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後篇
1.距離(1)
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* * *
両手足には重い枷を付けられ、ついでに口枷まで嵌められて小汚い檻に突っ込まれてクズどもに品定めされていた空の晴れたある日。
クズのなかでも最もクズみたいな男に金で買われた。
出会い方も本当に本当に最悪だった。
リョウヤは一瞬でクズのことが嫌いになったし、そいつもたぶん一瞬でリョウヤのことが嫌いになった。だからこそ躊躇なく道具として選ばれてしまった。
犯し、孕ませ、子を産ませたらあとは捨てるだけの道具として。
選択しなどあるはずもなく、リョウヤは強制的にクズ男と結婚させられた。
いわゆる、愛のない結婚というやつだ。
けれどもまあ、今はそんな自分の境遇を受け入れている。
なぜなら、跡継ぎとなる男児を産んだその瞬間、クズ男との離縁が決まっているからだ。今から楽しみで仕方がない。しかも産まれた子どもとクズ男に今後一切干渉しない代わりに、リョウヤは自由を手にできる。
そういう、素晴らしい約束をしている。
解放されたら、することは決まっている。
リョウヤには、強く決意した子どもの頃からの夢があった。
元の世界へ帰ること。それは何を犠牲にしたとしても、絶対に叶えなければならない夢だった。
もしもクズ男ではない別の相手に買われていたら、希望さえも持てなかったかもしれない。なんだかんだといって自由にしてくれる時間も多いし、その点に関してはクズ男に感謝している。
クズ男とのこの苦しい半年間も、それを考えればプラマイゼロだ。
ただ、それを差し引いても少し困ったことがあった。
ここの所、いや違う、リョウヤがこの館に連れてこられて4か月以上経った頃から。
クズ男の──いわゆる旦那様の様子がおかしくなったと、思う。
その一、やけに見てくる。
やたらと目が合うのだ。目が合うというより、視線をふとずらしたときに近くにいる。書斎でも、気付いたら後ろにぬっと立っていてぎょっとした。
「うわっ、びっくりしたぁ。なに、なんかあったの?」
しかも用があるのかな? と視線を向ければ即座に逸らされるのだ。なんなんだ。
「あの、見られてると本読みにくいんだけど。あんた仕事は?」
「今は休憩中だ」
「へえ」
「……」
「なんでここにいんの? 休むなら自分の部屋で休んでこいよ」
「別に。することがなくて暇なだけだ」
「じゃあ他んとこ行ってよ。そこにいられると気が散るから。邪魔」
リョウヤに拒絶された旦那様はふんと鼻を鳴らして、適当に取った本を片手に後ろの方に座ってきた。いや出て行かないのかよ、と内心で突っ込んだ。
じいっと後ろから注がれ続ける謎の視線に、ぞわぞわと背筋が粟立った。居心地が悪くてリョウヤがそそくさと違う部屋に移り、ふう、これで一安心だと胸を撫でおろしていると、数分後、同じに部屋に入ってきた。
何故だ。
逃げるリョウヤと、何故か追ってくる旦那様。親鳥を追いかける雛……なんて可愛いもんじゃない。もはやストーカーである。
どっか行けよと言っても聞きやしないので、今ではもう放っておくことも増えた。
慣れって怖い。
そのニ、やけに奇行が目立つ。
それは旦那様の仕事が夜遅くまでかかり、体を重ねない日のことだった。今夜は落ち着いて寝られると、いそいそとベッドに入りうつらうつらとしていると、真夜中に誰かが部屋に入ってくる気配がした。
不審者か、と思って反射的に身構えたのだが、月明かりしかない薄闇の中、突っ立っていたのは夫だった。
ある意味で、不審者よりもヤバい。
こんな真夜中にリョウヤを犯しに来たのだろうか、起きていることがバレたら色々と面倒そうなので寝ているフリをすると、旦那様はベッドの側まで来て、しばらくそこに立っていた。
どうやら、リョウヤの顔を覗き込んでいるらしい。目をつぶっていてもひしひしと視線を感じる。
すぐに諦めて出て行ってくれると思っていたのに、なかなか動こうとしなかった。扉が開かれる音が聞こえて、やっと気配が消えたと思えば、どういうわけだか部屋の外にある椅子をずりずりと部屋の中まで持ってきて、ベッドの直ぐ側でそのまま腰を降ろしてしまった。
