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後篇
距離(3)
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「あんた最低だな。恋人のスリーサイズぐらい把握してろよ。チェンバレー家の名が廃るんじゃないの」
「……把握しているに決まっているだろう」
じろじろと見られながら唸るように言われたが、それなら間違えないはずなのに。
「全くの偶然だが、それはおまえにぴったりなサイズだった。本当に、ただの偶然だがな。それに……柄も、まあ、悪くはない。夜にでもそれを着て──僕の部屋に、来い」
そんなに「偶然」を強調しなくとも。言われなくともわかっている。だがこれを着て来い、と言われても……ぶっちゃけいらない。
「うーん……あっ、これルディさんなら似合うんじゃない?」
「なぜここで、ルディアナの話が出てくるんだ」
「だって綺麗な花柄だよ? ここの金色の刺繍なんてあの人の髪色と一緒じゃん。前に会った時もこういうの着てたし、丁度いいんじゃねーの?」
ルディアナよりもリョウヤの方が数センチ高いが、体格だってあまり変わらないはずだ。
「それはおまえの記憶違いだ、ルディアナの趣味とは違う。それに……金には黒が、一番、似合うだろう」
「えー、そうかな」
旦那様の目元が若干赤い。流石に、間違えて仕入れたものを愛しのルディアナに捧げるのはプライドが許さないのだろうか。それに、葬儀の時ならまだしも、普段着として黒い服を好んで着る女性はあまりいない。
縁起が悪いからだ。こればかりは旦那様も選択を誤ったらしい。
「じゃあメイドの誰かにでもあげれば?」
柄自体は可愛いし、キャシーなんてどうだろう、と、後ろの方で控えている彼女をちらりと見れば、やはり蒼白な顔でぶんぶんと手を振られた。しかも、「それ以上何も言ってはいけません、奥様!」みたいなジェスチャー付きで。
最近、メイドたちによくジェスチャーをされている気がする。特に旦那様絡みで。
「僕は、おまえにやると言っているんだ」
「だっていらねーんだもん。シーツ巻き付けておけばあったかいし。返すよ。他の人にやって。黒い服が似合う恋人、もう1人ぐらい作ったら?」
旦那様がぐっと下唇を噛んだ。目に見えて不機嫌になってしまったが、確かにキラキラしたものは嫌いではないが自分には不相応だ。
こんなたいそうなものを着ても、絶対「服に着られている」状態になるだろう。
「いいから、四の五の言わずに受け取れ」
「だからいらないってば。ガウンなんて食えないし」
「チェンバレー家当主の妻が、夜分にシーツなんぞを体に巻き付けていていいわけがないだろう。誰かに見られたらどうする」
「いや、だってこれナイトガウンだろ? 夜に一体誰が俺のこと見るっていうんだよ。あんた以外いねーじゃん」
「……」
「真夜中に突然の来客とか来ても、別に俺関係ねーじゃ」
「いいから、着ろ! 今夜からそれを羽織らなければ全裸で生活させるぞ!」
と、押し問答の末、かっとなった旦那様に怒鳴りつけられた。
それ以降、リョウヤは風呂上りに横流しされたガウンを羽織る羽目になった。
本来であれば捨てているものを押し付けられ、強引に着せられるなんて理不尽すぎる。しかも、この一件以降、しょっちゅう傷がついていただの糸がほつれていただの想像していたものと違っただの、様々な理由で不良品を押し付けられるのだ。
おかげでクローゼットは部屋に戻さなければならなくなったし、中も身の丈に合わない高級衣類や装飾品や靴でいっぱいになってしまった。
着ていく場もないというのに、はた迷惑極まりない。
まだまだ、まだまだあるのだ。
その五、やけに干渉してくる。今日は何をしていたんだとか、どこに行っていたんだとかとにかくしつこい。館の中では本を読んだりすることしかないし、遊びに行くのだっておやつの草を埋めた庭園か、厩舎ぐらいしかないというのに。
そもそもこの重い手足枷が嵌められている限り、大した距離は移動できないのだから。
だというのに、この男は。
その六、やけに外出の供を命じられる。
しかも庭園や敷地内の散歩道やら、館の裏の小さな森を抜けた湖畔に強引に連れて行かれるのだ。体を動かすのは得意だしもちろん好きなのだが、できることなら自由気ままに歩きたい。誰が好き好んで、無口な男と適度な距離を保ちながら、てくてく道を歩かなければならないのか。
逆に肩が凝るし心労が溜まる。旦那様はマティアス以外に友人がいないし、使用人の誰かを誘い仲良く散歩に行くわけにもいかないので、リョウヤに白羽の矢が立ってしまったのだろうが、付き合わされる身にもなってほしい。
まあ、リョウヤが自由に活動していい範囲は館の周辺までと命じられているので、1人で行くことは叶わないのだが……相手がこれじゃあ、気分も転換しない。
その七──やめた、上げても上げてもきりがない。
