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32 真夏の夜の百物語2

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「一目で見抜いてくれるとは。流石は私の婚約者だね」

「『元』ですわよ。誤解なさらないで。破棄したのも貴方。わたくしを殺したのも貴方」

「うん。だからやり直そうと思うんだ。ねえ、アリッサ。私はあの女に騙されたんだよ。だからさ、2人で生きてやり直そう。いい計画を思いついたんだ。と、いうかコイツが色々調べまわって準備していたみたいでさ。便乗させてもらおうと思ったんだよね」

「計画? 何ですの?」

「こいつらの体をこのまま乗っ取ろう。君は真実の愛の子として。私は公爵家令息として。そうすれば生きてやり直せる」


 フェイト――ツァールトハイト公爵令息だったモノは楽しげに語る。どこか純粋に光っていたその目は今は時間をかけて淀んだように濁っている。


「真実の愛の子を使って君に体を与える。もともと、コイツが考えていたことだよ。いつから準備していたのかは知らないけど。たかだか公爵令息の分際で王太子の婚約者の君に手を出すなんて身の程知らずだよね。でも、流石血縁だけあって乗っ取りやすかったよ。しかも、友情と君への恋心で揺れ動いて不安定だったしね。悪人にもなり切れず、それでも君が真実の愛の子を乗っ取りやすいようにと安眠効果のあるお茶を親切面で大量に飲ませるんだからコイツも随分とこじらせているね。血のつながりを感じるよ」

「ああ、それで。やめてくださる? この子とても楽しみにしていたのに。百話目まで起きていられそうになくて、目が覚めるようにとイタズラするの苦労しましたのよ?」


 ちょうどいいタイミングでのラップ音や強風。建物の軋み。周囲やメリーは部長の仕込みだと思っているが実際に演出したのは悪役令嬢様だ。

 ちなみに部長は盛り上がってきた!と心霊現象を疑ってすらいなかった。


「大体、わたくしは百話目の最高潮の盛り上がりで姿を現して、美しくサッと立ち去る、そんな演出を狙っていましたのに。百話目の怪異を貴方に横からとられてしまったせいで出るに出られませんでしたのよ」

「ごめんね。邪魔するつもりはなかったんだけど。いくら呼び出しても私が生きている間は来てくれなかったからさ。ねえ、アリッサ。もう一度やり直そう。今なら百物語の怪異が私達の味方をしてくれるよ。百話目で私が現れて二百話目で君が現れた。きっとこれは運命だったんだ」


 語る『フェイト』の目に生気はない。あの後、彼は治療の名のもとに幽閉されたと聞く。おそらく今頃は……見通すように『メリー』は目を細める。


「勘違いなさらないで。わたくしの名前は『悪役令嬢様』ですわ。死ぬ少し前にかつて好きだった方からその名前をいただきましたの。それまでの名前は忘れました。うふふふ、意外と気に入ってるんですのよ、この名前。それに」

「貴方の真実の愛のお相手が、ずっと貴方の傍らでお待ちかねでしたわよ。ほら、今も足元に」


 土に汚れたピンク色の髪が、フェイトの足に絡みつく。


「ひっ」


 振り払うように足をバタつかせた後、糸が切れた人形のようにフェイトが倒れた。ピンクの髪は名残惜しそうに足元からほどけて地中へと消えていく。

『メリー』はしゃがみ込むと淡々と倒れている男の確認をした。顔は青白いが、呼吸は安定している。既に重苦しい気配はない。


「残念。貴方が誓っていた真実の愛の末路を見たかったのに。結局、貴方は逃げるのね」


『メリー』――悪役令嬢様はどこへともなくつぶやく。フェイトに盛られた安眠効果があるというお茶のせいだろうか。メリーはぐっすりと眠っていて、悪役令嬢様の思考がハッキリとしている。

 フェイトの生気のない人形のような顔を、悪役令嬢様はするりと撫でた。


「バカな子ね。今度はしっかりと未来ある恋をしなさいな。おかしいのに付け入られないように。でも、この子は駄目よ? 既に、色々面倒くさいのに目を付けられているから」


 メリーが婚約を白紙に戻してから。部長とメリーがスピード婚約を決断したまではいい。しかし、発表がされていないせいで裏で面倒くさいのが動き出している。

 第三王子が消えたお陰で第二王子に欲が出た。メリーの利用価値はまだまだ高い。今はまだ様子見をしているが、そのうち表立って動き出すかもしれない。色々と2人を煽って展開を早める必要があるだろう。
 何で、自分がそこまで……と思わないでもないが。


「――ま、友達だし、仲人らしいから仕方ないですわよね」


 何十年も前。かつての王太子の婚約者としての自分には友達なんていなかった。立場上不用意に近づくだけで迷惑をかけてしまうこともあるし、孤独な生活を強いられた。

 メリーは友達がいないと言っていたが、それは悪役令嬢様にとっても同じことだった。死んでからやっと、初めてできた女友達はどこか危なげで目を離せない。

 出会いは興味本位だった。ワインかけろ、教科書隠せ、ノート破れ、落書きしろ……かつての自分がやったそれらの行為を、真実の愛の子とやらがどう実行するのかに興味があった。

 自分のたどった結末ほどではなくても、結果は変わらないと高をくくっていたが、メリーは相手を傷つけない道を選んだ。仲間の力を借り、憎いはずの相手までを思いやって、全てを丸く収めてしまった。……自分だけが傷ついて。


 長年かけて淀んでいた思いが、浄化されていくようだった。


 正直……悪役令嬢様の中には王族への、そして転生者に対する不信感がある。それでいくと、部長と呼ばれているあの男に大切な友人を任せていいのか悩むところではあるが――メリーの気持ちは随分とあの男に向いているようだ。

 それならそれでその選択の後押しをしてやるだけでいい。選ぶのはメリー自身なのだから。


「メリー! どこだ!? メリー! フェイト! どこにいる!?」


 遠くから。随分とかすれた声がする。食堂に2人の姿がないことに気が付いたのだろう。一晩中怖い話を楽しげに語っていた男は、今が一番怖い思いをしているに違いない。

 仕方ない。本当は、少しだけ頼りないと思うけれども。

 かすれた声がほんの少し震えている様子に微笑ましいものを感じるから。

 ス……っと立ち上がり、悪役令嬢様は近づいてくる声の主と目を合わせた。

 そして――。


 友人の体を二百話目の怪異から解放する。





 慌てて駆け寄った男が地面に激突する前に抱き留めてくれたから、まあ、ギリギリ合格としましょうか。





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