積極的にバラすタイプの鶴

のは(山端のは)

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商店街へ行く

アルバイト

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 それから数か月後のことだ。琉冬が厳かに言った。
「商店街で人手が足りないそうでして、手伝ってきてもいいでしょうか」
「バイトってこと? 琉冬がやりたいんならいいんじゃない」
 琉冬のことだから、別に変なことはしないだろう。俺はさして考えず頷いた。琉冬はホッとしたようだった。
「けど、なにするの?」

 あの寂れた商店街で人手が必要ってなんだろう。お祭りでもあるんだろうか。
「商店街の真ん中くらいに純喫茶があったでしょう?」
 あったかなあ。あったような。
 視線をさ迷わせると、琉冬はそれで察したらしい。「あるんです」で片付けた。

「そこでタンチョウパンケーキとタンチョウラテを始めたら、人気に火がついて手が足りなくなってしまったらしくて」
「うん? タンチョウ?」
「もちろん鶴ですよ。金魚じゃなく」
「いや、そりゃわかるけど」
「知ってました? グッピーにも丹頂っているんですよ」
「へええ?」

 ぐっぴー?
 俺が混乱でピヨピヨしているうちに、琉冬はスマホでササッと画像を見せてくれた。
 丸くデフォルメされた、丹頂鶴のキャラがカフェラテとパンケーキに描かれている。下手ウマというか、ゆる~い感じ。
 分厚いパンケーキにはホイップと真っ赤なジャムが添えられていて、まあまあ美味そう。
「食べに来ませんか?」
「行く」

 そんなわけで、商店街まで足を運んだわけだけど、なんか前に琉冬と来たときと雰囲気が違うような。
 鞄屋さんがリニューアル工事中だし、その横の店も壁を塗りなおしている。人通りが増えたんだ。中には、コロッケを食べ歩いている人もいる。
 あ、あんなところに冷凍自販機なんてあったっけ。何が入ってるのか気になって覗いてみると、パンやらスイーツが売っているようだ。クロワッサン、ちょっと気になるな。

 そんなふうにキョロキョロしながら純喫茶を探す。
 お、あった。
 白壁に黒の飾り窓が目を引く、雰囲気のある佇まいだ。木製のドアもカッコいい。ただ、立てかけられた黒板に例のゆるい感じの鶴が描かれていて、入りにくさは緩和されている。

 カランカランと綺麗なドアベルの音で迎え入れられ、「いらっしゃいませ」とすぐに声がかかった。琉冬だ。
 レトロな内装は、どこか気品のある琉冬によく合った。
 なによりウェイターの制服がヤバい。白シャツに黒のエプロン。細いリボンのタイ。うしろでキッチリまとめた髪にも黒いリボン。めっちゃ似合う。
 少し暗めの店内は年季の入った木のテーブルと、赤い布張りの椅子で揃えられている。
 案内された席に座って待つと、琉冬がゆったりとした仕草で水とメニューを運んでくる。それだけでものすごく優雅な気分になれる。
 え、なにここ。俺はどこに迷い込んじゃったのかな。映画の中かな?

「桂聖、口が開きっぱなしですよ」
 琉冬はメニューを置きながら小声で俺を咎めると、耳元で素早く囁いた。
「そんなに物欲しそうな顔をしないで」
「はい、ごめんなさい!」
 俺は顔を覆った。
 いや、でも。琉冬も悪いだろ。
 そんな色気だだ洩れで!

「パンケーキとカフェラテください」
 お使いに来た小学生みたいな口調でなんとか注文したあと、そっと店内を見渡せば、琉冬は思い切り視線を集めていた。老若男女誑し込んでる。そりゃそうだよ、あんなふうに微笑まれちゃったらヒロインの気分だもん。
 パンケーキは美味しかったけど、俺はちょっとモヤモヤした。

 ベッドの上、パジャマ姿で枕を抱えた俺は、琉冬にモテ過ぎを抗議した。風呂上がりの琉冬は微苦笑を浮かべ、浴衣の胸元をはだけてみせた。
「痕でもつけますか?」
「そ、そんなふしだらな痕があったら、余計ダメだろ」
 と言いつつ、俺はチラチラ見てしまう。
 つけたいつけたいつけたい!

「まあ、桂聖は痕つけるの下手ですしね」
「なんだって?」
 俺は琉冬の言葉を挑戦と受け取った。枕をポイと放り出し、琉冬の両肩に手を置いた。
 つけてやろうじゃないか。
 大胸筋にちうと吸い付く。小さな痕が付いたと思ったのに、すうっと消えてしまった。ぐ、悔しい。

 お返しとばかりに琉冬が唇で触れたのは首だ。
「あ、琉冬そこはダメ」
 ダメって言ってるのに痕をつけるし。
「そろそろ寒くなって来たから、タートルネックでも大丈夫ですよ」
「鶴のくせに亀を勧めるとは!」
「そういわれると、なんとなく嫌な気分になるじゃないですか。冷やすもの持ってきます」

 真顔になって腰を浮かしかけた琉冬をベッドに引き倒して、俺は彼の唇を奪ってやった。
「今は、俺だけ見て」
「桂聖? 嫌ならバイト辞めますよ」
「嫌ってわけじゃないよ。俺、琉冬がバイトすんのは大賛成」
「……そんなに俺、家計を圧迫していましたか」
 真顔で妙な心配するもんだから、俺は慌てて首を振る。
「そうじゃなくて。琉冬はさ、仕事を始めるからには簡単に放り出したりしないだろう?」

 何を言う気だって顔つきで、琉冬はあいまいに頷いた。
「この先もし俺と大喧嘩してさ、琉冬が実家に帰らせてもらいますなんて言ったらさ」
「言いませんよ」
「もしも、だって。――ほら、琉冬が異界に帰っちゃったら、俺、探しようがないだろ」
 言っていて、本当に不安になってきた。
 琉冬はある日、ひょいとやって来た。
 いなくなる時だって、あっさり消えちゃうんじゃないかって。
 立つ鳥跡を濁さず、なんて実行されて、彼のいた痕跡ごと全部消えてしまったら?

 そんなの、絶対に嫌だ。

 「琉冬に、こっちでも大切なものがたくさんできたらいいなって思うんだよ。そしたら、おまえ、フラッと消えられなくなるだろ」
 琉冬があちこちに、事情を説明している姿が頭に浮かぶ。引き留めてくれる人も、きっといっぱいいる。

「そしたら俺はそのあいだに琉冬を追いかけて、謝り倒して戻ってきてもらうんだ」
「追いかけてくれるんですか?」
「追いかけるというか、追いすがる。泣き落としも辞さない」
 琉冬は息を吐くように笑った後、俺の頬を撫でながら不安そうな顔をした。

「桂聖のほうが、俺のこと嫌になるかもしれませんよ」
「それは心配してない。だって……」

 いつか二人で願いを捧げた鶴の銅像のことを思い浮かべながら、俺はニッと笑った。
「夫婦円満を願う必要がないくらい、俺のこと、愛してくれんだろ?」

 琉冬はパチパチとまばたきして、ぐっとこらえるような顔つきになった。
「桂聖、あなたって人は……」
「うん」
「よくわかってるじゃないですか」

 顔をしかめたまま琉冬は俺を抱き寄せる。おまえ、今ちょっと泣きそうだろ。
 俺もそうかも。
 どちらからともなくキスをした。
 で、もっと欲しくなる。
 



 
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