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ハンティング3「逃避・休息・攻防」
しおりを挟むとある何処かのゴーストタウン。
殺伐とした雰囲気が漂うその場所で戦闘が行われていた。
甲高い声を上げて跳ねるように移動するモンスターの群れ。
頭はサル、体は二足歩行となったシカのようなゲギルキーと呼ばれるモンスター達だ。
人肉を好んで喰らい、集団で襲いかかる極めて獰猛かつ危険なモンスター。
跳ねるゲギルキーの背後で小規模な銃弾爆破が起こる。
その銃弾は、一般的な銃弾ではなかった。
魔弾の銃弾だ。
男は角ばったヘルムバイザーの横ラインの隙間からターゲットを見据える。
メタリックグリーンとシルバーのツートンカラーのメイルを装備したその男は、そのヘルムを模したような形状のハンドガンを片手に、ロングバレルのカノンを背に背負い、素早い敵に挑んでいた。
銃口から魔弾が発射され、エメラルド色に発光する魔弾が一体のゲギルキーに直撃。
肉を爆破させるように撃破してみせた。
ギゲルキーの群れは幾度も跳ねながらその男に迫る。
男はハンドガンをかまえ直すと、一気に魔弾を連続発射し、個々のギゲルキーを仕留める。
それぞれが直撃と共に体を爆破され、のたうちながら事切れる。
直撃を免れた三体のゲギルキーは男めがけ、獰猛なまでの表情を剥き出して襲いかかる。
しかし、男は鎧を装着しているにもかかわらず、跳躍して闘牛士のごとく躱してあしらう。
そして三体に銃口を向け、魔弾の洗礼を浴びせ、狙いを外すことなく仕留めてみせた。
だが、まだゲギルキーの集団は存在し、次々と男めがけ迫る。
その時、男の目の前に巨躯のモンスターが阻むようにズンと現れた。
体に魔導銃機器を纏うそのモンスターは、男に背を向けながらゲギルキーを迎え撃つように立つ。
「一気にぶちかましてくれ……」
『リョウカイ……』
一言のやり取りをすると、モンスターはズンと足を地面に押し込む構えた。
足も、ホバーユニットが装備されていた。
そのモンスターは、両肩に魔導キャノンとショルダーアーマーを、額に魔導ガン、右腕にアックス、胸にシールド装甲、左腕にアームストロング砲を装備した、ミノタウロスのサイボーグモンスターだった。
口元にも、角付きの鋼のマスクを装備している。
迫るギゲルキーの群れに、アームストロング砲を引き締めて構え、更に胸部のシールド装甲を真っ二つに展開させる。
そこから六連ガトリング砲が顔を除かせた。
次の瞬間、その六連ガトリング砲とアームストロング砲が火を吹き、ゲギルキーを瞬く間に蜂の巣にして砕き散らす。
更に撃ち放たれるアームストロング砲の魔弾がまとめてギゲルキーを吹っ飛ばす。
その砲撃はゲギルキー達に全く思考や反撃の猶予を与えなかった。
唸り散らす重射撃は一瞬にしてゲギルキー達を葬った。
しかし、まだ群れのボスが存在していた。
大型のゲギルキーのボスは、吠えながらサイボーグミノタウロスに走りながら飛び掛かる。
俊敏対重火器。
ボスゲギルキーは、重火器の射撃軸線の上を飛び、両足蹴りを食らわせるように迫った。
だが、蹴りが到達する瞬間、ボスゲギルキーは一瞬にして叩き斬られ、上下半身を裂断される。
サイボーグミノタウロスが振るった右腕と同化したアックスの一撃だった。
まさにミノタウロスの真骨頂だ。
「パレスドのゴーストタウンのゲギルキーの群れを駆逐……っと」
鎧の男は取り出したレポーダーを操作しながら記録を終了させた。
彼もヴァッシュ同様、モンスターと契約したファングであった。
男は戦闘を済ませると、ヘルムの下からひょうひょうと話始めた。
「……こんな辺鄙(へんぴ)な所に再開発の余地なんかねーと思うが……ま、俺は儲かればそれでいいがな……なぁ?」
『なら、文句言うな……文句を!!』
「オーライ、オーライ……さ、上はどうだぁ?相棒達のヤツらはぁ?」
『まだだぞ……その上にいる連中の巣が、あの廃屋群に集中している』
サイボーグミノタウロスは、そう言いながら視線先に全銃口を向けた。
「はっ……そーか、そーか!!まだいたなぁ……記録再開っ」
鎧の男は再びレポーダーを起動させると、サイボーグミノタウロスの右腕の手前で、背負っていたロングバレルカノンを準備し、その銃身ユニットにハンドガンを取り付ける。
鎧の男は大型のガトリング砲のようなホールドフォルムで、ロングバレルカノンを構えた。
「これで、地上(こっち)は終いだぁ……撃ち砕こーぜっ」
『無論だ……駆逐する』
鳥のようなモンスター達がうごめく廃屋の巣を、鎧の男とサイボーグミノタウロスが見定める。
その視線先の廃屋の上空では、巣の主達である翼竜・ランフォリンクスに酷似したモンスター、ギャガルーの群れと、グリフォンが戦闘していた。
対するギャガルーは、ギガバット同様に空で行動するモンスターであり、主に廃屋や山間部に巣を作る。
このゴーストタウンがまさにそれとなっていた。
グリフォンには、契約者と思われる金髪の爽やかな印象の少年が股がり、左右の横腹側面には銃火器が装備されている。
その時、地上で砲撃爆発が巻き起こるのを上空から彼らは確認した。
「下は派手にやってるみたいだな~……」
「ギギャガァアアアア!!」
「うお!?」
『ふん!!』
叫び声を上げながら襲いかかるギャガルーをモノともせずに躱し、グリフォンは鋭利な前足のツメで引き裂く。
羽ばたかせる翼が、グリフォンを俊敏な動きを与え、躍動させる。
「ふゅー……スリリングー!!こっちも反撃すっぜ!!」
