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113《アナスタシア・8》
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てんせい少女
113《アナスタシア・8》
「すごいお堀!」
馬車から見える皇居を見て、アナはびっくりした。クレムリンの高い塀も大概だが、この深くて広いパレスの堅固さに驚いた。
「これは防御のためじゃないの。先帝の時代に政権を取っていた幕府が、お城ごと献上したのよ」
「革命が起こったの……?」
アナは、自分自身がこうむった革命の恐ろしさを思い出し、声を潜めてアリサに聞いた。
身震いしていた。
「多少の血は流れましたが、フランスやアメリカほどではありません。このお城に関して言えば無血開城です」
「その……前の皇帝は……どうなったの?」
「今は公爵に列せられ、相応の待遇を受けておいでです」
「そう……………………よかったわね!」
心の底からの声であった。自分の家族もそうあってほしいという願いがこもっていた。
天皇への拝謁は短いものであったが、労りと励ましに溢れていることがアナにはよくわかった。
そのあとは、一つ年下の皇太子殿下とを含む三人の少年皇族との話になった。真面目で寡黙な皇太子であったが、アナは好感を持った。侍従が「我が皇室は二千年の歴史があります」と流ちょうなロシア語で言うとアナは驚いた。ロマノフ家は高々300年にしかならない。
「わたしは、そんな昔から生きていたわけではありません」
皇太子殿下は真面目な顔で付け加えられたれた。
「なぜ、日本の皇室はそんなに長く続いておられるのですか?」
殿下は、少し考えて机の上の料紙に目を向けられた。
「あの紙の上の文鎮のようなものです」
「あのペーパーウェイトですか?」
「そうです」
「……ううん」
「直ぐにお分かりにならなくともけっこうです。今度またお会いしてお答え頂ければ幸いです。これで再会することができます」
殿下はメガネの下で、かすかに微笑まれた。
「ねえ、アリサ。殿下がおっしゃったペーパーウェイトってどういう意味?」
「さあ、自分で考えなさい」
「もう、アリサったら!」
言い合いをしているうちに馬車に乗って二重橋を出た。
そこで馬車は止まってしまった。目の前に何万人という群衆が集まっていた。
そして、前列の何千人かの人たちが「ウラー」という声でロシア人であることが分かった。
「そこにアナの舞台が用意してあるわ。今こそ、ロマノフの皇女として声を掛ける時よ」
アナは感極まって言葉が無かった。
宮中は日本人ばかりで、ロシア人は一人もいなかった。革命騒ぎで大使を始め身分のあるものは雲隠れし、逆にロシアからは革命を逃れてたくさんのロシア人が日本に亡命してきていた。その大部分の人たちがここに集まったのだ。
「みなさん、よく生きてここに集まってくださいました。わたしアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァも生きています。日本のみなさんのお蔭で。そしてわたしは、ここで皆さん方に会って、さらに生かされました。神に与えられた任務を遂行します。偉大な祖国ロシアを共に再建しましょう。再建の主人公はあなたがた当たり前のロシア人です。ロシア人は誇り高い寛容な国民です。たまに飲みすぎて我を忘れることがありますが」
どっと、笑いと拍手が起こった。
「ロシア人は、寛容で粘り強い民族です!」
大歓声になって収集が付かなくなった。
「……もう、ちょっと聞いて!」
オチャッピーな言いように群衆がしんとした。
「わたしははっきり自覚しました。ロシア人一人一人は紙です。ぱっと火が点きやすいけど、すぐに燃え尽きてしまうわ。でも、その一枚一枚が大事なんです。集まって大きな束になれば銃弾も貫くことはできません。まとまって火が点けば、樫の木よりも長く燃えていることができます。わたしはそんな紙の束が風に吹かれてバラバラになって飛んでいってしまわないように、ささやかな文鎮になります。けして重石ではありません。みなさん、風に飛ばされないように団結しましょう!」
ウラーーーー!
ダーーーーン!
その時歓声とともに一発の銃声がした……!
