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第2章 古き魔術と真夏の夜蝶
138.ロランディアの夜に<1>
しおりを挟むこうして、私たちの『ザフィアの魔術書』の調査は、幕を下ろした。
保管書庫で気絶するように眠り込んだ私は、次の夜になってようやく、自分に割り当てられた部屋のベッドで目を覚ました。
焔さんが、ここまで運んでくれたらしい。
一旦リブラリカへの扉を通って自宅へと帰り、焔さんに言われた通り1日休んで、またロランディアへとやってきた時。
ようやく、あの長かった夜のことを聞いた。
ザフィアの魔術書が封じていたもの。
それは、魂となったザフィア本人を、別の形で蘇らせる魔術だったそうだ。
色々あってその封印を解いて、結果、ザフィアの魂は蘇った。
――なんと、ライオット王子の中に。
彼の血を受け継いでいて、かつマナの性質も非常に似たライオット王子だったため、すんなりとザフィアの魂を受け入れてしまったのだそうだ。
現在、ライオット王子の中に、ザフィアの魂が同居している状態にある。
よくわからないけれど、ライオット王子が「憧れの初代様といつでも話が出来るんだ!」と目を輝かせていたから、まぁ……本人もまんざらでもないようだ。
話し掛ければ、ザフィアがライオット王子の身体を借りて、私たちと会話することも可能、らしい。
ちょっと信じられなかったけれど、その時目の前でザフィアと代わってくれて、ザフィアとして話すライオット王子からは、何となく違和感のようなものを感じた。
本当のこと、なんだろうなと思った。
アイビーが何度も私にちょっかいを出してきた理由については、魔術書の封印を解かせるためだった、と。
酷く危険な封印だったので、解除する人の命も危険に晒す可能性があったのだそうだ。
……私が生きていたのは、本当に奇跡的だったんだと。
その話をしている時の焔さんは、ちょっとだけ怖かった。
アイビーに操られていたからとはいえ、もう危険なことに突っ込んでいかない、としつこく約束させられた。
……隣でアルトが半眼になっていたっけ。
その後、ロランディア図書館の地下通路のことも含めて、レグルやミス・オリビアに説明をする焔さんに付き添った。
2人とも、それはそれは驚いていて。
話合いの結果、ザフィア本人のためにも、と、その通路は元通り封印されることになった。
夜、話合いの結果も含めて、ライオット王子が今回の調査についての報告書をしたため、王都へ向けて送っていた。
諸々のことが済んで、明日、ライオット王子は馬車で王都への帰路につく。
私と焔さんは、王子を見届けた後にその足で、いつもの扉からリブラリカへと帰ることになった。
「寂しくなるわ」とミス・オリビアが涙を滲ませながら用意してくれた晩餐は、ロランディアの名産であるランジェや、その他の野菜もたっぷりの豪華なものだった。
思わず食べ過ぎてしまうほど美味しい食卓を皆で囲んで、お開きになった後は、それぞれの部屋へと戻る。
私も、ロランディア最後の夜はこちらで過ごすつもりだった。
「ふう……食べた食べた」
苦しいくらいのお腹をさすりながら、そっとベッドに腰掛ける。
質素で小さな部屋を見渡すと、ほんの少し寂しさを感じた。
こんな短期間でも、しっかりと愛着が沸いていたらしい。
王都にあるリブラリカとも、元の世界にある自分の家とも違う、夜の自然の音が遠くに聞こえる部屋。
夜風に揺れる木々の葉擦れの音。
鳥の鳴き声。虫の音。
何処かで誰かが立てた物音。
静かな中にも、いろんな音が混じっている。
目を閉じて、しばらく周囲の音に耳を澄ませていると、コツコツと微かな足音が近づいてくるのに気がついた。
「……?」
誰だろう、と顔を上げると、扉のすぐ前まで来た気配が足を止める。
