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はじまり
7 幕間 商人ハインリヒの一時帰郷
しおりを挟む大抵顔見知り同士の気安い客引き、暗黙の了解を理解してる馴染みの常連、無秩序に騒がしい王都とは違い、ガヤガヤとうるさいが一定の秩序だって行きかう人々で一杯の大通りを懐かしく思いながら歩いていた。
商業ギルドで泥を被りながらも徐々にのし上がっていた日々、そこからようやく芽が出て王都へ拠点を移してから実に三年ぶりの帰郷だ。
しかし五年ほど前に、そろって同じ病気で「お揃いねぇ」なんて言いながらホントに2週間もたたずに揃って親はおっちんじまったし、兄弟もいない俺には帰郷だなんて言っていいかもわからない。
しかも住民には“街”といえば大抵通じてしまうからすっかり街の名前を忘れちまっていて、行きの荷馬車の中で地図を確認するまでここ、エタル街へ滞在することをすっかり忘れていた。そのせいで昔馴染みに手紙で約束を取り付けることもできずに、すっかり手持無沙汰に意味もなく懐かしい街をブラブラしていた。
「ハインリヒ……? ハインリヒじゃないか?」
後ろから聞き覚えのあるような、ないような声で呼びかけられて虚を突かれて思わず振り返った。
「……ユリアン?」
一拍置いてようやくその人物か誰か思い出した。近隣の村からエタル街に品物を売りに来る一団によく手伝いでついて来ていたヤツだ。同じ街道を通ってこの街にくる村々が金を出し合って共同の大きな荷馬車に乗って月に一度やってきていたのだが、その荷馬車を止める停車地が俺の元の家にすこぶる近かったのだ。
人出はいるけど粗方準備が済むと邪魔だからと放流される連中と街に元から住んでる奴らでケンカしながらもよく遊んだものだ。
「おー、久しぶりじゃねーか。元気してたかユリアン」
すっかり老け込んだ顔の旧友の顔は再会を喜んでいるように見えたが、ここ数年様々な人間の表情を見てきた俺にはユリアンがどことなく疲れているように感じられた。
「まあ、ぼちぼちだ」
「しかし珍しいな。お前のとこ……カラン村だっけ? の連中ってあんまりこっちの方好きじゃなかっただろ」
近村商談と街の人間が呼んでいた一団の中で、街道の最も奥にあり、荷馬車の管理をしていたカラン村は、あまりに街から遠く、さして街の恩恵を受けていないため、街を好いていない村だった。みんな無口で不愛想、しかしたとえ子供相手でも金銭を意図的にごまかすことはせず、田舎村で計算はうまい方じゃなかったが、間違ったと分かると忘れずに次の時に釣銭を返してくれるような連中だった。
まあ商人になった今思い返すと、村の伝統的でシンプルな皆同じような品ばかりが並んでいて当たりはずれは少ないが冒険もない安定的で、誠実な商売をしていたので固定客が多くついていた村で、しかも街を好いていないので月に一回しか来ないことと塩などの生活必需品だけを大量に買っていくので他の商人たちの邪魔にならず固定客がついているにもかかわらず街の商人たちからも目を付けられない稀有な村だったと思う。
「まあ、いろいろあったんだよ……」
ため息交じりに肩を落とした友人に、すっかり暇をしていた俺はこれは酒浸しにして聞き出してやらねばと肩を組んだ。
「はぁ!? それでお前ホイホイ自分の息子、魔導の森に捨ててきたってのか!?」
ここ数年で相手をへべれけに酔い潰す腕だけはすっかり上がっていた俺は数十分で馬鹿な友人を酔い潰した。そうしたら例にもれずほかのカラン村の連中同様、誠実な男だったはずの友人から飛び出した驚きの発言に目をむく。
「おーおー、しょうがねーだろ。あいつ死ぬほど可愛げねーんだからよ。」
「可愛げねーたってなぁ……、なんだ悪態でもつくのか?」
俺の知っているユリアンならもっと申し訳なさそうに縮こまって告白しそうな内容をすっかり当たり前の顔をしてけろりと言ってのける。かといって極悪非道な人間に成り下がったような様子でもやけっぱちな様子でもない。
いったい何があったらユリアンがこうなるっていうんだ?
