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第6話:絵里のお願い
しおりを挟む18時。ゲーセンの駐車場にて。
「絵里ちゃん。車は?」
「私、今日は電車で来たの。職場からここまではタクシー拾ったよ。」
「そうなの?でも、何で?」
絵里は少し間を開けて言った。
「ねぇ、伸幸さん?明日仕事は休み?」
「うん。休みだよ。」
「この後、予定は?」
「ないよ。…って、これ何?話が見えてこないよ。」
「あぁ…ごめんね。今日は私の家でご飯、食べない?お父さんも伸幸さんとお酒飲みたいみたいだし、私もお父さんにお願いしたいことあるから、一緒にいて欲しいなって。」
「大丈夫、そのまま私の家に泊まれば良いよ。」
長島は絵里の返答にビックリした。
「泊まるっていきなり。申し訳ないよ。」
「大丈夫だよ。客室はちゃんとあるから心配しなくても良いよ。」
長島は、助手席のドアを開けて言った。
「…分かったよ。とりあえず、乗って。送るから。」
「うん♪」
長島は、なんか言いくるめられてる感じがした。
「ドア閉めるよ。シートベルト、お願いね。」
「分かった。」
ドアを閉めた長島は、運転席に回るまでの間で、絵里のお父さんと会うことに対して、緊張が走る。その緊張を紛らわすように顔をパンパンと叩いた。
「お待たせ。」
「伸幸さん、もしかして緊張してきた?」
「えっ?」
「さっき、顔を叩いてるの見えちゃった。」
「見られたか。うん。緊張するよね。」
「大丈夫だよ。お父さん、伸幸さんのこと気に入ってるみたいだから。一緒に呑むのを楽しみにしてるみたいだし。」
長島は、車を走らせた。バイパスを抜けると国道431号に向かって、そこから絵里の自宅のある松江市内に向かう。431は、スムーズに車が進む。平田を抜け松江市に入り、免許センターの先のJAを抜けて踏切を越え、絵里の自宅が近づくと、それまで自由に話していた絵里が口を閉ざし、どこか神妙な顔付きになってきた。
「絵里ちゃん、大丈夫?」
「うん。大丈夫。ちょっと考え事してた。」
長島は、絵里の考え事が気になった。
「考え事って、何?」
長島がそう聞くと、絵里はその重い口を開いた。
「私ね、伸幸さんと一緒に暮らしたいって思ってるの。どうかな。」
「え!?」
長島は、咄嗟のことで言葉が出なかった。
「やっぱり、駄目だよね。」
そう言って絵里は下を向いてしまった。
長島は続ける。
「ごめん。びっくりしちゃったけど、僕も絵里ちゃんと一緒に暮らしたいなって思ってるけど、来年の3月には更新月だから、その時かなって。」
長島の返答に絵里は笑顔になった。
「本当?やったー!」
「でも、今じゃ早いかな。」
長島は、そう言うも、絵里は待てなかった。
「するなら、早い方が良いよ。これからお父さんに話ししてOK出たら、来月でも伸幸さんとこに行きたい。」
自分が運転する横で長島を見ながら目をキラキラさせている絵里を見てると、長島は断ることが出来なかった。
「…分かったよ。絵里ちゃんのお父さんが、OKしたら来月でも僕の所へおいで。」
「やったー!約束だよ!」
「うん。もちろん。」
トンネルを抜けて、最初のコンビニで長島は車を止めた。
「ごめん。一服しても良いかな。」
「私のお父さんも吸うから一緒に吸えば良いのに。」
「さすがにそれは、出来ないよ。」
長島はコンビニの喫煙スペースで一服した。
「やばい。緊張してきた。」
ひとまず吸い終わった吸い殻を灰皿に落とすと、長島は、顔をパンパンと叩いた。
車に戻ると絵里がお父さんに電話していた。
「あとちょっとで帰るね。お父さんの言う通りに伸幸さんもいるよ。じゃあね。」
「絵里ちゃんのお父さん、なんて?」
「気をつけてきてね。だって。」
「分かったよ。」
長島は、再びエンジンを始動し、残り1kmの道のりを走らせた。
直ぐに絵里の自宅に到着した。
自宅の前には絵里の父、辰悟が立っていた。
「絵里、おかえり。」
「ただいま。」
「伸幸くんも、いらっしゃい。今日も絵里を送ってくれてありがとうね。」
「いえ。こちらこそ、今日はありがとうございます。」
辰悟は、2人に家に入るように促した。
「さあ、2人とも家に入りなさい。お母さんも皆で食べるのを楽しみにしてたから料理、張り切っちゃったよ。」
「わーい。楽しみ。」
「お邪魔します。」
2人は辰悟にうながされるように家の中に入った。
そのまま廊下の先にあるリビングダイニングに通されると、そこには絵里の母、幸絵が支度を終えて待っていた。
「お母さん、ただいま。」
「絵里、おかえり。あら?絵里、その子は?」
「彼氏の長島伸幸さんだよ。今日も送ってくれたんだよ。」
「あなたが、伸幸さんね。いつも絵里がお世話になってます。」
