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第五章 未知
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しおりを挟む話を元に戻そう。
「じゃあ、改めて聞くけど、遠山先生って兄ちゃんにとってどういう人?」
質問がやや変わってしまっているが、それは兄ちゃんの中で遠山先生がどんな人なのかが大体わかったからだ。
兄ちゃんは遠山先生に対して恋愛感情は抱いていないけれど、可愛いとは思っているらしい。
だったら、そう思う遠山先生は兄ちゃんにとってどんな存在なのか……。今度はそこを聞いてみようと思った。
「どうもねぇよ。ただの職場の同僚だ」
「ただの職場の同僚とセックスはしないよ?」
「~……。ただの職場の同僚で、時々セックスする相手」
「鵜飼先生は」
「同じだ。ただの職場の同僚で、時々セックスする相手」
何やら随分素直に俺の質問に答えてくれるようになったけれど、おとなしく俺からの質問に淡々と答えている方が、余計な発言をしなくて済むと思ったからなのかも。
まあ、答えそのものは素直とも言い難いんだけどな。二人は所謂セフレ関係なのに〈ただの職場の同僚〉なんて言い方をしたり、〈時々〉よりは頻繁にセックスしているのを誤魔化そうとしているし。
でも、正直なところ、兄ちゃんがどれくらいの頻度で二人とセックスしているのかはよくわからない。兄ちゃんってそういうところは上手く隠しちゃうから。
前みたいに完全に事後って感じで帰って来ることは絶対にしないから――あの時は特別だった――、俺はいつ兄ちゃんがあの二人とセックスをしているのかが本当にわからないんだよな。
鵜飼先生の話では、全くシない週もあるみたいだけど、それも兄ちゃんの都合と気分次第みたいだし。
最近は俺ともスるようになったから、二人とするセックスも減っていたりするんだろうか。
「兄ちゃんってさ、鵜飼先生と遠山先生ならどっちが好きなの?」
兄ちゃんが俺の質問に素直に答えてくれるのであれば、聞きたい事は山ほどあった。
あの二人とは今どんな感じなのか。二人に対する今の兄ちゃんの気持ち――。
あの二人とどんなセックスをしているのかもっと詳しく知りたいし、あの二人に抱かれている時の兄ちゃんがどうなっているのかも知りたい。
知りたいこと、聞きたいことを挙げていったらキリがないけれど、俺だって兄ちゃんには本気なんだ。兄ちゃんやあの二人に関する情報ならどんなことだって知りたい。知ったうえで、兄ちゃんをどうにかして俺だけのものにしたい。
「どっちも好きじゃねーよ。そういう意味では」
「でも、兄ちゃんの中で鵜飼先生は面倒臭くて、遠山先生は可愛いんだよね? それって兄ちゃんが鵜飼先生より遠山先生の方が好きってことにならない?」
「ならねーよ。二人ともタイプが違うから、そりゃちょっとくらい違った感情を持っちゃいるけど、俺にとっちゃどっちも厄介で面倒臭い奴らでもあるんだからよぉ」
「そうなんだ」
兄ちゃんの主張は一貫していると言えばしている。
あの二人のことは恋愛的な意味で好きじゃない。どっちも厄介で面倒な奴だと思っている――。それが兄ちゃんの主張だ。
何度もそう言っているということは、本当にそう思っているってことなんだろうけど、それなのにあの二人との関係を続けてしまう兄ちゃんって本当によくわからない。情が移っているにしても、言動が矛盾してるって感じだよな。
「前に上村先生に言ってたけど、鵜飼先生より遠山先生の方がしつこいってどういうこと?」
どちらかと言えば、鵜飼先生の被害ばかり受けている俺は、鵜飼先生よりも遠山先生の方が厄介だと思っている兄ちゃんに聞いてみた。
遠山先生も鵜飼先生と同じで、そう簡単に兄ちゃんのことを諦めてくれなさそうなことはわかる。
だけど、鵜飼先生からの被害ばかり受けている俺は、遠山先生は随分おとなしい印象しか受けないんだよな。
「しつこいっつーか、執着が凄いっつーか……。ぶっちゃけ、鵜飼は他にいい奴ができたらすんなりそっちに行っちまいそうな感じがするけど、遠山はなぁ……。何か俺だけって感じがすげーするから、鵜飼よりは決着つけるのが大変そうだなって」
なるほど。そういうことか。確かに、鵜飼先生は過去の恋愛経験も豊富そうだし、新しい出会いがあったりなんかすると、あっさりそっちに乗り換えてしまいそうな軽さもある。
でも、遠山先生にはそういうイメージがない。遠山先生には鵜飼先生みたいな軽さを感じないもんな。
「あいつ、俺が初めてだって言うし。そんなこと言われちまったら、酔った勢いでシちまったこっちもわりぃのかな、って思うじゃん」
「え」
今、何て言った? 初めて? それってつまり……。
「えっ⁉ 遠山先生って兄ちゃんが初めての相手なの⁉ え⁉ 遠山先生って兄ちゃんとスるまで童貞だったの⁉」
衝撃の事実。あんなに顔が良くて、うちの学校の女子からも高い人気を誇る遠山先生が、今から約一年前までは童貞だったなんて……。
あの容姿なら、中学生の頃にはもう女にモテていたに違いないのに、何で兄ちゃんと出逢うまで童貞だったんだ? 遠山先生ってそういう願望や欲望がなかったとでもいう?