こっちがすっかり混乱しているってーのにユリアンは、あのくらいの餓鬼の世の中見えてねーの悪態なんかまだ可愛げあるだろ。なんていいながら勝手に杯をあおってヒートアップし始めた。
「あいつはいつも笑顔で『お構いなく』とかいいやがるタイプの餓鬼だよ」
「は? ……親に向かって?」
ぽかんと口を開けて問い返すと、ユリアンと突然かっと目を開くとやや腰が浮くほど熱弁しだす。
「そう! そうなんだよ! 仮にも親に向かって『お構いなく』とか『お気遣いなく』といいやがるんだよ! あいつ! 本当に! 本当に! ほ ん と う に !可愛げがない!!」
「どうどうどう」
すっかり頭に血が上っちまったユリアンをなだめすかして座らせる。別の友人の気に入りの店を出禁になんてなったらシャレにならん。
「はー、じゃあまぁ、なんだ。そんな可愛くない子だからさっさと厄介払いしたのか」
「可愛いさ、俺の息子だぞ」
・・・・・・
どついていいだろうか。
ふてくされたような顔をしながらアルコールが回って気持ちよさそうに赤くなっているヤツにこめかみがぴくりとひきつる。
「さっきまでの話はどこ行ったんだ」
「なにも変わっちゃいねーよ。あいつは可愛げがない可愛い息子だって話だ」
ちろっとユリアンに目をやると、さも太陽がどちらからのぼって沈むのかとでも話していたかのようなけろっとした顔をしている。
「……ああ、そう」
「だってな、おまえ。俺が置き去りにするときになんて言いやがったと思う?? 『それではいままでどうもお世話になりました。どうぞお元気で』だぞ?? そこは泣いて不安がって『こわいよー、置いて行かないでー』だろ。こちとら15の息子の旅立ち見送ってんじゃねーんだぞ。行くあてはあるのかって8歳の餓鬼に聞いてんのに『商業ギルドに加入していてちょっとした貯えがあるので大丈夫です』じゃねーよ!!俺は! 今! 勤め先を追い出された20の息子に行くあて聞いてんじゃねーんだぞ!! お前、そんなどこに放り出してもうまくやっていくだろう息子と、俺含め村追い出されたら絶対路頭に迷う家族だったら息子安全に放り出すしかねーだろ!!」
あいつに泣ける程度の可愛げがあったら俺だって路頭迷うかもしれなくとも街に移住するわ!! と完全にぶすくれてユリアンは酒をあおりはじめる。
まあ、つまり、なんだ。
“まだまだ可愛がりたかった息子があまりに可愛げがないせいで想定より早々手放さなくてはならなくなったのがさみしい”って話なわけか
「おーおー、酒追加してやるから泣くな泣くな」
「俺は泣いてねーっての! あいつが泣けばいいんだっつーの!」
「はいはい、可愛い僕ちゃんを手ばさななくちゃならなくてさみしいのに僕ちゃんに相手にしてもらえなかったのはわかったら飲め飲め」
「くそー、ハインリヒ商業ギルドであいつのこと見かけたらからかってやってくれよ。絶対一人暮らしなんか失敗してるから」
「それができないような奴ならお前は放り出さないだろ。それに俺今王都で商人やってるから無理」
「はぁ!? マジかよ! おめでとう! でも正直ユーラスがいなくなった後で見つけた岩塩貴族に横取りされて結局街に商売くるはめになってあてにしてたから誰か商業ギルドにわたりつけられる商人紹介してくれ」
ちゃっかり頼み事もされたが、王都に出るときこの街の人間にほとんどかけてもらえなかった三年越し祝いの言葉が純粋にうれしかった。
それからもユリアンは、親でも理解できないような難しい話を振るせいで妹に冷たくされて落ち込んでるのが珍しくてからかって1週間ほど口を聞いてもらえなかった話やら、何やらブツブツ言いながら変なものを作っては失敗していたため近隣住民に目の敵にされていたのを指さして笑ってかみつかれた話やらその可愛げのない可愛い息子の話を一晩中し続けた。
王都にいる俺にできることはほとんどないが、実家を出た商人ならいずれは王都で出会うことになるかもしれない。もしもそうなったらその時はこいつの祝いの言葉分ぐらいは面倒見てやろうと頭の片隅で考えていた。
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