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第2章 カルト教団

22.神官の告白 <クリストフ視点>

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「私はぁ、寄付金集めのためにぃ、女性を拉致しましたぁ」

 ハバネロ教の神官服に身を包んだまま、イェレミアスが未だ人の多い広場に簡易的に建てられた柱に括りつけられている。そしてその胸と背中には『ハバネロ教神官イェレミアスは寄付金集めのために信者を唆しました』と書かれた紙が貼ってある。
 涙と鼻水にまみれた顔で大きな声をあげて懺悔する彼を見て、その周囲には何事だろうと人だかりができている。そして告白の度に徐々に人が増えていた。

「ほら、もっと声をあげろ!」

 横にいる兵士が彼を脅す。それを受けてさらに声を大にする。

「私はぁ、寄付金集めのためにぃ、女性を拉致しましたぁ!」




 まだ国旗などの装飾がそこかしこに残っている広場には、建国祭の翌日というのもあって通常よりも遥かに多くの民衆が、まるで祭りの余韻を楽しまんとばかりに歩いていた。昨日の人出ほどではなかったが、建国祭のために王都以外の町からも大勢の人々がこの王都を訪れていたのだろう。

 クリスはイェレミアスの尋問のあと教団本部でハルにいくつかの提案をされた。
 その提案のひとつがこの公開懺悔だ。彼を捕まえるだけでは根本的な解決にはならないからだそうだ。
 これだけ多くの観客が居れば、ハバネロ教の歪みを告発するには十分に素晴らしい舞台が整ったと言えるだろう。満員御礼だ。

 イェレミアスはハバネロ教本部で捕縛したあと牢屋へ入れる前にここへ連れてきた。
 実のところこの公開懺悔については陛下の許可を取っていない。だからあまり長いことこの広場に奴を晒しておく訳にはいかないのだが、これだけ民衆が居れば短時間でも十分な効果が期待できるだろう。王太子の茶々が入る前にさっさと終わらせなければ。

 そしてハルのもうひとつの提案がイェレミアスの告白を信者たちに見せることだ。
 教団本部から出たあと、娼館で客引きをさせられていたところを保護して、ハンスの父ヨーゼフをこの広場へ連れてきている。
 そしてアリスに頼んで彼女の父親も同じくここへ連れてきてもらっている。

 彼らだけでなく教団の礼拝堂にいたイェレミアスの信者も連れてきている。これを見ても目が覚めないのなら彼らは家族ともう一度話し合ったほうがいいだろう。そしてそれぞれの家族の判断でこれからどうすべきかを決めるべきだ。

「ああ……そんな……。イェレミアス様が嘘を吐いていたなんて信じられない……」

 信者たちが惨めな様子を晒す神官の姿を見て、膝をついて両手で頭を抱える。どうすればいいか分からず煩悶しているようだ。
 彼らはイェレミアスとハバネロ神を妄信していたのだ。ひたすら信じているものに縋って行動しているうちに自分の頭で物事を判断できなくなり、自我がないに等しい状態で言いなりになっていたのだろう。
 長らく依存状態であった彼らがすぐにこの告白を受け入れられるかどうかは分からない。だが少しは何かを感じてくれたらいいと思う。

 イェレミアスを捕らえ、その悪事を暴くことができたのはハルのお陰だ。改めて彼女に礼を言う。

「君には感謝する。お陰で教団の幹部を捕らえることができたよ」
「ううン、構わないヨ。わたしもヨーゼフさんとアリスを助けたかったしネ」

 クリスの言葉にハルがにっこりと笑って答える。どうやら彼女の問題も解決したようでよかった。
 そしてクリスはというと、今はもう町娘の変装をやめてローブを羽織りフードを被っている。さすがに女装癖のある王子と噂になるわけにはいかない。これがばれたらオリバーに怒られてしまう。




 あの尋問のあと、ハバネロ教本部の外に待機させていた騎士とともにイェレミアスと護衛の兵士を捕縛した。女性を無理矢理監禁した現行犯だ。
 これまでに女性を拉致し強制的に娼館へ派遣していたことは、彼の自白もあるし娼館関係者の証言で裏付けが取れるだろう。

 イェレミアスの自白によれば女性の行先は2通り。1つが例の娼館でもう1つは教祖へ献上していたという。想像するだけで反吐が出そうだ。
 公開懺悔においては被害に遭った女性の醜聞になる恐れがあるので、罪の内容について詳しい告白をさせることができないのが残念だ。ハバネロ教の評判を失墜させるいい機会なのに。

 ハバネロ教団はというと、いともあっさりとイェレミアスを切り捨てた。彼が勝手にやっていたことで本部は何の関係もないと言ってのけた。まるでトカゲの尻尾切りだ。
 教祖への女性の献上についてもイェレミアスが勝手にやったことの一言で片づけられた。献上については彼1人の証言しかないのが口惜しい。
 結論から言うと、イェレミアスの逮捕が教団を切り崩す決め手には欠けるということだ。だが切り崩しの第一歩にはなったんじゃないかと思う。

 今回の一件は氷山のほんの一角に過ぎない。教団は他にも犯罪に関わっていると予想される。国の法律に宗教への不可侵の原則がある以上、証拠がない限り踏み込んで捜査できないのがもどかしい。




 広場での公開懺悔が盛り上がっている最中、クリスはハルと並んで懺悔の様子を見守っていた。
 クリスはふと思い出す。
 そういえばハルはあの子のことを知らないだろうか。クリスを好きと言ってくれているハルにそんなことを聞くのは無神経だろうか。

 でもあまりハルに愛の告白をされた気がしないんだよな。彼女からはあまりそういう秋波を感じないからだと思うけど。
 そもそも番だから交尾ってなんだ? もしかして恋とか愛とか飛び抜かしてるんじゃないのか? そもそもあれは愛の告白なのか? 初対面だったし。

 おっと、昔会ったあの子のことを考えていたのにいつの間にかハルのことを考えていた。クリスの好きなのは森で会ったあの少女だ。うん、間違いない。

「ハル、君の知り合いの狩人ハンターに、黒い髪と瞳で君と同じ年くらいの女の子はいない?」

 そう恐る恐る尋ねるとハルが首を傾げながら答えた。

「うン? わたしの知り合いに狩人はいないしその子のことも知らないかナァ」
「そうか、知らないならいいんだ。すまない」

 知り合いではなかったか……。思わず肩を落としてしまう。
 クリスの落胆した様子に気づいたのか彼女が尋ねてくる。

「んー、もしかしてそれが忘れられない子?」
「うん……。幼い頃に会っただけなんだけどね」
「そうなんダ。その子に会いたイ?」

 ハルがクリスの顔を覗き込むようにして尋ねる。
 会えるものなら会いたい。なんせもう7年も前だ。記憶の中の彼女は既にぼんやりとしている。はっきりと覚えているのは毛皮の服と黒髪と黒曜石の瞳。そして彼女の可愛らしい笑顔だ。

「そうだな、会いたいな」

 クリスの頭の中にぼんやりと幼いあの子の顔が浮かぶ。

「そっかァ……でも生きてるならそのうち会えるヨ! 寂しかったらわたしが会いに行ってあげるからネ!」

 ハルがそう言って花が咲くように笑う。クリスはなんだかその笑顔を見て懐かしい感じがした。



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