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最終話 前進
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しおりを挟む鵜飼先生がそんな手段に出たものだから、次は遠山先生が鵜飼先生と同じことを言い出すんじゃないかとハラハラしていた俺。
だが、恋人同士の先に別れが待っているような関係を遠山先生は望まなかった。
むしろ、二人いたライバルが一人になった今がチャンスとばかりに、遠山先生の兄ちゃんに対する積極的な行動や独占欲はどんどん強まっていく一方だった。
では何故、今は兄ちゃんと遠山先生の関係が清算されているのかというと――。
実は兄ちゃんと遠山先生の関係は清算されているわけではなく、ある事情によって中断されているだけなのである。
そして、そのある事情というのは第三者の介入というか、新たなるライバルの出現だった。
新たなるライバルの出現なら、俺にも無関係な話じゃないと思われるかもしれないが、今回のライバルに関しては俺もあまり気にならないというか、むしろ応援してあげたい気持ちになる。
何故なら、そのライバルというのは俺達と兄ちゃんを巡って争うライバルではなく、兄ちゃんと遠山先生を巡って争うライバルだからで、そりゃ俺としては「頑張れっ!」って応援したくなるってものだ。
そのライバルの名前は花江蜜香。俺もお世話になったことがある学校の保健医だった。
実は花江先生が遠山先生のことを好きなんじゃないかって噂は、生徒の間では何度となく議論されていたことで、花江先生が遠山先生を巡って兄ちゃんとライバル同士になること自体はそんなに意外ではなかった。
ただ、〈どうして急に?〉と思うところはあった。
そもそも、花江先生は遠山先生のことを好きなのかも? という噂は、所詮生徒達の憶測でしかなく、花江先生が本当に遠山先生のことを好きだという証拠は何もなかった。
遠山先生はその美貌故に、女子生徒から人気の高い先生ではあるから、気になった女子が直接花江先生に真相を確かめに行ったこともあるそうなんだけど、花江先生は当たり障りない言葉であっさり躱してしまったという話だ。
立場上、生徒から反感を買うような言動は控えているだろうし、個人が抱く恋愛感情そのものは至極プライベートな部分でもある。たとえそれが許される立場だったとしても、花江先生の性格なら、わざわざ人に言い触らすような真似はしなかっただろう。
それならば、どうして花江先生が遠山先生に恋愛感情を抱いていることを俺が知ることになってしまったのか――。
俺以外の生徒は相変わらず花江先生の本当の気持ちは知らないままだったけれど、俺だけが知ることになってしまった理由。
それは、花江先生に兄ちゃんと遠山先生の関係がバレてしまったからだ。
日向に続いてまたかよ――と、俺は盛大に呆れることになったんだけど、花江先生にバレてしまったのも当然だった。
何せ兄ちゃんと遠山先生は、よりによって花江先生のテリトリーである保健室で、いかがわしい行為に及んでいたのだから。
いくら内側から鍵を掛けたところで、花江先生には通用しないってものだ。
もちろん、二人とも花江先生にバレないという確信を持って、こっそり保健室で事に及ぼうとしたみたいなんだけど、その日たまたま忘れ物をして保健室に戻って来た花江先生に、兄ちゃんと遠山先生は言い逃れができない決定的な瞬間というやつを見られてしまったのである。
学校の中で教師にあるまじき行為に耽っていた兄ちゃんと遠山先生は、その後花江先生に二時間にも及ぶ説教をされる羽目になった。
いくら待っても兄ちゃんが帰って来ないし、連絡もないから、心配になって兄ちゃんのスマホに電話を掛けてみた俺は、スマホから兄ちゃんの声ではなく、花江先生の声が聞こえてきた時は「誰⁉」って本気で焦った。
でも
《ごめんなさいね、神崎君。お兄さんは今、重大な問題を起こして遠山先生と一緒に私から説教をされている最中なの。だから、お兄さんが家に帰るのはもう少し後になるわ》
そう言われると俺も察しがついた。
もちろん、家に帰って来た兄ちゃんに俺も説教をした。
