大賢者様の聖図書館

櫻井綾

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第2章 古き魔術と真夏の夜蝶

79.初めましての昼食会

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 呼びに来てくれた女性に連れられて食堂へと向かうと、既に焔さん、ライオット王子、そして先ほどのレグル館長が揃って待っていたようだった。
 予めリブラリカから持参していたバスケットの昼食と、ロランディア図書館で用意してくれていた昼食を並べての食事が始まる。
 ロランディア図書館の食事は、村で採れたという野菜たっぷりで作られた地方料理で、レディ・オリビアが用意してくれたものということだった。

「改めて、自己紹介致しますね。オリビアと申します。こんな歳ですが、司書……と、この図書館の家政婦みたいなことをしておりますわ」

 先ほど部屋まで呼びにきてくれた黒い服の女性が、会話の中こう言って微笑んだ。
 灰色の髪をきゅっとまとめて、三角巾のような形の白いヘッドドレスを被っている。
 黒いメイド服のような衣装から見える身体は小柄で、痩せて皺の目立つ指先はよく手入れされているようだった。
 目尻が下がっていて、表情がとても柔らかく見えるのが印象的な、とても優しそうな女性だ。

「本当に、レディ・オリビアには頭が上がらないよ。食事に掃除に……色んなことを任せきりで。私はどうにも、そういうことが苦手でだめなんです」

 レグルが照れながら言うと、オリビアは大きく肩を竦めて苦笑した。

「ええ、本当に。結婚すらしていない私でも、リヒトーの世話をしているとまるで息子でもいるような気分になってきますわ」
「いやあ……ここに赴任してからというもの、ずっと世話になりっぱなしだ。いつもありがとう」
「どういたしまして」

 満足そうに笑顔を見せるオリビアに、焔さんがふと会話に参加してきた。

「そういえば、お二人はどのくらい前からこの図書館に勤務されているんですか?」

 突然の問いかけに、レグルとオリビアは顔を見合わせる。

「ええと、私が館長としてこの村に来たのは割と最近なんです。3年前だったかな……?」
「そうね。アルフレドが……先代の館長が亡くなってすぐだから、それくらいだったかしら。私は10代の頃からここで秘書をしているから、もう50年くらいになるわ」
「50年……!」

 驚いて、思わず声に出してしまってからはっと口を覆う。
 そんな私にも気を悪くしたりせず、オリビアは「ええ」とゆったり微笑んだ。

「小さい頃から本が好きでね、都市部の学園を卒業してすぐ、この村に戻ってきて司書を始めたの。仕事に夢中になっていたら、気がついたら結婚もせずこんな歳になってしまったわ」
「素敵です……!それだけ本が好きってことですよね!」

 50年も司書をしているなんて、すごい。
 そう思った心のままに、尊敬の眼差しを向けるとオリビアは恥ずかしそうに頬に手を当てた。
 そんな仕草まで上品で、何故レディ、と呼ばれているのか分かるような気がした。

「まぁ素敵だなんて。でも、ありがとうお嬢さん。貴女のような若い女性がこの図書館に来てくださるなんて数十年ぶりだから、私とても嬉しいわ」
「そうなんですか?村の方には、若い方も居たようですけど……」
「こんな立派な図書館があっても、利用してくださる方は多くないの。皆さん農作業も忙しいし……司書になろうなんて方はもう、何十年もいないのよ」
「こんな素敵な図書館なのに……」

 まだ館内を見せてもらったわけではないけれど、こんなに歴史を感じさせるような外観の素敵な図書館に、司書をしたいと思う人が居ないなんて寂しい。
 せめて、出張中だけでも自分にできることがあるなら協力したいのだけど。

「あの、もしも私にお手伝いできることがあれば、お手伝いさせてください。調査の合間になるとは思いますが、頑張りますので……いいですよね、マスター?」

 言いながら焔さんを振り返ると、彼は相変わらず優雅に食後の紅茶を傾けながら、笑顔で頷いてくれた。

「うん、リリーがそうしたいなら。いつもと違う図書館で仕事するのも、いい勉強になると思うし」
「ありがとうございます……!」
「大賢者様もそう仰るなら……、甘えさせてくださいリリー様。助かります」

