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しおりを挟む「姉さん」
「ん~?」
ここは、とある国の侯爵家のリビング。“姉さん”と呼ばれたユルシュル・ヴィルフランジュは、自室ではなく、ここで趣味の読書に明け暮れていた。
ユルシュルは、元々読書が好きだったが、最近は色んな世界を題材にしたある種族がやたらと登場してくる小説にハマっていたりする。それもこれも、ユルシュルの目に留まるところにその手の本が置かれていて、何気なく読むうちにハマってしまっていた。
それを用意しているのは、この家を古くから執事として支えている初老の男性だ。歳を取ってもデキる男で、この侯爵家で誰より隙がないのにそれを悟られないようにしている。
ユルシュルは、幼い頃と何ら変わらない容姿をしている彼を質問攻めにしていたこともあったが、今は“そういうことのできる執事”という認識に収めている。そうでなければ、追求しすぎて深みにハマるだけだと察したのだ。
そんな彼にユルシュルは、物凄く好かれているようだが、何が琴線に触れたのかはわからない。でも、それで保たれている状況でも、どうこうする気はユルシュルにはなかった。
最近では、自分で本屋巡りをせずに最新刊が読み終わる頃に新しいのが置かれていることにすっかり慣れていた。
それを周りで不思議がる者はいない。前は何かあるのではないかと警戒していたのも1人いたが、ユルシュルが“大丈夫”と伝えてからは、本に警戒することはなかった。
ただ、その役目を有している者に嫉妬しているように見えるが、それだけで収まっていた。
ユルシュルの読んでいた本のことは、このくらいにして
声を掛けてきた人物のことに話をもどそう。侯爵家で、ユルシュルを“姉さん”と呼ぶのは、この家ではただ1人しかいない。弟のシャルル・ヴィルフランジュだ。ユルシュルとは1つ違いで、生まれた時からとても可愛らしい見た目をしていた。
そこから、成長しても、その可愛らしさが中々変化することはなかった。髪を伸ばして、化粧をして女物を着ていたら、間違いなく美少女にしか見えないくらいの顔立ちをして、今も男らしい要素が見当たらない。庇護欲を誘うのだ。女の子に生まれていたら、困った顔をしたり、涙目になっただけで、男たちが我先に手を貸してくれそうな破壊力を持っている顔立ちと雰囲気を持っていた。
それを上手く使いこなそうとすることがないシャルルは、一番そんなことをしても何とも思わない姉にそれを利用している気がしてならない。
それに比べて、姉のユルシュルの素顔は美しい顔立ちをしていて中性的なため、男にも女にも見える。どちらでも構わないかのようにしていながら、その美しさを半減させるための化粧をしていた。
そんなことをしている理由は、目立ちすぎるからだ。普通に徹していた。何なら、可もなく不可もない感じに抑えて生活していた。
それは徹底しているせいで、家族すら知らない。ユルシュルが、本気で化粧や似合う衣装を身にまとえば、落とせない国はないほどの美貌を持っていることを知る者は僅かしかいない。
大概、家の中では女っぽい格好より、男のような格好をしているため、姉ではなく、兄にしか見えない。体型だけは変に誤魔化さないようにしているからモデルのように見えるが、それが目に留まるようにしていない。
弟や両親、この家の中では慣れきってしまっているから、気を抜いたところで、どうということはないが、それでもユルシュルが人より優れている個体なのが知れ渡ることはない。
でも、そんな格好で外を歩くことは滅多にしないようにしている。両親や弟は、ユルシュルが昔は頻繁にしていて、今は滅多にしていないので、どちらも知らない。どんな格好をしていても、侯爵家の令嬢と印象付けることはしていない。
それなのに何やら探っている者がいるのには何となく気づいていた。でも、それを探ることにユルシュルは興味なかった。誰かを宛にしているわけではないが、それに脅威を感じられなかったことが大きかったから、ほっといていた。
ユルシュルにとって、ことが厄介になった方が楽しめる。それくらいが、丁度よかった。
まぁ、そんなことより、今はシャルルのことだ。姉の読書の邪魔をできればしたくないが、物凄く困っているという声音で弟はユルシュルのことを呼んだ。
