69 / 88
第六章 混戦
5
しおりを挟む「俺からすりゃ、何でそう付き合うことに拘るんだ? って感じだけどな。そりゃ今の状況がいいとは思わねぇけどさぁ……。お前ら俺が〈もうシねぇ〉つっても聞きやしねぇじゃん。結局今の状況が変わらねぇなら付き合うとか無理だろ」
まるで自分が悪いみたいに言われた兄ちゃんは不満そうな顔になり、自分のことを強情だと言った鵜飼先生を責めるような目でジッと見た。
それは拗ねモードな兄ちゃんの顔だったけれど、それはそれで可愛いから、鵜飼先生は内心ほくそ笑んでいるんじゃないだろうか。
「ん~? じゃあ真実ちゃんは俺達がおとなしく言うこと聞きゃ、そのうち俺達三人の中の誰かと付き合う選択をしてくれんの?」
兄ちゃんの言い方が誤解を招くような言い方だったから、鵜飼先生にすかさず突っ込まれていた。
元々俺達三人の誰とも付き合うつもりがない兄ちゃんは
「そういうことじゃねぇけどぉ……」
今度はちょっと困り顔だった。
このままの関係が続いても付き合わないし、今の関係が一時的に中断されても付き合わないとなれば、そりゃ誰も兄ちゃんの言うことは聞かないよな。
こっちは兄ちゃんのことが好きで、兄ちゃんと恋人同士になりたいって思っているんだから。今の関係を中断しても意味がないなら、中断なんかしないってなっちゃうよ。
「だったら真実ちゃんの言うことは聞けないな。俺、真実ちゃんとセックスするの大好きだし。真実ちゃんに誰とも付き合うつもりがないなら、俺は真実ちゃんとのセフレ関係を続ける」
結局、この話はどこまでいっても平行線のままなんだろう。兄ちゃんの気持ちが変わらない限り。
かといって、何度も言うようだけど、兄ちゃんが自分以外の人間と付き合う選択をしたところで、鵜飼先生がおとなしく兄ちゃんから手を引くとも思えない。
だから、こんな会話はただの戯れで意味がないのかもしれない。
それでも、言い続けずにはいられない話でもあるんだろうな。兄ちゃんを自分だけのものにするためには。
「だったら、お前は俺が誰か一人を選んだら、俺から手ぇ引いてくれんの?」
当然、兄ちゃんもその疑問を抱いているから、ここぞとばかりに鵜飼先生に言い返していた。
すると、意外なことに鵜飼先生からの返事は
「そりゃまあ、俺が〈こいつには敵わない〉って思う相手で、それが真実ちゃんの幸せになるなら、俺は泣く泣く真実ちゃんのことを諦めてあげるよ。だってほら、好きな子には幸せになって欲しいからさ」
だった。
俺や遠山先生と違って恋愛経験豊富な鵜飼先生は、当然これまでにいくつもの出逢いと別れを経験している。
それゆえに、引き際みたいなものは心得ているのかもしれない。
でも、それは鵜飼先生の兄ちゃんに対する気持ちが、俺や遠山先生に比べて薄いってことではないんだと思う。むしろ、好きな人のためには自分が辛い思いをしてもいいという、ある意味強さなんだと感じた。
その強さは俺にはない強さだったから、不覚にも鵜飼先生のことをちょっと格好いいと思ってしまった。
俺も兄ちゃんには誰よりも幸せになって欲しいと思っているけれど、それと俺が兄ちゃんを諦めることは全く別物だった。
兄ちゃんには幸せになって欲しいけど、自分の幸せも諦められない。兄ちゃんの幸せは俺と一緒じゃないと嫌だと思ってしまう俺は、結局のところ、自分の願望を最優先にしているだけの我儘な奴なんだろうな。
だから、今の鵜飼先生の発言にはショックを受けた。俺はそこまで兄ちゃんのことを考えてあげられないし、大人な考え方もできない子供なんだって思い知らされたような気がした。
鵜飼先生は恋敵だし、気に入らないところも沢山あるけれど、好きな人の幸せのためなら、潔く身を引く男らしさは格好いいと思う。
「ま、実際真実ちゃんにそんな相手ができたら俺はマジで凹むと思うし、案外そう簡単には諦められないかもしんねーけどな。でも、真実ちゃんが俺といるよりそいつといる方が幸せなんだと思えば、最終的には身を引くよ。敵わない相手と争ったって意味ないし」
「ふーん……そうなのか」
鵜飼先生については、〈自分よりいい相手ができたらそっちに乗り換えるだろう〉と思っている兄ちゃんは、今の鵜飼先生の言葉がそんなに意外とは思わない顔だった。
ただ、鵜飼先生本人ではなく、兄ちゃん自身にいい相手ができても、自分のことを諦めてくれるところはちょっと意外そうな顔をしていた。
俺や遠山先生にはない考え方をする鵜飼先生に
