おじさんの恋

椎名サクラ

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本編2

1-4

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「うそ……だろ?」

「あいつらの食べ方見て隆則さんが食傷するの目に見えるから、帰るわ」

 立ち上がったと同時にエスコートするように隆則の手を取る。引っ張られ慌てて立ち上がった隆則はペコリと頭を下げ、そのまま玄関まで引きずられた。

「ちょっ、遙人。こんな適当で良いのか? もっとちゃんとお話をしないと……」

「あれで充分でしょ。弟たちだって早く飯食いたいだろうし、俺としては長くいた方だと思ってますよ。本当は挨拶してすぐに家を出るつもりなんですから……父さんに仕事が入ったのは計算外だった」

 玄関に降り丁寧に隆則に靴を履かせると、また引っ張って玄関を出る。

「あっ、お邪魔しましたー」

 引きずられていく隆則を弟たちが手を振って見送る。本当にこれで良かったのだろうかと疑念が残るし、遙人は何かしら検索して話を聞いてくれる雰囲気ではない。手を引っ張られるがままに彼の後を付いていきながら周囲を見渡す。来るときには余裕がなかったが、茶畑が延々と続く緑豊かな風景は都会のビルばかりを眺めて過ごしてきた隆則の心を洗い清めていくようだ。

 ここで遙人は幼少期を過ごし、茶畑の細い道を走っていたのだろう。

 家よりも高い建物はなく、背の低い茶の木が葉の色を濃くして静かに広がっているばかりで空がとても遠くまで広がっているのが分かる。家の窓から見えるのと同じ空のはずなのに酷く澄んでいて手を伸ばしたらその中に吸い込まれそうだ。

「君は……とても素敵なところで育ったんだね」

 新幹線で一時間の場所にこんな心までもを広げるところが存在するなんて知らなかった。ずっと都心で育ち、仕事でコンクリートの中に閉じ込められ、今だってその名残のようにマンションの部屋から出てこない生活を続けている隆則には信じられないような光景だ。

 ずっとここで生活したら、また変わってくるのだろうか。

「隆則さんが気に入ったなら移住しますか? 公認会計士になったらどこでも仕事できますから……隆則さんだってそうでしょ、打ち合わせをメールとオンライン会議にすれば都内である必要だってないんですから」

「あ……そっか」

「まぁ都会よりは人付き合いが密で個人情報なんて存在しなくなりますけど」

「……それって俺たちの、その、関係とか……」

「そりゃものすごく詮索されて一気に広まって公然の事実になりますね」

 それは、いやだ。自分だけなら良いが遙人がここで開業する時の障害になるだろう。どんなにダイバーシティ&インクルージョンと言われていても、受け入れるのに困難な人間だってまだ多くいて、むしろ叫んでいるのは少数派と都心の一部企業なら、浸透には時間もかかるだろう。

 今だって男同士の恋愛が気持ち悪いと考える人間だって少なくない。それで遙人のビジネスチャンスを潰すようなことはしたくない。

「……やめておく」

 今の会社に所属していれば、隆則と付き合っていることに文句を言われることはないだろう。

 どうしても考えが保守的になりやすい隆則は、早々と希望を捨てる。

 どんなに清々しい場所でも受け入れられなかったらという恐怖と、それに伴う遙人との関係の瓦解が怖かった。

(だって……俺の方がベタ惚れだもん)

 嫌われるのが怖くて逃げ出したくなるほど、この年下の男にのめり込んでいる。

 自分の持っている物なら何だってあげてしまいたくなるほど好いている。

「よし。もうすぐタクシーが来ますからここでちょっと待ちましょう」

 五分とせずにやってきたタクシーに乗り込む。すぐにでも駅に向かうのかと思いきや、遙人は駅前のホテルの名前を告げ、10分もせずにビジネスホテルのような建物に到着した。

「ここに用事か?」

「はい、大事な用があります」

 誰かに会うのだろうか。ずっとスマートフォンを弄っていたのはそれが理由かも知れない。もしかしたら旧友からの連絡が入ってそのやりとりをしていたのだろうか。

 だとしたら、隆則は邪魔になるだろう。

「わかった、適当にこの辺で時間を潰すから君は行っておいで」

 年長者の余裕を見せようと鷹揚に対応すると、「何言ってるんですか」とずっと繋いだままの手を引っ張られる。

「あっ、ちょっと!」

 迷いなく建物に連れて行かれる。だが、建物に入ってそこがビジネスホテルではないことにすぐに気づいた。

 なんせ、こんな入り口は会社員時代に何度か利用している。

 フロントエリアにアメニティが大量に並び、部屋の写真が飾られその隅にボタンが付いている場所なんて。

「え……」

 言葉を失う隆則の代わりに迷うことなく部屋のボタンを押し、鍵を受け取った遙人は小さなエレベータのボタンを押した。反対の手にしっかりとアメニティが入った籠を持って。

「ちょっ……え、ここ……」

「あれ、隆則さんってラブホを利用したことがあるんですか……もしかしてデリヘルと?」

「ちがっ、終電を逃したときの宿泊施設として……会社員時代に」

「……それって一人でした?」

「当然だろ! 一人で会社に残ってるんだから」

 ふわりと堅かった遙人の表情が和らいだ。そうかそうかと言いながらエレベータを降りると鍵に記された部屋へと向かい躊躇いなく差し込んで扉を開けた。

 今までビジネスホテル風の外装内装だったのに、やはり部屋の中はしっかりとラブホテルだ。ピンク一色に女性好みしそうな天蓋のベッドを予想していたら、以外にも老舗旅館のような内装である。