『あぁ……雑魚は一掃させてもらう!!』
グリフォンはドンと瞬発的に加速をかけて1体のギャガルーをツメで引き裂く。
その攻めを皮切りに、グリフォンは次々と機敏に取り付くように攻め仕留め、ギャガルー達を墜としていく。
「へっへへ!!速さで俺達に挑むなよなぁー!!」
『全くだ!!身の程を知らないな……こいつら……おっと!!』
キバを剥き出しに襲いかかるギャガルーの攻撃をヒラリとグリフォンは躱してみせ、羽ばたきながら旋回。
そして、更なる加速を開始して攻め混み、ギャガルーを斬り裂く。
「フュー!!俺も攻める!!食らいなぁ!!」
グリフォンに股がる少年は、グリフォンの首に装備されたバイクのハンドル状のグリップを握りしめニヤケた。
少年が、グリップのガンスイッチを押すと、グリフォンに装備された左右の銃火器より空圧弾がレールガンのごとく発射された。
二体のギャガルーに貫通し、見事に撃ち落とす。
グリフォンと少年は、夜明けの空を駆け抜けながらそのリズムを維持し、ギャガルーを次々と撃ち落とす。
そして、最後の一体に向かいながら加速を更にかける。
『これでフィニッシュだな……!!』
「キメるぜ!!」
少年が狙いを定めた空圧弾が、ギャガルーの両翼を破砕させる。
そして、グリフォンのクロー攻撃が、ギャガルーとすれ違う瞬間に与えられた。
ニヤケる少年と誇り高き自信の表情をしたグリフォンが、風を撃ち飛ばすように駆け抜けた。
少年とグリフォンは、そのまま旋回しながら地上目刺し降下していく。
そして、先程の男とサイボーグミノタウロスの元に翼をはためかせながら降り立った。
「にひひ!!片付け完了!!」
『次の依頼の方が楽しみだ』
「オーライ!!そんじゃあ、引き上げるかぁ!!朝飯だ、朝飯!!」
戦闘を済ませた彼らが見据える空は、夜明けのグラデーションが広がっていた。
…
蒼とオレンジのグラデーションの空が東の空に一面に広がる。
その中でラグナデッタはゆっくりと翼をはためかせ、悠々と飛行していた。
その背には、シートに座るヴァッシュに巻き付きながら彼の肩にしがみつくフィレナの姿があった。
上半身裸であった彼女には、ラグナデッタが背負っていたアイテムボックスから出したシーツが巻かれていた。
フィレナは、うつむきながらヴァッシュに肩をかける恥ずかしさと、遥か上空にいる恐怖に身を委ねる。
幸いにも、フィレナ自身のラミアの下半身がしっかりと体をホールドしてくれており、落ちることはまずない。
それでも、初めて味わう雲の上の世界に体が本能的に固まらせる。
ヴァッシュもまた、この状況にかつて姉のフィリーに甘えていた懐かしさと、今まで感じたことのない居心地の良さを感じていた。
上空に吹く風になびくフィレナの髪に時折見とれがちになる。
ヴァッシュは、互いの緊張をほぐす為、声を張って爽やかに言葉を放った。
「恐いかー?!やっぱ!!」
突然のヴァッシュの語りかけに驚いたフィレナは、慌てるように答えた。
「え!?あ、はい!!こんな高い所……あたし、生まれて初めてだから……!!」
「ま、そりゃそーだ!!フツーに生活してりゃぁ、まず来ない世界だからな!!やっぱ、街でシート探してからの方がよかったか?ゴメンな!!早まっちまって……」
「いえ、いいんです!!あたしも早くあの街から出たかったから……」
ラサレニアは、フィレナにとって日常を送っていた街であり、今に至った忌まわしい記憶の場所だ。
ヴァッシュも、一刻も早く彼女をラサレニアの街から離れさせたいが為に、行動して今に至ったのだ。
すると、フィレナはまたうつ向き気味になり、話し始める。
「あたしは……天涯孤独で、ずっと街の施設で育ちました。物心ついた時からついこの前まで学校行って……バイトして……ラサレニアの学生だった……」
フィレナは、飛行するラグナデッタの背で、これまでの事をヴァッシュに話しはじめた。
今の状況は勿論、これまでの出会ったどの男性よりも信頼ができる男性と本能的に感じた事の現れだった。
「そのバイト先の常連客が……ゼウサーさんだった……一目惚れだった……あたしは彼に告白して……」
ヴァッシュは、再び切ない過去に退行してしまいそうなフィレナを、引き止めるように言葉で制止させる。
「言うな!!それ以上言わなくてイイ!!」
「!!」
「忌まわしい過去に自分からいっちゃぁダメだ。直ぐに忘れるのは無理かもしれない。だが、もう君は新しい道にこうして向かってるんだ……」
ヴァッシュは、虚空の夜明け空を見据えながら言い聞かせるように言った。
「過去はいいんだ。目の前を向いてごらん」
フィレナは進み行く方向の夜明け空を見てみる。
幾つもの雲が眼下から過ぎていき、変わりゆく夜明け空が広がって近づく。
体が吸い込まれるような、不思議な感覚を覚え、無心に見つめ続けた。
「事ってやつは、時間てやつは、今ある景色のようにどんどん過ぎていく。それと同じように忌まわしい過去を背負わされた分、前に進むのさ……それに……あの空も見てごらん……」
ヴァッシュは、右側に広がる夜明けのグラデーションを見ながらフィレナに諭すように言うと、フィレナも夜明けのグラデーションへと目を向けた。
「綺麗……」
フィレナは横一面に広がる蒼とオレンジの美しき空の色に見とれるように呟く。
これもまた初めて見る絶景であった。
「綺麗な夜明けだろ?今の君はあの景色と同じさ」
「え!?それはどういう意味ですか……?」
「一番深い闇は、夜明け前にやってくる……そして今、君は夜明けに立っている。そういうことさ……」
フィレナの瞳にはその夜明けの光景が反射して映る。