 焔さんの言葉に、オリビアが嬉しそうに頷き、レグルがぺこりと頭を下げてきた。
 それにしっかりと頭を下げ返す。

「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いします、レグルさん。オリビアさん」

 リブラリカとはまた違う、歴史ある図書館での仕事――想像するだけで、今からわくわくしてしまう。
 そんな私たちの会話を聞きながら黙々とモニカ特製のサンドイッチを頬張っていたライオット王子は、口元を丁寧に拭うときらきらと王子スマイルで頷いた。

「それなら、俺もリリーと一緒に行動させてもらおうかな」
「え、殿下?!」

 さすがにレグルが驚いた声を上げて、焔さんがこめかみに手を当てているけれど、本人はうきうきと楽しそうにしている。

「いやなに、ここに居る間はそんなに身分を気にしてくれなくてもいい。俺にとってもいい社会勉強になるだろうと、父上もそう言っていたし」
「ですが……」

 まぁ、さすがに自国の王子に仕事をさせる、というのは気が引けるのだろう。
 困ったように顔を見合わせるレグルとオリビアに、呆れたため息をつきながら焔さんが声を掛けた。

「レグル、あまり気にしないでこの王子を使ってくれて構わない。本当に陛下も、社会勉強をさせるつもりで同行させてほしいと言っていたし」
「そう、なのですか……?」
「ああ。だから本当に、こき使ってくれて構わないよ。本人もこう言っていることだし」
「なんで大賢者が父上みたいなこと言うんだよ!」
「不本意だけどね。この出張中は僕が君の保護者のようなものだし仕方ない」
「仕方ないってなんだよ!大体なぁ――」

 ……ああもう。
 ちょっとしたことでいつものように口論を始めてしまった2人に、レグルとオリビアが驚いて困惑してしまっている。
 相手が王子と大賢者では、2人とも口出しもできないだろう。
 うんざりした顔をしたアルトが私のところまでやってくると、ぺしりと尻尾で腕を叩いてきた。
 ――ほれ、お前がなんとかしろ。
 その目が口よりも雄弁に語っているように見えるのは、私の気のせいではないはずだ。
 ……気のせいならよかったんだけど。

「っていうか、大体なあ……!」
「だから、なんで君はいつも……」

 そんなやりとりが続いている2人に、私はすうっと大きく深呼吸した。
 席を立って、並んで座る2人の背後に近づくと、がしっと両者の肩を掴む。

「……お2人とも?そのくらいで」

 人前ということもあるし、と可能な限り静かに、笑顔でそう告げる。
 途端に口を噤んだ2人は、揃ってこちらを振り返るとぴったりのタイミングでぼそりと呟いた。

「「……すみませんでした」」

 私たちの様子に、オリビアが「まぁまぁ」と目を丸くしていた隣で、レグルが顔を逸らし肩を震わせていた。



 ちょっとしたハプニングはあったものの、無事に昼食を終えたところで、レグルが「さて、」と口火を切った。

「皆さん昼食が終わったところで……大賢者様。今回の調査について、一度詳細をお伺いしてもよろしいでしょうか?国王陛下よりの書状にて大体の内容は把握しておりますが、レディ・オリビアにはまだ大まかな説明しかしておりませんし……私も、詳しく聞きたいのです」

 焔さんはティーカップをソーサーに戻すと、足を組み直してこくりと頷いた。

「わかった。今回の調査、大本の原因となる『ザフィアの魔術書』を見つけたところから、順を追って話すよ。――リリーも、確認のためにしっかり聞いていてね」

 焔さんのフードに隠れた顔がこちらに向けられて、私は椅子の上で姿勢を改めつつ、しっかりと返事をした。

「はい、マスター」




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