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31 真夏の夜の百物語

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「そこで声が聞こえたんだ。『死んじゃえばよかったのに』……と」


「部長! それだと127話目と被ります」

「何!? 困ったな」

「『べ、別にあんたのためじゃないんだからねっ!!』……とかはどうでしょう。ついでに現場も崖から滝つぼに変えて」

「天才か! キャラ付けもできるし、それでいこう!」


 夏休み。既に空が白み始めている時間。オカルト研究会の面々は学園所有の宿泊施設の敷地内にある廃屋で百物語に興じていた。

 始めたのは前日の夕食後。時折トイレ休憩やおやつ休憩をはさんではいるもののかなりの時間が経っている。

 部員のほとんどは既に脱落して寝るための部屋へと戻っており、現在廃屋に残っているのは部長とリキッドとメリー、そしてツァールトハイト公爵令息のフェイトと中等部部員1人の計5名のみだった。

 徹夜明けの妙なテンションで、正直少しだれている。本来は百話目で終了する予定だったのだが、期待していた怪異が何も起きなかったので二周目へと突入したのだ。


「大丈夫かい、メリー嬢。はい、リラックスできるお茶だよ」

「ツァールトハイト公爵令息様、ありがとうございます」

「水臭いな。同じ部員同士なのだからフェイトでいいよ。僕もメリーと呼ばせてもらうから」

「はい! フェイト様」


 メリーは初めての部活合宿を楽しんでいた。百物語を達成しても何も怪異が起こらなかったのは残念だが、怖い話を聞いているだけでも、雑談をしているだけでもすごく楽しい。

 既に何度も経験している部員達からすれば聞き飽きた怪談話も多いようで半数近くは一周目で引き揚げてしまったが、メリーにとっては耳新しいものばかり。

 最初は緊張していたが、部員達は皆気さくですぐに打ち解けることができた。特にフェイトはこうしてお茶をいれてくれたりお菓子を用意してくれたりと、初参加のメリーをとても気遣ってくれていた。

 公爵家御用達のお茶やお菓子はとても美味しく、ついつい食べ過ぎ飲みすぎで眠くなってしまうが、二百話までは頑張るつもりだ。


「フェイト、今年はやけに頑張るな。いつも、顔だけ出してすぐ部屋に帰るのに」

「ふふ。今年は『お気に入り』が参加しているからね」

「部長すいません~、ぼく、そろそろ限界です。寝落ちしそうなので部屋に戻ります」

「おお! 最年少なのによく頑張ったな、お疲れ。フェイト、お前も無理しなくていいぞ」

「お気遣いなく。僕も今年は最後まで付き合うつもりだよ。メリー嬢もまだ頑張っているし」


 中等部の部員はフラフラとしながら廃屋を後にした。

 フェイトはまだいるらしい。頑張ろうね、と肩に手を置かれたのでメリーは笑顔で頷いた。何故か、ほんの少しだけ部長の機嫌が悪い。脱落者が多いからだろうか。


「フェイト。メリーにばかり構ってないで、少しはお前も話をしろ」

「そうだなぁ。じゃあ、次は僕がとっておきの怖い話を提供しようかな」


 優雅に飲んでいたお茶を置き、フェイトは居住まいを正す。

 ふざけていた表情を引っ込めて。フェイトは真剣な様子で語り出した。表情はどこか悲し気だ。



「メリー嬢は『冥婚』って知ってるかい? 結婚する前に死んでしまった者を結婚させるんだ。死後婚とも言うね。相手は同じ死んだ者であったり、生きている者であったり、絵だったりもする。国によって、地域によって多少違うけど、死者を悼んで行われている風習だよ。今から話すのは、とある国で起こった話だ。婚約者を失ってしまった王太子が招いた国全体を巻き込んだ悲劇――」



 その話を筆頭に。フェイトはいくつもの物語を披露した。彼の用意した話は随分と偏っていて。

 婚約者や配偶者が亡くなってしまい、その事実をどうしても認められなかった者たちが引き起こした悲しみの物語。

 どうにかして死者を取り戻そうと奔走し――絶望したり破滅を迎えたり。こちらの世界での話も、あちらの世界での話もあった。

 あちらの世界での話は、転生者の誰かから聞いたものだろう。気まずそうな部長の表情から察するに部長が話したのかもしれない。


 ふと気が付けば。だれた空気は消え去って、廃屋に重苦しい空気が満ちている。


 フェイトが失った婚約者を思い続けているのは学園内でも有名な話だ。そんな彼から語られるそういった話はどれも重苦しくて、切なくて、胸が痛む。

 怖い話ではあるのだが、やりきれない思いの方が強くて、気が付けばメリーは涙をこぼしていた。



 そして。



「さて――と。怖がらせてしまったけど、これでちょうど二百話目だね」


 そう言って、フェイトは手に持っていたロウソクを吹き消した。ただし、真っ暗になったりはしない。外は明るくなっていて、屋内にも朝の光が差し込んでいる。

 今から部屋へ戻っても、寝る前に朝食を食べる形になりそうだ。昨日脱落した者たちは既に起きていてもおかしくない時間帯である。


「――この辺でお開きにするか」


 ぽん、と膝を打ち部長が立ち上がる。メリーも持っていたハンカチでサッと涙をぬぐって立ち上がった。


「ごめんね。泣くほど怖がらせちゃったかな。お詫びに僕がメリー嬢を部屋まで送るよ」


 そう言うと、フェイトはメリーの手を取った。


「あっ! 待て、フェイト。俺が」

「部長はココの安全チェックをしなきゃ、だろ? ロウソクを使ったのだから、責任者がしっかり確認しないとね。大丈夫、君とメリー嬢のことは聞いているよ。僕は送るだけだから心配しないで。ああ、この時間だと部屋より食堂かな。明るくなったとはいえ、一人で帰すのも心配だから……ね。さあ、行こう」

「……分かった。じゃあ、メリーは先に食堂へ行っていてくれ。ああ、そうだリキッドもメリーと一緒に」

「いえ。私も、軽く掃除してから行きます。どっかの誰かさんが演出とか言って血糊吐くからキレイに処理しないと後で大騒ぎになりますよ。メリー嬢はお先にどうぞ」


 はあ……とリキッドがため息をつく。


「はい。部長、リキッド様、それではお先に失礼します」





「ふふふ。まさか君と朝帰りの散歩ができる日が来るなんて。くだらないと思っていたけど、子供の遊びにも参加してみるものだね」


 廃屋を出て。何故か宿泊施設とは逆の方向へと進むフェイト。メリーは後ろに数歩下がってついていく。


「あの、フェイト様。方向が違うようですけれど」

「……ねえ、僕、ずっと、ずっと君に会いたかったんだ。だからさ、そろそろ正体を現してくれない?」


 後ろを振り返るフェイトはいつも通り穏やかに笑っていたが――目だけは昏く、何かに囚われている。

 それを見て、メリーはそっとため息をつく。



「正体を現すのは貴方の方ではなくて? 今更貴方と話すことなんてなくってよ。ツァールトハイト公爵令息。いえ――『理事長先生』?」



 ――『フェイト』は温度のない目を細めて微笑んだ。





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