昨晩までの地獄と、そこから脱出できた今を比較した彼女の感覚は自然とその瞳から涙を流させた。
このやり取りにラグナデッタは、全く口出しをせずに呟きに替えて進む。
『ふん……色気づきやがって……』
やがて、彼らが進むその方向には、一隻の飛空挺が姿を見せた。
「あれが俺達の移動拠点、フランベルジュさ」
ラグナデッタの進行方向に見える飛空挺・フランベルジュのざっくりした印象は、ひっくり返したボートの後部に箱を取り付け、その左右にタルをくっつけたようなシンプルな構造の飛空挺だ。
クラスは飛空挺では小型だが、ラグナデッタが降り立つ指定席的な甲板も設けられており、翼を広げても舟の横幅面積に収まる広さになっている。
『見えてきたな……着艦するぞ』
「オーライ!!」
『空のデートお疲れさんだな……』
「あぁ!?な、何言ってやがる!!話拡大すんな!!」
「デート……くすっ」
着艦間際、ヴァッシュとラグナデッタのやり取りにフィレナは小さく吹き出し、笑みを見せた。
そのしぐさにヴァッシュは、思わず釘付けとなった。
さっきまで悲観的な表情から一転した笑みのギャップがそうさせた。
「……笑った……ははっ!!イイ笑みだ!!」
「え!?あ、その……」
ヴァッシュのストレートな言葉に、フィレナはまた顔を赤くした。
甲板へ降り立つと、はためくラグナデッタの翼の風圧が風を大きく吹く。
「さ、到着!!ラグナデッタ!!暫く移動したら近くの街のギルドへ行く。それまで羽休めしていてくれ!!」
『言われずともそうさせてもらう……』
ヴァッシュはフィレナの手をとり、ゆっくりとラグナデッタの背から甲板へ案内すると、早速フランベルジュの中へと案内する。
「新たな居場所へようこそ!それでは早速ご案内いたします、お嬢様……なんてな!」
「………くすっ、ふふふ、そんな、お嬢様だなんて!」
冗談混じりに言うヴァッシュの言動と戦闘時のヴァッシュのギャップに可笑しさを感じたフィレナは、更に笑みを見せた。
ヴァッシュは、指差ししながらそのしぐさを誉めて見せる。
「そうだ!!その笑み、大事!!やっぱ女性は笑みが一番だ!!」
「ふふふっ、なんだか戦ってる時と全然イメージが違う!」
「そうかい?」
ヴァッシュは、フィレナを少しでも和ませるように振る舞いながら、甲板から繋がる入り口の扉を開いて、ヴァッシュは廊下通路を進む。
フィレナは船内の様子を見ながら、ヴァッシュの後を付いていく。
「空いている部屋はいくらでもある。ま、使っちゃいないから少し掃除する必要あるけどな……とりあえず、船内には俺以外のクルーがいるからな。挨拶兼ねて紹介してやんよ」
「あ、あの、でも本当にいいんですか!?あたしなんかが……」
「なーに言ってんのさ!いいに決まってる!!素直に喜んでくれていいんだ。遠慮はいらない!!」
押して押しまくるヴァッシュのレディーサービス精神に、フィレナは半ば良い意味で困り気味にもなっていた。
だが、ヴァッシュの姿勢とその背を見つめながら、フィレナはヴァッシュの振る舞いを受け入れ、上目遣いで礼を溢す。
つい夕べまでの事と今を比べると、あからさまに天と地の状況変化に戸惑いを感じていたが、フィレナの本心は嬉しさに満たされていた。
「っ……あ、ありがとう……ございます!」
ヴァッシュは、それにサムズアップで答えてみせた。
そして、フランベルジュのブリッジに辿り着くと、ヴァッシュは自動ドアを割って入りながら帰還報告的に言葉を放つ。
「ヴァッシュ・リグラント、ただいま帰還っ」
フランベルジュのブリッジは、180°に広がる強化ガラスの向こうに広大な景観が望め、操縦席のシートが中央に一つ、オペレーター席がその左右に二つ、出入り口側に予備席が三つというレイアウトだ。
その席には、獣人族・ワーウルフの男と、メガネをかけた中年の凛々しい雰囲気の男が座していた。
「よー、ヴァッシュ!!ようやく戻ったか……ってお前……お持ち帰りしてどーすんだ?!」
ワーウルフの男は、ヴァッシュに振り向くなり、一緒にいるフィレナを見て驚きの様子を見せる。
もう一方の中年の男は、腕組みしながらニヤっと笑いながら言った。
「色気づいたなぁ、ヴァッシュ!!依頼放棄してエスケープかぁ!?」
ヴァッシュはふっと手を上げながら冗談混じりに答える。
「ま、ある意味正解だ。かなり複雑な事情もあって、ラミアの姫君をこの舟にご招待した!!これからフランベルジュクルーとしてよろしく頼むぜ!!おやっさん!!ガロイア!!」
おやっさんと呼ばれた男は、タバコに火を付けて一服すると、快くフィレナを歓迎した。
「……ふぅ……この舟も華が欲しかったからな……無論歓迎だ!!俺はジェシー・バスティル。この舟の所有者兼管制ナビ担当している。よろしくな、ラミアのお嬢さん!!」
「あ、はい!よろしくお願いしますっ……あたしはフィレナって言います」
「俺はぁ、ガロイア!!この舟の操舵と砲術担当兼、ファングをやっている!!よろしくフィレナちゃん!!」
「はいっ、よろしくお願いしますっ」
軽く自己紹介を終えるやいなや、ガロイアはヴァッシュに本来の依頼内容を聞いた。
「確かに!!おやっさんの言う通り、華があると違うな!!そんでー……ヴァッシュ!!じゃあ、お前は依頼人裏切ったのか!?」
すると、ヴァッシュはよくぞ聞いてくれたとばかりに二人に指を指した。
「ガロイア、それだ。それがだ。依頼の事態が二転三転しやがってな……指名手配モンスターのジレスティアとそいつの契約者、リゼロが依頼人と裏で糸遊びしてやがった」
