2 / 14
2
しおりを挟むユルシュルは、本の世界の方がリアルだと思っていたが、今見たものもリアルすぎた。それを着たら、物凄く似合いすぎる弟がおかしいのか。それを贈って来た者の感性が素晴らしいのか。何だか珍しくわけがわからなくなった。
やはり、弟は性別を間違えたのだ。もっと上手く使いこなせるようになればいいのに。それはしない。
どこぞで、魅力を振りまいた可能性はあるが、自覚はなさそうだ。
「姉さん、リアクションしてくれないかな」
シャルルは、そんなことを言った。ここでの正しいリアクションを逆に聞きたい。
笑えばいいのか。怒ればいいのか。
ユルシュルとしては、そんなものをわざわざ見せなくてもいいのではないかと思ってしまった。自分で、どうにかするのが正しいと思うのだが、シャルルの答えは違うのだろう。
「……間違えられたんじゃない? 宛名は確認した?」
「確認したから、困ってるんだ」
「誰が贈ってきたの?」
欠片の興味もなさそうにしていたユルシュルは、弟に聞いた。その間も、開いた本の続きを目で追っていた。続きが気になっていたはずが、別のことに夢中になっていた。
そんなわけがない。あれは、どう見ても、弟宛だ。送りつけてきた人物のことをユルシュルは、それなりに気になった。珍しいことに興味を持ってしまった。
相手に似合うものを贈るセンスはある。絶対に似合うものではあるが、シャルルがそれを着ることはないだろう。その辺に自覚があったり、面白がる器量などあればいいが、この通り。姉に頼る選択を速攻でする弟だ。その辺、期待できはしない。
「それが、わからないんだ」
「……誰が受け取ったの?」
「え?」
「受け取ったのは、誰かって聞いているのよ」
「えっと、」
「あの、私が受け取りました」
使用人が名乗り出たのを見てユルシュルは、その使用人のことをチラッと見た。
紹介者もしっかりした使用人で、名前はブリュエット・コルベール。年老いた祖母と暮らしていて、両親は幼い頃に他界。祖母が引き取った。その祖母のことも、ユルシュルは覚えていた。ここで、長年働いていたメイド長にまでなった女性だ。
でも、ユルシュルはその老婆がメイド長になっている時から油断したことはないし、何ならその孫娘が来てからも油断しているつもりはない。油断していないが、同時に本気にもなったことがないだけだ。
ブリュエットに届けてきた者のことを聞き、弟に届けられたものを見るために本を閉じてテーブルに置いた。とてもいいところだったのに残念だ。仕方がなさそうに立ち上がった。
そんな風に見せながら、内心はドレスが気になっていた。
そう、弟に物凄く似合うドレスを贈ってきた人物がいる。シャルルが、情けなくも半泣きになるのも無理はない。無理もないが、情けない姿を晒さないでほしい。物凄く似合いそうだと追い討ちをかける気はないが、口から飛び出しそうになるではないか。
それを着こなせるのは、学園でもシャルルだけだろう。彼のために誂えたものだ。
この家の跡継ぎが、姉に泣きつくなんて残念すぎる。このくらい、自分でどうにかしろと言いたいが、気が動転しているようにも見えつつ、こうすれば必ずどうにかしてもらえるという打算が消しきれていない。
他の男性なら、ほとんどがそれで釣れるだろうが、ユルシュルは姉で女性だ。それに釣られることはない。そもそも、学園の女性のほとんどが、シャルルのことを自分たちより可愛らしいことに嫉妬やら、妬んでいたりする。ユルシュルは、そんな感情を持っていないが、シャルルの可愛らしさに見惚れたりしている者も多い。
何なら、男性のシャルルの方が自分の婚約者より可愛らしく見えてしまい、婚約を解消したり、破棄したりする者も現れているが、本人はそれを知らない。
そう何気にシャルルは、学園の女性たちに目の敵にされ始めているが、それに気づいていない。
逆にユルシュルのようなのが、男性だったらと一時期、そんなことを言われ熱のこもった目を向けられていたが、それを回避するために更に目立たないようにしている。
ユルシュルが男装を知っていることを友達の令嬢は、誰も知らない。たまに街で、美青年がいると噂になっているようだが、誰もその正体までは知らない。
ユルシュルは、ドレスに触れた。ちょっと触れただけでも、色々とわかる。
弟は、それすらわからないようだが、そんなに難しいことではないはずだ。やはり、姉に面倒くさいから押し付けたいだけかもしれない。
「これ、オーダーメイドだわ。これ一着で、結構するわよ」
ユルシュルはタグを見つけて、側にいた使用人が左右から、それを確認した。片方はユルシュルの側付きのメイドでデボラ・クラメールという。彼女は元々メイドが本業ではない。今は、本業としてメイドをしている。この家の中で、ユルシュルが信用しているのは彼女ともう1人くらいしかいない。その1人とは、執事だ。こちらも、中々の切れ者だが、今は説明を省く。
本にハマらせるような執事だが、中身はこの家どころか。この世界でも、油断できないかもしれない。でも、ユルシュルはその正体を突き止める気にはなれない。
「ね、姉さん」
「……受け取ってしまったのなら、仕方がないわ。今後は、こういったものを受け取らないように徹底させて」
「ですが、ユルシュル様」
そんなこと難しいと言わんばかりにしたのは、メイド長だ。前のメイド長が歳で辞めてから年功序列でなっただけのメイドだ。いつも、ユルシュルのやることなすことに説明を加えさせるのも、彼女だ。
他も、詳しい話を聞かないとわからない連中が多い。それにため息をつきたくなったが、仕方がないとばかりに説明をした。
「届けたものの内容と送り主を必ず聞いて。それができないものは、追い返していい」
「よろしいのですか?」
「ここに送って来る人たちに両親への贈り物をする者なんていないでしょ。まして、誰からなのかもわからない。こんなのを贈って来るのが現れているのなら、警戒したっていいでしょ。次は、もっと際どいのになるかもしれないし」
流石にバレることは、あの両親とて、そんなことしないはずだ。……そうであってほしい。両親の修羅場になんて巻き込まれたくない。
更に弟の修羅場にも巻き込まれたくない。そっちは当人が、どうにかするはずだ。首を突っ込むつもりはない。
