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後篇
距離(2)
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独り言が趣味だとは知らなかったな、と放置していると、また、寸分たがわぬ同じセリフを言ってきた。確かに雨模様だったがそれがなんだ、とちらりと横を確認すれば、あっちもちらりとこちらを見てきた。
じっと視線を注がれる。ここでようやく気付いた。
「え、もしかして今のって俺に話しかけてたの?」
「貴様以外に誰がいる」
むっとした口調で責められたが、まさか返事を待たれていたとは。
完全に、独り言だとばかり思っていた。
「あー……ああ、うん、そーだね。雨降ってたね」
「……朝も、かなり冷えた」
「まあね、冷えたね」
「……」
「……」
「……おい」
「なに?」
「……」
「なんだよ」
かと思ったら急に押し黙る。そのまま会話らしきものは終了かと思いきや。
「き」
「き?」
「昨日は」
「うん」
「い……いい天気、だったな」
わけのわからなさ、ここに極まれり。
過ぎ去った昨日の天気というどうでもいい話で締めくくられた。なんなんだ。
普段ならば香りのいいお湯に包まれて、ほっと一息つけるはずの浴槽が、この時ばかりはストレスそのものに浸かっているみたいだった。
気まずさに疲れ果て、最終的にはのぼせた。
旦那様の奇怪な行動はまだまだある。
その三、やけに後を付けてくる。しかも、いつものようにカツカツと革靴を鳴らすのではなく、リョウヤに気付かれないように、そろそろと付いてくるのだ。
しかし後ろで蠢く物体にリョウヤが気付かないわけがないので。
「ねえ、さっきからなんの用? 言いたいことあんならはっきり言えよ!」
と吠えながら振り向くと、気付かれているとは思っていなかったのか視線をさ迷わせた挙句。
「用など何もない」
「あ?」
「僕が行こうとしているところにおまえがいただけだ」
とかなんとかほざいて、近くの部屋にささっと入ってしまった。しかし旦那様はここで終わらない。気付けば、また背後を付けてきている。
もはや、ストーカーを超えた異常者である。
逃げるつもりなどないというのに、こうまで不審がられると、いっそのこと目の前で逃げてやろうかという気になってくる。
まだまだある。
その四、やけに物を送り付けてくる。
宝石が埋め込まれたアクセサリーだとか、高価な素材で作られた衣類だとかを、頻繁に渡されるようになったのだ。
夕食が終わってから突然、クレマンから「旦那様からでございます」と袋に包まれたものを手渡された。
「なにこれ、ガウン?」
旦那様の指示のもと渡された代物だというのに、肝心の旦那様はリョウヤと目を合わせず、ウィスキーをぐいぐい煽っている。なんだか隣でやけにそわそわしているなとは思ったが、まさかこれが原因か?
「……シルクの生地で、金糸の刺繍が編み込まれている。北からわざわざ取り寄せた特注品だ」
「ふうん」
クレマンはやけに……なんというか、困ったような、生暖かい目で見つめてくるし、旦那様はそっぽを向いたままだ。
感想を求められているのかと理解して、とりあえず褒めたのだが。
「ああ、うん、いい生地なんじゃない? あったかそうだし、今の時期なら流行ると思うよ。はい返す」
「いらん」
「は?」
「それはおまえ用だ」
「……はい?」
「か──勘違いするなよ。元々は……そう、愛人の1人にでも送ろうと思って取り寄せたものだ。断じて、おまえ用に生地を選びオーダーしたものではない。断じてだ」
「それはわかってるけど、じゃあその人にあげたらいいんじゃないの?」
「サイズを間違えたんだ」
「え」
「その小ささでは、他に渡す相手がいないからな。本来ならば捨てているところだが、流石にもったいないだろう」
そんなことあるか? 確かに小さめだが。
じっと視線を注がれる。ここでようやく気付いた。
「え、もしかして今のって俺に話しかけてたの?」
「貴様以外に誰がいる」
むっとした口調で責められたが、まさか返事を待たれていたとは。
完全に、独り言だとばかり思っていた。
「あー……ああ、うん、そーだね。雨降ってたね」
「……朝も、かなり冷えた」
「まあね、冷えたね」
「……」
「……」
「……おい」
「なに?」
「……」
「なんだよ」
かと思ったら急に押し黙る。そのまま会話らしきものは終了かと思いきや。
「き」
「き?」
「昨日は」
「うん」
「い……いい天気、だったな」
わけのわからなさ、ここに極まれり。
過ぎ去った昨日の天気というどうでもいい話で締めくくられた。なんなんだ。
普段ならば香りのいいお湯に包まれて、ほっと一息つけるはずの浴槽が、この時ばかりはストレスそのものに浸かっているみたいだった。
気まずさに疲れ果て、最終的にはのぼせた。
旦那様の奇怪な行動はまだまだある。
その三、やけに後を付けてくる。しかも、いつものようにカツカツと革靴を鳴らすのではなく、リョウヤに気付かれないように、そろそろと付いてくるのだ。
しかし後ろで蠢く物体にリョウヤが気付かないわけがないので。
「ねえ、さっきからなんの用? 言いたいことあんならはっきり言えよ!」
と吠えながら振り向くと、気付かれているとは思っていなかったのか視線をさ迷わせた挙句。
「用など何もない」
「あ?」
「僕が行こうとしているところにおまえがいただけだ」
とかなんとかほざいて、近くの部屋にささっと入ってしまった。しかし旦那様はここで終わらない。気付けば、また背後を付けてきている。
もはや、ストーカーを超えた異常者である。
逃げるつもりなどないというのに、こうまで不審がられると、いっそのこと目の前で逃げてやろうかという気になってくる。
まだまだある。
その四、やけに物を送り付けてくる。
宝石が埋め込まれたアクセサリーだとか、高価な素材で作られた衣類だとかを、頻繁に渡されるようになったのだ。
夕食が終わってから突然、クレマンから「旦那様からでございます」と袋に包まれたものを手渡された。
「なにこれ、ガウン?」
旦那様の指示のもと渡された代物だというのに、肝心の旦那様はリョウヤと目を合わせず、ウィスキーをぐいぐい煽っている。なんだか隣でやけにそわそわしているなとは思ったが、まさかこれが原因か?
「……シルクの生地で、金糸の刺繍が編み込まれている。北からわざわざ取り寄せた特注品だ」
「ふうん」
クレマンはやけに……なんというか、困ったような、生暖かい目で見つめてくるし、旦那様はそっぽを向いたままだ。
感想を求められているのかと理解して、とりあえず褒めたのだが。
「ああ、うん、いい生地なんじゃない? あったかそうだし、今の時期なら流行ると思うよ。はい返す」
「いらん」
「は?」
「それはおまえ用だ」
「……はい?」
「か──勘違いするなよ。元々は……そう、愛人の1人にでも送ろうと思って取り寄せたものだ。断じて、おまえ用に生地を選びオーダーしたものではない。断じてだ」
「それはわかってるけど、じゃあその人にあげたらいいんじゃないの?」
「サイズを間違えたんだ」
「え」
「その小ささでは、他に渡す相手がいないからな。本来ならば捨てているところだが、流石にもったいないだろう」
そんなことあるか? 確かに小さめだが。
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