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第六章 混戦
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しおりを挟む「あっれ~? 結局何もシてねーの? 俺達を部屋から追い出して、部屋に鍵まで掛けたのに」
兄ちゃんを散々甘やかし、どん底気分から浮上させてあげることに成功した俺は、服を着せた兄ちゃんを連れて一階のリビングに戻って来た。
そこでは俺の予想通り、再び飲み直している鵜飼先生と遠山先生の姿があった。
別に帰ってくれても良かったんだけどな。もう飲む必要だってないだろ。目的は果たしたんだから。
「俺に何かできるとでも? あんた達にヘトヘトにされた兄ちゃんを見て何かしようと思うほど、俺も盛っちゃいねーんだよ」
正直なところ、俺自身が落ち込んで何もできなかったところもあるわけだけど、そんなことはわざわざ言う必要がないと思った。せっかく兄ちゃんも元気になったんだから、余計なことは思い出させたくない気分である。
だけど、兄ちゃんの方はそうもいかないみたいで、呑気に酒を飲んでいる二人の姿に腹が立ったのか
「てめぇらぁっ! 今日という今日はもう許さねぇからなぁっ! 一体どういう神経してやがんだぁっ! 説明しろぉっ!」
顔を真っ赤にして大激怒だった。
しかし
「えー? 俺達の前で酔っ払っちゃった真実ちゃんが悪いんじゃん」
「そうだぞ。お前が酔って俺達を誘惑してきたんじゃないか」
当然ながら、二人に反省の色は全く見られなかった。
「俺はそんなことしてねぇっ! 俺の記憶が曖昧だからって適当なこと言うなぁっ!」
「適当なことなんか言ってないよ。証拠あるもん。見る?」
「はあ⁉ 証拠だぁ?」
何か三人で揉め始めちゃったみたいだけど、とりあえず放っておいて風呂を入れることにした俺。
三人の言い合いはしばらく続きそうだけど、風呂が入ったら二人には帰ってもらって、兄ちゃんを風呂に入れてあげようと思う。
遠山先生は明日休みみたいだけど、兄ちゃんは明日仕事だもんな。あんまり夜更かしさせるのも良くない。
「ほら」
「んん~? …………おい。これのどこが誘惑してんだぁ? ただ酔ってへろへろになってるだけじゃねぇかっ!」
「だから、それが誘惑してるっていうんじゃん。酔ってほにゃほにゃになってる真実ちゃんってめちゃ可愛いんだから」
「それはてめぇの主観であって、俺がお前らを誘惑したことにはならねぇだろっ!」
「そうでもない。神崎だって俺達がどういうお前に欲情するかは知っているじゃないか。俺達好みの姿を晒しておいて、〈誘惑してない〉は通用しないぞ」
「んなもん知るかぁっ! 俺が悪いみたいに言うんじゃねぇよっ!」
やれやれ。元気になった途端ほんと元気だな。
ま、元気なのはいいことだし、こうして二人を怒鳴りつけている兄ちゃんを見ると、いつも通りの兄ちゃんだと思えて安心もする。
っていうか、どうして普段はこうなのに、セックスしている時はまるで別人みたいにしおらしくなるんだろうなぁ。俺はそれが未だに理解できないよ。
まあ、そういうスイッチが入っちゃうからなんだろうけどさ。スイッチが入った途端、急に淫乱モードになっちゃうから、いつもとはまるで別人みたいになっちゃうんだろう。
そのギャップに鵜飼先生や遠山先生もやられているんだと思う。俺だって、普段の兄ちゃんとセックスしている時の兄ちゃんの差にはめちゃくちゃ萌えるし、〈もっと見たい〉って思っちゃうもんな。
「つーかぁ、今回のことで俺はよくわかった。お前ら三人の中じゃ真弥が一番まともで、真弥が一番大人だ。だから俺、これからは真弥とだけスる」
「え⁉」
お湯はりのスイッチを入れた後は、何だかんだと散らかっているリビングの片付けをしていた俺は、いきなりそんなことを言い出した兄ちゃんに、思わず驚きの声を上げてしまった。
いや。嬉しいんだよ? 兄ちゃんにそう言ってもらえて、俺はめちゃくちゃ嬉しいんだけど……。
「は?」
「マジで言ってんの?」
どうして今、このタイミングでそんなことを言うかな。いきなりそんなことを言って、この二人が素直にそれを承諾するとでも?
