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第九部
エピローグ「幼馴染とは、どこまでいっても無敵である」
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◆凪宮 晴斗◆
あれから約数日が経過し、クラスの中で“根暗ぼっち”として決して表には立たずに裏でこっそり幼馴染の手伝いをすることに徹底してきた僕に、ようやく平穏は日々が……、
「──晴斗! 一緒にお弁当食べよ?」
「……はいはい」
……訪れたらよかったのにね。
「なぁにその顔。何か不服なんですかー?」
「うん、すっごい謎に残る苛々級の不服かな」
「えっ、それどういうこと?」
波乱万丈だったデートから数日。
5月を迎え、クラスや新しい生活環境に慣れてきた今日この頃。いつものように部室に逃げようとしていた矢先、あの“学園一の美少女”と名高い『一之瀬渚』が声をかけてきた。
諸事情などは学校内ではメッセージのみ、を貫いてきた僕達。そんな状態が約3年も続いていた中、彼女と僕の関係に変化が訪れた。
それはご覧の通り、彼女がクラス内でも自分から話してくるようになったのだ。
当然、数日前はクラスメイトも混乱していたようだが、渚が僕と『幼馴染』であったことを明かし、現在は少し落ち着いている。
──が、それでも僕に威圧の視線を送ってくる奴らもいるわけで……。
けれど彼女がいなければ、寧ろ今よりもっと罵詈雑言の嵐に巻き込まれていたことだろう。そこばっかりは、渚に感謝しなくてはいけない。
……それにしてもだ。
過去の経験がある以上、僕も下手な言動は慎むようにしようと思っていたのだが、どうやら渚は僕の1歩手前に進もうとしていたらしい。
本当、この幼馴染には敵った試しがない。
「……あのな。もう少し周りの目とか気にしないのか? お前が校舎の中歩いてるだけで、有名女優が通ったみたいな騒ぎになんだからさ。……って、クラスのトップカースト様にこんな質問は野暮か」
「何それ、褒め言葉?」
「注意勧告」
「もう、素直じゃないんだから」
元々僕の素は『これ』なんだよ。素直じゃないどうこう言われても僕は何も変わってない。
数日前──お前に告白した僕は宇宙の遥か彼方に吹っ飛んだのだ。もう二度と舞い戻ってくることも身体に憑依することもあるまい。
そして現在、いつも通りの文芸部の部室にて。
いつもであればここには僕と渚の声だけが響く、とても狭い空間──しかしそれがいいのだ。単に僕が静かな空間が居心地いいと思っているだけだが。
……そう、いつもであれば。
今日は何故か、僕達だけで使うスペースでは無くなってしまっていたり……、
「あぁーー!! それ今私が食べようとしてたのにぃ!!」
「取り返せるもんなら取り返してみろよ! これは先日のお返しだ!」
「あ、あれは、あんたが凪宮君に余計なこと言ったのが悪いんじゃない! 人の断りも入れなかった挙句、事実まで書き換えるなんて──透に咎められる筋合いは無いわよ!!」
「嘘を吐け嘘を! そもそも何で少しあいつに惚気話しただけであんなにしばかれなきゃいけないんだ! 御領に帰れ! あのときのオレ!」
……何故いるんだ、こいつら。
僕と渚の真横で繰り広げられているのは、今までの静粛な部室の面影はどこにも残っていない。そう思い知らされるほどの、罵声と悲鳴の嵐だった。
1人は、僕のクラスメイト兼ラノベ仲間である『藤崎透』。
そして2人目は、渚の唯一無二の友達にして透の幼馴染である『佐倉美穂』さんだ。
どうしてかこうしてか、お弁当の中身の取り合いから始まった喧嘩が、いつの間にか方向転換し、ただのもめ合いになっていた。
「……痴話喧嘩するなら外でやれよ外で」
「「──何が痴話喧嘩だ(よ)っ!!」」
「相変わらず息ピッタリだな、この幼馴染共」
性格や相性が他の人より断然合っているのだろう。この2人が他の人ともめてたり喧嘩してるところなんて見たことが無い。
それだけお互いが貴重なのだろう。自分を曝け出せる存在というのは僕達に限らず、古今東西、大切なことなのかもしれない。
すると、目の前でお弁当を食べ進める渚が僕の呟きに言葉を添えてきた。
「一応、私と晴斗も幼馴染なんだけど?」
「ふーーん。一応……ねぇ~~」
「な、何、その訝しげな反応……。変なこと言った?」