「次に同じことをする者は、ここに必要ないわ」
「「「「「っ、」」」」」
ユルシュルのその言葉に使用人たちのほとんどが、息をつまらせた。なぜか、弟まで息を呑んでいたが、そんなに殺気を込めたつもりはない。
「そんなこと聞いていないなんて、言わせないわ。徹底して」
「かしこまりました」
執事はすぐに答えて、頭を下げた。
デボラが、それについて再三確認することはない。彼女はただ、ユルシュルの言葉に瞑目しただけだ。彼女と執事なら、こんなこと話さなくともわかってくれる。
「店に問い合わせて、これをオーダーした人にそれとなく聞いて来てくれる? ついでにデザイン画も見て来て」
「かしこまりました」
デボラは、それだけで理解してくれた。その言葉に頷いて、すぐに行動した。慣れたものだ。
ブリュエットは、自分が受け取ったことで大変なことになだたかのようにして恐縮して泣きそうになっていた。
ここに来て、そんなに経っていないから仕方がないかのように他のメイドたちに思わせるようなことをしている。届けた人間の特徴をわざと隠すようなのを慰めているのだから、使えるメイドがいなさすぎる。
ユルシュルは、そんなブリュエットより、弟を見た。何で、もう終わったかのようにホッとしているのかがわからない。何も解決していないのに。安心しきった顔をするシャルルにこれが、侯爵家の跡継ぎなのかとユルシュルは遠い目をしそうになった。
79
あなたにおすすめの小説
婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました
由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。
彼女は何も言わずにその場を去った。
――それが、王太子の終わりだった。
翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。
裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。
王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。
「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」
ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。
地味で結婚できないと言われた私が、婚約破棄の席で全員に勝った話
といとい
ファンタジー
「地味で結婚できない」と蔑まれてきた伯爵令嬢クラリス・アーデン。公の場で婚約者から一方的に婚約破棄を言い渡され、妹との比較で笑い者にされるが、クラリスは静かに反撃を始める――。周到に集めた証拠と知略を武器に、貴族社会の表と裏を暴き、見下してきた者たちを鮮やかに逆転。冷静さと気品で場を支配する姿に、やがて誰もが喝采を送る。痛快“ざまぁ”逆転劇!
婚約破棄をされるのですね、そのお相手は誰ですの?
綴
恋愛
フリュー王国で公爵の地位を授かるノースン家の次女であるハルメノア・ノースン公爵令嬢が開いていた茶会に乗り込み突如婚約破棄を申し出たフリュー王国第二王子エザーノ・フリューに戸惑うハルメノア公爵令嬢
この婚約破棄はどうなる?
ザッ思いつき作品
恋愛要素は薄めです、ごめんなさい。
【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!
婚約者の家に行ったら幼馴染がいた。彼と親密すぎて婚約破棄したい。
佐藤 美奈
恋愛
クロエ子爵令嬢は婚約者のジャック伯爵令息の実家に食事に招かれお泊りすることになる。
彼とその妹と両親に穏やかな笑顔で迎え入れられて心の中で純粋に喜ぶクロエ。
しかし彼の妹だと思っていたエリザベスが実は家族ではなく幼馴染だった。彼の家族とエリザベスの家族は家も近所で昔から気を許した間柄だと言う。
クロエは彼とエリザベスの恋人のようなあまりの親密な態度に不安な気持ちになり婚約を思いとどまる。
「陛下、子種を要求します!」~陛下に離縁され追放される七日の間にかなえたい、わたしのたったひとつの願い事。その五年後……~
ぽんた
恋愛
「七日の後に離縁の上、実質上追放を言い渡す。そのあとは、おまえは王都から連れだされることになる。人質であるおまえを断罪したがる連中がいるのでな。信用のおける者に生活できるだけの金貨を渡し、託している。七日間だ。おまえの国を攻略し、おまえを人質に差し出した父王と母后を処分したわが軍が戻ってくる。そのあと、おまえは命以外のすべてを失うことになる」
その日、わたしは内密に告げられた。小国から人質として嫁いだ親子ほど年齢の離れた国王である夫に。
わたしは決意した。ぜったいに願いをかなえよう。たったひとつの望みを陛下にかなえてもらおう。
そう。わたしには陛下から授かりたいものがある。
陛下から与えてほしいたったひとつのものがある。
この物語は、その五年後のこと。
※ハッピーエンド確約。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
悪役令嬢として断罪? 残念、全員が私を庇うので処刑されませんでした
ゆっこ
恋愛
豪奢な大広間の中心で、私はただひとり立たされていた。
玉座の上には婚約者である王太子・レオンハルト殿下。その隣には、涙を浮かべながら震えている聖女――いえ、平民出身の婚約者候補、ミリア嬢。
そして取り巻くように並ぶ廷臣や貴族たちの視線は、一斉に私へと向けられていた。
そう、これは断罪劇。
「アリシア・フォン・ヴァレンシュタイン! お前は聖女ミリアを虐げ、幾度も侮辱し、王宮の秩序を乱した。その罪により、婚約破棄を宣告し、さらには……」
殿下が声を張り上げた。
「――処刑とする!」
広間がざわめいた。
けれど私は、ただ静かに微笑んだ。
(あぁ……やっぱり、来たわね。この展開)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる