4 / 6
4
しおりを挟む
次に目が覚めた時、傍らに居たのは彼女ではなく、幼い娘だった。年の頃としては、12、3だろうか。幼さを残す面立ちとは若干不似合いな大人びた衣。結い上げられた黒髪が彼女の動きに合わせてユラユラ揺れている。
「娘……いや、妹、か?」
小さな体でせっせと働いている少女を見て、俺は思わず呟いていた。ピクリと肩を跳ね上げた少女は振り向き、目を見張った。俺が起きた事をしり、そろそろとにじり寄ってきた。まるで人見知りの子猫のような仕草に、笑いをかみ殺しながら様子を見ていると、恐る恐る少女は俺の額に手を伸ばした。子供特有の少し高い体温が、壊れものに触るように触れてくる。
「熱も下がったし、体の調子も大分よくなった。お前の姉のお陰だな」
驚かさないように声を掛けると、少女は困惑したような顔で首を振った。どういう意味だ、と首を傾げると、少女はパクパクと口を動かした。しかし、その口から出てくるはずの可憐な声が一片も出てこない。
「……もしかして、声が出ないのか?」
はたと思い至り尋ねてみると、少女はコクリと頷いた。
「耳が聞こえない、という感じではないな。声が出ないだけか?」
もう一度訪ねると、深く頷かれた。何等かの理由で声が出ないだけのようだ。すると、少女は再び俺の額に指先を触れ、次に何処かを指さした。そのまま己を指さすと首を振る。身振り手振りで話をしようとする少女の意図をくみ取るべく、思考を巡らせた。
「……俺を診ていたのはあくまでお前の姉、という訳か?」
こんな所だろう、と辺りをつけて聞いてみると、少女は一度縦に首を振った後、横に振った。伝わるかな、と不安そうな色で大きな瞳を染め上げた少女を一瞥し、天井に目を向ける。先の動作は首肯、後の動作は否定として。会話の流れ的に肯定、否定したという事だろう。この場合は。
「俺を診ていたのは千歳。千歳はお前の姉ではない」
すると、少女は嬉しそうに笑って大きく頷いた。どうやらあっていたらしい。伝わった事が嬉しいのか、俺の頭をそっと撫でてくれる。普段ならば振り払う所だが、愛らしい様子に俺の口元も綻んでいく。そして、ふと疑問が浮かぶ。
「って事は、お前は一体?」
「その娘は我が家に奉公に来ている幸音に御座います。幼いときから口がきけず、当家の前で倒れていたのを助けた縁で働いてもらっています」
すっと障子が開き、千歳が姿を現した。ぱっと顔を明るくした少女――幸音が駆け寄ろうとするが、途中でピタリと動きを止めて楚々とした動きで指をついた。千歳の動作によく似ている。クスクス笑った千歳が中に滑り込んできて、幸音の前に膝をつく。
「幸?神宮司様に粗相をしていませんね?」
「ああ。面倒を見てくれた上に話相手もしてくれた。いい使用人だな」
是と答えたいが、万一にも粗相があったら。そんな風に思ったのか、小首を傾げた体勢で動きを止めた幸音に吹き出した俺は、変わって返答した。千歳も咎めるつもりなど無かったのだろう。ふわりと笑って幸音の頭を撫でた。心底嬉しそうな顔で受け入れている幸音を見て、先程俺の頭を撫でたのはそれが理由か、と笑う。
「幸音……幸か。可愛らしい」
「ええ。名前も分からなかったので、そう名付けました。音を紡げずとも、この娘は幸せを招いてくれますもの。それに、今以上に豊な音色を望まずともこの子と会話できますゆえ」
「たしかに」
簡単な身振りであっても、きちんと意志を伝えてくる幸音。少しのふれあいでも、口がきけない事を全く気にさせなかった。笑顔で触れ合う美しい二人を、目を細めていた俺は、何気なく呟く。
「幸音が幸、という事は、そなたは千歳の千……いや、千と言ったところか?」
「ええ、まぁ。人によっては然様に呼ばれる方も」
穏やかに微笑む千歳。その傍らで幸音が身を乗り出す。パクパクと口を動かし、何か伝えようとしている。
「あーっと。……"え"?いや、"せ"。……"む"……"ん"、か?……"し"、"い"、……"ひ"?"え"、口を閉じて"え"だから、"め"か?えー……"あ"?"か"?"さ"?……"さ"ね。で、また口を閉じて……"ま"、だな?」
首肯と否定を確認しつつ、一つ一つの音を拾い上げていく。読唇術でも習うか、と詮無き事を思いつつ、振り返る。
「あー……。ああ、"千姫様"か?」
そろそろ謎当てをしている気分である。伝わって満足そうな幸音の頭をぐりぐり撫でつつ、笑った。千歳に視線を向けると、微苦笑していた。微かに頷く所を見るに、千姫と呼ばれていたのだろう。
「なるほどな。なら、俺も千姫と呼ぼう」
目を輝かせる幸音と笑い合って決める。千歳も満更ではないのか、ご随意に、と呟いたきり微笑むだけ。ころころと表情の変わる、言葉を持たないお喋りな少女に付き合って会話が弾む。