113《アナスタシア・8》
「すごいお堀!」
馬車から見える皇居を見て、アナはびっくりした。クレムリンの高い塀も大概だが、この深くて広いパレスの堅固さに驚いた。
「これは防御のためじゃないの。先帝の時代に政権を取っていた幕府が、お城ごと献上したのよ」
「革命が起こったの……?」
アナは、自分自身がこうむった革命の恐ろしさを思い出し、声を潜めてアリサに聞いた。
身震いしていた。
「多少の血は流れましたが、フランスやアメリカほどではありません。このお城に関して言えば無血開城です」
「その……前の皇帝は……どうなったの?」
「今は公爵に列せられ、相応の待遇を受けておいでです」
「そう……………………よかったわね!」
心の底からの声であった。自分の家族もそうあってほしいという願いがこもっていた。
天皇への拝謁は短いものであったが、労りと励ましに溢れていることがアナにはよくわかった。
そのあとは、一つ年下の皇太子殿下とを含む三人の少年皇族との話になった。真面目で寡黙な皇太子であったが、アナは好感を持った。侍従が「我が皇室は二千年の歴史があります」と流ちょうなロシア語で言うとアナは驚いた。ロマノフ家は高々300年にしかならない。
「わたしは、そんな昔から生きていたわけではありません」
皇太子殿下は真面目な顔で付け加えられたれた。
「なぜ、日本の皇室はそんなに長く続いておられるのですか?」
殿下は、少し考えて机の上の料紙に目を向けられた。
「あの紙の上の文鎮のようなものです」
「あのペーパーウェイトですか?」
「そうです」
「……ううん」
「直ぐにお分かりにならなくともけっこうです。今度またお会いしてお答え頂ければ幸いです。これで再会することができます」
殿下はメガネの下で、かすかに微笑まれた。
「ねえ、アリサ。殿下がおっしゃったペーパーウェイトってどういう意味?」
「さあ、自分で考えなさい」
「もう、アリサったら!」
言い合いをしているうちに馬車に乗って二重橋を出た。
そこで馬車は止まってしまった。目の前に何万人という群衆が集まっていた。
そして、前列の何千人かの人たちが「ウラー」という声でロシア人であることが分かった。
「そこにアナの舞台が用意してあるわ。今こそ、ロマノフの皇女として声を掛ける時よ」
アナは感極まって言葉が無かった。
宮中は日本人ばかりで、ロシア人は一人もいなかった。革命騒ぎで大使を始め身分のあるものは雲隠れし、逆にロシアからは革命を逃れてたくさんのロシア人が日本に亡命してきていた。その大部分の人たちがここに集まったのだ。
「みなさん、よく生きてここに集まってくださいました。わたしアナスタシア・ニコラエヴナ・ロマノヴァも生きています。日本のみなさんのお蔭で。そしてわたしは、ここで皆さん方に会って、さらに生かされました。神に与えられた任務を遂行します。偉大な祖国ロシアを共に再建しましょう。再建の主人公はあなたがた当たり前のロシア人です。ロシア人は誇り高い寛容な国民です。たまに飲みすぎて我を忘れることがありますが」
どっと、笑いと拍手が起こった。
「ロシア人は、寛容で粘り強い民族です!」
大歓声になって収集が付かなくなった。
「……もう、ちょっと聞いて!」
オチャッピーな言いように群衆がしんとした。
「わたしははっきり自覚しました。ロシア人一人一人は紙です。ぱっと火が点きやすいけど、すぐに燃え尽きてしまうわ。でも、その一枚一枚が大事なんです。集まって大きな束になれば銃弾も貫くことはできません。まとまって火が点けば、樫の木よりも長く燃えていることができます。わたしはそんな紙の束が風に吹かれてバラバラになって飛んでいってしまわないように、ささやかな文鎮になります。けして重石ではありません。みなさん、風に飛ばされないように団結しましょう!」
ウラーーーー!
ダーーーーン!
その時歓声とともに一発の銃声がした……!
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