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2. 面接へ
しおりを挟む一週間後、なけなしの一張羅のスーツを着て、あたしは都心の一等地にある高層オフィスビルの前にいた。
面接を受けるためだ。
大理石を模した白いコンクリートに大きなガラス張り、よくテレビなんかでも、ランドマークとして画面に登場することも多いビルだ。
まだ寒さの残る春先の、夕暮れ間際の曇り空の下。
それぞれの窓から洩れるオフィスの光で浮き上がるその建物は、まるでいつかのキャンプで友だちが持ってきていた、LED式ランタンの巨大版のよう。
明るく清潔な光だが、温かみは感じない。
今まで、下町の古びた街の一角にある工場と、せいぜい近所のスーパーマーケット、コンビニくらいにしか用のなかったあたしには、もちろん縁のなかったタイプの建物だ。
そんな有名ビルを前に気後れしそうになる自分を奮い立たせようと、あたしは履歴書の入ったバッグの持ち手をぐっと握りしめ、意を決して足を踏み入れた。
総合受付でアポを確認して仮入館証を発行してもらうと、警備員がひとり、ブースから出てきた。ご案内します、と言う。
(わざわざ、ご丁寧に?)
あたしはなんだか恐縮してしまう。
大きなエントランスホールを抜け、建物の一番奥まで連れて行かれた。
途中、エレベーターホールがあった。八基ぶんのドアが並び、定時で仕事を終えた人たちが、続々と降りてきている。
みんな、最新のファッションに身を包んで、颯爽とした姿だ。
(それに対してあたしは……)
そう思うと、なんだか華やかなテレビドラマの撮影現場に間違えて入ってしまった、場違いな見学者のような気分になってしまった。
でもあたしの気分なんかお構いなしに、警備員はさっさとそこを通り過ぎた。そして、さらに奥まったところにあるドアの前で、やっと立ち止まった。
横のキーパッドにパスワードを打ち込んだうえで、さらに物理的な鍵まで使って、ようやく開ける。
(すごいセキュリティだな)
中は、小さなアルコーヴになっていて、エレベーターのドアが、ぽつんとひとつだけあった。
デザインはさっき通り過ぎた普通のやつと同じだけど、ここまで別枠扱いのスペースを作られていると、特別なやつなんだって、さすがにわかる。
「こちらが、最上階直通のエレベーターになります。どうぞご利用ください」
「あの……、普通ので行ったら駄目ですか」
なんだか気後れをして、つい訊いてしまった。
「最上階に通じているのは、これだけなので」
返事は、あっさりしたものだった。
(じゃあ、しかたないか)
あたしは降りてきたエレベーターに、乗りこむしかなかった。
今から、このビルの最上階に入ってる会社の社長さんの面接を受ける。
杜宇鳥薬品販売という名前の会社だ。あたしは聞いたことなかったけど、この感じだとけっこう儲かってるんだろう。
と言っても、社員を募集しているわけではないらしい。
自宅にいる、若い娘さんの世話係というか、話し相手というか、そういう人を雇いたいという話だ。それも住み込みで。
『色々、いわくがある家みたいなんだよ。そこらへん、内部に入り込んで、見てきて欲しいなあ、って』
堀田さんはそう言っていた。
「堀田さんがいけばいいじゃないですか」
そう言ったら、残念そうな声が返ってきた。
『それがさ。若い娘さんのお相手だろ。いくらなんでも、中年のくたびれた男なんて雇う訳ないと思うんだよな』
「ああ……。それは、さすがにそうですね」
『名前で調べられたら、すぐに記者だってバレるしさ』
(ああ、そういうことか)
あたしはまだ一度も署名記事を書かせてもらったことはないし、SNSもやってない。
だから、ちょっと調べた程度なら、そっち業界の関係者だとはわからないはずだ。
「……ところで、いわくってなんですか」
あたしはまず、気になったことを訊いた。
でも堀田さんは、あんまり詳しいことを言いたくなさそうだった。
『うーん。できれば、前知識のない、新鮮な目で見て欲しいから、あんまり教えたくないんだけど』
「そういうものですか」
まあ、堀田さんは経験豊かな記者で、リサーチやらなんやらのノウハウは、百戦錬磨の持ち主だ。
プロですらないあたしには、あんまりよくわからなくても、それがいいやり方なんだろう。
『こういう取材ってのは、そういう視点も大切なんだよ。先入観あると、目が曇ることがけっこう多いからなあ』
「なるほど」
たしかに、わかったつもりになってる、ってのは危険なことなのかもしれない。
勤務先の経営者一家に信頼されてる、って思い込んでたみたいに。
『とにかく、今、困ってるんだろ? 渡りに船じゃないかと思ってさ。話に乗ってくれるなら、上流家庭用の求人サイトに名前、登録しておくけど。他会員からの推薦がないとダメなとこ』
「なんでそんなとこ、知ってるんですか」
『まあ~ね~。記者のコネクションを、なめてもらっちゃ困るよ』
なにがなんだかわからなかったけど、結局、登録してもらった。
(だってとにかく、目先の金銭的問題をなんとかしないと)
それで駄目もとで応募したら、わりとあっさり、面接が決まったというわけだ。
あんまりスムーズに事が進んだんで、正直、半信半疑だった。
でもまあ、こっちから断る理由もないわけで。
受かるかはわからないけど、どうせ落ちたところで、手配してくれた堀田さんの顔は立てたことになるだろう。
エレベーターの中は、別に絢爛豪華な装飾がついてたりすることはなく、いたってシンプルな造りだった。
(ただまあ、床の絨毯は、若干厚めの気もする)
そのまま、スイーッと滑らかに昇っていく。さすが直通。
外側の面はガラス張りになっていて、夕暮の街並みがよく見えた。
まだ暗くなりきらない青灰色の空気のなか、街灯のぼんやりとした光が規則正しく並んでいるのが、上から見るとよくわかる。
(でも、こういう外から丸見えなの、どうなんだろう)
セキュリティとかプライバシーとか。今どきドローンなんかもあるし。
受付からの一連の、手間のかかった流れを考えと、ちょっとノリが違う気もする。
(あ、もしかしてマジックミラー式なのかな)
なんてくだらないことを考えているうちに、最上階に着いた。
音をほとんど立てずに開いたドアの外には、ロイヤルブルーの絨毯が敷かれたフロアが広がっていた。
照明は最低限のものに落とされているらしく、ちょっと薄暗い。
正面には受付用のひとり掛けサイズのカウンターがあって、その背後には半円形のちょっとしたスペースがある。半円の輪郭を作っている壁には、ドアが三つ並んでいた。
(ふぅん……)
設備はどれもが洗練された無駄のないデザインに、銀と白を基調とした色合いで、シャープでクリーンなイメージ。その代わりに、うっすら冷たい雰囲気もある。
で、エレベーターを出たはいいけど、カウンターには誰もいなくて、どうしたらいいのか迷った。
(ウェルカム感ないなぁ)
そうしたら、一番右端のドアが、やっぱり音もなく、スゥーッと開いた。
薄暗い中で、そのドアからだけ明るい光が漏れている。なんとなく、以前見た古いSF映画の、宇宙船のドアが開くところを連想してしまった。
夜の暗闇の中、謎の宇宙人がお迎えに来る、って類のやつだ。
我ながら、あんまりいい連想じゃない。
(入れ、ってことでいいのかな)
あたしはおっかなびっくり進むと、ドアの前に立っておそるおそる内側を覗き込んだ。
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