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第2章 古き魔術と真夏の夜蝶
78.活動拠点
しおりを挟む一通りの挨拶を済ませると、私たちは早速、ロランディア村の図書館へと案内された。
村のはずれ、森との境にある石造りの教会のような見た目をした図書館は、この村の中では一番大きな建物なのだという。
きらきらとステンドグラスが輝くその建物は、外壁に苔がこびりついているものの、敷地内もしっかりと手入れされているようで、小さな薬草畑も見られる。
「うわ、すごい……昔のままだね」
正面から図書館を見上げた焔さんが、感嘆の声を上げる。
ここまで案内してきてくれた長老の息子だという男性は、嬉しそうにはにかんだ。
「大賢者様にそう言って頂けて、レグルもきっと喜びますよ」
「レグル……ああ、ここの館長だったかな?」
「はい。こんな立派な図書館ですが、なにぶん小さな村ですから。館長をしているレグルと、司書のレディ・オリビアの2人で管理してくれてるんです」
村長の息子と焔さんの会話をなんとなしに聞きながら、私はライオット王子と一緒に図書館を見上げていた。
ぱっと見、2階建て……なのだろうか。
窓にはまっているガラスは全て磨りガラスのように中が見えづらい加工がされている上に、落ち着いた赤い色のカーテンが掛けられているようだ。
古い教会のような、荘厳な雰囲気があるけれど、同時にどこか寂しいような気もするのは何故なのだろう。
元の世界の、2階建ての住宅でいうと優に3,4軒分はありそうな大きさのその図書館は、どちらかというと欧州でよくある修道院のような印象だった。
深い森を背後に佇むその図書館は、その敷地もなかなかに広そうだ。
「こんな辺境にある小さな村の図書館なんて、どんなものかと思っていたが……中々立派なものだな」
隣で同じように図書館を眺めていたライオット王子がぽつりと零した言葉に、ゆっくりと頷く。
「そうですね……すごく大きいし、なんだかちょっと……寂しいような……」
「リブラリカに比べたら、利用者も規模も全然違うだろうからそう思うのかもしれないな。……それにしても、なんだ……?」
「殿下?どうかされました?」
急に、ライオット王子はぶるりと身震いすると、自身の二の腕をさするようにしてきょろきょろと辺りを見回した。
「ああ、いや……気のせい、か?ちょっとここら辺だけ、肌寒いような気がして……」
「肌寒い……ですか?風邪ですかね……」
今のオルフィードは夏の最中。
この村だって、半袖でいても暑いと感じるくらいには気温が高いはずなのだけど。
彼は何度か首を傾げた後に、うん、と頷いた。
「うーん、気のせいかな。もう大丈夫だ」
「本当ですか?お疲れでしょうし、無理はなさらないでくださいね。体調が悪い時はすぐ言ってください」
「ありがとう。リリーは優しいな」
ふわ、と本当に嬉しそうな表情になったライオット王子が、こちらに手を伸ばしてくる。
髪にでも触ろうとしたのだろうか……しかしその手は、横合いから伸びてきた焔さんの手にべしっとはたき落とされていた。
「はい、却下」
「なんっでだよ!」
「なんでもだよ。……さ、リリー行くよ」
いつの間にか傍にきていたらしい焔さんは、しれっとそう言うと私の腰に手を当て、図書館の方へと連れて行こうとする。
後ろからぷりぷりしながらも王子が着いてきているのを確認しながら、私はアルトと一緒に溜息を吐いた。
どうしてこう、焔さんと王子は……。
くす、という笑い声にふと顔を上げると、先ほどまで閉まったままだった図書館の入り口がいつの間にか開いていて、落ち着いた雰囲気の長身の青年が笑いを堪えるようにして立っていた。
「仲が宜しいようで、羨ましいですね」
柔らかな声でそう言った青年は、焔さんと同じくらいの身長で、全身黒い、まるで神父のような服を着ていた。
