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第五章 未知
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しおりを挟む「それでどうして付き合わないのかなぁ? お互いにお互いが一番なんでしょ? それって真実さんが真弥のこと一番好きってことじゃん」
「そうなんだけどぉ……。そこに恋愛的な感情がないと、兄ちゃんの中で〈付き合う〉って発想にはならないんだよ。だから、俺とも付き合ってくんねーの」
「何だか難しい……っていうか、面倒臭いね。好きは好きなんだから付き合っちゃえばいいのに。というより何より、せめてエッチなことは真弥とだけにすればいいのに」
「俺もそう思う。だけど、俺じゃまだ兄ちゃんを満足させてあげられないのかも。だから、兄ちゃんは俺以外の人間とも、そういうことがシたくなっちゃうのかもな」
「感情よりも欲望優先ってこと? 正直、真実さんがそんなにエッチな人だと思わなかったから、俺はちょっと理解に苦しむよ」
今日は一学期の終業式。いつもよりちょっとだけ早く学校に着いた俺は、与一がまだ学校に来ていないのをいいことに、あれから何の進展もない俺と兄ちゃんの関係について、日向に愚痴を零していた。
日向に俺と兄ちゃんの関係を知られてしまい、こうして愚痴を零せるようになると改めて思うけれど、心の中に貯まったモヤモヤを吐き出せる相手って本当に有り難い存在だ。
愚痴を零しただけじゃ現状は何一つ変わらなかったとしても、俺の気持ちはかなり楽になるもん。本当に助かるし、心の底から有り難いって思っちゃうよ。
もちろん、俺の不平不満は兄ちゃんにも直接言ってはいるから、誰にも言えない苦しみなんてものは今までも無かったし、場合によっては兄ちゃんに言った方がスッキリすることもあるんだけれど、そもそもの悩みの原因は兄ちゃんだからなぁ……。やっぱ兄ちゃん以外の人間に話を聞いてもらうことも大事なんだと実感する。
「それにしても、鵜飼先生はともかく、遠山先生もってところが俺は未だにちょっと信じられないな。まあ、それを言ったら、俺は真弥と真実さんがってこともちょっと信じられないっちゃ信じられないんだけど」
「遠山先生については俺も同感。俺と兄ちゃんについては何かごめんって感じだな」
「しかも、遠山先生の初めての相手が真実さんだったなんて……。遠山先生ってあんなに女子から人気があるのに、今まで誰ともお付き合いしたことがないなんて意外だよね」
「ほんとそれ。でも、社会人になるまで誰ともお付き合いしたことがないってなったら、何か色々拗らせていそうな感じがするよなぁ……」
「拗らせてるって?」
「だから、恋愛に関する色々をだよ。誰ともお付き合いしたことがなくても、恋愛に対する理想はあったんじゃない? 兄ちゃんとこうなるまでは恋愛の現実ってやつを知らなかったわけだから、恋愛音痴っぽい気がするしさ。普通じゃない恋愛観とか持っていそう」
「なるほど。それはあるのかも」
何か物凄く偉そうに恋愛について語っている俺と日向だけど、俺達だって恋愛のエキスパートってわけじゃないし、普通じゃない恋愛をしているところは一緒だ。
日向はまだ上村先生と正式にお付き合いしているからいいけど、俺も兄ちゃんと付き合っているわけじゃないからな。遠山先生のことを偉そうに言える立場ではなかったりする。
そして、朝っぱらからするような話でもない会話を、真面目な顔で話し込んでいる俺達は
「何の話? 普通じゃない恋愛観を持ってるって誰のこと? お前らがそういう話してんのも珍しいじゃん」
いつの間にか教室に入って来た与一に全く気が付かなかった。
「お……おはよ、与一」
「いつ教室に入って来たんだよ。全然気付かなかった」
教室に入って来た与一に全く気付かなかった俺と日向は、一体どこから与一に話を聞かれていたのかとハラハラしたが、与一の表情からして、何も不味いことは聞かれていないと判断した。
もし、与一にちょっとでも不味いところを聞かれていたら、与一は真っ先にそこを突っ込んでいたと思う。
女の子が大好きな与一は恋愛にも興味津々で、恋バナそのものが大好きだもんな。俺達が特定の人間の話をしているとわかっていれば、その人物についてもっと詳しく知ろうとするに違いない。