「いや。今まであんなに『幼馴染』関係を否定してこなかったのに、何で今は若干否定気味なのかなぁー、と思ってさ」
僕は机に頬杖を付いたまま訊ねた。
「だ、だって、やっと幼馴染以上になれたんだよ? 普通、そう思わない?」
「あくまでそれはお前の意見だろ。幼馴染でも、意見の一致がしないのなんて当然だろ」
どうやら僕と彼女の考えは一致しないらしい。
真横で未だに乱戦を続けてるこいつらとは豪い違いだ。
僕と渚は確かに、幼馴染以上の関係だ。だが、僕は彼女との幼馴染関係を終わらせるつもりは毛頭ない。
別に僕達の関係性が変わるからと言って、幼馴染であるという事実は消えようがない。
それに多分、すぐに変えろというのは無理な話だ。
少しずつ、彼女との関係性に変化を付けていけばいい。幼馴染であることに変わりはないのだ。だったら僕は、幼馴染という関係のまま、渚との新しい関係を作っていきたい。
──だが、それを満足に受け入れられないのが、この女なのである。
すると渚は突如としてその場を立ち上がった。
パイプ椅子が床を引き摺るような音がしたため、僕は思わず驚いた顔を浮かべ彼女に視線を向けてしまった。
……それが、彼女の欲望を叶えるきっかけとなってしまうことも知らずに。
「……つまり、今の私達が幼馴染以上の関係にあるってことを、晴斗に認めさせればいいってことだよね?」
「……まぁ、そうなるかもしれないが」
「だ、だったら、今から私の彼氏だってことをわからせるために言うことを聞いてもらいます! 覚悟してなさい!」
何故敬語……。それに、文構造がいろいろおかしくなってたぞ、何で命令形になったし。
これは、またこいつに勉強し直しさせる必要有りかもな。
そう決意した僕だが、その反対に僕にあんな挑戦状のような台詞を吐いた渚はというと……少し照れた顔をしながら視線は泳ぎまくっていた。
「おーーい、生きてるかー?」
「ば、バカにしないでよ! じゃ、じゃあ、いくわよ? …………コホン。そ、それじゃあ……。わ、私に――キスしてみなさい!」
「……………………………………………………」
頭打ったか、こいつ。よし、病院に連れていくことにしよう。
「ちょ、ちょっと!! そんな哀れんだような目で見てこないでよ!! こ、これは本気のお誘いなんだよ!? それを受け入れる義務が晴斗にはあるんだからね!?」
「……無理矢理結論にまで運んだように聞こえるのは僕だけか?」
「いいや、オレもだな」
「以下同文」
恥じらいを掻く渚を横目に、先程まで言い争いをしていた2人は僕とどういうわけか意思疎通を交わしていた。
しかし、そんな言い訳で振り払えるほどこの幼馴染は甘くない。多少流されやすいが。
未だに僕からのキスをご所望なご様子の渚嬢。未だに注がれるその光景はまるで、主に餌を所望するワンコのようだった。
……にしてもあれだな。
渚が椅子から立ち上がっている分、余計に上目遣いが強化されておりいつもの美貌さが更なる力を付けたように思える。本当、可愛いって呪いだな。
「……わかった。けど、家に帰ってからな。お前に変な噂がたったら嫌だし。……お前のこと、大事にしたいから」
「疑心暗鬼すぎない? 大事にしてくれるのは嬉しいけど……。私にとっては、あのときに言ってくれた『好き』が欲しかったのに……」
「……あのときの僕はもう銀河系の彼方に吹き飛んだんだ。もう二度と転生してくることなんてないから」
「ふーーん。二度と、ねぇ~……」
すると、渚は僕との間にある物理的距離を一気に詰め、僕の顔を覗き込むようにして言った。
「──なら、もう一度『好きだ』って言わせてあげるね!」
「…………っ!!」
元来、幼馴染という存在は実に反則だ。神様からのご加護を授かる“神の子”のような……どんな強靭な壁をも乗り越える、パーフェクトヒロイン。夢のようでどこか現実味がないそんな奴。
そんな考えが少しは変わったかと思いきや、その考えは前言撤回することにする。
僕は産まれてこの方、こんな積極的になってくる渚に勝った試しがない。単に恋の駆け引きだとか、そういうのに弱いだけかもしれないけれど。
それでも、偶に渚から飛び出す爆弾発言でさえ、今の僕には受け入れられるか微妙なところなのは間違いない。何でこんな奴が好きになってしまったのか……少し過去の自分に問い返したい。
