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119《大和と信濃と・3》
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てんせい少女
119《大和と信濃と・3》
「亡くなったアーチャーフィッシュの乗員に哀悼の意をささげる」
阿部艦長が収容されたアーチャーフィッシュの乗員52名に最初に声を掛けた。
「世界最大の空母信濃にようこそ!」
細井中佐が言った時には、阿部艦長以外の幹部将校は顔色を変えた。信濃の存在は海軍部内でも機密事項に属する。阿部艦長は細井中佐という見かけとやることが真逆な将校を信頼しはじめていたので平静な顔でいる。
「もう夜が明けてきたんで、君たちにも飛行甲板の全容が見えると思うが、この信濃は世界一でかくて高性能な空母だ。ご覧のとおり、まだ艤装の真っ最中で、固有の艦載機も兵装も未搭載だ。まあ、スポンソンの数や規模を見ればどの程度の兵装になるかは見当がつくと思うがね」
「自分たちは、その世界一のデカブツにやられたことを誇りにでも思わなきゃならんのですか、中佐?」
艦長のジョセフ・F・エンライト少佐が聞いた。
「エンライト少佐、少し違う。わたしは軍令部の細井という。英語ではスレンダー(細い)という意味だ」
潜水艦の乗組員たちが笑った。細井中佐もいっしょになって笑った。あまりの屈託のなさに、なんだか和やかになってしまった。
「わたしは空気を吸っても太るたちでね、この食糧難に肩身が狭い。まあ、人は見かけによらんと思ってくれたまえ」
「兵装はまだのようだが、発砲の光は、このシナノからした。一体何を使って攻撃したんですか?」
「わたしは、こう見えても学生時代はピッチャーで鳴らした。この手で120ミリの榴弾を投げたんだ。良い腕してるだろう」
体に似合わぬいいモーションで投球の真似をした。米潜側から口笛が鳴った。
「さすがに、野球に詳しいのがいるようだな。わたしは日本以外ではレッドソックスのファンだ。君らはヤンキースか?」
「ジョ-クのうまい中佐殿だ。まあ、秘密兵器なんだろうが、よくあの距離で一撃でヒットさせたもんだ」
「レーダーも対潜兵器も、今までの日本とは違う。詳しく言えなくて残念だが、君たちには知っておいてもらいたいことがある。格納甲板に降りてもらおう」
一同は、後部のエレベーターで、格納甲板に降りた。
「一層式の格納庫なんだな」
「そう、君らを真似て飛行甲板の装甲を厚くした。重量がかさむんで二層式にはできない。格納庫も君たちを見習って開放式にした。これで万一格納庫が被弾しても致命傷にはならない」
「猿真似も、ここまでくれば大したもんだ」
米水兵が減らず口をたたいた。
「その猿真似に救助されたことは感謝してもらいたいがね。それと、君らの艦を仕留めたのは猿真似じゃない。君らの技術では、あの条件では沈められん。そうじゃないかい少佐」
ジョセフ・F・エンライト少佐は、とっさに受け流すジョークも浮かばなかった。
格納庫で、米兵たちは信じられないほど鮮明な映像を見せられた。映写機も無いのに壁の大きな額縁のような画面である。驚いたのはその鮮明さだけではなかった。
「おお、これはホワイトハウス!」
少佐が声を上げた。画面は拡大されルーズベルト大統領が車いすに座ってポーチにいるのが分かった。
「これは、昨日とった映像だがね。大統領閣下は、かなり無理をされている。ほら、これがご尊顔のアップだ」
彼らが、そこに見たのは、ニュース映像で見る快活な大統領ではなかった。目に光のない病んだ老人の姿だった。
「二重の意味でショックだろうね。ほぐしていこう……ルーズベルトは春には亡くなる。副大統領のトルーマンが昇格して大統領になる。真面目な男だが独創性が無い。5月にはドイツが無条件降伏する。なにもしなければ日本も8月には無条件降伏する」
また米兵から口笛が鳴った。
「そして、それまでに君たちのアメリカは醜い国になる。それをこれから説明する」
