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114《アナスタシア・9》
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てんせい少女
114《アナスタシア・9》
歓声とともに一発の銃声がした……!
アリサは身をもってアナを庇った。庇いきれずに、弾はアナの袖をかすめていった。アナは一瞬顔をしかめたが、直ぐに亡命ロシア人たちに向かって、こう叫んだ。
「だめ! その人を殺してはいけません!」
犯人を袋叩きにしかけていた群衆は、その言葉に動きを止めた。かつて自分を暗殺しかけた人間の命を助けた皇族がいたであろうか。
「殺してしまえば、モスクワやペトログラードで、革命を叫んで破壊の限りを尽くしている人たちと同じになります。日本のお巡りさん、その人を、わたくしの前に」
ボルシェビキの暗殺者と思われるロシア人の青年は、憲兵と警察官に拘束されて、アナの前に引き据えられた。
「ここはロシアではありません。あなたは日本の法律で裁かれます。もう会えないかもしれないけど、一度ゆっくり話がしたいものです」
右の袖には血が滲んでいたが、アナは構わずに話し続けた。
「まず話し合いましょう。そして新しいロシアを作るのです。革命を起こした人たちとは戦いになるかもしれません。でも、話し合い、法によって前に進んでいきましょう。かつて大津事件で父ニコライは負傷いたしました。でも日本の方々はロシアをむやみに恐れず、犯人を裁判にかけました。日本は小さな国ですが、法と正義の実現では、わたしたちロシアよりもはるかに大国です。その日本や世界の国々から学んで、知恵を出し合って……知恵ですよ、けして拳ではありません。わたしは、みなさんがバラバラにならないように文鎮になれれば、それで本望です。今わたしの右腕から流れているロマノフ家……いいえ、ロシア人の血にかけて、わたしは誓います。そして温かくわたしたちロシア人を受け入れてくださった天皇陛下、日本国民の皆さんには心よりお礼を申し上げます」
皇居前広場に集まった日露の人たちから、鳴りやまぬ歓声と拍手がおこった。
日本政府は、東京に臨時ロシア政府を置いてはと勧めたが、アナは南樺太を希望した。アナは少しでもロシアに近いところに臨時政府を置き、ロシアの再興をはかりたかったのだ。
「アナ、日本政府の力だけ借りていてはいけないわ」
「分かっているわ、とりあえずサハリンに集まったロシア人の力で北サハリンを取り戻すわ」
「むろん先頭に立つのは、ロシア人。でも、この戦いは長くなりそうだし、資金も、まだまだ要るわ」
「でも、少しでも早くロシアを解放したいの。そして、お父様たちを助けたい」
「いま各国が、ロシアの革命政府を倒そうとシベリアに出兵している。名目はチェコ軍の救出だけど、本心はロシアでの自分たちの権益を勝ち取るため。日本も例外じゃない」
「じゃあ、どうすれば?」
「ハバロフスクを目指しましょう」
「ええ、あんな東の外れ!?」
「シベリアでは戦争はできません。冬は極寒、夏は沼地と蚊の群れ。損失が大きくなるわ。小さくともハバロフスクを中心に豊かなロシアを再建するの。革命ロシアよりも豊かで立派なロシアを。そうすれば人もお金も集まる。家族を思う気持ちは分かるけど、ロシアを再建できなければ元も子もなくなるわ」
「……分かったわ」
「それから、ポーランドの人たちがシベリアに二万人抑留されている。シベリア鉄道で孤児たちを少しずつウラジオストクに集めている、日本政府がね。これはアナを助けたのと同じ純粋な気持ちから。でも、その後ろにはどす黒い欲望がある。日本を悪魔にしないためにも東シベリアは臨時政府が取るべき」
アリサの指摘はさらに続いた。ポーランド独立の承認、ユダヤ資本の導入(それは実質的にはアメリカの援助と資本流入を示す。アリサは、これで長期的には日米の衝突を回避しようという狙いがある)によるハバロフスク周辺の工業化、ウラジオストクの中継貿易……それらの実行で、樺太を合わせても日本ほどの面積の国にしかならなかった。しかし、小さくても豊かな小ロシアにロシア人たちは集まり始めた。
そうして、季節は夏から秋に替わり、ロシアのウラル山脈の西で史実通り10月革命がおこり、革命政府はボルシェビキが掌握。本格的な共産国家ソヴィエトが生まれた……。
ただ史実と違うのはシベリアの東端にアナスタシアを女帝と仰ぐロシアが急成長していることだった。
114《アナスタシア・9》
歓声とともに一発の銃声がした……!