──改めて言おう。
“幼馴染は無敵である”
そんな、誰が決めたかもわからない、絶対的方式を。
あれから約数日が経過し、クラスの中で“根暗ぼっち”として決して表には立たずに裏でこっそり幼馴染の手伝いをすることに徹底してきた僕に、ようやく平穏は日々が……、
「──晴斗! 一緒にお弁当食べよ?」
「……はいはい」
……訪れたらよかったのにね。
「なぁにその顔。何か不服なんですかー?」
「うん、すっごい謎に残る苛々級の不服かな」
「えっ、それどういうこと?」
波乱万丈だったデートから数日。
5月を迎え、クラスや新しい生活環境に慣れてきた今日この頃。いつものように部室に逃げようとしていた矢先、あの“学園一の美少女”と名高い『一之瀬渚』が声をかけてきた。
諸事情などは学校内ではメッセージのみ、を貫いてきた僕達。そんな状態が約3年も続いていた中、彼女と僕の関係に変化が訪れた。
それはご覧の通り、彼女がクラス内でも自分から話してくるようになったのだ。
当然、数日前はクラスメイトも混乱していたようだが、渚が僕と『幼馴染』であったことを明かし、現在は少し落ち着いている。
──が、それでも僕に威圧の視線を送ってくる奴らもいるわけで……。
けれど彼女がいなければ、寧ろ今よりもっと罵詈雑言の嵐に巻き込まれていたことだろう。そこばっかりは、渚に感謝しなくてはいけない。
……それにしてもだ。
過去の経験がある以上、僕も下手な言動は慎むようにしようと思っていたのだが、どうやら渚は僕の1歩手前に進もうとしていたらしい。
本当、この幼馴染には敵った試しがない。
「……あのな。もう少し周りの目とか気にしないのか? お前が校舎の中歩いてるだけで、有名女優が通ったみたいな騒ぎになんだからさ。……って、クラスのトップカースト様にこんな質問は野暮か」
「何それ、褒め言葉?」
「注意勧告」
「もう、素直じゃないんだから」
元々僕の素は『これ』なんだよ。素直じゃないどうこう言われても僕は何も変わってない。
数日前──お前に告白した僕は宇宙の遥か彼方に吹っ飛んだのだ。もう二度と舞い戻ってくることも身体に憑依することもあるまい。
そして現在、いつも通りの文芸部の部室にて。
いつもであればここには僕と渚の声だけが響く、とても狭い空間──しかしそれがいいのだ。単に僕が静かな空間が居心地いいと思っているだけだが。
……そう、いつもであれば。
今日は何故か、僕達だけで使うスペースでは無くなってしまっていたり……、
「あぁーー!! それ今私が食べようとしてたのにぃ!!」
「取り返せるもんなら取り返してみろよ! これは先日のお返しだ!」
「あ、あれは、あんたが凪宮君に余計なこと言ったのが悪いんじゃない! 人の断りも入れなかった挙句、事実まで書き換えるなんて──透に咎められる筋合いは無いわよ!!」
「嘘を吐け嘘を! そもそも何で少しあいつに惚気話しただけであんなにしばかれなきゃいけないんだ! 御領に帰れ! あのときのオレ!」
……何故いるんだ、こいつら。
僕と渚の真横で繰り広げられているのは、今までの静粛な部室の面影はどこにも残っていない。そう思い知らされるほどの、罵声と悲鳴の嵐だった。
1人は、僕のクラスメイト兼ラノベ仲間である『藤崎透』。
そして2人目は、渚の唯一無二の友達にして透の幼馴染である『佐倉美穂』さんだ。
どうしてかこうしてか、お弁当の中身の取り合いから始まった喧嘩が、いつの間にか方向転換し、ただのもめ合いになっていた。
「……痴話喧嘩するなら外でやれよ外で」
「「──何が痴話喧嘩だ(よ)っ!!」」
「相変わらず息ピッタリだな、この幼馴染共」
性格や相性が他の人より断然合っているのだろう。この2人が他の人ともめてたり喧嘩してるところなんて見たことが無い。
それだけお互いが貴重なのだろう。自分を曝け出せる存在というのは僕達に限らず、古今東西、大切なことなのかもしれない。
すると、目の前でお弁当を食べ進める渚が僕の呟きに言葉を添えてきた。
「一応、私と晴斗も幼馴染なんだけど?」
「ふーーん。一応……ねぇ~~」
「な、何、その訝しげな反応……。変なこと言った?」
「いや。今まであんなに『幼馴染』関係を否定してこなかったのに、何で今は若干否定気味なのかなぁー、と思ってさ」
僕は机に頬杖を付いたまま訊ねた。
