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120《大和と信濃と・4》

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てんせい少女

120《大和と信濃と・4》                           


 細井中佐は、天気予報のような気楽さで話し始めた……。

「君たちは、サイパン、グァムと侵攻してきた。年が明ければ、硫黄島、テニアンを手に入れ日本本土への攻撃を活発化させる。これを見給え。来年ドレスデンに対して行う君たちの爆撃だ。戦略的には何の意味もない。大勢の一般市民を虐殺するだけだ……そして、これが来年梅の咲くころに東京に行う爆撃だ。一晩で10万人が焼き殺される。一度の作戦行動で最多の人間を……それも一般市民を殺した最悪の攻撃として記憶される」

「嘘だ、よくできたシュミレーションだが、アメリカはそんなに無慈悲なことはしない」

「この男を見てくれ」

「カーチ・スルメイ少将だな」

「そう、先月大村第21海軍航空廠を目視で爆撃させその大半を破壊した。この男が来年日本の諸都市の爆撃の企画立案者になる。これが、その最大規模の東京大空襲だ」

「ありうる話だな。彼の功績と実力なら、そういう展開になる」

 ジョセフ・F・エンライト少佐は話半分に聞いていた。どうやって作ったのかは分からないが細井中佐の見せる爆撃の様子はひどくリアルだった。大勢の市民が一瞬の火焔で焼き殺され、女子供が爆風で吹き飛ばされ千切れ飛んでいく。それがアメリカでも見たことのないような鮮明な画像で、どういう仕組みなのか画面が3Dの立体画像になっていて、血しぶきや瓦礫、断片が飛び出してくるようで、乗組員の中には顔をしかめる者もいた。

「そして、君たちは、来年沖縄に侵攻してくる。うちの上層部じゃ台湾への侵攻が先と思っている者が多いが。君たちの将軍は、この道を選ぶ。それも4月1日。なかなかのジョ-クだ」

「台湾は、放っておいても立ち枯れる。飛び石に侵攻するのは良い手だ。中佐、あんたのプロパガンダ映像は大したものだが、そろそろ朝飯にしていただけないだろうか。昨夜の戦闘と撃沈されたので、参っている奴も多いんだ」

「もう少し辛抱してくれ。わたしも、こんな映像何度も見せたくはない。上を観給え」

 アーチャーフィッシュの乗組員たちの上を小さなB29が飛んで画面の中に入って行った。そして一発の大きな爆弾が投下されたところで映像が止まった。

「こいつはエノラゲイって名前のB29だ。マザコンの機長が自分の母親の名前を付けた。で、このデカイ爆弾がリトルボーイだ。まあ、ネーミングの良しあしは、君らが自由に感じればいい。こいつは原子爆弾といって、ロスアラモスの高原で秘密裡に開発されている。来年の7月には完成する。じゃ、続きを見てくれ」
 
 爆弾は、空中で爆発し、画面を通してさえ熱線と衝撃を感じた。それからあとの映像は東京大空襲の比ではなかった。一発の爆弾で、一都市の建物の大半が人間もろとも蒸発、あるいは吹き飛ばされていく。衝撃的だったのは、その爆撃直後の映像だった。焼けただれた大勢の市民たちが、ひん死で寝転がり、水を求めてさまよい、あるいは体の半分を焼かれてなお歩き続ける。それがカットバックでこれでもかと写される。

「これは広島だ。君たちもご存じのとおり、我が海軍最大の根拠地がある。しかし狙われるのは、そこから外れた市の中心部だ。この一発で7万人が即死する。放射能という厄介なものが残って、その後十万以上が亡くなる。これが君たちのアメリカがやることだ」

「すべてフィクションだ」

「予想だよ。放っておけばこうなる。そうならないために、これを観てもらっている。じゃ、フィナーレだ」

 画面には、ちょっと中年太りの進んだルメイが写っていた。

「もし、アメリカが負けていたら、わたしは間違いなく戦争犯罪人として裁かれただろう。しかし、これは戦争を早く終わらせるためには必要なことだったんだ」

 次に出てきたのはマッカーサーだった。ひどく老け込んでいる。

「日本が負けた後、アメリカはソ連と対立し、その影響で中国が共産化する。そして、その衝突は朝鮮半島で行われる。1950年から足かけ4年の戦争になる。アメリカは45000人の戦死者を出し、業を煮やしたマッカーサーは原爆を使おうとして解任される。これは、その後上院で証言するマッカーサーだ」

「ジェネラル、太平洋戦争は日本の侵略戦争だったんだね?」

 議長が聞くと、マッカーサーは静かに即答した。

「いいや、あれは日本にとっては自衛戦争だった」

 映像は唐突に終わった。観ていた日米の将兵は声も無かった。

「放っておけば、こうなる。マッカーサーが有能で、勇敢な指揮官であるということは共通理解でいいと思う。じゃ、待たせた朝飯にしよう。艦長お願いします」

 ドラム缶を並べた上に板を載せただけの食卓が作られた。

「なんせ艤装中の船なんで、こんな食卓で申し訳ない。くれぐれも捕虜虐待だとは思わんように。周りを見てくれたまえ」

 乗組員や工員たちは、格納庫の床に直に座りながら、自分たちと同じものを食べていた。

「このライスボール(おにぎり)は、ともかく、この木の根はなんですか?」

「GOBOU、ゴボウという、ニンジンと同じ根菜類だ。将来釈放されても木の根を食わされたなんて言わんでくれよ」

「しかし、食文化が違うんだ。今はともかく、次からは考慮していただきたい」

「少佐、気持ちは分かるが、こんなものしか出せなくなったのは君のお国のせいだ。文句があるのなら手紙を大統領に書いてくれ。赤十字を通じて届けるから」

「ああ、そうさせてもらいますよ」

「差出の住所は広島になる。きちんと書いておいてくれ」

 アーチャーフィッシュの乗組員たちは、息をのんで沈黙してしまった。信濃は紀伊水道に向かって走っていた……。
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