それから30分ほど、奴はリョウヤの服を脱がして組み敷いてくるでもなく、死に物狂いで寝たふりを続けるリョウヤの隣に、いた。
最高に意味がわからない。
正直、不審者よりも恐怖だった。
その三、やけに2人で風呂に入りたがる。
メイドたちにごっしごしと体を擦られている真っ最中に、浴室に現れたのには本当にびっくりした。
「え、え? なんでいんの?」
もちろんメイドたちの手前、浴室用のガウンを羽織り、大事な部分もきちんと覆われてはいたが、その下は透けて見えるほどに裸だ。
メイドたちが驚いているということは、誰にも一言もなく、勝手に入ってきたのだ。
「……2人で入った方が早い」
「は、ぁあ?」
ここは旦那様とリョウヤしか使用しない浴室なので(使用人用の浴室は別練にある)、早いもクソもないはずなのだが……まあ、風呂からあがったらこいつに犯されることになるので、結局広い浴槽内に2人で浸かるはめになった。
メイドたちもそそくさと出て行ってしまったので、最近では遠慮がなくなっていた彼女たちのきゃっきゃと弾ける会話もない。
もちろん、リョウヤと寡黙な旦那様の間で会話が弾けるはずもなく。
2人分ほど離れた距離で、しん、と静まり返る浴室。ぴちょん……と雫が落ちる音だけが響いて、むずむずした。どちらかが口を開けば基本的に言い合いになってしまうので、なるべくなら話したくはない。
世間話なんてもっともだ。
ついに限界がきた。沈黙に耐え切れず、「俺、先にあがるから」と出て行こうとすれば、「まだいろ」と睨まれ、引き留められた。何故だ。それでも出て行こうとすると、浴室のカーテンの向こう側で控えているメイドたちの影に、ジェスチャーで「まだ駄目でございます奥様、堪えてください!」と首を振られた……嫌だ、これ以上堪えたくない。なんなんだこの苦行は。
仕方がないので、しぶしぶと再びお湯に浸かっていると。
「きょ」
と、突然口を開いた旦那様は。
「きょ?」
「──今日、は……雨が、降っていた」
と、ものすごくどうでもいい独り言を始めた。
両手足には重い枷を付けられ、ついでに口枷まで嵌められて小汚い檻に突っ込まれてクズどもに品定めされていた空の晴れたある日。
クズのなかでも最もクズみたいな男に金で買われた。
出会い方も本当に本当に最悪だった。
リョウヤは一瞬でクズのことが嫌いになったし、そいつもたぶん一瞬でリョウヤのことが嫌いになった。だからこそ躊躇なく道具として選ばれてしまった。
犯し、孕ませ、子を産ませたらあとは捨てるだけの道具として。
選択しなどあるはずもなく、リョウヤは強制的にクズ男と結婚させられた。
いわゆる、愛のない結婚というやつだ。
けれどもまあ、今はそんな自分の境遇を受け入れている。
なぜなら、跡継ぎとなる男児を産んだその瞬間、クズ男との離縁が決まっているからだ。今から楽しみで仕方がない。しかも産まれた子どもとクズ男に今後一切干渉しない代わりに、リョウヤは自由を手にできる。
そういう、素晴らしい約束をしている。
解放されたら、することは決まっている。
リョウヤには、強く決意した子どもの頃からの夢があった。
元の世界へ帰ること。それは何を犠牲にしたとしても、絶対に叶えなければならない夢だった。
もしもクズ男ではない別の相手に買われていたら、希望さえも持てなかったかもしれない。なんだかんだといって自由にしてくれる時間も多いし、その点に関してはクズ男に感謝している。
クズ男とのこの苦しい半年間も、それを考えればプラマイゼロだ。
ただ、それを差し引いても少し困ったことがあった。
ここの所、いや違う、リョウヤがこの館に連れてこられて4か月以上経った頃から。
クズ男の──いわゆる旦那様の様子がおかしくなったと、思う。
その一、やけに見てくる。
やたらと目が合うのだ。目が合うというより、視線をふとずらしたときに近くにいる。書斎でも、気付いたら後ろにぬっと立っていてぎょっとした。
「うわっ、びっくりしたぁ。なに、なんかあったの?」
しかも用があるのかな? と視線を向ければ即座に逸らされるのだ。なんなんだ。