まっすぐの栗色の髪をうなじの辺りでひとつに束ねていて、印象的な銀色のモノクルの奥に緑色の瞳が覗いている。
さっきの村長の息子とは違うし、ここの図書館の司書だろうか。
青年の近くで足を止めると、彼はこちらに深く頭を下げた。
「改めまして、この様な辺境の図書館まで、ようこそいらっしゃいました。大賢者イグニス様、秘書様、ライオット王子殿下。私は、このロランディア村図書館の館長を務めております、リヒトー・レグルと申します。以後お見知りおきを」
「訪問を許可してくれて感謝するよ、レグル。これから世話になる」
焔さんの返答に続いて、ライオット王子が鷹揚に頷いた。
「国王に代わり、此度の訪問要請の受け入れ感謝する、レグル殿。しばらくの間騒がせるが、調査への協力よろしく頼む」
2人の言葉が終われば、私の番だ。
すっと片足を引いて、スカートを広げ軽く膝を曲げる淑女の礼を取って、私も青年へと頭を下げた。
「お初にお目にかかります。イグニス様の秘書、リリーです。この度はお世話になります」
言い終えて顔を上げれば、レグルはこちらへと優しい微笑みを向け、頷いてくれた。
「秘書様はリリー様と仰るのですね。美しい名前だ。こちらこそどうぞよろしくお願い申し上げます。皆様、滞在中に困ったことがあれば、いつでも仰ってください」
レグルはそう言って、改めて胸に手を当てると再び深く頭を下げた。
彼にまず案内されたのは、私たち3人がそれぞれ滞在するということになっている客室だった。
入り口から大きな正面階段を上って建物の2階。
しんと静まりかえった廊下沿いの部屋を3つ、それぞれ割り当ててもらった。
元々は図書館に勤める司書のための個室だったらしいが、今この図書館にいるのは先ほどのレグルともうひとりだけ、ということで、ほとんどの部屋が空室のままになっているらしい。
気にせず使ってほしい、といわれた個室は、1人で使うには十分な広さがあり、木製のベッドに机と椅子、小さなクロゼットが置いてあって、こじんまりとした落ち着くサイズだった。
長い間使われていないという話だったけれど、部屋はよく掃除されていて埃ひとつ落ちていない。
「ふう……」
疲れたな、とベッドに腰を下ろせば、ふかふかな布に腰の辺りまで沈み込んだ。
自覚の無かった足の疲れが多少癒される。
何だかんだと緊張して、気を張っていたのかもしれない。
「おい疲れたのか?まだまだ着いたばっかりだぞー」
「そうなんだけど……やっぱり、知らない場所って緊張するし」
「こんなんで緊張なんてしててどーすんだよ。もっとどっしりしてろって」
ベットの上でひょいひょいっと尻尾を振りながら、アルトが偉そうにそんなことをのたまうので、ちょっとだけムッとして揺れる尻尾をぎゅっと掴んでみた。
「ふぎゃっ?!」
「いーよね、私の肩にずっと乗ってるだけだったアルトさんはー。疲れないよねー」
「ばかっおいやめろ!ぞわぞわする――」
「えーなに、聞こえなーい。あ、もふもふで気持ちいいー」
「こら……っ!」
と、そんな戯れの最中。
コンコン。
部屋の扉がノックされて、私たちはピタリとじゃれ合うのをやめた。
「…………」
無言でアルトと目を合わせる。
けれど優秀な相棒は、ふるふると小さな頭を横に振った。
ということは、今扉の外にいるのは焔さんやライオット王子ではない、ということだ。
返事をしないままで居ると、再びノックの音が部屋に響く。
肩に乗ってきたアルトと共に、そろそろと立ち上がると、そっと扉に手をかけた。
「……はい」
小さく開いた扉の向こうには、黒い服の年配女性が立っていて、目が合うなりにこりと微笑まれた。
「突然ごめんなさいね。レグルから、貴女を呼んでくるように頼まれたの。もうこんな時間だし、食堂でお昼にしましょう?ね、可愛い秘書のお嬢さん」
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