とにかく、今の状態がおかしいことぐらいはリョウヤにもわかる。
本当におかしい。
旦那様の頭が。
────────────
空回り。
「……把握しているに決まっているだろう」
じろじろと見られながら唸るように言われたが、それなら間違えないはずなのに。
「全くの偶然だが、それはおまえにぴったりなサイズだった。本当に、ただの偶然だがな。それに……柄も、まあ、悪くはない。夜にでもそれを着て──僕の部屋に、来い」
そんなに「偶然」を強調しなくとも。言われなくともわかっている。だがこれを着て来い、と言われても……ぶっちゃけいらない。
「うーん……あっ、これルディさんなら似合うんじゃない?」
「なぜここで、ルディアナの話が出てくるんだ」
「だって綺麗な花柄だよ? ここの金色の刺繍なんてあの人の髪色と一緒じゃん。前に会った時もこういうの着てたし、丁度いいんじゃねーの?」
ルディアナよりもリョウヤの方が数センチ高いが、体格だってあまり変わらないはずだ。
「それはおまえの記憶違いだ、ルディアナの趣味とは違う。それに……金には黒が、一番、似合うだろう」
「えー、そうかな」
旦那様の目元が若干赤い。流石に、間違えて仕入れたものを愛しのルディアナに捧げるのはプライドが許さないのだろうか。それに、葬儀の時ならまだしも、普段着として黒い服を好んで着る女性はあまりいない。
縁起が悪いからだ。こればかりは旦那様も選択を誤ったらしい。
「じゃあメイドの誰かにでもあげれば?」
柄自体は可愛いし、キャシーなんてどうだろう、と、後ろの方で控えている彼女をちらりと見れば、やはり蒼白な顔でぶんぶんと手を振られた。しかも、「それ以上何も言ってはいけません、奥様!」みたいなジェスチャー付きで。
最近、メイドたちによくジェスチャーをされている気がする。特に旦那様絡みで。
「僕は、おまえにやると言っているんだ」
「だっていらねーんだもん。シーツ巻き付けておけばあったかいし。返すよ。他の人にやって。黒い服が似合う恋人、もう1人ぐらい作ったら?」
旦那様がぐっと下唇を噛んだ。目に見えて不機嫌になってしまったが、確かにキラキラしたものは嫌いではないが自分には不相応だ。
こんなたいそうなものを着ても、絶対「服に着られている」状態になるだろう。
「いいから、四の五の言わずに受け取れ」
「だからいらないってば。ガウンなんて食えないし」
「チェンバレー家当主の妻が、夜分にシーツなんぞを体に巻き付けていていいわけがないだろう。誰かに見られたらどうする」
「いや、だってこれナイトガウンだろ? 夜に一体誰が俺のこと見るっていうんだよ。あんた以外いねーじゃん」
「……」
「真夜中に突然の来客とか来ても、別に俺関係ねーじゃ」
「いいから、着ろ! 今夜からそれを羽織らなければ全裸で生活させるぞ!」
と、押し問答の末、かっとなった旦那様に怒鳴りつけられた。
それ以降、リョウヤは風呂上りに横流しされたガウンを羽織る羽目になった。
本来であれば捨てているものを押し付けられ、強引に着せられるなんて理不尽すぎる。しかも、この一件以降、しょっちゅう傷がついていただの糸がほつれていただの想像していたものと違っただの、様々な理由で不良品を押し付けられるのだ。
おかげでクローゼットは部屋に戻さなければならなくなったし、中も身の丈に合わない高級衣類や装飾品や靴でいっぱいになってしまった。
着ていく場もないというのに、はた迷惑極まりない。
まだまだ、まだまだあるのだ。
その五、やけに干渉してくる。今日は何をしていたんだとか、どこに行っていたんだとかとにかくしつこい。館の中では本を読んだりすることしかないし、遊びに行くのだっておやつの草を埋めた庭園か、厩舎ぐらいしかないというのに。
そもそもこの重い手足枷が嵌められている限り、大した距離は移動できないのだから。
だというのに、この男は。
その六、やけに外出の供を命じられる。
しかも庭園や敷地内の散歩道やら、館の裏の小さな森を抜けた湖畔に強引に連れて行かれるのだ。体を動かすのは得意だしもちろん好きなのだが、できることなら自由気ままに歩きたい。誰が好き好んで、無口な男と適度な距離を保ちながら、てくてく道を歩かなければならないのか。
逆に肩が凝るし心労が溜まる。旦那様はマティアス以外に友人がいないし、使用人の誰かを誘い仲良く散歩に行くわけにもいかないので、リョウヤに白羽の矢が立ってしまったのだろうが、付き合わされる身にもなってほしい。
まあ、リョウヤが自由に活動していい範囲は館の周辺までと命じられているので、1人で行くことは叶わないのだが……相手がこれじゃあ、気分も転換しない。
その七──やめた、上げても上げてもきりがない。
とにかく、今の状態がおかしいことぐらいはリョウヤにもわかる。
本当におかしい。
旦那様の頭が。
────────────
空回り。
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