便利スキル持ちなんちゃってハンクラーが行く! 生きていける範疇でいいんです異世界転生

翁小太

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王都

28 パンよりケーキを。そして俺には

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「ハインリヒさん! あっそびましょ!」
 折角なのでダニエル少年と手をつないでハインリヒ商会まで行くとデニスさんが出迎えてくれた。めっちゃ困惑してるダニエル君と手をつないで歩くのとても楽しい。ショタと合法で手をつないでお散歩出来るって素晴らしいことだと思う。あ、商会には今度はちゃんと勝手口から入ったよ?
「おやおや、いらっしゃいませ。納品はまだ先だったかと思いましたがどうしました?」
 デニスさんはニコニコとこちらをのぞき込むように屈んでくれる。あれからも度々顔を出しているのだけれど、一番最初に泣いてしまったのがよくなかったのかデニスさんはすっかり俺のことを子供扱いするようになった。いや実際子供なんだけどね?
「んーっと、ちょっとハインリヒさんと別の商談がしたくて来たんですけど」
「そちらは?」
「今日の商談の相方です」
 デニスさんはそうですか、と頷いて迷わず俺たちを部屋まで通してくれた。不用心なのか俺たちを信頼してくれているかの判断に困る。
「ハインリヒは今書類を確認しているはずなので区切りがついたらこちらに来るよう伝えてきますね」
 デニスさんが部屋を出るとダニエル少年が俺の袖をぎゅっとつかんで力強くゆすってきた。
 顔をぐっと耳元まで近寄せてどうやらひそひそしてるらしい駄々洩れの小声で話しかけてきた。正直うるさい。
「お前本当にハインリヒ商会の人と知り合いだったんだな!」
「だからずっとそう言ってるじゃぁん。耳キーンってするから叫ばないで」
 商家にいた頃から知っている大きな商会の商談部屋にいることに興奮しているのかダニエル少年がずっとソワソワしっぱなしだ。
「――……ダニエル少年。今日は君は商人としてここに来たわけじゃないでしょ? もっと落ち着いて」
 そういうとダニエル少年は一瞬しまった、という顔をしてからすっと背筋を伸ばした。うんうん、凛とした顔つきになって立派になった。
 思わずダニエル少年の頭を撫でていると後ろの扉から笑い声が上がる。
「ははっ、いい心がけだぞ。少年たち。自分の立ち位置を確認するとおのずとやるべきこともわかる」
「ああ、こんにちは、ハインリヒさん。こないだぶりです」
 ぴょっと手を挙げて挨拶すると、ガシガシっと頭を撫でられた。
「おー、サブマスギルに紹介された坊主達んとこと、例のレストランにはお裾分けを持って行ったのに、お世話してる俺のところには持ってこなかった薄情なユーラス君。元気してたかぁ?」
「うぇっ、えへへ、お耳の早いことで……。まあ、今日はお裾分けはないけど手土産ならあるよ」
 ハインリヒさんは俺を小突いてそのまま向かいの椅子にドスッと乱暴に腰掛けた。
 デニスさんがいつものようにハインリヒさんの後ろに控えたのを確認して人払いをお願いした。
「今日俺たちって“先触れ”なんだよね。この件に関してはどうしても大人同士で話し合ってもらわないとならないから」
「ほおん……」
 ハインリヒ商会鉄板の片眉あげいただきました。
「それよりハインリヒさんさぁ、これ手土産なんだけど、どっち食べたい?」
 パティスリーエドメの袋の中から“2種類”のパンを取り出した。
 片方は、こっちの世界じゃスタンダードな何の変哲もない、もう片方はこっちじゃ珍しいのようにデコレーションされた菓子パン。
 途端に商会のクランリーダーのハインリヒさんと商家出身のダニエル少年の間にピリッと緊張が走る。
 ―――パンよりケーキを。
 諺の中でも商人の間でよく使用される、現状に満足せず向上心を失わないもののための諺。
「ねぇ、どっち食べたい?」
 ハインリヒさんはじっとこちらを見つめた後、ふっと笑って菓子パンを鷲掴むと、そのまま口へと放り込んだ。
「当然、こっちだ」
 無理をして全部口に放り込むからずっとモグモグ口を動かしてるハインリヒさんにちょっと噴出した。選ぶだけでよかったのにさ。ぷぷぷ
「じゃあこっちはダニエル少年ね」
「えっ」
 ダニエル少年の半開きの口に普通のパンを押し込むと、少年はモゴモゴと一生懸命咀嚼している。かわいい。ええ、お察しの通りチビッ子びいきですが何か。
「おい、待て。お前はどうする」
「俺はそんな気分じゃないからいーらない」
 つまりこれは暗喩だ。今回の最大の利益をハインリヒさんへ、次点利益はダニエル少年へ、俺の利益は無しでいい。
 だからそれぞれに伴う責任は各自回避でよろ。特に自分で選んだハインリヒさん。
といったニュアンスだ。
 このぐらいあからさまな暗喩ならここにいる人間には全部伝わるはずだ。
「いや、ダメだな」
「はっ?」
 なにかニュアンス間違えましたでしょうか?
「一度ウチの商会相手に商売しておいて、わからなかったか? 俺はフェアじゃない取引は好きじゃない」
 そういうとハインリヒさんはニヤニヤしながら俺の口に何かをねじ込んだ。
 あっま……。
 口の中で転がして正体がわかる。飴だこれ。
 ソロっと上を見上げると彼は、ニヤニヤしながらベっと舌を出していた。
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