サクラブレンド

祝木田 吉可

文字の大きさ
4 / 16

第4話:不安の芽

しおりを挟む


二人でポップンの大会を目指すと約束してから一ヶ月が経った。平日は、お互いの仕事終わりに時間を合わせて2時間、休日は時間を合わせて3時間練習を重ねていた。

長島はその間も絵里に言われたことを気にかけていたが、特に変化はなかった。そのこともあってか、長島は油断をしていた。

ある金曜日。長島は、いつものようにボトルカーに乗り込み配達をしていた。この日は、ちょうど、絵里のいる本屋を回るルートだった。

「こんにちは、ダイオードリンコです。今回の納品の確認をお願いします。」

「はーい。」

奥のスタッフルームから出てきたのは、店長の槇村秀次だった。

バックヤードにいた恵子は、長島の声を聞いて、慌ててバックヤードから出てきた。

「店長~、私が対応しますよ~。」

「あなたは、バックヤードの在庫管理があるでしょ。」

「は、はい。」

店長の槇村の眼力と威圧で狼狽えた。

恵子は、肩を落としてスゴスゴとバックヤードに向かっていった。

そんなことを知らない長島は、淡々と納品書に書いてある通りに補充した。

「補充終わりました。」

「はーい。」

「牧野さん、お疲れ様です。無事に納品完了しました。確認お願いします。」

「長島さん、お疲れ様です。ありがとうございました。また、よろしくお願いします。」

「ありがとうございます。失礼します。」

長島は、そういうとボトルカーに乗り込みルートに戻っていった。

その日の夜7時頃、長島の姿は、いつものようにゲーセンに向かった。

「お疲れ様。ごめんね、遅くなった。」

「大丈夫。私もさっき着いて、軽く1プレイ終わったところだから。」

「そっか。じゃあ、僕も早速プレイしよ。」

長島は、軽く水分補給して、両替機でいつものように500円両替すると、筐体に向き合った。

軽く深呼吸をする。「ヨシッ。」と切り替えをして100円投入口にコインを入れた。

とりあえず、バトルモードを選ぶと絵里が言った。

「バトル?私もやろうか?」

「ごめん、一人でやりたいんだ。同時押しから今日の癖を見たいから。」

「なるほど。それも練習になるんだね。」

「うん。バトルは、3ボタン制だから、同時押しや階段の練習に丁度良いんだよね。僕はね。」

絵里は、感心したように、携帯にメモしていた。

バトルモードのプレイが終わると、長島は、プレイログをノートに記した。

その様子も絵里には新鮮だった。

「伸幸さん、それ、プレイログ?」

「うん。練習の時、いつも使ってるんだ。これ、4冊目だよ。」

「ちょっと、見せてもらっていい?」

「うん。いいよ。」

絵里は、興味本位で長島のプレイログを見させてもらった。

長島のプレイログは、どこのゲーセンでやったのか、ボタンの感度はどうか、その感度に合った押し方はどんな感じにしたらいいのか、自分の苦手な傾向と対策、得意な部分の活かし方など綺麗に纏められていた。

「す、凄い。めっちゃ分かりやすい。」

「そうかな。自分が分かれば良いというメモ的なものだよ。」

長島は申し訳なさそうに答えていたが、絵里は、これがあれば、自分の苦手とか整理できるかも、そう思った。

「私も、こんなプレイログあれば、自分のこともっと分かるのかな。」

「分かると思うよ。」

「でも、こんなにも上手に出来ないよ。」

そう絵里が言うと、長島が続けて言った。

「だったら、二人のプレイログ作る?折角、一緒に練習やり始めたんだから。」

「え?良いの?」

「もちろん。」


長島の「もちろん。」という答えに絵里はガッツポーズしたが、そのあとの、「同じチームだしね。」という言葉にガクッと肩透かしを受けた。

「チームとしてなの。好きな人としてかと思った。」

「もちろん、好きな友人として一緒に練習するってのが楽しいじゃん。」

「好きな友人」というのが絵里は気になった。

「好きな友人って、私たち付き合ってるんだよね?」

「うん。そうだよ。彼女として守るよ。だけど、それまでが、大学の先輩後輩だったから、友人としての絵里ちゃんが未だ分からないんだ。」

「じゃあ、私が伸幸さんに好きになってもらえるようにこれからも一杯、会っても良い?」

「もちろん、僕からもお願いします。」

絵里は、一先ず長島の気持ちが分かってホッとした反面、少しばかりの不安が募った。

(本当に私のこと好きになってくれるかな。伸幸さん、関わると対応が誰にも優しいからな。自分から来ないけど。距離間近い人とか寄ってこないよね。)

不安に思うことが絵里の頭を次々に過っていく。

絵里は何とも言えない感情になっていった。

-続く-




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いちばん好きな人…

麻実
恋愛
夫の裏切りを知った妻は 自分もまた・・・。

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

彼女が望むなら

mios
恋愛
公爵令嬢と王太子殿下の婚約は円満に解消された。揉めるかと思っていた男爵令嬢リリスは、拍子抜けした。男爵令嬢という身分でも、王妃になれるなんて、予定とは違うが高位貴族は皆好意的だし、王太子殿下の元婚約者も応援してくれている。 リリスは王太子妃教育を受ける為、王妃と会い、そこで常に身につけるようにと、ある首飾りを渡される。

処理中です...