細井中佐は、天気予報のような気楽さで話し始めた……。
119《大和と信濃と・3》
「亡くなったアーチャーフィッシュの乗員に哀悼の意をささげる」
阿部艦長が収容されたアーチャーフィッシュの乗員52名に最初に声を掛けた。
「世界最大の空母信濃にようこそ!」
細井中佐が言った時には、阿部艦長以外の幹部将校は顔色を変えた。信濃の存在は海軍部内でも機密事項に属する。阿部艦長は細井中佐という見かけとやることが真逆な将校を信頼しはじめていたので平静な顔でいる。
「もう夜が明けてきたんで、君たちにも飛行甲板の全容が見えると思うが、この信濃は世界一でかくて高性能な空母だ。ご覧のとおり、まだ艤装の真っ最中で、固有の艦載機も兵装も未搭載だ。まあ、スポンソンの数や規模を見ればどの程度の兵装になるかは見当がつくと思うがね」
「自分たちは、その世界一のデカブツにやられたことを誇りにでも思わなきゃならんのですか、中佐?」
艦長のジョセフ・F・エンライト少佐が聞いた。
「エンライト少佐、少し違う。わたしは軍令部の細井という。英語ではスレンダー(細い)という意味だ」
潜水艦の乗組員たちが笑った。細井中佐もいっしょになって笑った。あまりの屈託のなさに、なんだか和やかになってしまった。
「わたしは空気を吸っても太るたちでね、この食糧難に肩身が狭い。まあ、人は見かけによらんと思ってくれたまえ」
「兵装はまだのようだが、発砲の光は、このシナノからした。一体何を使って攻撃したんですか?」
「わたしは、こう見えても学生時代はピッチャーで鳴らした。この手で120ミリの榴弾を投げたんだ。良い腕してるだろう」
体に似合わぬいいモーションで投球の真似をした。米潜側から口笛が鳴った。
「さすがに、野球に詳しいのがいるようだな。わたしは日本以外ではレッドソックスのファンだ。君らはヤンキースか?」
「ジョ-クのうまい中佐殿だ。まあ、秘密兵器なんだろうが、よくあの距離で一撃でヒットさせたもんだ」
「レーダーも対潜兵器も、今までの日本とは違う。詳しく言えなくて残念だが、君たちには知っておいてもらいたいことがある。格納甲板に降りてもらおう」
一同は、後部のエレベーターで、格納甲板に降りた。
「一層式の格納庫なんだな」
「そう、君らを真似て飛行甲板の装甲を厚くした。重量がかさむんで二層式にはできない。格納庫も君たちを見習って開放式にした。これで万一格納庫が被弾しても致命傷にはならない」
「猿真似も、ここまでくれば大したもんだ」
米水兵が減らず口をたたいた。
「その猿真似に救助されたことは感謝してもらいたいがね。それと、君らの艦を仕留めたのは猿真似じゃない。君らの技術では、あの条件では沈められん。そうじゃないかい少佐」
ジョセフ・F・エンライト少佐は、とっさに受け流すジョークも浮かばなかった。
格納庫で、米兵たちは信じられないほど鮮明な映像を見せられた。映写機も無いのに壁の大きな額縁のような画面である。驚いたのはその鮮明さだけではなかった。
「おお、これはホワイトハウス!」
少佐が声を上げた。画面は拡大されルーズベルト大統領が車いすに座ってポーチにいるのが分かった。
「これは、昨日とった映像だがね。大統領閣下は、かなり無理をされている。ほら、これがご尊顔のアップだ」
彼らが、そこに見たのは、ニュース映像で見る快活な大統領ではなかった。目に光のない病んだ老人の姿だった。
「二重の意味でショックだろうね。ほぐしていこう……ルーズベルトは春には亡くなる。副大統領のトルーマンが昇格して大統領になる。真面目な男だが独創性が無い。5月にはドイツが無条件降伏する。なにもしなければ日本も8月には無条件降伏する」
また米兵から口笛が鳴った。
「そして、それまでに君たちのアメリカは醜い国になる。それをこれから説明する」
細井中佐は、天気予報のような気楽さで話し始めた……。
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