だから僕は魔女を娶った

春野こもも

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第二章

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 母と暮らしていた小さな家には小さな庭があった。
その庭には何の種類か分からない広葉樹と、その枝に吊るされたブランコがあった。多分前の住人が置いて行ったものだった。

 レオンハルトはそのブランコで遊ぶのが好きで、よく母にせがんではブランコを押してもらった。
 よく晴れた日に、母とその樹の下でピクニックをするのが好きだった。母の作るサンドイッチはハムとチーズのシンプルなものだったけれど、レオンハルトの一番の好物だった。

『お母様、ブランコ押して!』

 背中に母の手が触れて、ブランコが前に揺れる。後ろまで戻ると、また母の手に押されてブランコが前へと動く。レオンハルトは楽しくてキャハハと笑い声を上げた。

『お母様、たのしいね』

 母の返事はない。
 レオンハルトは不思議に思って、ブランコに揺られながら首だけで振り向いた。

『お母様……?』

 さっきまでレオンハルトの背中を押していたはずの花の姿はどこにもなかった。
 ブランコの揺れがだんだん小さくなっていく。ブランコが完全に止まると、レオンハルトはブランコから降りて、母を探し始めた。
 お母様、どこに行ってしまったの?

『お母様! お母様どこ? どこにいるの?!』

 やみくもに走り続けた。家から離れて人気のない小さな森へと入っていく。
 お母様と呼びながら必死に走っていると、目の前に母の背中が現れた。

『お母様!』

 レオンハルトが叫ぶと、母が振り返ってこう言った。

 レオン、こっちに来てはダメ――。

「お母様!」

 パチッと目を開けたその先にあったのは、もうすっかり見慣れた自室の天井の白だった。

 ドクドクと心臓が嫌な音を立てている。
 なんだ? 今の夢は……。

 レオンハルトは目を覚ましてからも、夢見の悪さに起き上がれずにいた。 
 身じろぐと、寝着が汗でぐっしょりと湿っているのを感じた。よほどうなされていたらしい。
 もう何年も母の夢など見ていなかったのに、今になって一体どうして……。

――――――――

 朝食の席に着くなり、ルーナが「あら」と零す。

「レオン、顔色が悪くてよ? 体調が優れないの?」
「いや、大丈夫です……」
「そう……?」

 母の夢を見たのはこの間、ルーナに母親の話をしたせいだろう。
 あれからルーナは、数日の間少し元気がなさそうだったが、この頃ようやく元の明るさを取り戻しつつあるように見える。

「そういえばこの前の花祭りで、花の種や苗を買ったでしょう?」
「買ってましたね」
「暖かくなってきたし、庭にあれらを植えてもいいかしら?」
「もちろんいいですよ。君の好きにしてください」
「本当? じゃあ、じゃあ……ついでに、庭を色々といじってもいい?」

 キラキラと瞳を輝かせて、ルーナがレオンハルトを見つめる。

「いじるとは……どのくらい?」
「えーっと、花や木を植えたり、噴水を作ったり……?」
「噴水……?」

 いじるの範疇を超えているような気がするが、そういえばルーナの実家に行った時、庭の立派さに驚いた。ガーデニングが好きなんだろうか?

「いいですよ。自由にしてください」
「ありがとう! レオン!」

 ぱぁとルーナの顔が輝いた。まぁ、屋敷のインテリアや庭の管理をするのは元々妻の仕事だし、ルーナがやりたいと言っているのならレオンハルトとしては何も言うことはない。

「嬉しいわ! ずっとお庭を素敵にしたいと思っていたのよ! 裏にとても立派な樫の木があるのよ! ご存知? 私、もう少し暖かくなったらあそこでピクニックをしたいわ!」

 水を得た魚のようにルーナは目をキラキラと輝かせてペラペラ口を動かした。
 花祭り以来元気がなかったルーナが生き生きとしている姿を見れて、レオンハルトはふっと口元を綻ばせた。

「ピクニック、いいですね。いくらでもしてください」

 ちょうど今日夢で見た、幼い頃の思い出が蘇り、ふ……と口元が緩む。

「何を言っているのよ! レオンもするのよ!」
「えっ僕も?」
「私一人なんてつまらないじゃない! ねぇ、お願いよ。私といっしょにピクニックしましょうよ」

 ルーナとピクニック。考えたこともなかった提案に、レオンハルトは少したじろいだ。
 別に僕とピクニックなんかしなくとも、使用人とすればいいだろう。

 しかし、ルーナのキラキラと光る金色の瞳を見つめているうちに、ここ数日元気のなかったルーナの姿が浮かばれてきて、気付けばレオンハルトは首を縦に振っていたのだった。

「やったわ! レオンとピクニックだわ! 嬉しい! 早くお庭を完成させなくちゃ!」

 はしゃぐルーナの姿に、レオンハルトはなんだか気恥ずかしく、それでいて少しむず痒く、けれどちょっぴり嬉しくなったのだった。


――――――――――


 庭の管理を頼むついでと言ってはなんだが、屋敷の内装も任せていいかとルーナに聞くと、ルーナは快諾してくれた。「奥様って感じだわ!」ということらしい。

 妻としての仕事にそんなに意欲的であるのなら、いずれは帳簿の管理も任せていいのかもしれない。
 執事長のメルケンに少しずつルーナに仕事を教えてやってくれと言ったら、メルケンは少しだけ驚いた素振りを見せたが、すぐに承諾した。

 庭に工事が入り、段々と華やかになってきた頃。ある男が突然屋敷を訪ねてきた。
 それはアイレンブルク家の長男、レオンハルトの兄だった。



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