廃された王家の生き残り元王女ですが、敵国の王と偽装結婚して復讐することにしました。

春野こもも

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偽装結婚

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 無理だ。やっぱりどうしても、リュカと結婚することはできない。
 
「……申し訳ないけど、やっぱりあなたとは結婚できないわ」
「なぜだ? 恋人がいたか?」
「いいえ。そういう問題でなくて……正直あなたの申し出はとても魅力的よ。けど私、どうしても無理なの」
「何が無理なんだ? せめて理由を教えてくれないか」

 ミリアムは悩んだ。非常に言いづらい、繊細な理由である。しかし、リュカは真剣だ。ここは誠意には誠意で返すべきだろう。
 覚悟を決めて、ミリアムは勢いよく顔を上げた。
 
「私……異性との……その、性的な接触がどうしてもダメなの。あなただからダメというんじゃなくて……」
「なるほど……男性恐怖症のようなものか?」
「平たく言えばそうかもしれないわね」

 男性恐怖症、とはまた違う気もするが、リュカにはその方が分かりやすいだろうと、あえて詳しく説明することは省いた。
 するとリュカははっと何かに気付いたような顔をしてから、ミリアムに「すまなかった」と謝った。

「え?」
「馬車という狭い空間で、俺と長時間同乗するのは苦痛だったことだろう。配慮が足りなかった」
「いえ……それは、全然……。だってあなたの周りの馬車は、一番護衛がついていたし……その為に私とマリーを同乗させたのでしょう?」
「それはそうだが……」

 きっと優しい人なんだろうな、とミリアムは思った。
 美丈夫で、第一王子で、優しくて気遣いもできて……わざわざミリアムを選ばなくても、正妻どころか側妃の立候補も後を絶たないだろうに。

「男性はあまり得意じゃないけど、あなたは平気みたい。馬車でも不快な思いをしなかったし。だけど、結婚はごめんなさい」

 普通に接するのと、夫婦として接するのは訳が違う。同じ馬車の車内で長時間過ごすことができても、同じベッドで過ごすことはできないのだ。

 リュカは腕を組んで、片手を口元に当てながらなにやら考え込んでいた。時間にして数十秒が経った時、急に顔を上げて、なにやら真剣なまなざしでミリアムをじぃっと見た。今度はなんだろう?

「偽装結婚ならどうだ?」
「……なに?」
「君には夫婦生活を求めない。公の場で以外での接近も控えよう。それならどうだ?」

 ミリアムは思わず耳を疑い、眉を寄せてリュカを見つめたが、リュカは冗談を言っている風には見えない。というか、ここで冗談なんか言うような人ではなさそうだ。
 では、本気でそう言ってると……? ミリアムの眉間の皺はますます深くなった。
 
「何言ってるのよ……夫婦生活は求めないって、じゃあ子供は? いつまでも子供ができないんじゃあなたが困るんじゃないの?」
「子が成せなくても王位継承者なら他にもいる。それかもし、君がこの結婚が嫌になったらそのとき、離婚事由に不妊を挙げさせてもらうのはどうだろうか。君には悪い評判がついてしまうかもしれないが……」 
「そんなの私はどうでもいいけど……」

 そもそもこの先、王族でなくなった自分は結婚なんてしないと思っていた。したくもないとすら。もし仮に悪い評判が流れたとて、再婚をする気はさらさらないのだから関係ない。
 
「戴冠式と、それから……あまりに離婚の時期が早いと外聞が悪いから、せめて2年。2年だけ俺の妻でいてくれないか」

 聞きながら、ミリアムは心底驚いた。
 まさかそんなミリアムに都合のいい条件ばかりを出してまで、結婚を求められるとは思いもよらなかったからだ。

 もしかして、リュカには時間がないのではないか。しかしいくら今から他の姫を探す手間が惜しいからと言って、偽装結婚だなんて……。
 だがリュカの提示した条件は、ミリアムにとっては願ってもないようなものだ。

 身の安全は保障され、衣食住すべてが最高級のものを用意されることが決定しているようなもの。
 そして、ミリアムは次期王妃となる未来が約束されている。つまり国内有数の権力を持ち、他国の王族や権力者との接触できるということ。

 だけど、いいのだろうか。こんな簡単に、リュカの手を取ってしまっても。
 偽装結婚なんて国民全員を欺くようなことをして、本当に大丈夫なのだろうか。

 しかし、喉から手が出るほど欲しいものが目の前に差し出されている。その力さえあれば、あの男へ近づくことができる。復讐への道が開かれる。復讐することができれば、私はもう死んだっていい――。

 そう思った瞬間、頭によぎったのは殺された父と母、そして姉の生前の元気な姿だった。ミリアムはあの3人がどうやって死んだかを知らない。どんな顔をして、どういう思いで死んでいったかを知らない。今、どこで眠っているのかも分からない。

 ――そうだ。もうすでに私って裏切者だったんだった。
 今更他人の国の国民を欺くことを気にかけるなんてらしくない。大罪人のミリアム。裏切者の王女。散々そう言われてきたじゃない。
 
「するわ。あなたと結婚する」
 
 ミリアムは裏切る覚悟を決めた。欺くには、この国の国民だけじゃない。救いの手を差し伸べてくれたリュカすら裏切ろうとしている。

「……よかった。ありがとう」

 それなのに、リュカは安心したように表情を柔らかくして、ほっと息をつく。
 
 口元を綻ばせる目の前の美丈夫を見て、心が痛まないわけじゃない。けれど、ミリアムは心の痛みに慣れ過ぎていた。今更痛みのせいで歩みを止めるほど、新鮮に痛みを感じることができなくなっていたのだ。

 ミリアムは手を差し出した。リュカは少し迷った素振りを見せてから、そっとミリアムの手を握った。

 リュカはミリアムが男性恐怖症だと思っているから、気を使っているのだろう。
 スラム街で財布をスったときもだが、この人はやはり世間知らずのお坊ちゃんで、優しすぎる。

 3年前、ミリアムもこうだった。
 あのままずっと、世間知らずのまま生きていけるんだったらよかったのに。
 
 


 
 
 
 
 
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