邪気の無い会話は、俺の心を知らず知らずのうちに癒していた。
「娘……いや、妹、か?」
小さな体でせっせと働いている少女を見て、俺は思わず呟いていた。ピクリと肩を跳ね上げた少女は振り向き、目を見張った。俺が起きた事をしり、そろそろとにじり寄ってきた。まるで人見知りの子猫のような仕草に、笑いをかみ殺しながら様子を見ていると、恐る恐る少女は俺の額に手を伸ばした。子供特有の少し高い体温が、壊れものに触るように触れてくる。
「熱も下がったし、体の調子も大分よくなった。お前の姉のお陰だな」
驚かさないように声を掛けると、少女は困惑したような顔で首を振った。どういう意味だ、と首を傾げると、少女はパクパクと口を動かした。しかし、その口から出てくるはずの可憐な声が一片も出てこない。
「……もしかして、声が出ないのか?」
はたと思い至り尋ねてみると、少女はコクリと頷いた。
「耳が聞こえない、という感じではないな。声が出ないだけか?」
もう一度訪ねると、深く頷かれた。何等かの理由で声が出ないだけのようだ。すると、少女は再び俺の額に指先を触れ、次に何処かを指さした。そのまま己を指さすと首を振る。身振り手振りで話をしようとする少女の意図をくみ取るべく、思考を巡らせた。
「……俺を診ていたのはあくまでお前の姉、という訳か?」
こんな所だろう、と辺りをつけて聞いてみると、少女は一度縦に首を振った後、横に振った。伝わるかな、と不安そうな色で大きな瞳を染め上げた少女を一瞥し、天井に目を向ける。先の動作は首肯、後の動作は否定として。会話の流れ的に肯定、否定したという事だろう。この場合は。
「俺を診ていたのは千歳。千歳はお前の姉ではない」
すると、少女は嬉しそうに笑って大きく頷いた。どうやらあっていたらしい。伝わった事が嬉しいのか、俺の頭をそっと撫でてくれる。普段ならば振り払う所だが、愛らしい様子に俺の口元も綻んでいく。そして、ふと疑問が浮かぶ。
「って事は、お前は一体?」
「その娘は我が家に奉公に来ている幸音に御座います。幼いときから口がきけず、当家の前で倒れていたのを助けた縁で働いてもらっています」
すっと障子が開き、千歳が姿を現した。ぱっと顔を明るくした少女――幸音が駆け寄ろうとするが、途中でピタリと動きを止めて楚々とした動きで指をついた。千歳の動作によく似ている。クスクス笑った千歳が中に滑り込んできて、幸音の前に膝をつく。
「幸?神宮司様に粗相をしていませんね?」
「ああ。面倒を見てくれた上に話相手もしてくれた。いい使用人だな」
是と答えたいが、万一にも粗相があったら。そんな風に思ったのか、小首を傾げた体勢で動きを止めた幸音に吹き出した俺は、変わって返答した。千歳も咎めるつもりなど無かったのだろう。ふわりと笑って幸音の頭を撫でた。心底嬉しそうな顔で受け入れている幸音を見て、先程俺の頭を撫でたのはそれが理由か、と笑う。
「幸音……幸か。可愛らしい」
「ええ。名前も分からなかったので、そう名付けました。音を紡げずとも、この娘は幸せを招いてくれますもの。それに、今以上に豊な音色を望まずともこの子と会話できますゆえ」
「たしかに」
簡単な身振りであっても、きちんと意志を伝えてくる幸音。少しのふれあいでも、口がきけない事を全く気にさせなかった。笑顔で触れ合う美しい二人を、目を細めていた俺は、何気なく呟く。
「幸音が幸、という事は、そなたは千歳の千……いや、千と言ったところか?」
「ええ、まぁ。人によっては然様に呼ばれる方も」
穏やかに微笑む千歳。その傍らで幸音が身を乗り出す。パクパクと口を動かし、何か伝えようとしている。
「あーっと。……"え"?いや、"せ"。……"む"……"ん"、か?……"し"、"い"、……"ひ"?"え"、口を閉じて"え"だから、"め"か?えー……"あ"?"か"?"さ"?……"さ"ね。で、また口を閉じて……"ま"、だな?」
首肯と否定を確認しつつ、一つ一つの音を拾い上げていく。読唇術でも習うか、と詮無き事を思いつつ、振り返る。
「あー……。ああ、"千姫様"か?」
そろそろ謎当てをしている気分である。伝わって満足そうな幸音の頭をぐりぐり撫でつつ、笑った。千歳に視線を向けると、微苦笑していた。微かに頷く所を見るに、千姫と呼ばれていたのだろう。
「なるほどな。なら、俺も千姫と呼ぼう」
目を輝かせる幸音と笑い合って決める。千歳も満更ではないのか、ご随意に、と呟いたきり微笑むだけ。ころころと表情の変わる、言葉を持たないお喋りな少女に付き合って会話が弾む。
邪気の無い会話は、俺の心を知らず知らずのうちに癒していた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる