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10 不審者令嬢と王子の幸せな結婚
しおりを挟む気持ちのいい風が吹く中。私はバルコニーから広場を見た。私と王子の結婚のお披露目をするために用意されたこの場所は、警備のため下にある広場の一番の特等席は誰も座っていない椅子で埋め尽くされている。表向き国のために命を落とした名もなき英雄たちに捧げられた席――とされているが、それが名目上のことだけではないのを私は知っている。
そして、その席のあちこちに、認識阻害をかけたうえで現役の英雄――影さんたちがこっそり参列していることも。
だから、国王陛下に挨拶をした後、さり気なくそちらへも礼をとる。王子にとっては彼らも大事な親だから。これで正々堂々挨拶できるし、国民からは自分達への丁寧な配慮だと思われることだろう。そして、国民へは親しく手を振る。ある決意を込めて。
私は今、王太子の妃としてここにいる。
あの後。正式に婚約関係を結んだ私と王子は距離を詰め仲良くなったが、周辺国の情勢から王子の母君の母国との関係は無視できないほど重要なものとなった。
その影響で王子が王太子へと指名されてしまったのだ。
正直、王子はそこまでは考えていなかったと思う。せっかく私とのんびり過ごせるようになったのに、と全力で嫌がっていたから。
多分、王子にとっては私と結婚することがゴールで、その先はどうでもよかったのだろう。仲良くなった今なら分かる。私の何がそこまで彼を引き付けたのかはいまだにさっぱり分からないが。
正直、私もそこまでの重責を担うことになるとは思っていなかった。しかし。彼と親しくなり、過去の話も聞くうえで色々と思うところがあったのだ。
『魅了』は何も男女間だけの問題ではない。国際的に外交を進めるうえでも重要な切り札となってくる。
暗部では結構な割合で魅了持ちがいるそうだ。魅了の使い方としてはやはりハニトラ的な物が多かったが、一部情報を聞き出すためだったり、優位に物事を進めるための契約を結ばせる為だったりと、結構な頻度で利用されているようだった。私が育った伯爵家での、商会活動をする上での魅了の使い方と近いかもしれない。
ずっと、魅了スキルに振り回されるのが嫌だった。穏やかに暮らせるのならば修道院でも構わないとすら思っていた。
でも、今の私の立場なら、人に迷惑をかけるどころか人の幸せのためにこの力を使えるかもしれない。
と。いうか。王太子妃という面倒臭い立場になってはしまったが、それだって別に穏やかに暮らせるのならば王宮だって構わないのだ。
周辺国は次々と帝国に飲み込まれ、国境線を接している中で残っているのは元敵国だった隣国とわが国だけ。その二国が残されているのは細長い国土を持つ我が国と隣国を境に帝国と同程度の大国があり、緩衝地帯として存在を許されているだけだ。それだっていつまで続くか分からない。
帝国と大国。それに挟まれた我が国と元敵国だった隣国は、これからますます交渉が重要になってくるだろう。
その時に、私の魅了スキルは役にたつ。
自分が穏やかに暮らしたいだけだけど、ついでに国とか国民とか守れちゃうならそれはそれでこのスキルを持って産まれたことにも意味があったのかもしれない。
今ではそんな風に思っている。
だから。
「「うおおおおお! 王太子妃超美人!!!」」
「「なんて素晴らしいお声かしら!!!」」
国民を前に、素顔で挨拶をする私。暗部の協力で、今は魅了を抑えるために少しだけ声を変える魔道具を付けている。
視線の方はこれだけ離れていれば大丈夫だろう。特等席は魅了範囲内だがこっそり参列している影の皆さんは魅了耐性を持っているらしいから。
これからも、あの不審者ルックは続けていくつもりではあるけれど、ここぞという外交の場では余すところなく魅了の力を使うつもりだ。
穏やかな暮らしも、国があってこそ! 大好きな旦那様と大事な家族、それに国民。大嫌いだった魅了スキルだけど、大切な物を守るためなら遠慮なく使わせてもらう。
まあ、旦那様は反対らしいけど。
「あー、あー……、前から三列目の左から四番目、君に見惚れてる……。あの色はけしからんな。耐性を持っているのにあの色って。あれは父さんたちじゃなくて『影の兄弟』か? 後で文句言ってやろう。でも、見分けつくかな?」
ぶつぶつと、不満を溢す王子。彼は素顔を晒すことには反対だった。魅了の心配以上に、私の素顔を独り占めしたかったのだそうだ。
でも、私にも言いたいことがある。
王子はかっこいい。今まで自分を含めて顔の美醜なんて気にしていなかったけど、王子はかなりのイケメンに入る。そんな彼と私みたいな不審者令嬢が婚約したのだ。婚約期間には王子目当ての令嬢からのあれやこれやが色々あった。
いつの間にか排除されたけど。
存在ごと消されたような扱いが怖くて詳しくは聞けないが、私のヤキモチとこれ以上被害者を出さないための対策として、この日、結婚式の一度だけは素顔を晒すことにしたのだ。
不審者令嬢相手では不満でも、出来る限り着飾ってプロにお化粧してもらったこの姿なら、旦那さんにちょっかいかけてくる女も多少減るかもと。
そう言ったら「やきもち焼いてくれる健気な奥さんが可愛い」と王子は身悶えて許してくれた。でも、ちょっかいかけてくる女が気になるなら無視するだけじゃなく系図まで消すよ、と笑顔で言うのは全力で止めた。犠牲者を増やさないためにも素顔の頻度は増やした方がいいかもしれない。魅了の効かない王子に対しての交渉は厳しいが。
私の挨拶は終わった。
今度はお披露目のために王子に肩を抱かれながらバルコニーに二人で立つ。
一段と大きな歓声と拍手が沸き起こる。
「きれいな色だなあ……」
王子が何を見ているかは分からないけれど、そうつぶやく王子の顔は幸せそうで、この人と、この人にこんな顔をさせてくれる国民を守りたいと思った。
だから。
私は魅了持ちとして。将来的にはこの国の王妃として。
この人と国民のために生きていく。決意を込めつつ手を振った。
そうして、バルコニーを後にするなり、サングラスとマスクを装着☆
途端に周囲にガッカリされるが王子はまったく変わらない。むしろ鉄壁の守りに喜んでいる。
とりあえず「ここぞ」は終わったので。
「はいはい、魅了持ちが通りますよー」
警戒を促しつつ私は王子と共にその場を後にした。
その後――帝国と大国の間に小競り合いや戦争が起こったりもしたが、この国と隣国だけは最後まで独立を守った。
その陰には不審者令嬢と呼ばれた謎の人物の活躍と、交渉の魔術師と呼ばれた、絶世の美女と名高い王妃の暗躍がかかわっているとされるが、王妃の肖像画は常に顔を隠しているので素顔は分からない。
ただ、数枚残されているその二人の肖像画はサングラスとマスクのせいでどう見ても同一人物にしか見えないと言われている。
(終)
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