お兄ちゃん絶対至上主義☆

藤宮りつか

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最終話 前進

 3

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 話は現在に戻る。
 これまで徒歩通学しかしたことがなかった俺も、大学生になったらそういうわけにもいかなかった。
 俺の希望通り、兄ちゃんが通っていた大学と同じ大学に進学することができたのは嬉しいけれど、兄ちゃんと一緒に登校できなくなったのはちょっと寂しい。
 今思うと、毎朝兄ちゃんと一緒に登校できていた高校生活ってめちゃくちゃ幸せだったよな。学校にいる間も兄ちゃんに会えたし。
 毎朝兄ちゃんと一緒に家を出るところは変わっていないけれど、家を出てちょっと一緒に歩いたら、兄ちゃんとは別の道に進まなくちゃいけなくなる俺は、最寄り駅の改札の前で日向に会った。

「おはよ、真弥」
「おはよ、日向」

 俺と同じく教師を目指す日向は、大学も学部も俺と一緒だった。
 新しく始まった大学生活で、日向が一緒にいてくれることはとても心強い。
 じゃあ与一は? というと――。

「与一は? まだ来てないの?」
「それがさ、さっき電話したら今起きたところだって。だから、今日は先に行っててってさ。何か昨日は急遽お泊りになっちゃったみたいだから、まだ向こうの家にいるみたい」
「ふーん。そうなんだ」
「俺がとやかく言うことでもないけど、せめて大学生活に支障がない付き合い方をして欲しいものだよね。学生の本分は勉強なのに」
「ほんとだな」

 一応一緒にいるにはいる。
 あまり勉強を真面目にしてこなかった与一だが、俺と日向が兄ちゃんの通っていた大学に進学するつもりでいると知った途端、急に焦り始めたみたいで、そこからはかなりの猛勉強をして、俺や日向と同じ大学にギリギリ合格することができた。
 ただ、与一は別に教師を目指しているわけじゃないから俺達と学部は違うんだけど、あまり勉強をしてこなかった与一が、兄ちゃんの通っていた大学に合格できたことは凄いと思う。
 本当はやればできるのに、今までやってこなかったってことなんだな。
 でも、大学に合格した後は、また今まで通りの与一に逆戻りしているって感じである。

「んじゃま、与一は置いてさっさと行くか」
「そうだね」

 大学には電車で行く。初めての電車通学もちょっと新鮮で、電車の中ではいつも日向や与一と雑談をしながら時間を潰している。
 だから、いつも二人とは改札の前で待ち合わせをしているんだけれど、そこに与一がいないのは今日で三度目だ。
 まだ大学生活は始まったばかりだというのに、こんな調子だと先が思いやられるよな。
 まあ、与一の人生だから与一の好きにすればいいと思うけど、あまり続くようなら、日向から厳しめの説教をされる羽目になるだろう。

「日向は最近どうなの? 上村先生とは上手く行ってる?」
「うん。まあ……」
「あれから何か変わったこととかない? まあ、日向のところはちゃんと付き合ってるし、変わるとしたら〈お互いのことがもっと好きになった〉とか、それくらいなのかもしれないけど」
「……まあ、実際その通りなんだけど……」

 電車で移動する時間は二十分ほど。その間、俺達の話す会話の内容といったら、始まったばかりの大学生活の話か恋愛の話って感じだ。
 今朝は後者を選んだ。与一が一緒だと日向と落ち着いて恋愛の話ができなかったりするもんな。
 特に、最近の与一は自分の話を聞いて欲しい気持ちが強過ぎて、俺や日向は自分の話をする隙がないって感じだし。
 だから、日向に上村先生との話を聞いたり、俺と兄ちゃんの話をするには、こうして日向と二人だけの時がチャンスだった。
 俺と兄ちゃんが兄弟の一線を越えてしまう前から、上村先生と密かにお付き合いしていた日向は、日向自身にそういう欲があまりなかったことと、教師という立場上、生徒である日向にキス以上のことはしないという方針だった上村先生によって、物凄く清らかなお付き合いをしていた。
 だけど、そんな日向ももう大学生だ。もう上村先生の生徒ではなくなった日向は、高校を卒業した翌日に、上村先生ともようやく恋人同士の一線を越えたわけなんだけど、その時は物凄く舞い上がってしまって、何だかちょっとおかしくなっていたように思う。
 まあ、初体験ってやつを経験したわけだから、日向がおかしくなってしまっても無理はない。元々日向はそういうことに疎かったし、〈上村先生と一緒にいられるだけで満足〉ってタイプの人間だったから。
 今の日向はさすがにもう落ち着いているし、上村先生とは週末になると一緒に過ごすことにしているみたいだから、その後どんな感じになっているのかは気になるところだった。
 俺と違って好きな人と一緒に住んでいるわけじゃない日向は、高校を卒業したら上村先生と会う機会がグッと減ってしまったから、それについて寂しいと思っているのかな?