「いつの間にって。今教室に入って来たばっかだよ。そしたら、お前らが〈普通じゃない恋愛観〉とか言ってるのが聞こえてきたから、これは是非俺も混ぜてもらわないとって思ってさ」
「……………………」
本当にそこだけしか聞いていない与一に安心したが、与一の前でこれ以上今の話を続けるわけにはいかない。
だって、俺と日向が普通じゃない恋愛観を持っていそうだと話していた相手は遠山先生なんだもん。
どうして俺達が遠山先生の恋愛観について話していたのかを説明するには、遠山先生と兄ちゃんの関係――までは説明しなくても、遠山先生が兄ちゃんのことを好きだって説明はしなくちゃいけなくなる。
そんな話を与一にしようものなら、兄ちゃんと遠山先生のただならぬ関係が一気に学校中に広まっちまうよ。
ただでさえ、兄ちゃんと鵜飼先生や遠山先生の関係は学校の女子の間で親密とされている。その二人のうち、どちらか一人でも兄ちゃんに特別な感情を抱いていると知られたら……。
考えただけでも恐ろしいし、そんな事実が学校中に広まってみろ。俺が兄ちゃんに半殺しにされちゃうよ。
そして、兄ちゃんと遠山先生の関係を疑われ始めたら、鵜飼先生まで兄ちゃんとの関係を仄めかし始めて、最終的にはあの三人の関係が暴露されてしまう危険もある。
兄ちゃんの立場と名誉を守るためにも、俺はあの三人の関係を絶対に知られてはいけないと思っている。
既に関係を知られてしまっている日向と上村先生を除いては――。
「ひょっとして、お前らにもようやく好きな子ができたの? でも、その子がちょっと変わってて、それで苦戦してるとか?」
本当のことは言えないけれど、だからと言って適当に話を合わせるのは危険だ。特に、俺や日向に好きな人ができた――なんてことを認めてしまうのは自殺行為みたいなものだ。
もし、俺や日向に好きな人がいるなんてことを与一が知ってしまったら、その相手が誰なのかを教えるまで、与一は絶対に諦めてくれないもんな。
「いや……そういうことじゃ……。俺達の話じゃなくて、ちょっと遠山先生の話を……」
本当のことを言うつもりはないが、肝心なところさえ言わなければ、ある程度本当のことを話した方が安全だと判断した。
俺が遠山先生の名前を口にすると
「はあ? 遠山先生? そんな話して何が楽しいの?」
案の定、与一は一気に興味が失せた顔になった。
恋愛の話や女の子の話なら物凄く食いついてくる与一だけど、男の話になると途端に興味を失うもんな、与一って。
特に、イケメンの話やモテる男の話になると、その興味の失いようといったら凄まじいもので、あからさまに「聞きたくない」って態度を取ってきたりする。
だから、今回も遠山先生の名前が出てきた瞬間、目に見えて嫌な顔になったわけだけど
「遠山先生の恋愛観なんてどうだっていいいじゃん。どうせあの人、そのへんに彼女が転がってるんだろうしさ。まあ、普通じゃない恋愛観についてはちょっと知りたい気もするけど。でも、モテる男の恋愛観なんてどうせクソだよ」
普通じゃない恋愛観ってところだけには若干の興味を示し、勝手に結論を出していたりする。
ただの憶測で言っただけの言葉だったから、そこだけ興味を示されてもなぁ……って話である。俺だって遠山先生の恋愛観がどうなのかなんて知らないのに。
しかも、勝手に〈クソ〉だなんて結論を出されてしまっているあたりは、ちょっとした罪悪感を覚えちゃうよな。
「それがさ、遠山先生には今お付き合いしてる人がいないらしくて、彼女の理想も凄く高いっていうか、ちょっと変わった好みをしてるって聞いたものだから」
とりあえず、遠山先生の名前を出してしまった以上、遠山先生の話を続けるしかない。
遠山先生は謎に包まれた人だから、こうして話を続けているうちに、与一から俺の知らない情報を得られるかもしれない。
「え? そうなの? でも俺、この前の日曜に遠山先生が綺麗な女の人と歩いてるとこ見たけど? すげー仲良さそうだったから、絶対に彼女だと思ったのに。あれ、彼女じゃなかったってこと?」
「え」
あわよくば――と思っていた遠山先生に関する情報が、こんなにも早く舞い込んでくるとは思わなかった。
しかも、遠山先生に女の影?