「おいおい、マジかぁ!?」
「あぁ、マジだ。あげくに依頼人はジレスティアが出した召喚モンスターにやられちまった……もう既に情報メディアじゃ、てんてこ舞いだろう」
それを聞いたジェシーは、タバコを加えたままサイドパネルの魔導データベースを開き、メディア情報を確認した。
すると、既に各地で大ニュース的に取り上げられていた。
「確かにな……かぁ~……こりゃ、テロだぞ!!テロ!!しかも、ラグナデッタ写ってるな!!別のメディアじゃ、『謎の救世主のドラゴン現る!!人類の味方か!?』なんて記事あるぞ!!」
「救世主……か……俺も少しは師匠に近づけたかな……?でまぁ、そいつらが余りに酷い仕打ちをフィレナにしてくれてたんで、ちょっとお仕置き兼ねてハンティングしといたっ」
そう言いながらヴァッシュはハンティングデータが収まっているレポーダーをガロイアにヒュッと投げ渡した。
ガロイアはそれをキャッチし、見つめながら口笛を吹く。
「フュー♪こまた良い稼ぎができたよーで!」
「あぁ。次の街のファングギルドで換金処理頼むぜ!!」
「俺がか!?お前はどーすんだ?」
「彼女の衣装と他諸々の買い出しに行く。流石に上半身シーツ一枚巻いたままじゃ……女の子としても……なぁ」
「ん……はい……そ、そうですね!ちょっと恥ずかしいし、できれば……」
フィレナは今頃になり、自身の上半身の常態に恥ずかしさを感じ、胸を隠すようなしぐさをして赤くなる。
「しょーがねーな~……ま、俺も依頼取りたいからな!!ついでに換金してきてやるぜ!!」
そう言ったガロイアは、レポーダーを高く上に投げキャッチしてみせた。
流れを把握したジェシーは、早速ファングギルドがある近くの街を検索し始める。
「女の子はファッションが大事だからな!行ってこい、行ってこい!!どの道ギルドに行くから街をちょいと調べてやる……」
暫くマップ情報を閲覧すると、ジェシーは直ぐに近辺のファングギルドを見つけ、迷うことなく出発をあおった。
「………っと……決まりだな!!レバノイアって所が一番近い!!そこに行くぞ。それに飛空挺空港もある!!ラグナデッタも更に羽休めできるな!」
その時、ヴァッシュは思い出したかのように魔導データベースを操作し始めた。
「悪い!!そー言えば俺、次の依頼があったっけな!!」
「フィレナちゃんに夢中で忘れたかぁ!?」
ヴァッシュは、ガロイアにある意味で図星を突かれ、フィレナはえっとなり顔を赤くする。
「あ、あのな!!!えーと………お!!大丈夫だ!!依頼の場所はレバノイア近郊だった!!そのまま行ってくれ!!」
「依頼はどんなだ?」
ジェシーは、タバコを灰皿に押し付けながらヴァッシュに尋ねると、冗談混じりな返答が帰る。
「依頼は、ポークソテーの料理タイム……いっそフィレナに行ってもらおーかな!?」
「ポークソテー!?」
「え!?あたしが……急にそんな……!!で、でもせっかくこうして頂けたので……料理でしたらなんとか……」
ヴァッシュのジョークを真に受けたフィレナは、戸惑いながらもお礼も兼ねて受けようとした。
「おいおい、ヴァッシュ!!フィレナちゃん、真に受けちゃったぞ!!フィレナちゃん、ヴァッシュの比喩的なジョークだ!気にしなくていいから!」
「え!?あ、そうなんですか!?」
「フィレナ、ごめんな!」
「いえ……大丈夫です!!」
「真面目で健気な感じなコだぁ!で……それ、オークのアジトの件だろ!?」
「おやっさん、ご名答!!街を脅かしてるオーク種族の一味さ。地元の警察組織が行っても手に負えないくらい質が悪いらしい……いわば野蛮なマフィア集団だな。俺は本部ごとぶっ潰すつもりだ。ガチで言えばとてもフィレナをつれていける所じゃない!!手にかかれちまったらソッコーで……犯される!!」
オーク種族は基本的に暴力と本能で行動する豚に似た野蛮な亜人種だ。
仮にフィレナが身を投じれば、たちまち強姦されることになるだろう。
「オーク……話では聞くけど……そんなに危険なんですね……なんだか恐いです」
フィレナは話を聞いただけだが、オークの素性から女性特有の恐怖感を感じていた。
「大丈夫だ!!関わらなきゃ絶対ない事だからさ!買い物が済んだらフランベルジュまでおくるよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ヴァッシュは、フィレナへ「二ッ」と笑ってガロイアの肩に手を置いた。
「アジトの規模もそれなりにあるらしい……二人で殴り込むぜ、ガロイア!!」
「あぁ……いーぜ!!そんじゃ、出発するとしますかぁ!!」
ガロイアはノリよくガングリップ式の操舵グリップを片手に、サイド操作パネルを操作し始めた。
航行準備段階に入り、フランベルジュの機関出力が上昇する音がブリッジに響き拡がる。
「魔導ジェネレータ良好!!各部OK!!いっくぜぇ!!」
ガロイアは操舵ハンドルを右に回し、フットペダルを操作しフランベルジュの加速を開始させた。
「きゃ!!」
「おっと!」
加速の衝撃に、未だ不慣れなラミアの下半身にバランスを崩すフィレナ。
ヴァッシュは然り気無く彼女の体を支えた。
「ぁ、ありがとうございます……ごめんなさい、まだこの体の踏ん張りに慣れきってなくてバランスを……」
「その内慣れるさ。焦ることはない」
「そ、そうですね……はい……」
ヴァッシュの行動の一つ、一つがフィレナの心を何だかの形で影響させていく。
フィレナはまたも顔を赤くさせて少し顔をうつ向かせた。
フランベルジュの2基の魔導ジェネレーターが唸り、甲板にラグナデッタを乗せた船体を回頭させて前進させていく。