それが、わかっても本からユルシュルは目線を動かさなかったのは、何があったかを話していないからだ。彼女にとっては、どんなに困っていようとも、名前を呼ばれただけに過ぎない。それならば、趣味の読書の方を優先させる。そんな姉だ。
だから、情けなさそうにシャルルは続けた。それを他所で使いこなせばいいのだが、この弟は姉にしか使わない。何とも勿体ないことをする。一番使っても無駄な相手に使っているのだ。それに一体、いつ気づくのやら。
「これが、贈られてきたんだけど」
「?」
ユルシュルは、弟の呼ぶ声に最初は生返事していた。自室ではなくリビングで、趣味の読書をしているのも、色々と事情があってのことだった。自室で読みものに耽っていて、両親に顔を見せろと言われたのは、随分昔のことだ。そこから、こうして学園から帰宅後にリビングで読書に勤しんでいるが、夕食後は勉強があるからと自室に戻っている。
その格好は、男の格好だったりするが、もうそれについて両親が何か言って来ることはなくなったのは、その格好でいるのを見せないからだ。
そのため、今度は両親がしつこく言い始めたのは、ユルシュルの読書の時間についてだった。逆にしろと言われたのだ。一々、注文の多い人たちだ。滅多に家に帰って来ないようになる前のことだが、それに対してユルシュルの答えは……。
「夕食後の方が勉強が捗るので、このままにしたいのですが、どうしてもとおっしゃるなら成績が落ちても怒らないでくださいね」
「「……」」
平然と両親にそう言ったことで、それ以上に言われることはなくなった。ただ、愚痴のようなことを言われ、ねちっこいことをぼそっと言われるようにはなったが、そんなの聞こえていないふりを押し通した。そんなの一々拾っていたら、面倒くさすぎる。
そう、この家の娘はやりたいことを制限されることが嫌なのではない。両親にそう言われたのが嫌なだけだ。
自分たちは、好き勝手なことをしているのに娘にこうしろ、あぁしろと言うのだ。現にリビングで趣味の読書を始めて、しばらくしてから母に会ったことはない。父は仕事で忙しいと言いながら、休日返上なことが明らかに増えた。それは不自然なほどに多いが、給料は下がっている。仕事もあまりせずに他で散財していることが増えている。
母は、逆にこの家のお金ではなくて、別の金づるを捕まえたようだ。彼女のクローゼットの中は、高級なもので溢れ返っている。それをきっちり、分けているせいで、複数人に貢がせているのは明らかだった。
両親には、仲の良すぎるお友達が多すぎるようだ。そんなことをしている両親にとやかく言われるのになぜ、ユルシュルが我慢しなければいけないのか。そこら辺がユルシュルは昔から気に入らなかった。
そんな不満を持っていることを欠片も周りに見せることがないユルシュル。それに気づく者は僅かしかいないが、弟はそこに含まれたことがない。
だからこそ、暇を持て余しているようにしか見えない姉に物凄く困った感じで声を掛けるシャルルがいた。1つ違いでも、姉は姉だ。頼りにならない両親のような姉ではない。
こういう時に頼りになると思っているシャルルは己の頭で考えることをしてから頼るということをしたことがない。ユルシュルも、そうしてから声をかけろと言ったことはないが、普通は姉であろうとも女性に頼ることは、この国ではあまりしない。
見た目から女性っぽいせいか。弟は、男性に助けられているのを学園でも、見たことがあるくらいだ。ちょっとどころか。かなり女性よりなことになっている気がするが、それをどうこうする気は、今のところユルシュルにはない。
だから、悪化していても気にしていない。それにまるで気づいていない弟が、ここにいた。
ユルシュルは本を読むのをやめて、弟の方を見た。相変わらず、可愛らしい顔立ちをしている。更に庇護欲を誘う顔をしている。やはり、生まれて来る性別を間違えているなとユルシュルは、内心で思ってしまったのは、弟の手に持つものが原因でもあった。
「……」
それを見ながら、無言のまま本を読むのに戻ろうとユルシュルした。ちょっとした現実逃避というか。仕切り直したかった。
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