アリサは身をもってアナを庇った。庇いきれずに、弾はアナの袖をかすめていった。アナは一瞬顔をしかめたが、直ぐに亡命ロシア人たちに向かって、こう叫んだ。
「だめ! その人を殺してはいけません!」
犯人を袋叩きにしかけていた群衆は、その言葉に動きを止めた。かつて自分を暗殺しかけた人間の命を助けた皇族がいたであろうか。
「殺してしまえば、モスクワやペトログラードで、革命を叫んで破壊の限りを尽くしている人たちと同じになります。日本のお巡りさん、その人を、わたくしの前に」
ボルシェビキの暗殺者と思われるロシア人の青年は、憲兵と警察官に拘束されて、アナの前に引き据えられた。
「ここはロシアではありません。あなたは日本の法律で裁かれます。もう会えないかもしれないけど、一度ゆっくり話がしたいものです」
右の袖には血が滲んでいたが、アナは構わずに話し続けた。
「まず話し合いましょう。そして新しいロシアを作るのです。革命を起こした人たちとは戦いになるかもしれません。でも、話し合い、法によって前に進んでいきましょう。かつて大津事件で父ニコライは負傷いたしました。でも日本の方々はロシアをむやみに恐れず、犯人を裁判にかけました。日本は小さな国ですが、法と正義の実現では、わたしたちロシアよりもはるかに大国です。その日本や世界の国々から学んで、知恵を出し合って……知恵ですよ、けして拳ではありません。わたしは、みなさんがバラバラにならないように文鎮になれれば、それで本望です。今わたしの右腕から流れているロマノフ家……いいえ、ロシア人の血にかけて、わたしは誓います。そして温かくわたしたちロシア人を受け入れてくださった天皇陛下、日本国民の皆さんには心よりお礼を申し上げます」
皇居前広場に集まった日露の人たちから、鳴りやまぬ歓声と拍手がおこった。
日本政府は、東京に臨時ロシア政府を置いてはと勧めたが、アナは南樺太を希望した。アナは少しでもロシアに近いところに臨時政府を置き、ロシアの再興をはかりたかったのだ。
「アナ、日本政府の力だけ借りていてはいけないわ」
「分かっているわ、とりあえずサハリンに集まったロシア人の力で北サハリンを取り戻すわ」
「むろん先頭に立つのは、ロシア人。でも、この戦いは長くなりそうだし、資金も、まだまだ要るわ」
「でも、少しでも早くロシアを解放したいの。そして、お父様たちを助けたい」
「いま各国が、ロシアの革命政府を倒そうとシベリアに出兵している。名目はチェコ軍の救出だけど、本心はロシアでの自分たちの権益を勝ち取るため。日本も例外じゃない」
「じゃあ、どうすれば?」
「ハバロフスクを目指しましょう」
「ええ、あんな東の外れ!?」
「シベリアでは戦争はできません。冬は極寒、夏は沼地と蚊の群れ。損失が大きくなるわ。小さくともハバロフスクを中心に豊かなロシアを再建するの。革命ロシアよりも豊かで立派なロシアを。そうすれば人もお金も集まる。家族を思う気持ちは分かるけど、ロシアを再建できなければ元も子もなくなるわ」
「……分かったわ」
「それから、ポーランドの人たちがシベリアに二万人抑留されている。シベリア鉄道で孤児たちを少しずつウラジオストクに集めている、日本政府がね。これはアナを助けたのと同じ純粋な気持ちから。でも、その後ろにはどす黒い欲望がある。日本を悪魔にしないためにも東シベリアは臨時政府が取るべき」
アリサの指摘はさらに続いた。ポーランド独立の承認、ユダヤ資本の導入(それは実質的にはアメリカの援助と資本流入を示す。アリサは、これで長期的には日米の衝突を回避しようという狙いがある)によるハバロフスク周辺の工業化、ウラジオストクの中継貿易……それらの実行で、樺太を合わせても日本ほどの面積の国にしかならなかった。しかし、小さくても豊かな小ロシアにロシア人たちは集まり始めた。
そうして、季節は夏から秋に替わり、ロシアのウラル山脈の西で史実通り10月革命がおこり、革命政府はボルシェビキが掌握。本格的な共産国家ソヴィエトが生まれた……。
ただ史実と違うのはシベリアの東端にアナスタシアを女帝と仰ぐロシアが急成長していることだった。
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