フィレナは、これまた初めて味わう飛空挺の動きに、吸い込まれるかのような不思議な感覚に見舞われた。
「スゴい……!!」
薄暗い森林から飛空挺の中へ……過去と現在にいる世界観の凄まじいまでのギャップを思い知る瞬間だった。
フランベルジュが完全に航行モードに移行すると、ヴァッシュはフィレナを歩きながらフランベルジュ内を案内し、最終的には彼女に明け渡す部屋へと案内した。
その部屋はカーテンが付いた窓があり、大きなベットにタンス、キャンドルがある机、本棚もある六畳ぐらいのスペースの部屋だった。
「お!!ここが一番まともな部屋だな……結構綺麗だし、特に清掃する必要はないか……よし、好きに使ってくれ!」
「本当にいいんですか!?こんな良い部屋……!!」
「あぁ、いいんだ!言ったろ?遠慮はいらない。じゃ、おれはまたブリッジの方にいってる。何かあったらベットの壁にあるコールで呼んでくれ!」
ヴァッシュはそう言い残し、部屋を去る。
フィレナは呼び止めるタイミングを逃し、少し手をかざして止まる。
「あ…………ふぅ……」
フィレナは緊張を和らげる溜め息をすると、窓辺のベットへと進み、ゆっくりと腰を下ろした。
そして、窓辺の景色に広がる一面の夜明け空を改めて一望する。
今度は安全な飛空挺内のベットの上からである為、リラックスして望める。
鮮やかな空の色はそのままで、下の雲海が流れるように動いていく景観がフィレナを癒した。
「綺麗……」
尻尾を振りながら、口元の表情を和らげるフィレナに朝陽の太陽の光が照らす。
彼女を照らすその光は、彼女が向かう新たな道を祝福しているかのようだった。
しかし、間もないラミア事件が落とした罪意識の闇は消えるわけではない。
「けど……あれだけの命を奪ったあたしが……幸せなんて感じていいわけ……ないよね……いっそオークに殺されたほうが……」
久々の癒しと幸福を感じていたフィレナだったが、その罪意識が再び彼女に押し寄せた。
…
山岳地帯に栄える街、レバノイアに到着したヴァッシュ達は、各々に行動する。
街の南方に建設された空港では、様々な飛空挺が停泊している。
フランベルジュもそこに紛れ停泊しているが、甲板に居座るラグナデッタの珍しさに人だかりができていた。
『やれやれだな……うるせー……』
街のファングギルドでは、ガロイアが受付でヴァッシュのレポーダーの換金と、次の依頼の受付を行っていた。
ファングギルドでは、各地のファング達が同様の目的で集い、指名手配モンスターの確認やファング同士の情報交換、専門アイテムの購入、戦利品の買い取りなどが行われていた。
受付で換金処理を指爪をトントン叩いて待つガロイア。
受付にある魔導機械で、レポーダーのデータが読み込まれる。
「………」
「………」
読み込み作業に数分だが、少しばかり時間を必要とする為、窓口に列が並ぶ。
これはどこのギルドでも見かける光景であった。
「………いっつも思うが……なげーな!!」
「こればっかりはねー……しかし、ラッキーだな!!おたくは!!指名手配モンスターを依頼先で偶然仕留めるとは!!しかも、つい昨晩の巨大グールまで仕留めるとは!!」
ギルドの受付の男も、ジレスティアとの記録を見て絶賛する。
「絶賛されてもな……困る。所で……オークのアジトの件受けてるんだが……」
一方で、フィレナが着る服を買うために、ヴァッシュとフィレナはショッピングモールへ赴いていた。
フィレナはヴァッシュのTシャツを着て久々のショッピングに浸る。
店内にはごく自然にセイレーンや、ハーピー、エルフ、はたまた純粋なラミア族の女性達の姿がある。
フィレナも違和感なく服を手に取り、体に合わせては楽しんでいる様子をみせる。
ヴァッシュはそんな彼女にうっすらと見とれていた。
見とれていると、必ず亡きフィリーの面影がだぶってきてしまう。
「ヴァッシュ……似合う?」
フィリーの当時の声の記憶と、目の前にいるフィレナの声とが重なる。
実際にはヴァッシュをさん付けで言っている。
「あぁ……似合うよ」
「ふふっ!じゃあ……これは!?」
「それも似合うよ……」
「これなんかもいいかな!?どう?ヴァッシュ」
「おう……似合う、似合う!!」
ヴァッシュは、フィリーとフィレナを完全にダブらせてしまっていた。
わかってはいるが、フィリーはフィリー。
フィレナはフィレナ。
二人は似てるだけで完全に別人だ。
フィリーをダブらせてしまっていた意識を振り払いうように、目に止まったワンピースをすすめた。
「あ……これなんかどうだ!?フィレナ!!」
「え!?……えと……」
男性視点と女性視点とでは服の見方も異なる。
フィリーの面影を振り切ろうとする余りに勢いで露出度の高いワンピースをすすめてしまった。
だが、そんな一時もフィレナのショッピングのプロセス内だった。
フィレナは顔を赤くしながら手に取り、ワンピースを体にあててみた。
「いいかも……ふふっ」
恥ずかしがりながらのその呟きと笑みは、ヴァッシュを思わずドキッとさせる。
幾つかの店を回り、続いてラミア専用のスカート専門店に行く。
ラミアの下半身は蛇であるため、必然とスカートが主流となっていた。
チェック柄、ジーンズ柄、水玉柄等を試着してはカーテンを開いてヴァッシュにチェックしてもらう。
その光景は客観的に見ても彼氏と彼女の様子だった。
実際に人と亜人種のカップル達の姿も随所に見受けられ、二人はその中に違和感なく溶け込んでいた。
アクセサリーショップでも同様の雰囲気を自然に出し、フィレナが試着してはヴァッシュがチェックし、あれこれそれとフィレナがまた選ぶ。