するわけがない。その証拠に、兄ちゃんからそんなことを言われた二人の顔は頗る怖いものになっていた。
「マジだ。今決めた。もう決めた」
「いやいや。ちょっと待とうよ、真実ちゃん。話が急過ぎるじゃん」
「弟の前でセックスしたのがそんなに気に入らなかったのか?」
「当たり前だわっ! 何が悲しくて、真弥の前でお前らに突っ込まれてる姿晒さなきゃなんねぇんだよっ! 俺、クソ怒ってんだからなっ!」
「ごめんって。今回のことは反省するから、〈もう真弥としかシない〉とか言うなって」
「考え直せ、神崎。その選択は一番ダメな選択だぞ」
案の定、二人からは必死の和解を持ち掛けられることになる兄ちゃんだが、今回の件は相当頭にきているのか、頑として考えを変えようとしない姿勢だった。
どうでもいいけど、俺としかシない理由が〈三人の中で一番まともで、一番大人だから〉って……。
(そこは〈好き〉とかじゃないんだ……)
って、ちょっとしょんぼりしちゃうよな。
もちろん、俺を〈一番〉だと思ってくれているところは嬉しいんだけど。
「んだよっ! お前らも散々言ってたじゃねぇかっ! 〈そろそろ誰か一人に絞って欲しい〉とか、〈俺のものになれ〉とかよぉっ!」
「そりゃ言ったけどさぁ。それってつまり、真実ちゃんに俺達の中の誰か一人を好きになって欲しいってことで、俺達のしたことが気に入らないから、〈真弥としかシない〉って選択をすることじゃないんだよ?」
「そんな理由で関係を断たれても、納得できるわけないだろ。神崎は別にそこにいる弟のことが好きってわけじゃないんだから」
「は? 好きに決まってんだろ。少なくとも、この三人の中じゃ一番好きだわ」
「それは〈家族として〉って意味だろ? そういう意味での好きなら、俺達が真弥に勝てるわけないじゃん」
「俺達が言っているのは恋愛的な意味でってことだ。お前は弟に恋愛感情を抱くことができるのか?」
「それは……できねぇけどぉ……。でも、んなこと言ったら、俺はお前らにも恋愛感情を抱けるとは思えねぇもん。だったら、俺が三人の中の誰を選んでも一緒じゃね?」
「いや。一緒じゃない。むしろ、三人共恋愛感情を抱けないというなら、一番選んじゃいけないのが弟だ」
「何でだよっ!」
「よく考えてもみなよ。家族だよ? 兄弟なんだよ? 弟と当たり前のようにセックスする日常が、真実ちゃんにとっては普通なの?」
「べっ……別に普通だとは思わねぇけどぉ……」
いきなり俺としかシないって言い出した兄ちゃんに、二人が納得しないことは俺もわかりきっていた。
それにしても、そうさせないために二人とも必死過ぎんだろ、って思う。
自分達の関係だって決して一般的ではないっていうのに、俺と兄ちゃんの関係の方がよっぽど異常みたいに言うし。
そりゃまあ、ほんの少し前までセックスしていた相手に、いきなり「もうシない」って言われたら焦る気持ちはわかるけどさぁ……。
だからって、ここぞとばかりに俺と兄ちゃんの関係を否定するのはやめて欲しい。そもそも、兄ちゃんと俺がこうなったのも、鵜飼先生や遠山先生の関係があったからこそなんだから。
「そうだ。お前と弟の関係は普通じゃない。だから、一時的な感情で俺達ではなく、弟を選ぶなんて愚かなことはするべきじゃない」
「そうそう。真弥は真実ちゃんの弟だけど、俺達は家族でも何でもないからね。いずれ恋仲になっても何の不自然もないよ」
はいはい。何が何でも兄ちゃんの決断を覆したいわけね。そのためには、俺と兄ちゃんの関係なんていくらでも壊していいっていう腹積もりなんだ。
マジでクソ野郎共だな。こいつらに俺を思い遣る気持ちは皆無らしい。
兄弟よりも他人の方が恋愛関係になっても自然だと主張する二人に