「だ、だって、やっと幼馴染以上になれたんだよ? 普通、そう思わない?」
「あくまでそれはお前の意見だろ。幼馴染でも、意見の一致がしないのなんて当然だろ」
どうやら僕と彼女の考えは一致しないらしい。
真横で未だに乱戦を続けてるこいつらとは豪い違いだ。
僕と渚は確かに、幼馴染以上の関係だ。だが、僕は彼女との幼馴染関係を終わらせるつもりは毛頭ない。
別に僕達の関係性が変わるからと言って、幼馴染であるという事実は消えようがない。
それに多分、すぐに変えろというのは無理な話だ。
少しずつ、彼女との関係性に変化を付けていけばいい。幼馴染であることに変わりはないのだ。だったら僕は、幼馴染という関係のまま、渚との新しい関係を作っていきたい。
──だが、それを満足に受け入れられないのが、この女なのである。
すると渚は突如としてその場を立ち上がった。
パイプ椅子が床を引き摺るような音がしたため、僕は思わず驚いた顔を浮かべ彼女に視線を向けてしまった。
……それが、彼女の欲望を叶えるきっかけとなってしまうことも知らずに。
「……つまり、今の私達が幼馴染以上の関係にあるってことを、晴斗に認めさせればいいってことだよね?」
「……まぁ、そうなるかもしれないが」
「だ、だったら、今から私の彼氏だってことをわからせるために言うことを聞いてもらいます! 覚悟してなさい!」
何故敬語……。それに、文構造がいろいろおかしくなってたぞ、何で命令形になったし。
これは、またこいつに勉強し直しさせる必要有りかもな。
そう決意した僕だが、その反対に僕にあんな挑戦状のような台詞を吐いた渚はというと……少し照れた顔をしながら視線は泳ぎまくっていた。
「おーーい、生きてるかー?」
「ば、バカにしないでよ! じゃ、じゃあ、いくわよ? …………コホン。そ、それじゃあ……。わ、私に――キスしてみなさい!」
「……………………………………………………」
頭打ったか、こいつ。よし、病院に連れていくことにしよう。
「ちょ、ちょっと!! そんな哀れんだような目で見てこないでよ!! こ、これは本気のお誘いなんだよ!? それを受け入れる義務が晴斗にはあるんだからね!?」
「……無理矢理結論にまで運んだように聞こえるのは僕だけか?」
「いいや、オレもだな」
「以下同文」
恥じらいを掻く渚を横目に、先程まで言い争いをしていた2人は僕とどういうわけか意思疎通を交わしていた。
しかし、そんな言い訳で振り払えるほどこの幼馴染は甘くない。多少流されやすいが。
未だに僕からのキスをご所望なご様子の渚嬢。未だに注がれるその光景はまるで、主に餌を所望するワンコのようだった。
……にしてもあれだな。
渚が椅子から立ち上がっている分、余計に上目遣いが強化されておりいつもの美貌さが更なる力を付けたように思える。本当、可愛いって呪いだな。
「……わかった。けど、家に帰ってからな。お前に変な噂がたったら嫌だし。……お前のこと、大事にしたいから」
「疑心暗鬼すぎない? 大事にしてくれるのは嬉しいけど……。私にとっては、あのときに言ってくれた『好き』が欲しかったのに……」
「……あのときの僕はもう銀河系の彼方に吹き飛んだんだ。もう二度と転生してくることなんてないから」
「ふーーん。二度と、ねぇ~……」
すると、渚は僕との間にある物理的距離を一気に詰め、僕の顔を覗き込むようにして言った。
「──なら、もう一度『好きだ』って言わせてあげるね!」
「…………っ!!」
元来、幼馴染という存在は実に反則だ。神様からのご加護を授かる“神の子”のような……どんな強靭な壁をも乗り越える、パーフェクトヒロイン。夢のようでどこか現実味がないそんな奴。
そんな考えが少しは変わったかと思いきや、その考えは前言撤回することにする。
僕は産まれてこの方、こんな積極的になってくる渚に勝った試しがない。単に恋の駆け引きだとか、そういうのに弱いだけかもしれないけれど。
それでも、偶に渚から飛び出す爆弾発言でさえ、今の僕には受け入れられるか微妙なところなのは間違いない。何でこんな奴が好きになってしまったのか……少し過去の自分に問い返したい。
──改めて言おう。
“幼馴染は無敵である”
そんな、誰が決めたかもわからない、絶対的方式を。
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