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王都
29 頑固者の親方
しおりを挟むそんなふうに戯れていると、いつの間にかデニスさんがガロンの親方を連れてきた。
「こら! 餓鬼ども! 先触れが帰ってこねぇで茶ぁ飲んでるじゃねぇだろ」
とそれぞれ一発づつ頭に拳骨をもらう。そうだね、先触れは行きたい時間の確認とその返事を持って帰るのが仕事だね。でも、痛いので頭をさすりつつ抗議する。
「だから今回はこっちで待機してるから帰ってこなかったら了解って意味だって言ったじゃん!」
「うるせぇ! 俺は認めてねぇって言っただろ! 先方に失礼だから来たが、他所でそんなことやるなよ!!」
ふんっと、鼻息を鳴らすと親方はダニエル少年の隣へ腰かけた。
ハインリヒさんはそれを見て、先ほどの“交渉すべき大人”が親方だと気が付いてさりげなく座りなおす体で親方の正面に来るように体をずらす。
そして俺は立ち上がって事前に用意してもらっていた向かい合う二人を視界に収められる、いわゆるお誕生日席へ移った。
それを見たダニエル少年はこれから交渉が始まることを肌で感じて緊張したように背筋を伸ばした。
「いたらぬ先触れを出してすまなかった。俺がガロン工房のクランリーダー・ガロンだ」
「ご丁寧にどうも。はじめまして、俺がハインリヒ商会のクランリーダー・ハインリヒだ」
すっかり俺の存在を忘れてお互いに自己紹介を二人が始めてしまったので、俺は柏手を叩いて仲介者の挨拶を述べた。
「本日の仲介者はわたくし、ソロで活動しております種級商人のユーラスと申します。ガロン殿、こちらがかの有名な、独自の商法で商会を大きくしておいでの新進気鋭商会・ハインリヒ商会のクランリーダー・ハインリヒ様でございます。ハインリヒ様、こちらが五代前のクランから面々とこの地の様々な建造物を手掛けておいでで、この度、全く新しい商法を可能にしたガロン工房のクランリーダー・ガロン様でございます。今回わたくしがまいた種が大輪の花を咲かせられますよう尽力し、また、神にお祈りし、この度仲介のご挨拶とさせていただきます」
この挨拶は仲介者が、紹介する順番でどちらの商会がどちらの商会にうま味をもたらすのかを明確にし、また仲介者がどの程度この件に噛むのかを宣言するものだ。
パーティーなどで先に目上の者へ目下の物を紹介するマナーがそのまま、仲介者の挨拶では、主導権がある方へ先に紹介される側の名を告げるものへなっており、また、『まいた種~』のところが『尽力し』なら自分がしたいから全面的に噛み、責任も取る。『神にお祈りし』なら渋々紹介してるだけだから一切噛まないし責任も取らない。『神にお祈りし、また、尽力し』なら貴族や大店の店主などが表向き噛んでやるが裏では一切手を出さない。そこから派生して何か事情のある連中が『尽力し、また、神にお祈りし』なら裏では尽力するが理由があるので表向きは無関係を装うといった意味になっている。
つまり、この交渉の主導権はあくまでガロン親方にあり、ハインリヒさんはあくまで紹介される側だということと、俺は裏では尽力するけど表ではノータッチだよということを宣言した状態だ。
ハインリヒさんは素知らぬ顔をしてそっぽを向いているが、デニスさんが呆れた顔をしているのでおそらくワザとだ、自分で交渉した方が有利に事を進められるという直感で何を紹介されるかわからない中で俺を意図的に無視したんだろう。油断も隙もない。
ガロンさんはクランリーダーだけあって表情が変わっていないがダニエル少年がキョドキョドしていて自分たちが主導権を握るとは思っていなかったことを露呈して居る。ああ、確かに彼は商人向いていないかも……。
ちなみに、交渉を途中でひっくり返されないように、仲介者が事の次第を説明するのも習慣だ。
「さて、それではこの度の取り持たせていただくこととなった経緯をご説明させていただきます。初めは、わたくしが商業ギルドでサブギルドマスターに王都に同じ時期に拠点を移した少女アンナを同期としてご紹介いただきましたことから始まります」
この経緯挨拶って、出会ってから十年以上たってないと誰の紹介で知り合ったかまで全部説明しないといけないの凄くめんどくさい。怪しい人間が間に入ってないかを確認するための措置らしいんだけど必要だとは思えないんだよなぁ。
「そのご縁でアンナ嬢の所属するリストランテ・チェーリオとの取引をさせていただき、良好な関係を結ばせていただいております。そんな折、アンナ嬢の所属するリストランテ・チェーリオの店舗の建設に尽力くださいましたガロン工房に所属していらっしゃる少年ダニエル大工見習をご紹介いただきました」
手でダニエル少年を指し示すと、少年は特に呼んでもいないのに「ひゃいっ!」と返事した。ああ、完全にお目目ぐるぐる顔だ。この調子で大丈夫だろうか。
「ダニエル大工見習の依頼で、私はガロン工房の経営の補助として意見を出させていただくことなり、議論を重ねるうちに、私はあることに気が付きました」
「ほう」
ハインリヒさんは面白そうにこちらを見た。気が付いただけだよ、ホントだよ。仕組んでないよ。
