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16 社交シーズンの終わり
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父の話にはよくアマリリスの話題が出る。
ここ王都のタウンハウスには、
領地からの報告がだいたい10日に1度は届くのだが、内容の大半はアマリリスのことだ。
相変わらず賑やかに皆を振り回し、楽しく暮らしているみたいだった。
アマリリスが目の細かい白い小麦粉の工場を作った時は粉塵爆発が起き、
マヨソースという生の卵を使ったソースでは食中毒者をだした。
いずれも少なくない数の死人が出ていたが、
うっかり屋さんのアマリリスの可愛い失敗談。
という風に受け止められていて、父や母も楽し気に話していた。
モリリナにはそれが楽しい話には思えなくて、
皆のように上手く笑う事が出来なかった。
両親や屋敷の皆にはそれがモリリナの、
アマリリスへの劣等感とか僻みだと受け止められてしまっていた。
社交シーズンも終わりに近づいたある日。
「お父様、わたし今年は領地へ帰らなくてもいい?」
朝食の席でモリリナが不安げに伺うように、父に尋ねた。
予想もしていなかったモリリナの言葉に、
ラベンロッド伯爵は驚いて一瞬固まり、母ジーンはイラっとして言い返す。
「まあ! ダメに決まってるでしょう?! 考えてから言いなさい。子供1人を置いていけるわけないでしょう?! 仮にもしも貴方が残るなら、私も親として残らないといけないのよ。私にも領地でやらなければならないこともあるのに!」
母に怒鳴られる経験など今まで1度も無かったモリリナは、ビクッと体を震わせ萎縮して下を向いてしまった。
「ジーン、落ち着いて」
ラベンロッド伯爵が妻の手に自分の手を重ね、優しく撫でた。
ジーンはハッとして、感情的になってしまった事を恥じるように赤くなった。
「モリリナ、どうしてそんなことを?」
父に聞かれて、モリリナは下を向いたまま答えた。
「わたし、セシルと会えなくなるのが寂しいの」
ジーンは、モリリナがアマリリスを嫌って、
会いたくないから我が儘を言っているのだと
勘違いしてカッとして怒鳴ってしまったことを恥じた。
このところジーンとモリリナの間には、
知らないうちに溝ができていた。
モリリナのアマリリスに対する態度が不満で、
前のように彼女を可愛がれなくなっていたのだ。
そのため自分が早とちりして酷い態度を取ったことを、謝ることが出来なかった。
気まずそうに目を反らすジーンを、
ラベンロッド伯爵は困ったように見つめた。
モリリナは顔を上げれず下を向いていた。
「そうだ。セシル様を領地へ招待しよう。そしたら向こうでも会えるだろう?」
嫌だった。
もしもセシルがアマリリスに会ったらと、考えると恐怖で目の前が真っ暗になった。
セシルが皆のように
アマリリスのことを好きになってしまったら、
モリリナのことが好きじゃなくなったら。
想像してみる。
きっとモリリナは生きていけない。
モリリナの心は死ぬだろう。
そんなモリリナの思いなど気付かず、
父がさも良いことを思い付いたかのように続ける。
「セシル様に聞いてみなさい。もし来れるようなら私達は歓迎するよ。お祖父様、お祖母様もセシル様に会いたがっていたし、ちょうど良い。アマリリスなんてセシル様に会いにこっそり王都に来ようとしてたくらいなんだよ。大事な妹の婚約者を自分が見極めるんだって言ってね」
「......はい。......聞いてみます」
モリリナはどうしても笑顔で返事をすることが出来なくて、顔を上げれず下を向いたまま答えた。
その顔を父や母が見たらきっと息を飲んだだろう。
絶望で表情が抜け落ちた、
仮面のようなモリリナの顔を見たら、
今までどれほど自分達が小さな娘の心を、
無神経に何度も傷付けてきたかを知っただろう。
