夏の嵐

宝楓カチカ🌹

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限界

14.

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「え?」
「どうしたの?」

 今、真横から舌打ちが聞こえたような。でも隣にはニコニコと笑う姫宮しかいない。
 聞き間違いかな? 姫宮くんが舌打ちなんてするはずないのに、私ったら疲れてるのかな。
 昨日も透愛のこと考えてたら、あんまり眠れなかったしなぁ。
 姫宮が、くすりと微笑んだ。

「そっかぁ。でもね来栖さん、橘くんは確かに可愛いし優しいしカッコイイし王子さまみたいだけど」

 頭の上にとんと腕を突かれて、顔を覗き込まれた。サラサラの黒髪の数本が、鼻の上に落ちてくる。
 ここまで彼と顔が近づいたことは初めてで、ちょっと驚いてしまった。

「えっなに? ち、近いよ姫宮く」
「彼、僕の前では女のコみたいなんだよ?」

 目を、瞬かせる。

「女の、子?」
「そう、女のコ」

 姫宮の笑みが、やけにイヤらしく見えるのはどうしてだろう。

「えと……それってどういう意味?」

 姫宮はなにも答えず笑うだけだ。もしかして透愛の悪口? と、少しむっとしてしまう。

「透愛は、ぜんぜん女々しくないよ。むしろすっごく勇気のある人だよ。夏祭りの時だって、あの男の子と私のことを助けてくれて」
「彼はきっと、相手が君やあの男の子でなくても助けたと思うよ。それに、彼を本当の意味で助けたのは僕だ」
「……どういう、意味?」

 姫宮の笑みの質が変わった。
 くつくつと、彼の喉が痙攣するように震え始める。

「ふふ。来栖さんには是非、聞かせてあげたいなぁ」

 そうっと、肩を掴まれる。
 服越しだというのに、じっとりと張り付く5本の指が冷たく感じられた。

「橘が僕の下で、どんな声で鳴くのか」
「……え?」
「ちょうどいい機会だ。せっかくだから、来栖さんも知らない彼のことを教えてあげようか。今、ここで」

 耳元に唇を寄せられ、秘密ごとを打ち明けるように、囁かれた。

「橘の中ってね──女のコ以上に、柔らかいんだよ?」

 ひゅわっと、喉が嫌な音を立てて軋んだ。

「ねぇ、知ってた?」
「ぁ……」
「知るわけないか。そうだよね、君は橘の全てを知っているわけじゃない。むしろ一部分しかしらないんだものね」

 声が、出ない。

「でもね、僕は彼のことを全部知っているよ。生年月日も身長も体重も身体の薄さも、もちろん昔のことも今のことも家族のことも。普段何時に寝ているか何時に起きるのかも、全部、全部ね。彼が小さい頃にはまってたゲームって知ってる? デビハンっていうんだ。僕は彼がどんな食べ物を好むか、反対に何が嫌いかもわかるんだよ。少し見栄を張りやすい人だから、人前では平気なふりして飲んでるけど実はブラックコーヒーが苦手でね。いつもいつも僕が砂糖を用意してあげるんだ……だからコーヒーを飲んだ後の彼の口の中は、とろけるぐらいに甘い」
「ひ、ひめみや、くん?」
「君は彼のことが好きなんだよね。もしかして、橘と付き合いたいの? 橘と手を繋ぎたいの? 橘とデートしたいの? この前の夏祭りみたいに、橘と屋台で食べ比べでもしたいの? またどこかに倒れ込んで橘におんぶしてもらいたいの? それとも橘と、セックスしたいの?」

 怒涛の如くまくし立てていた姫宮が、一度言葉を区切った。

「でも、それって難しいと思うなぁ。ほら、橘って女を押し倒すことには慣れていないから……まぁ、僕に組み敷かれるのはすっごく上手なんだけどね」
「……、っ、」
「ああそうそう、ちなみに橘キスは上手だよ。僕のをいっぱいしゃぶって練習しているからね」
「しゃ……」
「しゃぶって、練習しているんだ。聞こえた? じゃあ次は、あの人が僕にまたがってどんな風に腰を振り乱すのか、一から教えてあげようか……?」

 肩に指が食い込み、じわじわと力を込められていく。

「ふふ、来栖さんって臭いね。臭いなぁ本当に。どうやったらこんなにドブ臭くなれるの? 鼻が曲がりそうな異臭だ。そんな薄汚れた身なりでよくも毎日毎日、馬鹿みたいに橘に近づいてくれたよね」

 声が挟めない。ギリギリと肩を上から押さえ付けられているので、逃げられもしない。それに、じんじわと足の親指に重さがのしかかってきた。
 形の良いパンプスの先端部分に、姫宮の靴先が乗せられているのだ。
 そこまで体重をかけられているわけではないので、痛みはない。
 けれどもお気に入りのレース柄のパンプスは、少しへこんでしまった。
 前に透愛が褒めてくれた靴が、姫宮の足によって。

「ねぇ来栖さん、君は橘の傍にいるために誰かを殺せる? 僕は殺せるよ、躊躇もしない。出来ることなら今、この場で、嬲り殺しにしてやりたいくらいなんだ。ここが大学でよかったね?」

 簡単に踏み潰せるんだぞと、脅されている。
 室内なのでそれなりに人も通り過ぎるが、姫宮の声色は柔らかいままなので、壁に手を突かれて口説かれているようにしか見えないだろう。
 実際道行く女性も、「いいなぁ」とばかりにチラチラこちらを見てくる。
 囁かれているのは恋情に満ちた睦言などではなく、呪詛のような言葉ばかりなのに。
 由奈はただただ、恐ろしい顔をした男を視界に入れることしかできなかった。

「ズルいなぁ、ただの穴のくせに。女ってだけで……ただ僕より華奢で背が低くて体つきが丸くて声が高いだけのくせに橘の視界を全部全部、独占して」

 かぱりと開ききった目は、夜の闇よりも深い黒に見えた。

「橘を抱いて可愛がってあげることもできないくせに──うぬぼれるなよ、おまえ」
「ひ……」
「あの人がキレイなのを知っているのは僕だけだ」

 どこまでも上がっていた姫宮の口角が、すとんと落ちた。

「ぜんぶ、僕のだ」

 姫宮の真っ赤な唇が、喘ぐようにふるりと震えて。

「ぜんぶぜんぶ、僕のだ」

 姫宮の声が、掠れた。

「僕の、なんだよ……」

(あ……)

「だから、取らないでよ」

 影のように覆いかぶさってきていた姫宮は、何事もなかったかのようにするりと離れていった。
 靴先にかかっていた硬い重さも、瞬時に消え失せる。

 数歩離れた距離まで進んだ姫宮の顔には、いつも通りの人好きのする微笑みが張り付いていた。


「じゃあね、来栖さん──橘に、よろしく」











 ─────────
 何をよろしくしろっていうんだ。女の子の靴を踏むな。
 ものすごく書きたかったシーンでした。(本来であれば正)ヒロインの由奈と、メンヘラ気味の本妻(姫宮)のキャットファイト(という名のマウントいびり)。
 お待たせしました、次回からようやく姫宮視点のお話が始まります。
 先に言っておきます。
 姫宮は非常にヤバい男ですので、無理だと思ったら飛ばしてくださいね。
 
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