「ダニエル少年の持つスキル『収納(小)』は一般的に『収納(上)』『収納(中)』の下位能力として位置付けられておりますが、本当は上位互換ではないという点についてです」
「なんとまあ、商業ギルドで袋叩きに合いそうな気付きだ」
商人としてこの『収納(上)』や『収納(中)』に誇りを持っている人間というのはわりと多くいる、正直ハインリヒさんがこれ持ってて怒り出したらどうしようかと思ってた。
「さて、そこでここから先の細かい経緯挨拶についてはハインリヒ様の了承をいただかねばなりません」
「俺が後で紹介されているのにか?」
主導権のない商人に確認しなくてはいけないことなど普通はない。しかし今回は互いのために聞かねばならない。ガロンの親方とダニエル少年には了解をとっている。
「ちなみ先ほどハインリヒ様は手土産をお食べになりましたがお味はいかがだったでしょうか?」
「……美味かったぞ。甘味のなかに苦みがあって珍しい味がした」
「ええ、ハインリヒ様が甘味があまりお好きではないと聞いておりましたので、パティシエに無理を言って甘みが好きでない殿方にも食べやすいように“川べりの泥”のように黒い調味料を提供させていただきました」
以前会ったときに災害支援をよくしている貴族と懇意にしているハインリヒさんに、遠回しにそれを知っているのをほのめかした言いまわしを使うと、ハインリヒさんの眉が跳ね上がる。ちなみにエドメさんに使ってもらったのはコーヒーだ。ちゃんと美味しいヤツです。
「あの苦みがあってこそ、あれほど美味くなったということか。それならば、いくらでも食べたいものだ」
完全に顔が俺を誰だと思っていると言っている。そうだよね、貴族がかかわってるくらいでハインリヒさんが引くわけないよね。聞けば引けなくなるのも了承しているようだし。
「続けろ」
「はい。まず、『収納(上)』と『収納(中)』は己の能力いかんによって収納量が上下する性質があるのに、『収納(小)』にはその性質はなく、種類数と個数の制限しかないこと。また、(上)(中)と来ているにもかかわらず(下)ではなく(小)であることなどから本来は『収納(大)』『収納(小)』『収納(上)』『収納(中)』『収納(下)』の順であり、レアスキルの『収納(大)』とバッドレアスキルの『収納(下)』は、ほとんど発現しないのではないかと考えました。実際、本来は最下位のバッドレアスキルを除き、ほとんどの場合は下位になるにつれ、発現率が上がっていくものであるはずなのに、教会によれば『収納(小)』は『収納(上)』より発現数が少ないとダニエル大工見習は聞いているそうです」
「なるほど」
おそらく発現した『収納(大)』と『収納(下)』は『収納(上)』と『収納(小)』に誤認されて処理されていたのだろう。
「それに気が付いてから我々は様々な実験を行いました。まず、ダニエル少年によると入れる事が出来る一番大きなものが、あの広い大広場の一杯に伸びるほどの板であったことなどから大きなものの限界を探りました。結果“我々では限界を確認できませんでした”」
「? その確認できたギリギリの限界とはなんだったんだ」
「家です」
「……はっ?」
「ガロン工房で見習い大工たちに練習のため作らせては解体していく、基礎工事されていない家、丸々一棟です」
それを聞いたハインリヒさんとデニスさんは鳩が豆鉄砲くらったような顔で呆けたあと、恐ろしいぐらいに相貌を釣り上げた。
「それは、本気で言っているのか」
「本気も本気、大まじめです」
「何棟だ。何棟入れる事が出来るんだ」
「その時完成していた練習用の大きな家屋5棟、小屋レベルの家屋が10棟。それぞれ同じ大きさで作っていたものを一種類として入れることができました。さらに小さな板などで実験した結果、同じ種類の物は64個づつではなく、64個を超えて入れると超えた分だけ入れる種類が減っていくという結果を加味すれば、―――1984棟。ほぼ同じ大きさの家屋であるなら、それが彼の持ち歩けることができる最大数かと……」
「誤差は! 誤差はどの程度なんだ!」
「収納するものの大きさによってだんだん小さくなっていきますが、おそらく最大でダニエル大工見習の腕の上腕程度かと」
明らかに興奮した様子のハインリヒさんはそれを聞くと、今更になって実感がわいてきたのか青くなっているダニエル少年の腕をつかんで無理やり裾をめくり上げようとする。しかし、ガロンの親方がそのハインリヒさんの腕をさらにつかんだ。
「……すまないが、ウチの弟子がおびえている。離してやってくれ」
「あ、ああ、すまない。柄にも無く、興奮してしまった。」
ガロンの親方はチラッとこちらを視線だけで責めるので、俺は軽く頭を下げて謝罪する。仲介した俺が止めなくちゃならなかったのにうっかり煽ってしまった。親方がダニエル少年の頭を落ち着かせるように一、二度撫でると、ダニエル少年が慌てて自分で裾をまくった。上腕だけなので、おおよそ30cm前後だ。
「ウチならこの程度の誤差を出さずに同じ大きさの家が作れる。それは見習いどもの家屋がこいつのスキルで収納出来た時点で証明済みだ」
そういうと、親方は俺に向かって、くっとハインリヒさんの方へ頭を傾けて説明の続きを促した。
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