一度日向に見られているのに、どうしてまた人に見られるようなことになったのかと、兄ちゃんを厳しく問い詰めてやった。
その後からだ。花江先生の兄ちゃんと遠山先生を監視する目が厳しくなったのは。
最初はまた兄ちゃんと遠山先生が学校でいかがわしい行為に走らないよう監視しているのかと思っていたんだけれど、そうではないと判明したのは高三の夏休みが終わる少し前。
不定期に行われる教師同士の飲み会で、花江先生が酔った遠山先生を自宅に連れ帰ったという話を兄ちゃんから聞いた時、俺は〈噂は本当だったんだ〉と素直に受け入れた。
花江先生がどういう目的で遠山先生を自宅に連れ帰ったのかは定かじゃないが、酔った異性をお持ち帰りする目的なんて一つしかないと思う。
その証拠に、そこから遠山先生の花江先生に対する態度は明らかに変わっていたし、花江先生も遠山先生に対する言動が変わったと兄ちゃんから聞き、二人の間に男女の関係があったことを確信した。
もちろん、遠山先生的には不本意な展開だったんだろうけど、相手は女性だ。酔っていたとはいえ、男としての責任みたいなものを感じずにはいられないんだろう。自分に言い寄ってくる花江先生を雑には扱えず、ほとほと手を焼いている様子だった。
一方、兄ちゃんの方はというと
『あいつ、俺以外の人間と経験がねぇからなぁ。いいんじゃね? せっかくの機会だからまともな恋愛ってもんをして、そのまま俺のことなんか忘れちまえば』
とまあ、あっさりしたものだった。
多分、鵜飼先生とのセフレ関係が解消された後だから、遠山先生との関係もそろそろ潮時だと思ったのかも。
花江先生の目を盗んで、相変わらず自分に言い寄ってくる遠山先生に対して、花江先生と付き合うように促してしまうほどだった。
だからといって、遠山先生が簡単に兄ちゃんを諦めるわけでもなかったんだけど、花江先生のことも無視できないうえ、花江先生の監視の目もあると、そう簡単に兄ちゃんにちょっかいが出せないようで、兄ちゃんとの関係がすっかり中断されてしまっている状態だった。
正直、俺が高校を卒業する前に、遠山先生を監視する存在が現れてくれたことは非常に助かった。
兄ちゃんと鵜飼先生のセフレ関係が解消されても、遠山先生と兄ちゃんの関係が続く限り、学校での兄ちゃんの身の安全は保障されないから。
突然邪魔が入った形になった遠山先生のことはちょっと可哀想だと思うけれど、それは自分が兄ちゃんにしてきたことでもあり、自業自得というか、当然の報いみたいなところもあるから、あまり同情する気にはなれなかった。
それに、兄ちゃんの言うように、遠山先生には恋愛経験というものがほとんどないから、少しは兄ちゃん以外の人間と深い関係になって、恋愛観が変わってしまうのもいいんじゃないかと思う。
もしかしたら鵜飼先生のように、兄ちゃん以外の人間と上手く行く可能性だってあるかもしれないんだから。
――って、兄ちゃん以外の人間と恋愛をしたことがない俺が言うことでもないんだけどな。
今兄ちゃんが遠山先生に向かって言っている言葉は、数年後に俺が兄ちゃんから言われている言葉になるのかもしれない。
そうならないように、俺は兄ちゃん以外の人間に誑かされないように気をつけなくちゃ。
とまあ、そんなわけだから、兄ちゃんと遠山先生の関係は鵜飼先生と違って完全に切れたわけじゃないし、遠山先生はまだ兄ちゃんのことが好きなままなんだけど、遠山先生が思うように兄ちゃんにちょっかいを出せない以上、俺が兄ちゃんを独占できている状態なのだ。
兄ちゃんもそれを良しとしているから、今の俺は誰にも邪魔されることなく、兄ちゃんを独り占めできる状況にあった。
とはいえ、兄ちゃんは相変わらず俺のことは弟としてしか見てくれていないから、俺との関係も進展しないままではある。
それでも、最近の兄ちゃんを見ていると、〈本当に俺のことは弟としてしか見ていないのかな?〉って思う時もあるから、俺はちょっとだけ期待をしつつ、兄ちゃんのことを好きでい続けているのであった。
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