兄ちゃんは知っているんだろうか。遠山先生に休日を一緒に過ごすような女の存在がいることを……。
いや、知っているはずがない。遠山先生にそんな存在がいると知っていれば、兄ちゃんだっていつまでも遠山先生との関係を続けるはずがないもん。
(もしかして兄ちゃん、騙されてる?)
与一から遠山先生に女の影があると聞いた俺は、今まで兄ちゃんから聞いた遠山先生の話が全部嘘なんじゃないかって気持ちになってきた。
本当は遠山先生の初めての相手は兄ちゃんなんかじゃなくて、兄ちゃんに対して「お前だけだ」みたいな態度を取るのも、実は兄ちゃんの身体だけが目当てとか……。
兄ちゃんは素直だから、遠山先生の言葉を全部真に受けちゃって、遠山先生に罪悪感すら抱いているというのに。
(許すまじっ! 遠山悠っ!)
もしそれが事実なら、俺は遠山先生を断固として許すことができない。まだ鵜飼先生の方が可愛く思えるくらい、タチの悪い男って感じがする。
「なぁ、与一。それ、どんな人だった? 遠山先生とはどんな感じだった?」
まずは更なる詳しい情報を与一から聞き出し、聞き出した情報を全て兄ちゃんに教えてあげることにしよう。
自分が騙されていたと知れば、兄ちゃんだって怒るだろうし、これ以上遠山先生との関係を続けないだろうから。
「えー……どんな人だって聞かれてもぉ……」
俺から遠山先生と彼女に関する情報を更に聞かれた与一は、自信なさそうな顔で困っていた。
だが、与一がこの手の情報を収集していないはずはない。女子から人気の高い遠山先生のスキャンダルを、与一が見逃すはずはないんだよな。
何せ、遠山先生の人気を失墜させられるチャンスだもん。それなりの情報を得ようとしたずだ。
「とにかく凄い綺麗な人だったよ? 確か、遠山先生のことは〈悠〉って下の名前で呼んでた。あと、妙に距離も近かった。二人の姿を見失う直前には、二人が手を繋いで歩いてるところも見たしなぁ……」
「ふーん……手繋いでたんだ」
これはもう確実じゃね? 遠山先生には現在お付き合いしている彼女がいるって確定じゃね?
そうとわかれば、早速兄ちゃんに報告だ。兄ちゃんに報告して、兄ちゃんに遠山先生との関係を今すぐやめさせなくちゃ。
そして、遠山先生が俺に何か言ってきたら
『遠山先生って彼女いますよね?』
って言ってやるんだ。
俺の前では兄ちゃんのことを「愛してる」なんて言った奴が、実はよその女とデートしていたことを俺に知られたら、遠山先生だっておとなしく引き下がるしかないよな。
「っていうか、何でそんなに遠山先生のこと知りたがんの? 真弥って実はそっち系?」
俺が遠山先生のことを知りたがるのは、純粋に兄ちゃんと遠山先生の関係を引き裂きたいからなんだけど、そんな事情を知らない与一は、俺が遠山先生のことを知りたがる様子を不気味がった。
「ちげーよっ! あんな奴のこと、俺は一ミリも好きじゃねーよっ!」
遠山先生のことは好きどころか腹立たしくて邪魔だと思っている俺は、与一にあり得ない勘違いをされたことにムカついた。
そっち系と言われてしまえばその通りではあるが、俺が好きなのは兄ちゃんただ一人。それ以外の人間との関係を疑われることは、たとえ冗談でも我慢ならなかった。
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