更にランジェリーショップコーナーへ来たフィレナは、幾つかのブラやラミア専用のアンダーパンツを試着しては試す。
ちなみにブラはEカップのものを着用していた。
流石にヴァッシュは会ったばかりのフィレナとの初のショッピングで行くわけにはいかず、店の外の腰掛けでタバコを一服する。
そこから二人はショッピングモールを出て、街の公園で一息付けていた。
「久々にショッピングモール歩かせてもらったよ……それに、こういう公園も良いもんだ。たくさん買えてよかったな!」
「はい!!あたしなんかの為にありがとうございます!!昨日の事を思うと本当に……本当に……嘘みたいで……!!」
フィレナの感情は溢れんばかりになった。
昨日の今頃は地獄の淵のような状況に置かれていたのだ。
だが、反面フィレナは、赤ん坊を抱えた家族夫婦とすれ違う度に、内心にあるラミアの罪に苦悩していた。
「けど……あたし……あんなに色々な人達の大切な赤ちゃんを……」
声が震えだし、やがてすすり泣きはじめるフィレナ。
無理もなかった。
すぐに忘れろは不可能な罪だ。
「フィレナ……」
「あたし……本当はこんなことしてていいわけ……ないよ……」
言い聞かせても、諭しても消えない罪にヴァッシュは歯痒くなる。
確かにフィレナを救えた。
だが、心までは救い切れていなかった。
それは最早彼女自身に委ねる以外なかった。
せっかく買った服やアクセサリーにも哀しみがにじんでしまうような空気になる。
ヴァッシュの前で悩めうつむくフィレナに、再びフィリーがダブる。
その瞬間、ヴァッシュも未だに姉・フィリーを救えなかった哀しみ…否、悔しさに囚われ続けていると自覚した。
彼女はつい昨日だ。
ヴァッシュはフィレナの哀しみを汲み、彼女の頭を撫でた。
「今朝、俺は一方的に忘れろと言ってしまったかもしれないが、悲劇の昨日、今日だ。まだ全然間もない……哀しみは……哀しみは時間をかけて消して行けばいいさ。無理することはない……」
「うっ……うぅっ……うっぅ……」
フィリーはヴァッシュの肩にもたれるように泣き続けた。
ヴァッシュは何も言わずただ彼女の頭に手を置いてなだめ続けた。
その後、気を取り直してヴァッシュとフィレナは街のカフェで一息付く。
フィレナが、パフェを一口、二口をゆっくり運びながら食べる中、ヴァッシュは連絡をかけてきたガロイアと通信を取っていた。
「……オークの連中に関してレバノイア側が急遽依頼内容を変更した!?」
「あー。ギルドで得てきた情報だ。何も連中のアジトの規模を考慮し、依頼を再公募。つまり、俺達以外の幾つかのファングと共闘戦線するってこった。その為承った同士でのミーティングをこの後にするんだ」
「共闘戦線ねぇ……ラグナデッタと俺で充分だってのにな……」
「流石に普通のファングギルドから見りゃ、検討し直す規模のアジトだ」
ガロイアが持った資料にある、レバノイア郊外の山岳アジトの見取り図の規模は通常で考えれば、明らかに援軍が欲しい規模だった。
だが、ヴァッシュからすれば自分とラグナデッタで充分な事も確かだ。
「勿論、最もな根幹理由がある……どうやら連中、街の襲撃を予告してきたらしい。目的は街の自分達の利益・欲望なるモノの略奪……無論、亜人種含めた女性も狙われるはず……」
それを聞いていたヴァッシュは、更なる最もな根幹疑問を質問したくなり、ガロイアの言葉を止めた。
「おい、おいおい、ガロイア!!受けといて今更だが、レバノイアは何故そーなる前にアジトをなんとかできなんだ!?」
「先代の街の決まりがそうさせたのさ。種族間和解交流法……一昔前のレバノイアが敷いていた決まりさ。こいつはモンスターと仲良しになりましょうってことで、双方の争いをも禁じていたレバノイア独自の法だ。レバノイア郊外も一応はレバノイアの一部ってことで適応されていたんだ」
「ほー、ほー……で?」
「で……だ。それのせいでファングギルドすら設けられない状態になって、そこに一部のオーク種族の連中が目を付けたのさ。そしていつしかアジトが完成……気づけば警察組織もお手上げ状態になってて、やむを得ず法を廃止。ファングギルドを設け今に至った訳だ……」
「その時に何故手を打たなかった!?」
「連中……どーやらそこいらのファングじゃどーにもならんヤツを飼い慣らしているらしい……これまでにも、ファングが今回のように共闘戦線はって攻め混んだらしいが……どういうわけか……幾度も全滅!!そこでレバノイアのファングギルドは血眼になってコンタクターのファングに呼び掛けたってわけだ……ってこの下りは依頼にもあったろ!?」
「これまでにも~の下りはな!!だが、何を飼い慣らしてるってんだぁ!?」
「知らねーよ……まぁ……コンタクターじゃなきゃ手に負えない何かなのは確かだ!!」
「そっかい……じゃ、またフィレナを送り届けたら合流する……じゃあな……ふぅ……フィレナすまない!!長く話し混んじまった!!」
ヴァッシュは連絡を終わらせるや否や、長らくフィレナを放置したことを手を合わせてオーバーなまでにフィレナに謝る。
「え!?そんな!謝る事なんてないです……えーと……ファング?……のお仕事の事なんですよね?」
だが、フィレナは逆に、何故ヴァッシュがオーバーなまでに謝るのか不思議に思えていた。
むしろその長話でさえカッコ良く見えていた。
「あ、あぁ……今回のな」
ヴァッシュはフィレナの機嫌を長話で悪くしてしまったと思ったのだ。
だが、杞憂だった。