「日向の場合、高校を卒業したら今までみたいに上村先生と会えないじゃん? 一緒に住もうとか、そういう話は出てないの?」
「えっと……実はそういう話も出てはいるんだけど……。でも、今すぐってわけじゃなくて、来年くらいにどうかなって……」
「へー、そうなんだ」

 どうやら日向と上村先生のところは順調なようだ。
 せっかく日向も大学生になったんだから、思いきって同棲でもしちゃえばいいのに――と思っていたら、そういう話もちゃんと出ているみたいでホッとした。
 でも、どうして来年なんだろう。大学生になると同時に家を出るのって珍しい話じゃないし、どうせなら日向が大学生になったと同時に一緒に住めば良かったんじゃないかと思う。
 まあ、そこが日向と上村先生っぽいと言えば〈っぽい〉よな。きっとこの二人の中には段階っていうものがあるんだ。事を進めるにあたり、一つ一つ段階を踏んでいき、ゆっくりと愛を育んでいくスタイルなんだろう。
 段階を踏む以前に感情と欲望が先行して、付き合う前に兄ちゃんと肉体的な関係を持ってしまった俺としては、そういうのんびりとした愛を育む二人がちょっと羨ましいと思うところもある。
 自分がこれまで兄ちゃんにしてきたことを後悔するつもりはないけれど、まだ兄ちゃんと恋人同士になれていないことを考えると、身体の繋がりより、まずはそっちを優先するべきだったんじゃないかと思ったりもするし。
 今となっては今更過ぎる話だし、別に俺、兄ちゃんと恋人同士になれなくても充分幸せっちゃ幸せなんだけどな。
 ただまあ、兄ちゃんと恋人同士になれないと、俺の片想いが延々と続いているって感じがするからちょっと辛いし、虚しい感じはするよな。
 いつまで経っても兄ちゃんを自分のものにできない自分に、不甲斐なさを感じたりするし。

「まあ、まだ確定じゃないし、上村先生と一緒に住むなら住むで、どうやって家族に説明するかを考えなくちゃいけないところもあるんだけど」
「そこは何とでも言いようがあるじゃん。別に上村先生との関係を馬鹿正直に話す必要もないし」
「うぅ~……そうかもしれないけど、それだと俺の良心がぁ~……」
「だろうな。まあ、来年って言うならまだ時間はあるし。そのへんは上村先生と一緒に考えたらいいんじゃない?」
「……そうする」

 きっとここの二人がとんとん拍子に進展しないのは、日向の性格もあるんだろうな。
 真面目な日向は何事にも筋を通そうとするから、勢い任せな行動に出ることがないし。
 実家を出る――という、男ならそれほど難しくないことでも、難しくあれこれ考えてしまうところが日向らしい。
 俺だったら

『一人暮らししてみたいから家出るわ』

 で済ませちゃうところだ。

「俺のことより、真弥こそ最近どうなの? 真実さんとはまだ付き合ってないの?」
「え。あー……うん」
「ほんといつになったら付き合うの? 真実さん、今はもう真弥だけなのに」
「さあ? それは兄ちゃん次第だからなぁ……。兄ちゃんがそういう気持ちになってくれないと、俺には何ともできないよ。ぶっちゃけ遠山先生とのことだって、ちゃんと決着がついたわけじゃねーし」
「そうかなぁ? もう半年以上真実さんと遠山先生って何もないんでしょ? だったらもう決着はついてるようなものじゃん。真弥との兄弟関係もとっくに破綻しちゃってるんだから、いい加減腹括って真弥と付き合えばいいのに」
「うーん……」

 俺に上村先生との近況を聞かれたお返しなのか、今度は俺が日向から兄ちゃんとの近況を聞かれることになったのだが、この半年はこれといった進展なんてないから、日向に報告するようなことは何もなかった。

「っていうか、俺達の中では一番先にそういう経験をした真弥が、未だに誰とも付き合っていないなんて変だよね。与一ですら、今は付き合っている相手がいるっていうのに」
「ほんとだよな。こう言っちゃなんだけど、正直俺も与一に先を越されるとは思ってなかったから、ちょっとショックだよ」
「しかも相手が……」
「なぁー。意外だよな」

 せっかく与一がいないんだから、何も与一の話をしなくても――と思うが、ついつい話してしまう事情ってやつがある。
 俺と日向の会話を聞いていると、与一にも今は付き合っている相手がいるのでは? という察しがつくだろうけれど、その相手というのが、誰も想像しなかった相手だったりもするから、俺達の中では何かと話題になったりもする。
 もちろん、与一の中でもそれは予想外の展開で、だからこそ、与一も俺達に自分の話を聞いて欲しいって気持ちが強くなってしまうんだろうと思う。
 話の内容はほとんど愚痴か不満ばかりで、〈そんなに不満があるなら何で付き合ってんの?〉って言いたくなるけれど、そこはまあ、向こうの方が与一より一枚も二枚も上手だからだろう。
 何せ相手はその気がない相手を自分の意のままに操ることができる恋愛のスペシャリストみたいな人間だから。
 女好きで、恋愛には興味津々でも、実際に恋愛経験のない与一が、相手の手中に堕ちてしまうのは当然だった。


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