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御崎(みさき) 朧(おぼろ)

翼のルームシェアの相手

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「今日もいい朝……」

昨日は散々な一日だったが、翼が隣りにいてくれたせいでだいぶ疲れがとれた気がする。
早く目覚めたまりあは気持ちよさそうに眠る翼の肩にシーツをかけ直し、自身の身なりを整えてスケッチブックを片手に部屋を出た。

(百合の園、まだこんな時間だし誰もいないよね)

鳥の声ばかりが聞こえ、まだ人の気配がない学園の敷地は厳かで神聖な雰囲気が一段と強く感じられる。

冴えわたる空気の中を小走りに移動し、百合の園についたまりあはあの椅子のひとつに腰掛けると、噴水を含めた百合たちを大まかに描いていく。
誰にも邪魔されることなく順調にえんぴつを走らせていると、舞い降りた小鳥たちが噴水の水で水浴びをしているのが見えた。

「ふふっ気持ちよさそう」

あどけなく戯れる小鳥たちに目を細め、小さなその命を新たに描いていくと――

「昨夜は翼と一緒だったんだってな?」

声と同時にスケッチブックに影が映り込んだ。

「……え?」

威圧的な声には聞き覚えがある。嫌な予感を拭いきれずに影のもとを辿っていくとそこには……

「げっ……」

「また蛙みたいな声だしやがって」

幻滅したような言葉を発しながらも焔はまりあに覆いかぶさるようにテーブルへと手をつき、顔を寄せてくる。

「ちょ……っ!」

スケッチブックを盾代わりに焔の顔へ押し当てて逃れようとするまりあ。

「キスの相手はこいつじゃない。お前だ」

いとも簡単に盾を取り上げられ、もはや舌を噛んで自害する他ないと覚悟するが、それより早く端整な焔の顔がすぐそこで妖しい笑みを浮かべ迫ってきた。

「焔さん。人目に付く場所でそのような行為はお控えください」

「…………」

何者かの声にようやく動きを止めた焔。背後に立つ男の気配に体を起こす。

「……おぼろか」

「お久しぶりです」

表情もなくその場に立つ彼は黒髪に短髪、その眼差しはシリアスなイメージを強く受けるクールビューティーな面持ちの青年だった。

「……?」

焔の向こうでキョトンとしているまりあと目が合うと、朧と呼ばれた青年は表情を変えぬまま一礼する。

御崎みさきおぼろと申します」

「あ、……白羽まりあ、です……っ!」

焔とは正反対な堅いイメージを受ける彼の登場にまりあは九死に一生を得た気分だった。慌てて立ち上がり、焔から距離をとりながら頭を下げる。

「翼と朧は相部屋だ。こいつが戻ってきたならお前は俺の部屋に……」

離れていくまりあの腰を引き寄せながら顔を近づけてくる焔に身の毛がよだつ。

「へ、変な事言わないでよっ!! ごめんなさい朧さん、すぐ荷物まとめますのでっ……」

急いで翼の部屋に戻ろうとしたまりあがスケッチブックを焔の手から奪い取る。

「私が彼女の部屋に入ればよい事です。翼と引き離す必要はありませんよ」

とても寝起きとは思えない彼らのやりとりを水浴びをしていた小鳥がじっと見つめている。
やがて程なくして現れたひとりの人物へ小鳥が羽ばたいた。

――パタタッ

「まりあ先輩!」

「翼くん!」

いつの間にか四人も出揃い、絵を描くどころではなくなってしまったため大人しくスケッチブックを畳むと翼に向き直る。

「朧さんって翼くんと同じ部屋の方なんだよね? 私、自分の部屋に戻るから……」

「その話はもう済んだはずです。貴方は翼と行動を共にしてください」

「でも……っ翼くんの意見も聞かなきゃ……」

たった一言二言ですべてを決めてしまう朧に驚く。ルームシェアをしているのだから翼の意見も聞くべきだとまりあは声をあげる。

「彼の言うとおりです。まりあ先輩がひとりになったら狼男が襲いにくる危険性があるんです」

翼の肩にとまった小鳥が同調するように高い声で鳴くと、額に青筋を浮き上がらせた焔が苛立ったように腕組みする。

「随分チビっ子いナイト様だな? 翼」

見えない火花が焔と翼の間に散っている、そんな気がしてハラハラとふたりの顔を見比べているまりあに上品な声が届いた。

「……朧、昨夜一体なにが……」

遠くから彼の後姿を見かけたらしい青年が足早に現れた。

(この声は……)

皆の視線が一点に集中し、それを受けた彼は何事かと集結した人物を見渡している。

「まりあさん……」

「……麗、先生……」

会えて嬉しい反面、慶との睦事を嫌でも思い出してしまう。

「……っ」

「…………」

思わず俯いてしまった少女に麗は悲しそうな表情で唇を噛んだ。

「お久しぶりです麗さん」

「その事で皆さんに少しお話があって参りました」

「じゃあ、私……一度部屋に戻りますね」

場違いだと判断したまりあは早々に撤退を決め込む。が、しかし……

「まりあさん。貴方にもひとつ」

「……はい?」

「妙な人物がいたら近づかないで下さい」

「……ここにいる人がもう妙なんですけど……」

まりあは焔を凝視して強く訴えた。

「俺のどこが妙なんだ? 遠慮はいらねぇ。お前の肌で確認してみたらどうだ?」

「結構です! もう十分知ってますからっ!!」

焔と言葉を交わした後のまりあは怒りに満ちた足音を立てるから面白い。
しかし、そのやりとりでさえ気に食わないのは翼と麗だ。

「…………」

「…………」

それぞれは眉間に皺を寄せ、強く拳を握りしめながら少女が見えなくなるのをじっと待った。
そして、まりあの姿がなくなっても笑いの止まらない焔を無視するように朧が口を開く。

「では……昨晩の話を致しましょう」

そう呟いた彼の瞳が鋭く細められた――。

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