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3『時空の狭間』
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みなこ転生・3
『時空の狭間』
湊子は駆けている。心臓が口から飛び出しそうなほどに。
数字で出来た道が、後ろの方からどんどん崩れていく……し、心臓が口から飛び出しそう……
訳は分からないけど、あの数字の崩壊に追いつかれたら、何もかもが終わって、自分がゼロになってしまいそうな恐怖感で、ひたすら走っている。
服装は、いつのまにか、病衣ではなく女学校のセーラー服になっていた。それも、勤労動員のときのモンペではなく、ここ二年ほど穿いたことのないスカートだった。自分が一番自分らしい姿であることに瞬間安心した。そして、自分の服装から前に目をやると、数字の道はゆっくりと捻れて上下が逆さまになってきた。
メヴィウスの輪だ!
同じところをぐるぐる回って、それが輪になって、一点で捻れ、上下のない循環世界。
それにしては、前の道は整然と数字が並んでいる。でも後ろの道は、どんどん崩れて、その崩壊は止まりそうにない。
飛べ!
一瞬そんな声がして、鈴花はジャンプした。
空中に大きな時計が斜めにかかっている。あそこに掴まらなくっちゃ……あと少し、あと少し……すると、時計の上から白い手が伸びてきて湊子の手を掴んだ。思いのほか強い力で引き上げられると。十二時のあたりに湊子が居た。
「か、鏡?」
「よくご覧なさい。あなたのいるのは六時の位置、わたしは十二時。鏡なんかじゃないわ」
「あ、あなたは……?」
「時間の管理人」
「管理人?」
「そう、あなたが傷つけてしまった時間のね」
「わたしが傷つけた?」
「そうよ、死神相手に、死と時間の論理をすり替えた。だからあなたの時間は崩壊しているの」
「……どうして、わたしと同じ姿形なの?」
「今のあなたには、自分しかないからよ……分かっていないようね」
「分からない、わたしは、ただ、あの人よりも早く死ぬわけにはいかなくって」
「あの人って……だれ?」
「え……えと……」
湊子は、その人の姿も名前も思い出せなかった。
「思い出せないでしょ。あなたの時間は崩壊しているんだから」
「分かるように説明して!」
「……例えば、レコードに傷を付けたようなもの。レコードの針は、そこに来ると跳んでしまい、何度も同じところを再生する」
「壊れたレコード……」
「実際は、もっとややこしい。時間というレコードに傷を付けたら、針はとんでもないところに跳んでしまう。共通しているのは、十七歳という年齢とリンカと発音する名前だけ……時空はまちまちのパラレルワールド」
「パラレルワールド?」
「並行世界。あなたの世界とほとんどいっしょだけど、どこかが違う。それが無数にある。あなたが壊した世界は、その並行世界にも影響を与えているかも。あなたは時かける少女よ。立ち止まったら、パラレルワールドをいくつも壊すことになるわよ。さあ、お行きなさい。万一、この時空世界が修復できるようなら、また会いましょう……さよならリンカ、さよなら、わたし……」
急に後ろ手突いていた右手の手応えが無くなった。
「ワッ!」
見ると、時計は六時のあたりから消え始めている。管理人の姿は、すでに無かった。時計はやがて七時……八時……九時と消えていった。リンカは後ずさって逃げるが、やがて十二時間分回って、時計は消えてしまい、再び崩壊する数字の道に落とされた。
「わ、わ……わあああああああああああああ!!!」
みなこは、崩れる数字といっしょに、奈落の底に落ちていった……。
「美奈子、いつまで寝してるの。もう、そろそろ出かけるわよ」
美奈子は、どこからか落ちてきたようなショックで目が覚めた。なんだか夢を見ていたようだ。なんだか、とても大事な夢のような気がして、枕許の雑誌の裏に一言だけ憶えている言葉を記した。
――ミナコ、ヤマノチュウイ――
「ハハ、バカだな、自分の名前じゃん」
独り言言って寝返りをうったら、日めくりが目に付いた。
1985年(昭和60年)8月12日(月)とあった……。
『時空の狭間』
湊子は駆けている。心臓が口から飛び出しそうなほどに。
数字で出来た道が、後ろの方からどんどん崩れていく……し、心臓が口から飛び出しそう……
訳は分からないけど、あの数字の崩壊に追いつかれたら、何もかもが終わって、自分がゼロになってしまいそうな恐怖感で、ひたすら走っている。
服装は、いつのまにか、病衣ではなく女学校のセーラー服になっていた。それも、勤労動員のときのモンペではなく、ここ二年ほど穿いたことのないスカートだった。自分が一番自分らしい姿であることに瞬間安心した。そして、自分の服装から前に目をやると、数字の道はゆっくりと捻れて上下が逆さまになってきた。
メヴィウスの輪だ!
