいるわ。こういう人間になりてぇって思う人」
「それってどんな人?」
「大学時代の先輩だよ。すげー背が高くてガタイが良くて、一見怖そうに見えんだけどさ。でも、めちゃくちゃ優しくて、面倒見が良くて、マジで尊敬できる人がいるんだよな。俺や凛のことも何かと気に掛けてくれたし、沢山世話になった人。俺が男に惚れるとしたら、ああいう人なのかもなぁ」
「へ……へぇ……。そういう人がいるんだ……」
何それ。初耳なんだけど。兄ちゃんって大学時代にそんな先輩がいたの? どんな人かすげー気になる。
何かしらの答えが返ってくるんじゃないかとは思っていたけれど、ここまで明確な答えというか、個人を特定する答えが返ってくるとは思わなかった。俺、その人にめちゃくちゃ会ってみたいかも。
でも
「兄ちゃんは今もその人と交流があんの?」
俺がその人に会ってみたいという気持ちより、兄ちゃんとその人に今も交流があるのかどうかの方がもっと気になる。
学生時代は兄ちゃんにも彼女がいて、その人は兄ちゃんにとってただの先輩でしかなかったんだろうけど、今の兄ちゃんはその頃の兄ちゃんと違うもん。不本意ではあったんだろうけど、自分と同じ男に抱かれ、その後も男との肉体関係を持ち続けている。
そんな兄ちゃんが学生時代に憧れていた先輩と今でも交流を持っているのだとしたら、いつ、どういう流れでその人ともヤっちゃうかわかったものじゃないもんな。
俺が男に惚れるとしたら、ああいう人――とか言っちゃう兄ちゃんだもん。俺としては、金輪際その人とは一生会わないで欲しいと思う。
「んー? そりゃ散々世話になった人だからなぁ。直接会うことはねぇけど、メールや電話なら年に数回してっかな? お互いに忙しいから、実際に会ったのは俺と凜が教師になりたての頃だったけど。それ以来は会ってねぇなぁ」
「そう……」
とりあえず、ここ数年はメールや電話のやり取りだけで、直接会っていないと知って安心した。
兄ちゃんが教師になりたての頃といったら、兄ちゃんもまだ男を知らない身体だったから、その人と兄ちゃんの間に何かあったはずがないもんな。
「何だぁ? もしかしてお前、その先輩って人が気になんの?」
未だに兄ちゃんとその先輩が直接会っているわけじゃないと知り、あからさまにホッとした顔になる俺を見て、兄ちゃんは意地の悪い笑顔でニヤリと笑った。
俺の気持ちは受け入れてくれない癖に。俺に愛されてる自覚はちゃんとあるんだよな、兄ちゃんって。
ま、これだけ毎日のように「兄ちゃん好き好き」って言ってる俺を見りゃ、嫌でも自覚せずにはいられないってもんだよな。自分が俺に愛されてるってことを。俺もそこをしっかり自覚してもらわなきゃ困るって感じだし。
「そ……そりゃまあ……。だって俺、兄ちゃんがそこまで人のことベタ褒めしてんの見たことないし」
「そうかぁ? これでも俺、結構人のことは褒めてるつもりなんだけどなぁ? 何たってほら、兄ちゃん教師だからよ。先生は生徒を褒めてやんなきゃだろ?」
「そ……そうだね……」
兄ちゃんはそう言うけど、ぶっちゃけ俺は兄ちゃんが生徒を褒めている姿をあまり見たことがない。
そして、俺が生徒として教師の兄ちゃんに褒められることもほぼない。
学校の連中には俺と兄ちゃんが兄弟だってことを知られちまっているからなぁ……。人前で弟を褒めることが兄ちゃんは恥ずかしいのかもしれない。
でもって、人前で俺を褒めない代わりに、兄ちゃんは俺の前で他の生徒を褒めないようにしているのかもしれない。
自分は褒めてもらえないのに、他の生徒は兄ちゃんに褒めてもらっているところを見たら、俺が絶対に拗ねると兄ちゃんもわかっているはずだから。
「んなことよりお前……いや、お前らだな。お互いの秘密を打ち明け合ったのはいいけど、それでお互いの秘密がよそにバレないように気をつけんだぞ?」
俺が会ったことも見たこともない兄ちゃんの先輩にヤキモチを焼いていることで、兄ちゃんからはもう少し弄られるんじゃないかと思った。が、兄ちゃんはあっさり話題を変えてしまった。
「へ? あ……うん……」
いきなり忠告なんかされたものだから、一瞬「何のこと?」って思ってしまったけれど、お互いの秘密っていうのは、俺が兄ちゃんとただならぬ関係になっていることと、日向と上村先生が付き合っていることで、そのことが周りの人間にバレないよう気を付けろって言われているんだとすぐ気が付いた。
それを言うなら
『兄ちゃんこそ、あの二人との関係がバレないように気をつけなよ』
って忠告してやりたい気もしたが、一度日向にあの二人とセックスしている場面を見られている兄ちゃんは、二度と同じヘマはしないだろうと思っている。
兄ちゃんは学習能力が高いから、滅多なことでは同じミスをしないもんな。
もっとも、性欲が絡むと理性が飛び、同じような過ちを何度も繰り返しちゃうみたいではあるけれど。
俺、鵜飼先生、遠山先生との関係が続いているのも、全部兄ちゃんのミスだと言えばミスだもんな。
「お前と日向がお互いの秘密を知ったことで、お前らの仲が今まで以上に親密になるのはいいけど、あの馬鹿が不審に思う可能性だってあるからよ。あいつの前では今まで通りにしとけよ」
「あー……」
そう言えば、与一は俺と兄ちゃんのことはもちろん、日向と上村先生のことも知らないんだよな。
いつも三人一緒にいるのに、与一だけ何も知らないっていうのもちょっと可哀想な気がするけど、与一の性格を考えればそれもしょうがない。
俺達の秘密を誰かに言うつもしはないし、絶対バレないようにしようと思っているけれど、与一の前ではついつい危うい発言をしてしまうかもしれない。
兄ちゃんの忠告でそれに気付いた俺は
「うん。気を付ける」
素直にその忠告を受け入れると、明日日向にも注意を促しておこうと思った。
秘密を共有する友達の存在は心強いし、頼りにもなるけれど、そのぶん守る秘密が増えたことに、俺は改めて気を引き締める思いだった。
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