だが彼らは気付かなかった。
◆◆◆◆◆
訪ねて来たモリリナの顔を見た時、
セシルは眉をひそめた。
そして何があったのかを根掘り葉掘りしつこくネチネチと細部まで余さず聞き出した。
「モリリナが望まないなら僕はラベンロッド領地なんか行きたくないよ。嫌すぎて蕁麻疹が出そうだ。モリリナも帰りたくないのに帰る必要はない。ラベンロッド夫人が子供を1人で屋敷に置けないと言うのなら、僕と一緒にいたらいいんだ」
「......でもワガママ言ったらますますお母様に嫌われてしまう」
「モリリナを嫌うなんて狂人だとしか思えないね。やっぱり危険だから狂ってる人とは縁を切ってうちに引っ越すべきだと僕は思う」
「もうセシル! 変なことばっかり言って。笑わせようとしてるでしょ!」
「まぁね。ちょっとは元気でた? でも僕は本気。領地へ帰りたくないならここに居てよ。僕はモリリナと一緒にいれたら幸せなんだから」
「そんな。お母様に怒られてしまうわ」
「ラベンロッド夫人は狂人だから放っておこう!」
「もう!! ふざけてばっかり!!」
「モリリナは怒っても可愛い!」
セシルがおかしな事ばかり言うので訳がわからなくなって笑ってしまう。
笑うモリリナを見てセシルは頬を染める。
「よーし!今から父上に頼んでこよう!!」
「えっ! ほんとに? だ、大丈夫かな」
「大丈夫! さあ! 行こう!」
手を繋いでジマーマン侯爵の所に走る。
ジマーマン侯爵家は広かった。
「はぁはぁっ。ど、どこまで、いくの?はぁはぁ。セシル、わたしもう走れないわ」
息も絶え絶えのモリリナに気づいて、
セシルは慌てて彼女の背中を擦った。
「ごっ、ごめんモリリナ」
「だ、大丈夫よ。すぐ落ち着くわ。はぁはぁ」
「ほんとごめんよ。座ろう。少し休まないと」
「大丈夫よ。ありがとう。もう平気だから」
「......ほんと? じゃあゆっくり歩いて行こう。座りたくなったら言うんだよ」
「ええ」
2人は手を繋ぎ、ゆっくり歩く。
そして見つけたジマーマン侯爵は、
侯爵家敷地内の騎士訓練所で巨大な槍を振り回していた。
ここ王都のタウンハウスには、
領地からの報告がだいたい10日に1度は届くのだが、内容の大半はアマリリスのことだ。
相変わらず賑やかに皆を振り回し、楽しく暮らしているみたいだった。
アマリリスが目の細かい白い小麦粉の工場を作った時は粉塵爆発が起き、
マヨソースという生の卵を使ったソースでは食中毒者をだした。
いずれも少なくない数の死人が出ていたが、
うっかり屋さんのアマリリスの可愛い失敗談。
という風に受け止められていて、父や母も楽し気に話していた。
モリリナにはそれが楽しい話には思えなくて、
皆のように上手く笑う事が出来なかった。
両親や屋敷の皆にはそれがモリリナの、
アマリリスへの劣等感とか僻みだと受け止められてしまっていた。
社交シーズンも終わりに近づいたある日。
「お父様、わたし今年は領地へ帰らなくてもいい?」
朝食の席でモリリナが不安げに伺うように、父に尋ねた。
予想もしていなかったモリリナの言葉に、
ラベンロッド伯爵は驚いて一瞬固まり、母ジーンはイラっとして言い返す。
「まあ! ダメに決まってるでしょう?! 考えてから言いなさい。子供1人を置いていけるわけないでしょう?! 仮にもしも貴方が残るなら、私も親として残らないといけないのよ。私にも領地でやらなければならないこともあるのに!」
母に怒鳴られる経験など今まで1度も無かったモリリナは、ビクッと体を震わせ萎縮して下を向いてしまった。
「ジーン、落ち着いて」
ラベンロッド伯爵が妻の手に自分の手を重ね、優しく撫でた。
ジーンはハッとして、感情的になってしまった事を恥じるように赤くなった。
「モリリナ、どうしてそんなことを?」
父に聞かれて、モリリナは下を向いたまま答えた。
「わたし、セシルと会えなくなるのが寂しいの」
ジーンは、モリリナがアマリリスを嫌って、