同じところをぐるぐる回って、それが輪になって、一点で捻れ、上下のない循環世界。
それにしては、前の道は整然と数字が並んでいる。でも後ろの道は、どんどん崩れて、その崩壊は止まりそうにない。
飛べ!
一瞬そんな声がして、鈴花はジャンプした。
空中に大きな時計が斜めにかかっている。あそこに掴まらなくっちゃ……あと少し、あと少し……すると、時計の上から白い手が伸びてきて湊子の手を掴んだ。思いのほか強い力で引き上げられると。十二時のあたりに湊子が居た。
「か、鏡?」
「よくご覧なさい。あなたのいるのは六時の位置、わたしは十二時。鏡なんかじゃないわ」
「あ、あなたは……?」
「時間の管理人」
「管理人?」
「そう、あなたが傷つけてしまった時間のね」
「わたしが傷つけた?」
「そうよ、死神相手に、死と時間の論理をすり替えた。だからあなたの時間は崩壊しているの」
「……どうして、わたしと同じ姿形なの?」
「今のあなたには、自分しかないからよ……分かっていないようね」
「分からない、わたしは、ただ、あの人よりも早く死ぬわけにはいかなくって」
「あの人って……だれ?」
「え……えと……」
湊子は、その人の姿も名前も思い出せなかった。
「思い出せないでしょ。あなたの時間は崩壊しているんだから」
「分かるように説明して!」
「……例えば、レコードに傷を付けたようなもの。レコードの針は、そこに来ると跳んでしまい、何度も同じところを再生する」
「壊れたレコード……」
「実際は、もっとややこしい。時間というレコードに傷を付けたら、針はとんでもないところに跳んでしまう。共通しているのは、十七歳という年齢とリンカと発音する名前だけ……時空はまちまちのパラレルワールド」
「パラレルワールド?」
「並行世界。あなたの世界とほとんどいっしょだけど、どこかが違う。それが無数にある。あなたが壊した世界は、その並行世界にも影響を与えているかも。あなたは時かける少女よ。立ち止まったら、パラレルワールドをいくつも壊すことになるわよ。さあ、お行きなさい。万一、この時空世界が修復できるようなら、また会いましょう……さよならリンカ、さよなら、わたし……」
急に後ろ手突いていた右手の手応えが無くなった。
「ワッ!」
見ると、時計は六時のあたりから消え始めている。管理人の姿は、すでに無かった。時計はやがて七時……八時……九時と消えていった。リンカは後ずさって逃げるが、やがて十二時間分回って、時計は消えてしまい、再び崩壊する数字の道に落とされた。
「わ、わ……わあああああああああああああ!!!」
みなこは、崩れる数字といっしょに、奈落の底に落ちていった……。
「美奈子、いつまで寝してるの。もう、そろそろ出かけるわよ」
美奈子は、どこからか落ちてきたようなショックで目が覚めた。なんだか夢を見ていたようだ。なんだか、とても大事な夢のような気がして、枕許の雑誌の裏に一言だけ憶えている言葉を記した。
――ミナコ、ヤマノチュウイ――
「ハハ、バカだな、自分の名前じゃん」
独り言言って寝返りをうったら、日めくりが目に付いた。
1985年(昭和60年)8月12日(月)とあった……。
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