「いや……。男同士ってことが既に自然じゃねぇんだけど……」
兄ちゃんは引いているみたいだった。
自分の出した答えに、まさかここまで二人が反対してくるとは思っていなかったんだろう。今回は二人にも充分非があったわけだから、少しは反省して、自分の意志を尊重してくれるものだと思っていたのかもしれない。
だがしかし、結果はそんなに甘くなかったようである。
それでも
「つーかさぁ、お前らちょっとは俺に申し訳ないと思ってくんね? 何で二人揃って反省の色ってもんが全くねぇんだよ。仮に俺の決断に納得がいかなくても、今は一旦受け入れるべきところじゃね? そんくらいのことはしたんだからよぉ」
今日の兄ちゃんはそう簡単に言い包められなかった。
二人の主張には〈確かに〉と思うところもあるのかもしれないけれど、だからといって二人ではなく、俺を選ぼうとする自分の選択が間違っているとも思っていない様子の兄ちゃんは、改めて二人の行いを非難し、自分の主張を通そうとした。
確かに、恋愛感情のないセフレ相手として弟を選ぶ兄ちゃんの選択は、二人が言うように間違っているんだと俺も思う。
だけど、感情的ではない言葉で二人を説き伏せようとする兄ちゃんの言葉が、俺には一番正しく聞こえてしまうから
(ほんと、今は一旦引くべきところだろ……)
俺は心の中で兄ちゃんを応援した。
感情的になって怒鳴るのではなく、落ち着いた声のトーンで自分達をじんわりと責めてくる兄ちゃんに、二人は多少危機感を覚えたのか
「だって、真実ちゃんが急に真弥としかシないって言い出すから」
「こっちは何としてでもそれを阻止しようって思うじゃないか」
今度は拗ねモードだった。
ほんと、あの手この手を使ってよくもまあ……って感じだけど、これはある意味別れ話をされているようなものだから、兄ちゃんに未練ありまくりな鵜飼先生や遠山先生が往生際悪くなるのも仕方がないところだよな。
そして、これまで散々二人と身体を重ねてきた兄ちゃんも、二人に縋られるとせっかくの決意も揺らぐのか
「わかったわかった。それについてはもっとよく考えてから答えを出すことにしてやっからよぉ。でもまあ、今回の件について、何のお咎めもなしってわけにはいかねぇから、しばらくはお前らとスるつもりねぇからな。それくらいの罰は受け入れろ。いいな」
せっかく下した決断を期間限定のものに変えてしまった。
正直、その変更は俺にとって非常にがっかりではあったけれど、逆の立場を考えたら、あまりにも急な話でちょっと可哀想な気持ちにもなった。
何だかんだと、兄ちゃんを巡ってこの二人との交流を重ねてきた俺も、少しはこの二人に情が移っしまっているらしい。
だから、今回はおとなしく兄ちゃんの決断を尊重してあげようと思った。
ぶっちゃけ俺も一時的な感情だけで兄ちゃんに選ばれるのは如何なものかと思ったし。自分が兄ちゃんに選んでもらえる心の準備ができていなかったから、ちょっと戸惑っている部分もあった。
一時的ではあるけれど、しばらくは俺が兄ちゃんを独占できるみたいだから、今はそれで満足することにした。
「はぁーい」
「猛省する」
何はともあれ、こうして三人の揉め事は丸く収まり、二人にはそれなりの罰も与えられたわけだから、事態は一件落着というやつなのだろう。
現在時刻は午後十一時になろうかというところ。
色々と予想外なことばかりが起こり、大変だった一日がようやく終わろうとしている。
まるで生徒を叱るような兄ちゃんの言葉に、ようやく反省らしい態度を見せた二人が、しおらしい返事を返した時――。
ちょうど風呂が沸いたことを告げるメロディーがリビングに鳴り響いた。
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