フィレナはパフェを口にしながら、ジレスティアと戦闘していた時の事を思い出す。
身を呈してまで庇うその背中と、圧倒的な気迫と強さで戦う姿勢の背中がずっと彼女の中の印象に刻まれていた。
「でも……本当に強いですよね。ヴァッシュさんは……正直、昨日はどこかであなたに安心を感じてました……」
「え!?そ、そーなのか!?俺としちゃ、そう言ってもらえて嬉しいけど……世の中、俺より強いヤツはいくらでもいる。特に、俺の師匠の男なんてな……!!」
「師匠……ですか?」
「あぁ……その人はデタラメに別格だ。今頃はドラゴンと世界まわってんだろーな……」
「師匠さんも強くてドラゴンに乗ってるんですね……でも……あたしの中では、もうヴァッシュさんが、強さのスタンダードです。本当になんだか……安心するんです。一緒にいるだけで」
フィレナの表情は本当に安心を感じているようであった。
そう言われてしまったヴァッシュは、照れ隠しがてらあわててタバコを一服しようとした。
「あ、ヴァッシュさん!店内は禁煙ですよ」
「っ!?そーかっ、スマン!」
ワキャワキャと、ぎこちない動きでタバコをしまうヴァッシュ。
「っ、ふふふふっ!ヴァッシュさん、なんか変ですよ!ふふふふっ!」
ヴァッシュのギャップのある行動に思わずフィレナは笑った。
ヴァッシュはこの時、先程のネガティブだった彼女とは考えられないものを感じた。
それは十中八九、ラミアの呪いの一件の影響により、精神が不安定になっていることを示唆していた。
それだとしても彼女の笑顔は作り笑いではなく、本当の笑顔である。
「やっぱ……笑ったフィレナが一番いいな……可愛いぜ」
「っ……ヴァッシュさん、そんな……」
「俺の正直、いや、男子の正直な意見さ。学校はなんだかわからんが、きっとモテたろ!?」
「あ、女子学校でしたから……アルケミストの学校です……でも……実は、イジメもうけてて……」
フィレナのイジメの過去も浮上し、再びネガティブな空気が滲み出した。
ヴァッシュは幾度もうなずき、彼女の不遇な過去を噛み締める。
「そーかっ……イジメなんかも受けていたのかっ……ん!?」
その時、店の外が騒がしくなる音や声が聞こえてきた。
それは次第に、序々に大きくなっていく。
店内の外が見える位置にいたフィレナは、その異変にざわめくような違和感を感じた。
「外……何かあったんでしょうか!?みんな、何かから逃げてるみたいです……」
「まさか!?」
ヴァッシュは立ち上がって外で起こる様子を見た。
老若男女の誰もがパニックになり、何かから逃げている様子だった。
ガロイアのくれた情報にあったオークの襲撃と直感したヴァッシュは、今の状況にふさわしい行動選択をさぐる。
人々の様子からして、もう危機はそこまで迫っていた。
ヴァッシュは、直ぐ様席を離れ駆け出す。
「あ!!ヴァッシュさん?!」
フィレナは駆け出すヴァッシュに手を伸ばす。
そんな彼女を振り切ってしまうかのように店長らしき人を掴まえる。
それだけヴァッシュが感じ取っている事態は緊迫していた。
「なぁ!?あんた店長か!?」
「え!?あ、はい!!」
「この店に地下シェルターはあるか!?あるなら今すぐここにいる客達を避難させてくれ!!」
「た、確かに地下シェルターはありますが……いきなりなんですか、あなたは!?」
「俺はファングの者だ!!店内をパニックにさせないために言えん!!早く地下の開放と客の誘導を!!」
店の店長も、外で起こる事態から、ただならぬ状況に置かれている事と判断する。
「わ、わかりました!!直ぐに手配致します!!」
店長は、急いで対応を急ぎ、地下シェルターの方へ走った。
だがその時、店内に多数の悲鳴が響き渡った。
「ガルゥヴァアアアア!!」
醜悪な表情のオークの群れが、唸りながら濁流のごとく店内に押し寄せたのだ。
「な?!ごがぁっ!?」
驚愕した店長は、側面から来たオークに殴られ、壁に打ちつけられてしまった。
「がぁっ!?」
「ぐっふぉっ??」
「ぅうぎっ……!?」
訳もわからず男性の客や店員はいきなり殴打・打撃攻撃をされ、重軽症を受ける。
若い女性客や店員は逃げ惑い、捕まった者は片っ端から担ぎ上げられ、拉致される。
「きゃあああ!!ああああぁっ!!」
先程まで幸せの団らんをしていた空間が、一瞬にして惨劇と悲劇の地獄絵図と化す。
被害を免れている客達は店内の奥へと逃げ出す。
中には外へ逃げ出す者もいたが、直ぐにオークの攻撃を受けて負傷する。
「………っっ!?」
初めて遭遇したオークの醜悪な表情と質(たち)の悪さに、フィレナの心のざわめきは、一気に恐怖へ変貌した。
フィレナは恐怖の余り、硬直と共に絶句して立ち尽くしていた。
「くそっ……!!」
歯軋りしたヴァッシュは、その場でフェイタル・ウィング無しのままアームズ・フレイムを発動させた。
紅いオーラがヴァッシュの拳に宿り、迫ったオークの攻撃を素早い裏拳で弾き、即座に1・2パンチを叩き込む。
そして、瞬時に鉄の棒を突き付けたかのような蹴りをそのオークに炸裂させた。
「ゴォボハ!?」
吹っ飛ばされたオークの巨躯は、他のオーク達にぶち当たって次々と横転させる。
ヴァッシュの両足にもアームズ・フレイムの効果が宿っていた。
オークに対し、人が肉弾戦に不利であるにも関わらず、ヴァッシュはそれをためらいなくこなしてみせる。
人がオークに対抗するには何らかの武器で対抗するのが一般的である。
ヴァッシュの場合、独自にアームズ・フレイムを昇華させ、自身にも魔力を宿す魔法技を身に付けていた。
ヴァッシュの攻撃に業を煮やしたオーク達が次々と棍棒やアックス、ハンマーを持って襲いかかる。