 だが同じなのは大きな寝具が中央に鎮座している点だ。枕元にはしっかりとセーフセックスなアイテムが盆に乗せられ、どんなことをするための場所かをしっかりと主張している。

 そのアイテムを認めて固まる隆則を後ろから抱きしめて、遙人がスーツの上から細い身体を確かめ始めた。

「おいっ……こんなところに来なくても……家に帰ればっん!」

「隆則さんが悪いんですよ、泣きそうなんなるから。あれ、親の前で俺を煽ったんですよね」

「ちがっあれはただ……優しくして貰って嬉しかったというか……こんな親で良いなというか……ああいうのちょっと懐かしくて……あっそこだめっ」

 するりと大きな手がワイシャツの上から胸の飾りを弄り始めた。摘まんでは先端を爪で擽ってくる。それだけで彼とのセックスに慣れた身体はビクンと反応し、次の刺激を求めて分身が形を変え始める。折れてしまいそうになる上体をがっしりと抱き留められ動けなくされてしまう。その上でさらにダイレクトに刺激されてじっとしてられず、勝手に腰が蠢いてしまう。隆則の様子に遙人は一層強い刺激を与えてくる。乳輪ごと摘まみながらしきりに先端を擽られるだけなのに、身悶えては遙人の手に縋ってしまう。

「かぁわいい……これだけで感じちゃって。こんな状態じゃ隆則さんももう家まで我慢できませんよね」

「遙人がっ、ゃ! だめぇぇりょうほうはいや……だぁ」

 両手でじっくりと弄られるともうダメだった。遙人の手によって開発された胸の飾りは、淫らな刺激を受ければすぐに甘い痺れが指先まで走り隆則の脳を機能不全にしてしまう。もっともっと刺激を欲しがるようになり、次には遙人が欲しくてしょうがなくなる。遙人に抱かれるようになってからセックスの時は決まって弄られながら射精していたせいで、脳がワンセットとして認識してしまい、すぐにでも達きたくなってしまう。

「イヤイヤ言いながらすぐに気持ちよくなるんですから……分かってますか? スーツ姿ってだけで煽ってるんですよ。なのに可愛く泣きそうになるからこんなところに連れ込まれるんです……とてもじゃないですけど、あのまま実家にいたら、家族の前で俺に抱かれてましたからね」

「ゃあっ!」

 もっと刺激を求めて自分から遙人の腕を胸へと引き寄せ、甘えるように肩口に後頭部を擦り付ける。

「分かってるんですか……あぁ、本当にもう、可愛すぎるんですよ」

 覆い被さるように唇を塞がれ舌を吸われる。こうなってはもう隆則がこの先の行為を拒むことができない。むしろ積極的に欲してしまう。

 潤んだ視界の端には、ベッドよりも低い寝台が映っている。そこに倒れ込んだら、どんなふうに愛されるのだろうか。期待に熱が上がり、一度引っ込んだ涙がまた浮き出てくる。その間も遙人は容赦なく口内と胸の飾りを刺激してくる。

 隆則の息は上がり膝もグズグズになる。遙人が支えていなければすぐにでも崩れ落ちそうになっている。

 唇が離れた僅かな隙間で懇願する。

「も……もぉ、ほしぃ」

「なにがですか?」

「ぃじわる……するなっ」

「俺の家族の前であんな可愛い顔を見せた隆則さんが悪いんです。少しくらい意地悪されてください」

 擽るだけだった指が痛いくらいに爪を食い込ませてきた。

「ひぃっぁぁぁぁっ!」

 仰け反って首を露わにすれば、すかさず喉仏を狙って唇が吸い付いてきた。痛いくらいに跡を残して徐々に耳殻へと上がっていく。何度も何度も吸っては跡を残し、耳朶を舐め上げ口に含まれる。

「んっ……」

 痛いくらいの刺激と濡れた音に興奮が高まり、下着の中で分身が痛いくらいまで張り詰めていく。

 家ではないからこのまま達ってしまったら、帰りはずっと下着を着けないことになるか、汚れた下着のまま帰ることになる。

 どっちも嫌だ……早く下着を脱ぎたくて、自分でベルトを外す。バックルが外れさえすれば、Sサイズでも余るウエストからトラウザーズが落ちるはずだ。
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