「長島伸幸です。こちらこそ、絵里さんにいつもお世話になってます。ありがとうございます。」
「さあ、皆で食べましょう。座って。」
幸絵の一言で、3人はそれぞれに座った。
テーブルの上には、ご飯、味噌汁、焼き魚、冷奴、きんぴらごぼうの和食の定食が並ぶ。
長島はこの並びを見て思った。
「これ、箸の使い方、試される?」
箸の使い方に自信のない長島の手に冷や汗が滲む。
「まぁ、でもこの時間を凌ぐしかないか。」
長島は少しずつ食べ始めた。
しばらくすると幸絵が口を開いた。
「伸幸さん、焼き魚は嫌い?」
その問に長島は素直になってしまった。
「お恥ずかしながら、焼き魚を箸でほぐすのが苦手で。申し訳ないです。」
すると幸絵が笑って言った。
「気にしなくて良いのよ。その鯖は、骨取りのものを選んできたから、大丈夫よ。私たちも箸の使い方一つでどうこういうほど上手くないしね。だから、気楽に食べてくれれば良いの。それよりも残さず食べてくれてた方が嬉しいの。」
長島は、それを言われてホッとした。
「もちろん。残さず、頂きます。お母さんのお料理は美味しいです。」
「それは、良かった。絵里もそろそろ、一人暮らし始めてみたら?ある程度、料理も覚えたから自炊も出来るでしょ。」
幸絵の言ったことで絵里は、チャンスと思って、辰悟に言った。
「お父さん、お願いがあるの。」
「何だ?改まって。」
絵里は、一つ深呼吸して続けた。
「伸幸さんと同棲することを認めてほしい。」
「同棲か。」
辰悟は、そう言うと、考え込んだ。
しばらく沈黙の時間が緊張感を生み出す。
しびれを切らした幸絵が口火を切った。
「良いじゃない。結婚ってなったら、相手の事を知らないといけないし、絵里もいつまでも家にいる訳には行かないんだから、良い機会じゃないかと思うんだけど。」
幸絵は、絵里をフォローするように言ったが、辰悟は、結婚という言葉に敏感に反応した。
「けけけ…結婚!?そんな直ぐには俺は許さんぞ。」
「お父さん、直ぐに結婚って訳じゃなくて、同棲なんだから。」
絵里も辰悟を落ち着かせようとしていた。
辰悟の目は長島を睨みつけるように続けた。
「伸幸くん、君はどうなんだ。」
長島は、背筋が一気に伸びた。一つ深呼吸して落ち着かせて、言った。
「もちろん、私も、絵里さんと結婚を前提にお付き合いしていますが、今直ぐにとは思っていません。同棲期間を経て改めてご挨拶させて頂けないでしょうか。」
長島は、真っ直ぐ辰悟を見つめ思いを伝えた。
辰悟もその思いを汲み取ったように返事をした。
「…分かった。同棲は認める。但し、期間と条件を決めよう。」
「分かりました。」
辰悟は、長島に質問を始めた。
「伸幸くん、今住んでる部屋は、どんな感じ?」
「今、住んでいるのは、ワンルームなんで単身用になります。」
「その部屋は、いつまで?」
「来年の3月が更新です。」
「じゃあ、その部屋は更新せずに二人で暮らせるように広い部屋に引っ越すこと。」
「分かりました。」
「そこでの更新までに結婚の意思を固めること。但し、その期間で絵里を裏切ることがあれば、同棲を解消して、絵里は、この家に戻ること。」
「分かりました。」
「伸幸くん、あなたのことは、絵里から色々と聞いて、信用しているから、絵里を裏切ることだけはしないでほしい。」
「ありがとうございます。」
長島は、身の引き締まる思いだった。
辰悟は、絵里の方へ向き直って続けた。
「絵里。お前も、伸幸くんを裏切るようなことはするなよ。」
「はい。」
「お前は、伸幸くんと結婚したいって意思は固まったんだろう。」
「うん。伸幸さんとずっと一緒にいたい。」
「結婚は、お互いの信用と信頼、そして尊敬と敬意がお互いで成立して初めて覚悟が出来るんだ。だからパートナーを裏切る行為は絶対にしてはいけない。もし、してしまったら、取り返しのつかないことになってしまう。分かるな?」
「うん。」
「同棲は、お互いの長所と短所、価値観を知り向き合うことだ。そのためにはコミュニケーションが大事になってくる。絵里ばかりが喋って伸幸くんが頷いたり答えたりするだけではコミュニケーションじゃないからな。」
「分かってるよ。」
絵里の目には涙で潤いだした。絵里は溜まった涙を流すまいと持っていたハンカチで拭った。
普段、自分の話を聞いてくれてはいるけど、やることが多い辰悟は、常に何か作業をしながら聞いていて、絵里の目を見て聞いてくれることが殆んどなかった。そんな辰悟が、辰悟の方から絵里の目を見て、真剣な表情で語りかけてくれる、そのことが何より嬉しかった。
-続く-
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