だが、ヴァッシュはその攻撃を完全に見切って躱し続け、自分のペースの流れにハメるように誘導する。
その間にヴァッシュはフィレナに視線を送る。
立ち尽くしていた彼女はいつ、どのタイミングで襲われても不思議ではなかった。
次のタイミングで、ヴァッシュはオークの顔面に拳を叩き込んでダウンさせ、迫り来る彼らにカウンターの拳や蹴りを流れるように次々と叩き込んでぶっ飛ばしてみせる。
背後からの攻撃も、完全に見切って裏拳を食らわし、蹴りでぶっ飛ばす。
「フィレナ!!」
ヴァッシュはフィレナに駆け寄るが、涌き出るようにオーク達が押し寄せる。
「ちぃ……!!邪魔すんなぁああ!!」
怒りを籠めた魔力を拳に集中させ、目の前に来たオークの腹に思い切り打ち込んだ。
「焼き豚は好きかぁあっっ!?バーン・ブレイクッッ!!」
ヴァッシュがそう叫んだ直後、拳に宿った魔力が一気に爆発し、拳を打ち込んだオークはもちろんの事、 押し寄せたオーク達も一気に爆殺した。
素手の時の魔力による必殺技・バーン・ブレイク。
オーラ・フレイムの「攻」を応用した爆殺技であり、まともに食らえば確実に死ねる技だ。
流石のオーク達も勝ち目がない相手と判断し、撤退を始めた。
「フィレナァ!!」
爆煙をかきわけ、フィレナ許に駆け寄った。
だが、そこにはフィレナはいなかった。
「しまった……フィレナも巻き込んじまったのか!?フィレナ!!」
吹っ飛ばされたオーク達や店内の端から端までを見回す。
しかし、それでもフィレナの姿はなかった。
ヴァッシュは直ぐに店の外へ飛び出してオーク達が来た方向を見た。
既に、街は至るところでオークの暴走を許していた。
多重になった悲鳴と唸り声が街に響き渡る。
「フィレナ!?くそがっ!!」
ヴァッシュの視線には三体で放心状態のフィレナを拉致するオーク達が目に入った。
だが、暴動のごとく押し寄せるオーク達により、その姿が埋もれてしまう。
更にまた次のオークの群れが押し寄せる。
「………っっ!!」
自らの不甲斐なさを恨んだヴァッシュは、オーク達へ突っ込み、跳躍。
彼らの頭上を踏みつけるかのようにダッシュしてフィレナを追いかける。
だが、一体のオークがヴァッシュの脚を掴まえ、引きずり下ろした。
「くっ?!っ……ぐあっ!!」
ヴァッシュは街のアスファルトに叩き付けられ、全身にダメージを受ける不覚をとってしまった。
オーク達は容赦なくヴァッシュをもみくしゃにして襲いかかる。
「ぐぉああああっっ……!?」
流石のヴァッシュもこの戦闘体勢を崩された状況の多勢に無勢には成す術がない。
だがその時、オークを斬り裂きながら突っ込む者がいた。
「ブルガァッ!?」
「グブルゥ!?」
斬り裂く音共に、血飛沫を撒き散らしながらオーク達を次々に斃していく。
それはガロイアだった。
ガロイアの両腕には、ブレード並みの長さの鋭利な三本のクローユニットが装備されていた。
クライス・レイザー。
ガロイアが攻撃時に装備する、斬撃武装だ。
甲にはシールドも装備されており、攻守一体のを実現させ、無論の事ながら魔力も宿している。
「まさかっ……連中にっ……先手取られるなんてなぁっ!!斬り裂きまくるぜぇっ!!」
ガロイアは端から抉るようにしてオークの群れに突っ込み、凄まじき斬撃で無双乱舞する。
ガロイアの迅速な攻撃スピードに伴い、その攻撃力も上昇する。
「ヴァッシュ……お前が……ヘマなんて……らしく……ねぇ……ぜっとぉっっ!!」
近づきつあるヴァッシュに語りかけるように、ガロイアは斬撃の度に一言区切り言いながら斬り裂いて蹴散らす。
元々が狼の亜人種である故に、人離れした動きと速さの斬撃は脅威に達する。
連続フック・アッパーの軌道の斬撃で、ヴァッシュを攻撃していたオーク達をぶっ飛ばすと、倒れたヴァッシュの所にクライス・レイザーを構えて立った。
「寝てんなよ、ヴァッシュ!!」
「……バカ野郎……こっちはガチで死にかけたんだ……!!」
多勢無勢によりヴァッシュは、かなりの傷を負っていたが、オーラ・フレイムで物理攻撃を少しでも軽減させる方向に振っていた。
ヴァッシュはオーク達を睨み潰しながら立ち上がり、改めてアームズ・フレイムを発動させる。
「らしくねーな!!行けるのかぁ?怪我人!!」
「当たり前だぁ……ラミアの姫君を拉致られたからには……寝てもらんねーさ!!」
「………そんじゃ……改めて斬りますか!!」
「あぁ……焼き豚の大盤振る舞いだ」
ヴァッシュとガロイアは、不敵な表情で拳とクライス・レイザーをオーク達に構え向けた。
一方のフィレナは、無抵抗なまでに身を拉致され、逆流するようにオーク達に運ばれていた。
ラミアの呪いの件に次ぐ大いなる罪悪。
更にそれに次ぐオークによる拉致。
度重なる絶望の連続に、崩壊寸前のフィレナは、哀しき呟きを漏らした。
「これが……罪の答えなら……あたしは……」
その頃、離れた位置から暴動的襲撃を目の当たりにする者達が姿を見せていた。
「やれやれ……先手打たれたな!!こっちはミーティング前ってのによ!!」
「本当、欲望のままの連中だぜっ!!」
それはパレスドにいた鎧の男と金髪の少年だった。
そして彼らの背後にサイボーグミノタウロスとグリフォンも雄々しく姿を見せる。
鎧の男は魔導ハンドガンを、金髪の少年はスプーントーネランスを振り回して構えた。
「さて……行こうかぁ!?」
「ニヒヒ!!あいよっ!!」
続く
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