「お前のそういうところは好き。変に俺に執着してないっつーか、後腐れない感じの関係って付き合いやすい」
兄ちゃんは人としての好感を示した。
恋愛感情ではない「好き」を俺以外の人間に言っている兄ちゃんに、俺はちょっとヤキモチを焼いてしまう。
そして、兄ちゃんに一人の男として好感を持ってもらうためには、俺も大人にならなきゃいけないんだと実感した。俺はまだまだ兄ちゃんの中で〈手の掛かる弟〉でしかないと思うから。
「そりゃどうも。でも、だからって今はそう簡単に真実ちゃんのことを諦めるつもりなんてないからな。俺、真実ちゃんのことが誰よりも好きだし、真実ちゃんには本気で俺のことを好きになってもらいたいと思ってるから」
恋愛的な意味ではなかったとしても、兄ちゃんに「好き」と言ってもらえた鵜飼先生は嬉しそうだった。
だけど、あからさまに喜んだりはせず、自分の主張したいことはしっかりと主張してくるところが、また大人の余裕みたいなものを感じる。
やっぱ鵜飼先生は俺や遠山先生とはちょっと違うな。
遠山先生には俺と似た部分を感じることがあったけれど、鵜飼先生にはそういう部分を全く感じない。
それが恋愛経験の差だと言ってしまえばそれまでだけど、今のままじゃ、そのうち鵜飼先生に兄ちゃんを取られてしまいそうな危機感を覚えた。
ただ、鵜飼先生と遠山先生のタイプがあまりにも違うから、果たして兄ちゃんがどっちのタイプにより惹かれるのかはわからないところもある。
付き合いやすさで言ったら断然鵜飼先生なんだろうけど、俺の世話を焼き慣れている兄ちゃんは、意外と手の掛かる相手の方が好きって可能性も無きにしも非ずだしなぁ……。遠山先生との関係が続いていること自体、兄ちゃんは遠山先生みたいなタイプも嫌いじゃないってことなんだと思う。
「あんま好きとか言うな。反応に困んだろ」
鵜飼先生のナチュラルな愛情表現に兄ちゃんは少し照れ、同時に少し困った顔になる。
自分が恋愛感情を抱いていない人間から「好き」と言われたら、そりゃ多少の罪悪感はあるものだよな。
その感情をただひたすら拒み続けているならまだしも、セックスはしているわけだし。
きっと兄ちゃんの中ではこんな展開になると思っていなかったんだろう。酔った勢いでセックスしちゃっただけの相手に、本気で惚れられるとは思っていなかったに違いない。
でも、それは甘過ぎるってもので、そもそもそういう感情が一切ない相手とは、たとえ酔っていてもセックスはしないと思う。男女間ならまだしも、男同士なら尚更に。
男と女なら、〈酔った勢いで好きでもない相手とセックスしちゃった〉なんて話はよくあることなのかもしれないけれど、男同士はなぁ……。相手に何かしらの性的魅力を感じていない限りあり得ない話って気がする。
性的魅力がそのまま恋愛感情に繋がるかどうかは謎だとしても、セックスできるのであれば恋愛ができないわけでもないだろう。
まあ、俺は酔ったことがないし、恋愛経験そのものが乏しいから、そのへんの事情は全くわからないんだけどさ。
「そりゃ言うよ。だって好きなもんは好きなんだから」
俺や鵜飼先生、遠山先生に恋愛的な意味で「好き」と言われるのが苦手らしい兄ちゃんは、またしても鵜飼先生に「好き」と言われて物凄く不満そうな顔だった。
でも、それは兄ちゃんに今スイッチが入っていないからで、セックスしている最中に言われたらまた別なんだと思う。
だって兄ちゃん、俺とセックスしている最中に俺が兄ちゃんに「好き」って言うと、高確率で「俺も」って言ってくれるもん。
あくまで俺の場合はそうだけど、鵜飼先生や遠山先生相手でも、シている最中は同じような感じなんじゃないかって気がするよな。
でもって、兄ちゃんの反応が平常時とセックス中では違うことも、二人が兄ちゃんを諦められない原因になっていそうな気がする。
理性を失った兄ちゃんは自分が何を言っているのかわかっていない状況になっていたりもするんだけれど、理性を失っている時の兄ちゃんの言葉こそ本心だって、二人は思っているんじゃないかな。
兄ちゃんが俺に言う「好き」も、弟としての俺のことを「好き」だって言ってくれているわけで、そこに嘘はないわけだし。
「真実ちゃんもいい加減言われ慣れてくれよ。俺に好きって言われんの」
言うな、と言っても兄ちゃんに「好き」って言うのをやめそうにない鵜飼先生に、兄ちゃんは最早何も言い返す気力が湧いてこないのか、諦めた顔になった。
0
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる