さげわたし

凛江

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第四章 アメリア その二

義母との茶会③

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「貴女…、何故二ヶ月も必要だったのかご存知ないのかしら」

義母の言葉に、アメリアは首を傾げた。
どうやら義母の言う二ヶ月間は、アメリアが嫁いできてからセドリックに放置されていた期間を指しているらしい。

その理由がセドリックがアメリアを国王から下げ渡された愛人と蔑んでいたからだということは、多分公爵家にいる者は誰でも知っている。
でも、必要とはどういうことだろう。
訝しげに見返してくるアメリアに、義母は妖艶に口角を上げた。

「セドリックが二ヶ月間貴女に手を出さなかったのは、貴女がみごもっていた場合を危惧してのことよ。陛下のお子様か、セドリックの子どもかわからなくては困るでしょう?でもさすがに二ヶ月も経てばごまかしがきかないですものね」

再び身を乗り出しそうになるハンナとカリナを目で制したアメリアは、黙って義母を見つめた。
義母もまるで獲物を狙う蛇のような目でアメリアを眺めている。

つまり。
セドリックの中に、アメリアが国王の子どもを宿したまま嫁いできたかもしれないという疑念があったと、義母は言いたいのだ。

「…ふふっ」
なんだか可笑しくなって、アメリアは思わず笑みをこぼした。
そこまで警戒されていたのかと思ったら、悲しみを通り越して可笑しくなったのだ。

「…何が可笑しいの?」
「…いえ。私を迎えていただくに当たって、色々大変だったのだなぁと思いまして」
「まぁ。他人事みたいに」

アメリアが悲しんで見せないことが不満だったのだろう。
義母は俄かに興味を失ったようにアメリアから目を逸らした。
おそらく義母はアメリアを傷つけたくてこんな話をしたのだろう。
泣き叫んだり怒り狂うところを見たいのかもしれない。

(ホント、可笑しい)
だってここまで警戒されているとも知らずに、セドリックとの初夜を済ませた自分は責任を果たしたとばかりにホッとしていた。
早く赤ちゃんが欲しいと、あれほど祈っていたのに。

その後、義母と義妹との茶会は淡々と終わった。
嫌味を言っても傷ついた様子を見せないアメリアに、義母はつまらなくなったようだ。

アメリアは最後まで気丈に振る舞って、なんなら微笑まで見せて茶会の席を後にした。
だが、部屋に戻ってからはどっと疲れが押し寄せてきて、アメリアはソファに倒れ込むように座り込んだ。
悪意ある会話は、アメリアの神経を心底疲れさせていた。

でも、この不毛だと思われるお茶会の中で、あらためて再確認出来たこともある。
マイロを溺愛しているという義母が恐れているのは、アメリアがセドリックの嫡子を生み、マイロが後継になる可能性がなくなることだ。

アメリアとの距離を縮め始めたセドリックを見て義母は焦っているのだろうが、そんな心配が杞憂だということはアメリアが一番よく知っている。
今のセドリックには、アメリアと子作りする気など全くないのだから。

(閣下は、私が陛下の子を妊娠している可能性まで考えていたのね…)
その事実は、アメリアの疲れた心をさらに打ちのめした。
国王の種を宿したまま下げ渡されるような女だと、そこまで蔑まれていたのだ。
幸い妊娠の事実も、愛人だったという噂も真実ではなかったとセドリック自身が理解してくれただろうが、それは全て結果論だ。

アメリアに後継を生むことだけが唯一の公爵夫人としてのつとめだと言い渡した彼は、今度は心を通じあわせ、本当の夫婦になりたいなどと言う。
それは、とても矛盾したことだとアメリアは思う。
蔑む気持ちが同情や憐れみに変化したって、そこに恋情はない。
なら、気持ちが通じ合うなんて幻想ではないのだろうか。

しかしセドリックの言う本当の夫婦になれなければ、アメリアが後継を生むことはないらしい。
公爵夫人としての唯一のつとめを果たせないアメリアはどうなるのだろう。
籍を抜かれたグレイ子爵家に戻ることはできないし、ましてや、王室に戻ることなど許されない。

ただ、目立たず穏やかに生きていきたかった。
そこに愛情を傾けられる存在があれば嬉しいと思っただけなのに。

アメリアを心配して気遣わしそうに見ているハンナとカリナを下げ、アメリアは横になることにした。
今夜の晩餐はセドリックと共にと思っていたのだが、そんな気にもなれない。

そこへセドリックは視察が長引いて帰りは明日になるとの連絡が入った。
(助かった…)とアメリアは思った。
やはりできれば今は、セドリックに会いたくない。
気持ちを整理する時間が欲しい。

ベッドに横たわると、カーテンの隙間から覗く夜空を見上げた。
くよくよ考えたって朝は来る。
ここでしか生きていく術がないなら、自分に与えられたつとめを果たすしかないのだ。

セドリックが心を通じ合わせない限り自分に触れないと言うなら、通じ合わせればいい。
そう、でもいいから、通じ合うようつとめるのだ。

そしてその上で、何かしら領民の役に立つ自分になりたい。
それは、偽善的な承認欲求でしかないかもしれないけれど、領主夫人という肩書きがあるからこそ出来ることもあるのではないだろうか。

そうだ、とりあえず、今考えていることを提案してみよう。
きっと今のセドリックなら耳を傾けてくれるはずだ。
(そう、もっと、強くならなきゃ…)
そう呟くと、アメリアは静かに瞼を閉じた。
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