僅かな時間、何かを躊躇うような気配だけが伝わってきた。
はぁ、と傍で小さな溜息が聞こえる。
一緒にいてくれているアルトが、くいっと扉の方を顎でしゃくった。
「出てやれ、リリー」
「うん……?」
アルトが言うのだから、知らない人ではないのだろうけれど。
躊躇しながらそっと扉を開けると、そこには。
「……あ」
見事な困り顔をした、ライオット王子が立っていた。
「殿下?……どうしたの、こんな夜に」
ふたりきりだし、と、意識して、話し方を砕けたものにする。
すると彼はほっとした顔をして、人差し指で頬を掻いた。
「えっと……悪い、遅くに。ちょっと、話がしたくて」
「今?」
話なら、夕食の席でもゆっくりできたのに。
そんな気持ちで聞き返すと、ライオット王子はまた困った顔になった。
「できれば……。あ、でも無理なら別に……ゆ、友人の貴重な時間を貰うわけにもいかないからなっ」
……もしかして、人がいないところで話したかった、とかだろうか。
「……ううん。大丈夫。ちょっと待ってね」
そう言って、一旦部屋の中へと戻る。
シャーロットから教えられた淑女講座。
日が落ちてから、自身の部屋に異性を招き入れるべからず。
相手は王子様だもの、いくら友人で、ここがロランディアだとしても、守るべきだと思った。
椅子に引っかけておいたカーディガンを掴んで、アルトを振り返る。
「アルト、私ちょっと話してくる」
「わかった。イグニスには伝えておく。この建物からは出るなよ」
「ありがとう」
ついてくるかも、と思っていたのに。
今回は自由にさせてくれるらしい。
よかった。
手にしたカーディガンを軽く肩に羽織って、鏡の前で軽く髪の乱れを直す。
部屋から出ると、窓際に腕を組んで寄りかかるライオット王子の姿があった。
「お待たせしました。何処で話そうか」
「ああ。……それじゃあ、一般書架でもいいか?」
「うん、行こう」
待っていてくれた彼に続いて、廊下を歩く。
彼の持つ魔道ランタンの小さな灯りが、すっかり暗くなった廊下を不安定に揺れながら照らしていた。
夜も深くなってくる、静かな時間帯だ。
一階へと向かう途中、巡回中だったレグルと行き会って、一般書架で話をさせてもらう許可をとる。
「勿論構いません。どうぞお使いください」
そう言って彼は、快く場所を貸してくれた。
レグルと別れた私たちは、特に会話もなく大きな扉の前へと到着する。
ライオット王子が手を添えて、優しく力を込めれば、ぎいいい……、と、静かな夜に不似合いな、軋んだ音が響いた。
夜の一般書架は、ステンドグラスから差し込んだ月明かりで、思ったよりも明るい。
壁際にぽつぽつと設置してある照明用の魔道具は、ぼんやりと、夜を邪魔しない程度の灯りを揺らしていた。
「……綺麗」
「そうだな」
思わず漏れた声に、彼の同意が重なる。
私たちはそれ以上、会話らしい会話もしないままに書架の間を歩いて行く。
どこまでいくんだろう、と思いながら彼の背中を追いかけていれば、窓辺まで歩いて行って、閲覧用に設えられている壁際のソファへと、ライオット王子が腰を下ろした。
隣に少し空間を空けるようにして、古びた毛並みのソファに腰掛ける。
顔を上げれば、視界を埋め尽くすように、書棚に並ぶ本たち。
図書館特有の気配と安心感に、心が静まっていくのを感じた。
ふたりきりで落ち着いて話すには、最適な場所だ。
窓から見える外は蒸し暑い夏の夜の筈だけれど、館内は魔道具で空調が管理されているため、少し肌寒さを感じるくらいだ。
そっと身じろぎして、カーディガンの前をかき合わせる。
釣られてなのか、ふうーと静かに長く、隣のライオット王子が息を吐き出した。
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