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03 寒い日々だから
言葉はわかりやすく
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04
続いて、プレゼンの内容に関する質問の時間になる。
「農業用メガフロートを一から建造するとなると、初期投資がかなりのものになりますね?
採算が合うでしょうか?」
農水相の職員らしい中年女性がまず瞳に問う。
「おっしゃる通り、初期費用はかなりのものになります。
しかし、お伝えしたようにランニングコストは圧倒的に安くなります。
なんと言っても、我が国は毎年のように台風に悩まされていますからね。
台風一発でせっかく飢えた稲が全滅という事もあり得ます。
その点、自然環境の影響を受けないメガフロートは、農業をいわゆるお天気商売から解放します。
採算は合うと考えています」
あらかじめ、されるであろう質問を予測して返答のシュミレーションはしてある。
瞳はよどみなく応える。
「除草剤も農薬も不要というのは確かに魅力的です。
しかし、消費者の感情という面ではどうでしょうか?
隔絶された空間で育てられた米。
失礼ながら、科学的な根拠があるでもないが、お日様と風に当たって育った米の方が美味しそうに感じられる。
ブランドやネームバリューで既存の米と競争になるでしょうか?」
食品会社の取締役である痩身の老人が問うてくる。
「おっしゃる通り、ササニシキやコシヒカリなど、日本人はお米のブランドにこだわりがちです。
しかし、いかんせん高い。
となれば、メガフロート農業で作られた穀物は、“安い割りに美味しい”という強みを持ち得ると考えています」
瞳は憶せずに持論を述べる。
日本人は確かにブランドにこだわる。
しかし、一方でよく言って柔軟、悪く言って適当なところがある。
明治維新後、食用のぶどうからワインを作ってしまった民族だ。
“安い割りに美味しい”は、強力なアドバンテージとなるはずだった。
「アイディアは非常に斬新と思います。
しかし、実現可能性としてはどうでしょうか?
アメリカのコーンベルトは、砂漠化の危機が取りざたされながらいまだ健在です。
日本の稲作も、すぐに危機が訪れる兆候は見当たらない。
わざわざメガフロートで米を作る意味があるのだろうか、という声が上がることは予測されますね?」
金融機関の職員らしい若い男が手を上げて質問する。
「鋭いご指摘です。
意味があるのだろうか、と考える方は多いでしょう。
陸地で米は普通に作れているじゃないか、と。
ですが、歴史を思い出してみて下さい。
飢饉、飢餓というのは驚くほど簡単に起こるのです。
来年、夏に雨が続くかも知れません。あるいは、どこかの火山が噴火して、成層圏まで舞い上がった粉塵で太陽光が遮断されてしまうかも知れません。
自然現象に対して人間は無力です。
ならば、災害に備えて自然現象の影響を受けない農業という“保険”をかけておく異議は十分にある、と考えるものです。
万一にも、飢えないために」
(うん、いいことが言えた)
わかりやすい言葉で返答を締めくくれたことに、瞳は満足した。
会議室内からも、感嘆の声が一つならず上がる。
歴史上の偉人や独裁者が大衆の支持を得ることができた原因のひとつに、わかりやすい言葉で語りかけるというものがある。
“ワンフレーズポリティクス”という言葉が流行したことがあるように、人の心を掴むのは、常に七面倒な理屈ではなくわかりやすい言葉なのだ。
まあ、それがいい結果を出せるかどうかは別の話だが。
「青海商事経理主任、秋島瞳さんでした。
ありがとうございました。
お集まりの皆様、今一度拍手をお願いします」
チェアマンである農政局の職員が、プレゼンを締めくくる。
満場の拍手に、瞳は笑顔と丁寧なお辞儀で応じるのだった。
続いて、プレゼンの内容に関する質問の時間になる。
「農業用メガフロートを一から建造するとなると、初期投資がかなりのものになりますね?
採算が合うでしょうか?」
農水相の職員らしい中年女性がまず瞳に問う。
「おっしゃる通り、初期費用はかなりのものになります。
しかし、お伝えしたようにランニングコストは圧倒的に安くなります。
なんと言っても、我が国は毎年のように台風に悩まされていますからね。
台風一発でせっかく飢えた稲が全滅という事もあり得ます。
その点、自然環境の影響を受けないメガフロートは、農業をいわゆるお天気商売から解放します。
採算は合うと考えています」
あらかじめ、されるであろう質問を予測して返答のシュミレーションはしてある。
瞳はよどみなく応える。
「除草剤も農薬も不要というのは確かに魅力的です。
しかし、消費者の感情という面ではどうでしょうか?
隔絶された空間で育てられた米。
失礼ながら、科学的な根拠があるでもないが、お日様と風に当たって育った米の方が美味しそうに感じられる。
ブランドやネームバリューで既存の米と競争になるでしょうか?」
食品会社の取締役である痩身の老人が問うてくる。
「おっしゃる通り、ササニシキやコシヒカリなど、日本人はお米のブランドにこだわりがちです。
しかし、いかんせん高い。
となれば、メガフロート農業で作られた穀物は、“安い割りに美味しい”という強みを持ち得ると考えています」
瞳は憶せずに持論を述べる。
日本人は確かにブランドにこだわる。
しかし、一方でよく言って柔軟、悪く言って適当なところがある。
明治維新後、食用のぶどうからワインを作ってしまった民族だ。
“安い割りに美味しい”は、強力なアドバンテージとなるはずだった。
「アイディアは非常に斬新と思います。
しかし、実現可能性としてはどうでしょうか?
アメリカのコーンベルトは、砂漠化の危機が取りざたされながらいまだ健在です。
日本の稲作も、すぐに危機が訪れる兆候は見当たらない。
わざわざメガフロートで米を作る意味があるのだろうか、という声が上がることは予測されますね?」
金融機関の職員らしい若い男が手を上げて質問する。
「鋭いご指摘です。
意味があるのだろうか、と考える方は多いでしょう。
陸地で米は普通に作れているじゃないか、と。
ですが、歴史を思い出してみて下さい。
飢饉、飢餓というのは驚くほど簡単に起こるのです。
来年、夏に雨が続くかも知れません。あるいは、どこかの火山が噴火して、成層圏まで舞い上がった粉塵で太陽光が遮断されてしまうかも知れません。
自然現象に対して人間は無力です。
ならば、災害に備えて自然現象の影響を受けない農業という“保険”をかけておく異議は十分にある、と考えるものです。
万一にも、飢えないために」
(うん、いいことが言えた)
わかりやすい言葉で返答を締めくくれたことに、瞳は満足した。
会議室内からも、感嘆の声が一つならず上がる。
歴史上の偉人や独裁者が大衆の支持を得ることができた原因のひとつに、わかりやすい言葉で語りかけるというものがある。
“ワンフレーズポリティクス”という言葉が流行したことがあるように、人の心を掴むのは、常に七面倒な理屈ではなくわかりやすい言葉なのだ。
まあ、それがいい結果を出せるかどうかは別の話だが。
「青海商事経理主任、秋島瞳さんでした。
ありがとうございました。
お集まりの皆様、今一度拍手をお願いします」
チェアマンである農政局の職員が、プレゼンを締めくくる。
満場の拍手に、瞳は笑顔と丁寧なお辞儀で応じるのだった。
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