「あの、見られてると本読みにくいんだけど。あんた仕事は?」
「今は休憩中だ」
「へえ」
「……」
「なんでここにいんの? 休むなら自分の部屋で休んでこいよ」
「別に。することがなくて暇なだけだ」
「じゃあ他んとこ行ってよ。そこにいられると気が散るから。邪魔」
リョウヤに拒絶された旦那様はふんと鼻を鳴らして、適当に取った本を片手に後ろの方に座ってきた。いや出て行かないのかよ、と内心で突っ込んだ。
じいっと後ろから注がれ続ける謎の視線に、ぞわぞわと背筋が粟立った。居心地が悪くてリョウヤがそそくさと違う部屋に移り、ふう、これで一安心だと胸を撫でおろしていると、数分後、同じに部屋に入ってきた。
何故だ。
逃げるリョウヤと、何故か追ってくる旦那様。親鳥を追いかける雛……なんて可愛いもんじゃない。もはやストーカーである。
どっか行けよと言っても聞きやしないので、今ではもう放っておくことも増えた。
慣れって怖い。
そのニ、やけに奇行が目立つ。
それは旦那様の仕事が夜遅くまでかかり、体を重ねない日のことだった。今夜は落ち着いて寝られると、いそいそとベッドに入りうつらうつらとしていると、真夜中に誰かが部屋に入ってくる気配がした。
不審者か、と思って反射的に身構えたのだが、月明かりしかない薄闇の中、突っ立っていたのは夫だった。
ある意味で、不審者よりもヤバい。
こんな真夜中にリョウヤを犯しに来たのだろうか、起きていることがバレたら色々と面倒そうなので寝ているフリをすると、旦那様はベッドの側まで来て、しばらくそこに立っていた。
どうやら、リョウヤの顔を覗き込んでいるらしい。目をつぶっていてもひしひしと視線を感じる。
すぐに諦めて出て行ってくれると思っていたのに、なかなか動こうとしなかった。扉が開かれる音が聞こえて、やっと気配が消えたと思えば、どういうわけだか部屋の外にある椅子をずりずりと部屋の中まで持ってきて、ベッドの直ぐ側でそのまま腰を降ろしてしまった。
それから30分ほど、奴はリョウヤの服を脱がして組み敷いてくるでもなく、死に物狂いで寝たふりを続けるリョウヤの隣に、いた。
最高に意味がわからない。
正直、不審者よりも恐怖だった。
その三、やけに2人で風呂に入りたがる。
メイドたちにごっしごしと体を擦られている真っ最中に、浴室に現れたのには本当にびっくりした。
「え、え? なんでいんの?」
もちろんメイドたちの手前、浴室用のガウンを羽織り、大事な部分もきちんと覆われてはいたが、その下は透けて見えるほどに裸だ。
メイドたちが驚いているということは、誰にも一言もなく、勝手に入ってきたのだ。
「……2人で入った方が早い」
「は、ぁあ?」
ここは旦那様とリョウヤしか使用しない浴室なので(使用人用の浴室は別練にある)、早いもクソもないはずなのだが……まあ、風呂からあがったらこいつに犯されることになるので、結局広い浴槽内に2人で浸かるはめになった。
メイドたちもそそくさと出て行ってしまったので、最近では遠慮がなくなっていた彼女たちのきゃっきゃと弾ける会話もない。
もちろん、リョウヤと寡黙な旦那様の間で会話が弾けるはずもなく。
2人分ほど離れた距離で、しん、と静まり返る浴室。ぴちょん……と雫が落ちる音だけが響いて、むずむずした。どちらかが口を開けば基本的に言い合いになってしまうので、なるべくなら話したくはない。
世間話なんてもっともだ。
ついに限界がきた。沈黙に耐え切れず、「俺、先にあがるから」と出て行こうとすれば、「まだいろ」と睨まれ、引き留められた。何故だ。それでも出て行こうとすると、浴室のカーテンの向こう側で控えているメイドたちの影に、ジェスチャーで「まだ駄目でございます奥様、堪えてください!」と首を振られた……嫌だ、これ以上堪えたくない。なんなんだこの苦行は。
仕方がないので、しぶしぶと再びお湯に浸かっていると。
「きょ」
と、突然口を開いた旦那様は。
「きょ?」
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と、ものすごくどうでもいい独り言を始めた。
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