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117《大和と信濃と》

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てんせい少女

117《大和と信濃と》                





「今度は長かったものね……」

 労わるようなコビナタの声がした。

 振り返るとアナスタシアそっくりに擬態したコビナタが四阿(あずまや)の中で微笑んでいた。
 
「アナは、あれからも上手くやっていったわ……どうぞお茶でも召し上がれ」

 お茶を入れるしぐさまで、アナといっしょなので、ミナは涙ぐんでしまった。

「情がうつっちゃったのね……この任務の辛いところ。そのたびごとに記憶を消してあげてもいいんだけど、ミナ自身にも成長してもらいたいし……その方が記憶をなくすより人間的だと思うの。でも辛かったら言ってね、ミナがやりやすいように条件を整えるから」

「ありがとうございます。その姿は、アナが一番自信に満ちて輝いているときの姿ですね」

「そう、みんなミナがアリサとして励まし元気づけてくれたからよ」

「あ……少しお腹が」

「フフ、分かった?」

「子供が生まれるんですね!?」

「そうよ。お父さんは誰だと思う?」

「ロマノフ家の規定では、一族またはつり合いのとれる欧州の王族ということになっていましたけど……まあ、アナのことだから型破りかもしれませんけど」

「お相手は、アレクサンドル・イワノヴィチ・ロマノフ」

「伝統を守ったんですね」

「それが、この人は皇族の端くれでありながら、共産党員だったのよ」

「え……?」

「皇居前で、アナを狙撃し損ねた若者がいたでしょ」

「え、あの男が!?」

「あれから、彼はアナの崇拝者になっちゃった。刑期10年だったけど、模範囚で8年で出所。そのあとロシアに渡って……いろんな奇跡的な事件や出会いがあって、二人は再開して……こうなっちゃった」

「生まれてくるのは、男の子? 女の子?」

「フフ、それは内緒。また会う機会があるかもしれない……」

「ほんとですか!?」

 そのとき真っ赤な飛行艇が、一本の通信筒を投げて行った。

「おやおや、もう次のお仕事ね……ちょっとこれは……」

「見せてください。任務ならなんでもこなします」

「荒ぁ……今度は、オッサンに擬態。事態もバランスの取り方がむつかしいわ」

 そう言って、コビナタは二枚の写真を見せた。

「戦艦大和と、航空母艦信濃ですね……」

 二秒見つめて、ミナは任務を理解した。

「行ってくれる?」

「はい、世界の木をもっと元気にしてやりたいですから」

「うん……じゃ、がんばってね」

 コビナタは、アナの擬態を解いて真顔で言った。


 星空の下、伊豆半島の影が右舷前方に見え始めた19:03分に通信科の遠藤兵曹がブリッジに上がってきた。


「艦長、軍令部から至急電です」

 機密事項に属するので、阿部艦長は自分で黙読した。

「……そんな馬鹿な」

「なんですか、艦長?」

 阿部艦長は電文をそのまま副長に渡した。

「夜間着艦……この無灯火でですか?」

「飛行甲板の乗員を退避させろ。万一に備えて消火班も待機。面舵20(フタジュウ)最大戦速」

 東京湾での離発艦テストは良好だったが、夜間のそれはやったことがない。それも、この無灯火である。

「右舷5時の方向、航空機接近。距離サンゼン双発!」

「双発……!?」

 双発機の空母への離発艦など、聞いたことが無い。一瞬敵のB25であろうかと思った。

「あれは……一式陸攻じゃないか!」

 一式陸攻はバンクすると、失速寸前まで機速を落とし、有るはずのない着艦フックを降ろして、悠々と着艦した。

 一式陸攻の搭乗口は機体の日の丸のところにある。まるで、その日の丸から転げ出るように恰幅のいい中佐が降りてきた。

「軍令部から信濃の護衛指揮を命ぜられた軽井中佐です。横鎮からの出向ですが、よろしくお願いします」

「陸攻での、着艦など聞いたこともない。あれは呉まで載せていくのかい」

「無事にいけばの話ですが、必要とあれば、いつでも発艦できます」

「信濃はボイラーが2/3しか稼働していない。最大で21ノットだ。あのデカブツの発艦に必要な合成風力は無理だぞ」

「あれは並の艦上陸攻じゃありません。無風でも飛べます。さっそく機材を設置したいのですが、よろしいですか?」

「手伝いは?」

「うちで、やります。おーい、みんなかかれ!」

 陸攻から6人の兵が出てきて、ブリッジの前と後ろで作業をし始めた」

「おい、だれか鏡を貸してくれ!」

 最後に降りてきた操縦士が敬礼して手鏡を渡した。

「海軍は、身だしなみですからね」

 襟元を直すふりをしてミナの軽井中佐は心でため息をついた。

―― 最悪。カーネルサンダースの五割り増しだ(;'∀') ――

「班長、右舷後方に敵潜水艦です」

  準備を終えた兵が、まるで子犬を見つけたような気楽さで言った……。

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