だったら、何で兄ちゃんとはヤったんだよ、って感じではあるけれど。
「そうみてぇだなぁ。初めてシた時は俺も知らなかったけど、二人だけでシた時に言われた。言われてみりゃ、ちょっとぎこちないところがあったと思ったけど」
「……………………」
マジか……。遠山先生って兄ちゃんが初めてなんだ。そりゃ兄ちゃんに対する執着も凄くなっちゃうのかも。
でもって、そんなことも知らずに酔った勢いで遠山先生とシちゃった兄ちゃんも〈酔った勢いで初めて奪っちゃってごめん〉みたいな罪悪感があるのかもしれないよな。
酔った勢いはお互い様だから、兄ちゃんが罪悪感を抱く必要もないんだけど。
「ってか、俺が初めての相手なのはお前も一緒だろ。何驚いてんだよ」
「そりゃ驚くよ。高校生の俺が童貞なのは普通だけど、遠山先生って兄ちゃんと同い年じゃん。しかも、顔だってあんなにいいのに、普通童貞だとは思わないよ」
「まあなぁ……。確かにあいつ、顔はいいよなぁ。俺もあいつが童貞だとは思わなかった」
これは確かにミステリアスかも。
遠山先生に意外と抜けている一面があることもちょっと驚きだったけれど、社会人になるまで童貞だったことはもっと驚きだ。
そりゃ「よくわからない」って言われても仕方がないよな。想像と現実が違い過ぎるって感じだもん。
「俺はそうでもないけど、男にとって初めての相手って特別だったりするんだろ? だから、遠山も俺には執着すんのかと思って。こっちはヤられた側だし、酔った勢いもあったから仕方ねぇ気もするけど、あいつが初めてだって知ってたら、俺だってあいつとはシちゃいけねぇってなってたわ」
「いやいや。兄ちゃん襲われた側だからね。そこは兄ちゃんが責任感じるところじゃないから」
やっぱちょっと責任を感じている兄ちゃんだった。根は優しい兄ちゃんだから、自分が酷いことをされているのに、そういうところで人を許したりしちゃうんだろうな。
まあ、誰が一番悪いのかと言ったら、そういう展開に持って行った鵜飼先生が一番悪い。あの人はもっと兄ちゃんからつれない態度を取られるべきだと思う。
「そういうお前も俺が初めての相手だけど、やっぱ特別だって思ってんの?」
「え?」
話がどんどん本題から離れていっているような気もしたけれど、話の流れで遠山先生が兄ちゃんに執着する理由を考える兄ちゃんは、俺も兄ちゃんが初めての相手であることを思い出し、そんな質問を俺に浴びせてきた。
「何言ってんの? 俺にとって兄ちゃんは最初から特別だよ。だって兄ちゃんだもん。俺の中で兄ちゃんはいつだって一番だし、兄ちゃんより大事な人なんかいないよ」
俺が兄ちゃんに今まで以上に執着するようになったのは、両親を亡くしてしまったことが原因ではあるけれど、俺の中で兄ちゃんは昔から特別だった。
もちろん、恋愛的な意味で兄ちゃんを好きだと自覚してからは、俺の兄ちゃんに対する執着や独占欲は大幅にアップしているけれど、俺は物心ついた頃から兄ちゃんが誰よりも好きで、兄ちゃんが俺の一番だった。
だから、兄ちゃんを諦めないしつこさで言ったら、俺が誰よりもしつこいんだろうなって気もする。
「そっかぁ……。真弥はいつだって兄ちゃんが一番なのかぁ……」
複雑そうな顔でそう言う兄ちゃんは
「うん。そうだよ。俺はいつだって兄ちゃんが一番」
自信満々に答える俺に
「兄ちゃんもそこは一緒なんだよなぁ……」
ちょっとだけ嬉しそうな顔になってそう言った。
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