会いたくないから我が儘を言っているのだと
勘違いしてカッとして怒鳴ってしまったことを恥じた。
このところジーンとモリリナの間には、
知らないうちに溝ができていた。
モリリナのアマリリスに対する態度が不満で、
前のように彼女を可愛がれなくなっていたのだ。
そのため自分が早とちりして酷い態度を取ったことを、謝ることが出来なかった。
気まずそうに目を反らすジーンを、
ラベンロッド伯爵は困ったように見つめた。
モリリナは顔を上げれず下を向いていた。
「そうだ。セシル様を領地へ招待しよう。そしたら向こうでも会えるだろう?」
嫌だった。
もしもセシルがアマリリスに会ったらと、考えると恐怖で目の前が真っ暗になった。
セシルが皆のように
アマリリスのことを好きになってしまったら、
モリリナのことが好きじゃなくなったら。
想像してみる。
きっとモリリナは生きていけない。
モリリナの心は死ぬだろう。
そんなモリリナの思いなど気付かず、
父がさも良いことを思い付いたかのように続ける。
「セシル様に聞いてみなさい。もし来れるようなら私達は歓迎するよ。お祖父様、お祖母様もセシル様に会いたがっていたし、ちょうど良い。アマリリスなんてセシル様に会いにこっそり王都に来ようとしてたくらいなんだよ。大事な妹の婚約者を自分が見極めるんだって言ってね」
「......はい。......聞いてみます」
モリリナはどうしても笑顔で返事をすることが出来なくて、顔を上げれず下を向いたまま答えた。
その顔を父や母が見たらきっと息を飲んだだろう。
絶望で表情が抜け落ちた、
仮面のようなモリリナの顔を見たら、
今までどれほど自分達が小さな娘の心を、
無神経に何度も傷付けてきたかを知っただろう。
だが彼らは気付かなかった。
◆◆◆◆◆
訪ねて来たモリリナの顔を見た時、
セシルは眉をひそめた。
そして何があったのかを根掘り葉掘りしつこくネチネチと細部まで余さず聞き出した。
「モリリナが望まないなら僕はラベンロッド領地なんか行きたくないよ。嫌すぎて蕁麻疹が出そうだ。モリリナも帰りたくないのに帰る必要はない。ラベンロッド夫人が子供を1人で屋敷に置けないと言うのなら、僕と一緒にいたらいいんだ」
「......でもワガママ言ったらますますお母様に嫌われてしまう」
「モリリナを嫌うなんて狂人だとしか思えないね。やっぱり危険だから狂ってる人とは縁を切ってうちに引っ越すべきだと僕は思う」
「もうセシル! 変なことばっかり言って。笑わせようとしてるでしょ!」
「まぁね。ちょっとは元気でた? でも僕は本気。領地へ帰りたくないならここに居てよ。僕はモリリナと一緒にいれたら幸せなんだから」
「そんな。お母様に怒られてしまうわ」
「ラベンロッド夫人は狂人だから放っておこう!」
「もう!! ふざけてばっかり!!」
「モリリナは怒っても可愛い!」
セシルがおかしな事ばかり言うので訳がわからなくなって笑ってしまう。
笑うモリリナを見てセシルは頬を染める。
「よーし!今から父上に頼んでこよう!!」
「えっ! ほんとに? だ、大丈夫かな」
「大丈夫! さあ! 行こう!」
手を繋いでジマーマン侯爵の所に走る。
ジマーマン侯爵家は広かった。
「はぁはぁっ。ど、どこまで、いくの?はぁはぁ。セシル、わたしもう走れないわ」
息も絶え絶えのモリリナに気づいて、
セシルは慌てて彼女の背中を擦った。
「ごっ、ごめんモリリナ」
「だ、大丈夫よ。すぐ落ち着くわ。はぁはぁ」
「ほんとごめんよ。座ろう。少し休まないと」
「大丈夫よ。ありがとう。もう平気だから」
「......ほんと? じゃあゆっくり歩いて行こう。座りたくなったら言うんだよ」
「ええ」
2人は手を繋ぎ、ゆっくり歩く。
そして見つけたジマーマン侯爵は、
侯爵家敷地内の騎士訓練所で巨大な槍を振り回していた。
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