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リュカ王子
しおりを挟む約3年間過ごしたスラムがだんだん遠くなっていく。
窓の外を見ながら、ミリアムは不安になった。
――一体どこに連れて行かれるのだろうか?
隣に座るマリーの手をぎゅうと握ると、マリーもミリアムの手を強く握り返した。きっとマリーも不安に違いない。
「俺が何者なのかと聞いたな」
前から低い声が飛んでくる。
向かいに座る銀髪の高貴そうな男は、ローブを脱いで横に置いた。
正面から男の顔を見て、一瞬ドキリとした。最初も思ったことだが、やはり現実離れした容姿だ。
肌にはシミやムラなく発光しているようだし、鼻は高いのに悪目立ちせずスッと通っている。
髪色と同じ銀色の長いまつ毛に囲まれた目は大きく、それでいて切れ長で、瞳のアイスブルーは吸い込まれてしまいそうな透明度だった。
「俺はヴィラージュ王国のリュカ・サヴォイアだ」
「リュカ・サヴォイア……? ……っは、嘘でしょ」
ミリアムは思わず鼻で笑ってしまった。だって、ありえないのだ。現実味がなくて、ミリアムを揶揄うための嘘だとしか思えなかった。
しかしリュカと名乗った男は気を悪くしたようで眉を顰めた。
「嘘とはなんだ」
「だって、リュカ・サヴォイアって……ヴィラージュ王国の第一王子じゃない」
「そうだが」
「そうだが。じゃないわよ! 今ここで私を揶揄ってどうするの?」
「? 揶揄ってなどいない」
「なんでヴィラージュ王国の第一王子がわざわざ敵国の元王女を探すのよ。それに、王位継承権一位のはずのリュカ王子が国外……しかも敵国に来てるって言うのに、警備が手薄すぎないかしら?」
今はかろうじて馬車の周りを複数の従者達が取り囲んでいるが、それにしたって少ないくらいだ。
しかも、スラムにいる時はこの男は1人で危っかしくブラブラしていた。その結果スリにも合っているし。私にだけど。
ヴィラージュ王国はグリマルディと国土面積を一部隣り合わせているが、その仲は良好とは言えなかった。特にここ10年くらいは緊迫状態が続いている。敵国と言って差し支えなかった。
その敵国の王子が、なぜグリマルディの元王女を「探してた」などと言うのか?
「……せっかく探してもらって残念だけど、私は国家機密だとかは知らないわよ。王女なんて名ばかりでほとんど国内にいなかったもの」
「そんなものはどうでもいい。君を探していたのにはいくつか理由がある。国に着けば分かる」
「……国? 国って……ヴィラージュ王国? まさか私たち、このままヴィラージュ王国に連れて行かれるの?」
「そのまさかだ」
「……っそんな、通れないわよ! 私を連れたままだと!」
ミリアムは未だグリマルディ共和国に行方を探されている身である。国境の警備は厳重であるし、憲兵がミリアムを逃すわけがない。
「あぁ。君には荷台に乗ってもらう。通常であれば荷台も検閲がかかるが、来る時に試したところ、賄賂さえ渡せば問題なかった」
「……腐ってるわね、私の国」
呆れて笑いが溢れる。
今まで締め付けられすぎた反動なんだろうか。それとも、政府が新しくなってまだ浅いせいだろうか。
賄賂が横行しているのは国境警備だけじゃない。これまでにないほど、今、この国の国家権力は汚れていると日頃からミリアムは感じていた。
その後、ミリアム様に荷台に入らせることなどできません! 私が入ります! と言うマリーをそれは意味がないでしょと宥め、ミリアムは国境付近まで馬車が近づいたタイミングで後方に続く荷台へと乗り替えた。
荷台は案外居心地が良く、用意された木箱の中でミリアムは心の中で静かにグリマルディに別れを告げた。
次この箱から出る時、ミリアムはグリマルディから離れていることだろう。……騙されて革命派に売られたりしていなければ。
さようなら。グリマルディ。私の愛した祖国、私を愛さなかった祖国。
いいえ、愛していなかったのは私の方かもしれない。だって10才の頃からは、まともにこの国にいなかった。
王宮にいた頃よりも、スラムで生活していた頃の記憶の方が濃くて鮮明だ。
女将さんとの思い出は最悪になってしまったけれど、スリの先輩や、酒場の常連客、隣近所の住民など、たくさんの国民と触れ合った経験はミリアムにとって楽しいものだった。
楽しかったけれど、時々、この人たちが私の家族を殺したんだと思う自分がいた。憎かった。死んだ王族の悪口を言って盛り上がる住民を見るたびに心が壊れそうになった。
「……だけど、いざ離れると思うと寂しいかも」
さようなら。グリマルディ。憎くて愛しい私の祖国。
*
急に視界が明るくなって、ミリアムは顔を顰め、唸り声を上げた。
「ううぅん……」
「……まさか寝てたのか?」
聞き馴染みのない男の声にハッと飛び起きる。
狭い木箱の側面に額を激突……にはならず、難なく上体を起こすことができた。
「……寝てた。売られてはなさそうね」
「すごい神経だな……」
リュカが呆れたように言った。木箱を開けたのもリュカだ。どうやらもうここから出ていいらしい。
「着いたの?」
「ヴィラージュ側に入ったところだ。これからあと7時間ほどで首都に着く」
「うへぇ……」
腰をバキバキ言わせながら、荷台から降りた。目の前には何の変哲もない木々が広がっている。
「……本当にヴィラージュに来たの? ただの山なんだけど……」
「国境付近などどこもこんなものだろう」
まぁ、そりゃあそうか。ミリアムが納得していると、リュカが言った。
「君は色々海外を飛び回ってはいたが、ヴィラージュには一度も来なかったしな」
「えぇ、そうね。敵国だったからね」
……なんで知ってるんだろう?
そう思った時にはリュカはすでにミリアムに背中を向け馬車へ向かっていて、ミリアムは慌ててその背中を追いかけるのだった。
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