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前篇
触れる(7)*
しおりを挟む「おまえにっ……僕の、何がわかる……!」
かっとなって前のめりになったアレクシスは、項垂れているようにも見えた。
ぼんやりと思い出す。前に乱暴に組み敷かれた時に、アレクシスの頬に無意識に触れていた気持ち。
きっと自分は、アレクシスに教えてあげたかったのだ。氷を溶かす方法を。
氷を爪で削ろうとしてもきっと剥がれて血が出てしまう。ならば方法は、1つだけだ。
「わかんないよ、あんたのことなんて、何ひとつ」
自分で自分をあたためる術すら知らない、馬鹿な子どものことなんて。
「でも、やり方だけは知ってるよ。だから、教えてやるよ、すっげー、簡単だからさ……」
髪から手を離し、するっと指先で頬を越え、か細い両腕をいっぱいに伸ばす。
「こっちだよ、アレク……」
帰り道がわからないでいる子どもの背へ腕を回して、そのまま引き寄せた。
不安定な体勢だったアレクシスの体は、いとも簡単に倒れ込んできた。
その頭を、両手でしっかりと胸にかき抱く。
「こうやってさ、誰かに抱きしめてもらえばいいんだよ……」
とくん、とくんと。
リョウヤの命の音が伝わるように、ぎゅっと。
「聞こえるだろ、俺の……心臓の、音。俺、ナギサにいちゃんにぎゅってして、もらった時、胸があったかくなったんだ。だから、だからさ、誰かの命は大事なんだよ。その誰かはきっと、自分じゃない誰かに、体温を……分け与えてくれる、存在だから」
そうすれば、孤独は溶けるのだ。あんな冷たいところでひとりでうずくまっているよりも、こうして溶け合ったほうがずっといい。
「ねえ、アレク、あんたには……ルディさんも、愛人も、いっぱいいるんだ、ろ……? だったら、こうやって抱きしめてもらえよ。じゃなきゃあんた、ずっと冷たいままだ。そんなん、駄目だろ……」
だから、ルディアナを手放すなと言ったんだ。
あの子はきっと、アレクシスが望めばいくらでも抱きしめてくれるような子だ。だって、アレクシスを見つめるその瞳が、赤らんだ可愛らしい頬が、彼を好きだと、愛しいと訴えていた。
愛し、愛されている存在がいるのだから、やり方さえわかればきっとアレクシスの氷も溶けるはずだ。
暫く密着していのだが、アレクシスはリョウヤの腕の中でぴくりとも動かない。
胸に顔を埋めさせているため、もちろん表情も見えない。もしかして、さらに怒らせてしまったのだろうかと不安になる。そうだ、改めて考えると、今リョウヤはとんでもないことを仕出かしている気がする。
だってアレクシスの気持ちになって考えてみると、これはものすごく……嫌な体勢だろう。心の底から嫌っている、臭くて汚い稀人に強引に抱きしめられているのだから。
取り合えず腕の力を緩める。もういいよというリョウヤなりの合図だった。それでもアレクシスはどかない。
「……アレク?」
ゆさゆさと、肩を軽く揺すってみる。やはり、動かない。どいてよ、なんて押しのけるわけにもいかず、今度はそろそろと腕を離して両腕を体の横に沈ませた。
「これで言いたいことは、終わり……あとは、煮るなり焼くなり好きにしていいから」
目を閉じて、今度こそ体をベッドの上に投げ出す。しかしアレクシスは、どういうわけだかリョウヤの胸元に顔を埋めたままだ。寝ているのかとも思ったのだが、アレクシスが瞬きするたびにまつげがぱさぱさと胸をくすぐるので、起きてはいるはずだ。
自分で抱き寄せておいてなんだが、こうして突っ伏されたままだと重いし、苦しい。
「あの……、急に、変なことしてごめん。もう二度としないから、どい……」
どいて、と、言おうとしたら、急に圧迫感が消えた。ふらりと、アレクシスが顔を上げた気配。
つぶったまぶたの向こう側から、視線を注がれている気がする。その顔はきっと怒りに満ちているのだろう。
わかったような口を聞くなと、殴られるのか、首を絞められるのか、それともこのまま手酷く犯されるのか。
何をされても仕方がないと、もはや諦めの気持ちでいると。
「……ぁっ」
ふいに何かが、胸先を掠めた。じん、と一瞬だけ響いた甘い疼きに腹がへこむ。
そろそろと目を開けると、ぺったんこな胸全体を押し上げるように撫でまわされていた。ただ誤って接触してしまっただけなのかと思ったが、その指は執拗にリョウヤの胸の先に触れてくる。
指でつまみ上げられ、くにくにと弄られる。
これは明らかに、意図的な接触だ。
「な、に、……ぇ、え? な……なに、して、んの……?」
呆然と呟くと、アレクシスと一瞬だけ目が合った。アレクシスは狼狽えるリョウヤの問いに答えることなく、ぐっと押し上げた胸に顔を近づけてきて。
「え、ぁ……っ」
尖ったそこに、舌を這わせてきた。
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ちょこっと体調崩しまして、短い更新で申し訳ありません。
明日も17時更新です。
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